令和4年1月1日
新年のことば
最高裁判所長官 大谷直人
令和4年の年明けを迎えました。年の初めに当たり,一言御挨拶申し上げます。
昨年は,夏のオリンピック・パラリンピックが57年ぶりに我が国で開催されました。映像を通して伝わる熱戦の模様に魅了されるとともに,自己の限界に挑戦する選手の姿や困難な状況下で大会運営に尽力する関係者の熱意に感銘を受けた方も多かったと思います。その一方で,新型コロナウイルス感染症のまん延はその終息には至らず,裁判所においても,一昨年に引き続き,感染拡大防止と国民から負託された紛争解決機関としての役割とをどのように調和させて安定した業務を行っていくかを最大の課題として取り組んだ年となりました。
情報通信技術の飛躍的な発展や今般の感染症の影響を背景として,社会全体でデジタル化に向けた動きが加速しています。このような社会情勢の下,各種裁判手続についても,ITの利活用を通じて,より質の高い裁判を実現することが求められています。生活様式の変化や利用者のニーズに即し,これからのデジタル社会における裁判所の在り方を見通しつつ,司法行政事務も含めた裁判所全体のデジタル化について検討を進めていくことが必要です。
民事訴訟の分野では,法制審議会の専門部会において,訴え提起から上訴までの各段階の全面IT化を実現する民事訴訟法等の改正に向けた大詰めの議論が行われています。一昨年から始められたウェブ会議等を活用した争点整理の運用は,本年夏までに全ての地裁支部まで拡大し,準備書面や書証の写し等を電子的方法により提出する新たなシステムも,本年2月以降一部の庁から導入が開始される予定です。このように,IT化の歩みは着実に進められていますが,民事訴訟に関しては,判断自体の適正さを確保することは当然のこととして,手続保障の充実及び判断理由の説得力の更なる向上とともに,合理的な期間内での解決に向けた一層の実務の改善が必要であることが指摘されてきました。これらは,適正かつ迅速な裁判の実現を掲げて制定された現行民事訴訟法の施行から20年余を経た現在,本格的なIT化の前に裁判官自身が問題意識を持って取り組んでいかなければならない課題であるといえます。これからの社会にふさわしいプラクティスを確立することを目指して,庁を超えた意見交換なども活用しながら,官職の枠を超えて意欲的に議論し,運用改善の実践や検証を繰り返して,審理運営の質を高めていくことが期待されます。
刑事裁判の分野では,裁判員制度が,国民の高い意識と誠実な姿勢に支えられて10年以上の実績を積み重ね,刑事裁判の中核的地位を占めるに至っています。その安定的な運用のためには,感染症の拡大防止策を徹底することは当然として,地域の実情に応じたきめ細やかな配慮や工夫を施すなど,裁判員の方々が安心して参加できる環境を確保しなければなりません。同時に,この制度を将来にわたって我が国の社会に確実に根付かせていくためには,これまで以上に裁判員の視点や感覚を的確に裁判内容に反映させるための不断の努力が重要です。個々の事案において裁判員と裁判官との実質的協働の実践に意識的に取り組むとともに,それらの事例を蓄積・共有しつつ,裁判運営や判断枠組みの在るべき姿を明確化するなど,裁判外の様々な場での地道な検討を続けることが刑事裁判全体の深化につながるものと考えます。刑事手続についても,政府において捜査・公判にITを活用する方策について検討が進められており,令和3年度内を目途に検討結果が取りまとめられる見込みですが,刑事裁判全体として目指すべき方向性を見据えつつ,手続にふさわしいITの活用の議論を深めていくことが求められます。
調停制度は今年で創設100周年を迎えます。この間,世界的にもユニークなこの制度は,社会・経済情勢の変化に伴う国民のニーズに対応した運用を図りながら,身近な紛争解決手段としてその役割を果たしてきました。これからは,裁判や裁判所外での法的解決制度との位置づけをより明確にしつつ,この制度をさらに利用しやすいものとすべく,関係者が工夫を重ねる必要があります。
とりわけ,家事調停においては,調停の本質に立ち戻って議論や実践を続けていく必要があることが,新型コロナウイルス感染症への対応においても改めて認識され,全国の家庭裁判所で改善に向けた試みが続けられているところです。家事事件手続についても,政府においてIT化の検討が始められており,昨年12月から,一部の家庭裁判所において,家事調停手続の期日におけるウェブ会議の試行が始まっていますが,調停の本質や在るべき調停運営の姿について現在行われている議論と実践は,手続のIT化やITを活用した各種事務処理の在り方について検討を着実に進めていく上での土台となるものです。来るIT化を真に実のあるものとするためにも,家庭裁判所に配置された多様な職種が問題意識を共有し,効果的な連携を図っていくことが期待されます。さらに,本年4月1日には,18歳及び19歳の者について特例規定を設けた改正少年法が施行されますし,成年後見制度についても,現在検討が進められている成年後見制度利用促進に関する次期計画がスタートします。このように,本年は家庭裁判所をめぐる状況に種々の変化が見込まれますが,その中にあって裁判所に求められる役割は何かという問題意識を失うことなく,関係機関との間で相互理解と信頼関係を築きながら,国民に信頼される事務処理を行っていかなければなりません。
国民の価値観や行動様式の多様化が加速度的に進む中で,より質の高い司法サービスを提供し,国民の期待に応えていくためには,全ての職員が本来担うべき役割に注力して専門性を発揮することができる,より活力ある組織を目指す必要があります。若年労働人口の減少や定年の引上げなど,職員を取り巻く環境の変化に適切に対応しつつ,多様かつ優秀な人材の確保や職員の育成に一層力を注ぐとともに,事務の合理化といった職場環境の整備にも引き続き努めていかなければなりません。
職員一人一人が真摯にその職責を果たすことを期待して,新年の挨拶といたします。