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最高裁判所判例集

事件番号

 昭和23(れ)2063

事件名

 強盗殺人未遂、銃砲等所持禁止令違反

裁判年月日

 昭和24年12月21日

法廷名

 最高裁判所大法廷

裁判種別

 判決

結果

 棄却

判例集等巻・号・頁

 刑集 第3巻12号2048頁

原審裁判所名

 東京高等裁判所

原審事件番号

原審裁判年月日

 昭和23年10月30日

判示事項

 一 憲法第三八條第三項にいわゆる本人の自白と刑訴法第三一九條第二項の意義
二 強盗の豫備をなしたものがその實行に着手した場合と強盗豫備罪の成否
三 死刑及無期懲役刑の合憲性−死刑と無期懲役刑との本質的相異
四 被告人が殺意を以て兇器を携え乘車勤務中の車掌に殺害を加えその懐中時計を強奪し進行中の列車から付き落した所爲に對する無期懲役刑の宣告と殘虐な刑罰
五 牽連犯の意義と罪數−銃砲等所持禁止令違反と強盗殺人未遂は牽連犯となるか

裁判要旨

 一 憲法第三八條第項三に所謂本人の自白には判決裁判所の公判廷における自白を含まないと解すべきことは、當裁判所の判例において展々判示したところであり、今この判例を變更する必要を認めない。新刑訴法が第三一九條第二項において公判廷における自白であつてもそれが被告人に不利益な唯一の證據である場合にはこれによつて有罪とされない旨の規定を新設したことは所論のとおりである。しかし、かゝる規定を設けたことの當否はしばらくこれを措くとしてこの規定は憲法第三八條第三項に對する所謂解釋規定ではなく自白偏重の弊害を矯正し被告人の人權を擁護せんとする憲法の根本精神をさらに擴充すると共に新刑訴法の指導原理たる當事者對等主義にも立脚して、自白が當事者である被告人の供述たる點を考慮してその證據能力について、新たな一の制限を設け公判廷における自白にまで及ぼしたものに過ぎないのである。それは丁度憲法第三八條第二項においては「強制拷問若しくは脅迫による自白又は不當に長く抑留若しくは拘禁された後の自白」について證據能力を制限しているのを、新刑訴法第三一九條第一項においてはさらに擴充して「その他任意にされたものでない疑いのある自白」についても證據能力を制限するに至つたのと同様である。これ等は何れも憲法の基本精神を擴充しその線に沿つた法律改姓であつて、毫も憲法の趣旨に背反するものでないからその合憲性を有することは疑のないところである。されば憲法第三八條第三項の合理的解釋として示した判例の見解は毫も新刑訴法第三一九條第二項の規定と矛盾するところはなく今後も維持さるべきものである。従つて反對の見地に立つて右判例の變更を求める所論には賛同することはできない。
二 強盗の豫備をしたものかその實行に着手した以上それが未遂に終ると既遂になるとを問わずその豫備行爲は未遂または既遂の強盗罪に吸收されて獨立して所罰の對象となるものではない。本件において、原審は既に強盗殺人未遂罪を認定所斷したのであるから、もはや所論の豫備行爲は所罰の對象として獨立して審判さるべきものではないのである原判決の事實摘示は、獨立した強盗豫備罪を構成する罪となるべき事實を認定した意味ではなく單に被告人が本件犯行を爲すに至るまでの経過を示しその犯情の一端を明らかにする目的を以て認定掲記したに過ぎない。従つて原審が該事實に對し刑法第二三七條を適用しなかつたのはむしろ當然であり原判決には所論のような違法はない。
三 死刑そのものは憲法第三六條にいわゆる「殘虐な刑罰」に當らないとすることは當裁判所の判例とするところである(昭和二二年(れ)第一一九號昭和二二年三月一二日大法廷判決参照)。既に現行制度における死刑それ自体が然りとすれば同様に現行制度における無期懲役刑そのものも亦殘虐な刑罰といゝ得ないことは一層當然であろう。論旨は死刑はその與へる苦痛が瞬間的であるに反し、無期自由刑は犯人の生涯を通じ永續的に人間存在の前提ともいうべき自由を剥奪し、必要以上の精神的肉体的苦痛を與え死刑に比して却つて殘虐であるといわねばならないと主張する。無期自由刑が觀念的には−假出獄、刑の執行停止、恩赦等の制度のあることを度外視すれば−犯人の一生を通じその自由を剥奪せんとするものであることは所論のとおりであるが、欲に「命あつてのもの種」といわれるやうに、論旨が人間存在の前提であるとする自由そのものは實は生命の存在を前提とするものであり、生命の剥奪は、すべての自由の絶對的剥奪となる。人は本能的にその自由よりもその生命を尊重し、生命の剥奪を自由のそれにも増して嫌惡し恐怖するのが通常である。尤も特殊の人が特殊の事情の下に無期自由刑よりも死刑を選ぶようなこともないではないであろう。しかしそれはあくまで稀有な例外的事例に過ぎないのであつてこれを以て一般を律することはできない。さればわが刑法においても現代文明各國の立法例と共に死刑を以て最重の刑とし無期自由刑をこれに次くものとしているのである(刑法第一〇條参照〃のみならず科刑の目的は受刑者その人を對象とする特別豫防の他に社會を犯罪から防衛せんとする一般豫防の面もあるのであるから、刑の種類及び量の適否と要否とについてもこの兩者の立場から考察されなければならない。そして又犯罪と犯人とがその型と質とを異にするに従いこれに對應する刑罰も亦その量及種類を異にせざるを得ないのである。死刑の以てしては過酷に失し有期の自由刑を以てしてはなお足りないとする場合もあり得るのであるから、法律が無期自由刑を認めたからというて、唯特殊の受刑者の個人的立場からのみこれを目して必要以上にその精神的肉体的苦痛を與へる殘虐な刑罰を規定するものとし、違憲であると斷じ去ることはできない。しかも近時における行刑制度は素朴な應報刊主義の見地のみによらず教育刑主義にも立脚して組織され運用されているのである。すなわち現代の行刑は、無期自由刑の受刑者に對してもでき得る限りその物心兩生活においてその反省の機會を與え人間生活の廣さと深さとを味得せしめてその更生を誘致すべく努力するのである。所論は人間の生命に對する本能を顧みず刑の眞義と行刑の實情とを正規しない偏見に過ぎない。この要旨に對する裁判官斎藤悠輔同澤田竹治郎の意見あり。
四 原審認定事實によれぼ被告人は乘者勤務中の車掌を殺害してその所持する運輸省貸與の懐中時計を強奪しようと決意し、昭和二三年四月二三日ハンマー及び匕首を携えてa驛から常磐線下り貨物列車の最後部車掌室に、車掌Aの承諾を得て乘込み同日午後一〇時半頃突如Aの前頭をハンマーで殴打し、次いで匕首をふるつて同人の肩、顔面その他を數回突刺し又は斬付けて重傷を負はせてから、同人の所持していた運輸省貸與の懐中時計及びその鎖を強奪した上、同人を進行中の列車から車外に突落したが、殺害の目的を遂げなかつたというのである。原審は、この事實にもとづき刑法第二四〇條後段第二四三條を適用し、未遂減輕をしないで無期懲役を撰擇所斷した。その未遂減輕をしなかつたのは本件犯情を斟酌した結果であつて未遂減輕が事實審の裁定に委ねられている現行法においては、直ちにこれを違法とはいゝ得ない。そしてまた原判決にはその量刑においても實驗則に背反したと認むべきかどもなく、まして人道に悖る殘虐な科刑をしたものと到底は認め得ないのである。所論は畢竟事實審である原審の裁量權の範圍内において適法になした量刑を非難するに歸着するもので採用に値しない。

五 牽連犯は元來數罪の成立があるのであるが、法律がこれを處斷上一罪として取扱うこととした所以は、その數罪間にその罪質上通例その一方が他方の手段又は結果となるという關係があり、しかも具体的にも犯人がかゝる關係においてその數罪を實行したような場合にあつてはこれを一罪としてその最も重き罪につき定めた刑を以て處斷すれば、それによつて輕き罪に對する處罰をも充し得るのを通例とするから、犯行目的の單一性をも考慮して、もはや數罪としてこれを處斷するの必要なきものと認めたことによるものである。従つて數罪が牽連犯となるためには犯人が主観的にその一方を他方の手段又は結果の關係において實行したというだけでは足らず、その數罪間にその罪質上通例手段結果の關係が存在すべきものたることを必要とするのである。然るに所論銃砲等所持禁止令違反の罪と強盗殺人未遂罪とは、必ずしもその罪質上通常手段又は結果の關係あるべきものとは認め得ないのであるから、たとえ、本件において被告人が所論強盗殺人未遂罪實行の手段として匕首不法所持罪を犯したものとしても、その一事だけで右兩面の罪を牽連犯とみることはできない。

参照法条

 憲法38条3項,憲法36条,刑訴法319条2項,刑法237条,刑法236条,刑法9条,刑法11条,刑法12条,刑法240条,刑法243条,刑法54条,銃砲等所持禁止令1条

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