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京都地方裁判所裁判官の声

 京都地方裁判所では,裁判官が,朝日新聞京都版(不定期金曜朝刊)に連載中の「司法Voice」という記事に,「司法の現場で心に残ったエピソード」を寄稿しています。
 今回,朝日新聞データベース事業部から許可を得て,これらの記事を「京都地方裁判所裁判官の声」として,当庁HPで改めて紹介させていただくことになりました。

熟読と議論重ね事実認定(守屋裁判官)

 正しい者はやけどをしないが,罪人はやけどをする。そんな考えから,昔は熱湯を沸かした釜に手を入れさせて有罪・無罪を判定するという裁判手法があったそうです。もちろん,現在では通用しません。
 裁判とは,具体的な事実を認定し,それを法律に当てはめて結論を出す手続きです。しかし,認定の対象となる事実とは過去の出来事。神様からみれば明らかでしょうが,残念ながら私は神様ではありません。
 そこで裁判では,書類や証言など,当事者が出す証拠に照らして,主張する事実が認定できるかを判断することになります。裁判所として,「ある」ことを「ない」と判断したり,「ない」ことを「ある」と認定したりするわけにはいきません。事実の有無の判断は慎重に行わなくてはならないものです。
 私は裁判官になって3年目で,主に私人同士が争う民事事件を担当しています。民事事件では当事者が提出する証拠が少ない場合もあり,「本当にあった事実は何なのだろう」と判断に迷うことがしばしばあります。そんな時,私が大切にしているのは,記録をもう一度丹念に読み込むことと,先輩裁判官と議論をすることです。
 「真実は細部に宿る」という言葉の通り,記録を改めて見ると,書類の日付が食い違っていたり,本来あるべき書類がなかったりすることに気付くことがあります。私は3人の裁判官で裁判する「合議事件」を担当していますが,先輩裁判官と議論をすることで,自分が気付かなかった視点を得ることもあります。
 裁判で,事実認定は「永遠のテーマ」と言われていますが,裁判官になってその難しさを強く感じています。記録を見る,議論をするということは私たちにとっての原点であり,多角的・批判的視点を採り入れることでもあります。今後もその大切さを忘れずに,真摯に事件に向き合っていきたいと思っています。