戸倉最高裁判所長官は、憲法記念日を迎えるに当たって記者会見を行い、談話を発表するとともに、以下のとおり、記者からの質問に応じました。
【記者】
5月8日で新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが5類に移行しますが、裁判所も3月からマスクの着用を個人の判断に委ねるなど、運用が元どおりになりつつあります。
コロナ禍では、感染拡大防止の取組と裁判の迅速化をどのように両立させていくか、裁判所にとっても初めての事態だったと思いますが、得られた知見をお聞かせください。また、今後同様の事態が起きた場合の備えとして、裁判所として重要なことをお聞かせください。
【長官】
裁判所は、新型コロナ感染症が長期間にわたりまん延する中で、専門家の助言を得て、公衆衛生学等の専門的知見に裏付けられた感染防止対策を策定しつつ、ウェブ会議等のデジタル技術を積極的に用いるなどし、紛争解決機能を最大限維持してまいりました。この間、傍聴席の数の制限、あるいはマスクの着用等の感染防止対策や裁判手続上の運用上の工夫に御理解・御協力いただいた関係者を始めとする国民の皆様に、あるいは助言を頂いた専門家の皆様には、改めて感謝を申し上げたいと思います。
これらの経験を通じて、感染症のまん延下において裁判所が司法機関としての機能を維持する上で、裁判手続のデジタル技術の活用、政府等の関係機関や専門家との連携が有効かつ重要であることを実感いたしました。将来生じ得る感染症に備える観点からも、裁判所への来庁が制約された状況等を想定した幅広いデジタル技術の活用についても研究を重ねる必要があるものと考えています。
【記者】
去年10月に東京・中目黒にビジネス・コートができました。ビジネス関係の訴訟を専門的に扱う全国初の裁判所ですが、期待する役割を教えてください。
また、ビジネス・コートではウェブ会議用の専用ブースを多数導入するなどIT化にも力を入れた作りになっています。今後、裁判のIT化により裁判の迅速化も一層期待されますが、裁判所は市民にとってどのような存在に変わっていくのか、お考えをお聞かせください。
【長官】
知的財産紛争、商事・経済紛争、事業再生・倒産処理などのビジネスに関する事件は、解決に高いスピード感が求められるとともに、国際的な広がりがある事件も多く、また、このような事件の訴訟代理人等もその専門性や国際感覚が高く、デジタル技術の活用にも積極的な方が多いものと思われます。このようなビジネス・コートには、裁判所職員や訴訟代理人等が、専門的見地からの切磋琢磨や海外法曹との交流等により相互に知見を磨き、デジタル技術を駆使するなどの実践を通じ、ユーザーのニーズに的確に応え、民事司法の国際競争力強化の一翼を担う新しい裁判所となることを期待しています。
法の支配を確かなものにするためには、裁判所が国民に身近で頼りがいのある存在でなければなりません。そのためには、ビジネス・コートに限らず、裁判の迅速化は重要な課題であり、裁判手続のデジタル化も、裁判手続全体を合理化・効率化し、裁判の迅速化にも資するものを目指す必要があります。全国の裁判所では、このような観点から、訴訟の追行を担う訴訟代理人等の御理解と御協力を得ながら、デジタル技術を活用した合理的で効率的な審理の在り方を鋭意検討しているところです。
【記者】
昨今、性別変更や同性婚といった多様性をめぐる裁判に注目が集まっています。今後の社会の在り方に影響を与える重要な判断を示すことになる裁判所、裁判官にはどのような視点が求められ、当事者の声にどう向き合っていくべきか、お考えをお聞かせください。
【長官】
この御質問は、いろいろな具体的事件との絡みがあり、具体的なお答えをすることは難しいわけですが、一般論で申し上げるならば、元来、裁判官は、広い視野と深い洞察力をもって、紛争の基礎にある多様な利害や価値観の対立の本質を柔軟に受け止めた上で、適切な事実認定や法令の解釈を行い、納得性の高い判断をする、こういった資質能力が求められております。その意味では、国民の価値観や意識の多様化に伴って生じる新たな社会問題についても同様のことが言えるわけであります。
そういった資質能力を身に付けるためには、裁判官は、日々の仕事・生活を通じて、主体的かつ自律的に識見を高めるよう努めることが重要ですが、裁判所としましても、各種の研修等を通じて、各裁判官の取組を今後とも支援してまいりたいと考えております。
【記者】
再審制度についてお伺いいたします。先日袴田事件に関して再審開始が決まりました。再審制度をめぐっては、再審に関する法制度の整備を求める声が根強くありまして、裁判官の経験者の方からも規定を整備することで、裁判官の訴訟指揮にとっても有効であるというような声があります。この点について長官としてのお考え、再審制度について今後求められる在り方についての考えを伺いたいと思います。
【長官】
再審制度を今後どうしていくべきか、ということについては、これは立法政策ということになりますので、それは今後政府あるいは立法機関において検討されることであろうというふうに考えております。ただ、現在の制度の下でのいわゆる証拠開示の運用等については、再審請求事件の内容が極めて様々である、こういうことを前提といたしますと、各裁判体において個々の事案ごとの実情に応じた適切な運用をしているものとそういうふうに私は認識しております。
そういう意味でいきますと、これが今の制度の運用で十分かどうか、あるいはそういった部分については私の立場で申し上げることはできません。この点については適切に今後の立法政策等、そういった検討の中で見極めをされていくものだろうと思っております。
【記者】
憲法などとは少し離れる質問になるのですけれども、先ほども長官がおっしゃられたように裁判のIT化ですね、今裁判所でも進められていますけれども、一方で社会的には最近ですとChatGPTなどを使って準備書面などを作成するなどITを裁判に活用しようという動きも出てきていますけれども、こうした中でAIではなく人である裁判官が裁判を行って判決を出す意味というのを長官としてどのように考えられているか、御見解をお伺いしたいと思います。
【長官】
ChatGPTといった生成型のAI技術が急速に進んでおって、いろいろな場面で活用が検討されていると思います。それを裁判でどう活用していくか、というのは、いろいろな側面から検討しなければ問題が起きるのだろうと思います。今、具体的にそれを検討しているというわけではありませんけれども、内容の信頼性という問題は当然起こる、というふうに思いますし、他方で、そういう機械、AIというのは確率的に情報を処理していく、確率的にものを決めていくなんていうことを言っていますけれども、裁判というものは必ずしもそういうことだけではカバーできない仕事をしているというふうに考えています。
したがって、こういうデジタル技術を裁判実務の中にいろいろ活用して、できるだけ効率化を図るという観点は大事ですけれども、一方で人である裁判官が裁判をする、という本質は変わりませんので、やはり我々としてはそういうものが、例えば裁判官の今後の育成ということにどういう影響を及ぼすか、そういった裁判を担う人材育成という観点からもやはり慎重な対応が必要なのかなと考えています。
【記者】
記録廃棄の問題について伺いたいのですけれども、神戸の連続児童殺傷事件など、重要な少年事件・民事事件の記録廃棄が相次いで発覚しまして、その受止めと、記録の保存廃棄の在り方についてどのようにお考えになるかというのをお伺いできますか。
【長官】
確定後の記録の保存廃棄をめぐる一連の問題につきましては、裁判所全体として規程、通達の趣旨に沿った適切な運用がされていたとは言い難い状況にあったというふうに理解しておりまして、各方面からもいろいろ御批判を頂いたということについては、大変重く受け止めております。この記録の保存廃棄の問題につきましては、現在、第三者の目から客観的に評価をしていただきながら調査検討を行っているところでありますけれども、どうもこの事案の経緯を見ますと、やはり個々の職員の判断あるいは行動からの問題というよりは、やはりその背景にあるような、そういう構造等が背景になるような事情とかですね、そういった点まで含めて何が問題であったか、よりそういった点を十分に分析した上で今後の再発防止になるような対策を講じていかなければならないというふうに考えております。
そういう意味で現在行っております調査、第三者の有識者の方からの御意見を伺いながら調査ということを十分行った上で、それを踏まえて制度の元々の在り方とかですね、そういった点を十分踏まえた対応を検討していかなければだめだろうというふうに考えております。