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裁判所の中のミニ博物館

京都地方裁判所の庁舎は,京都市街のほぼ中央,京都御苑の南向かいに位置し,長い歴史に彩られてきた場所にあります。平成9年10月から平成11年1月まで現庁舎の建設工事に先立ち,財団法人京都市埋蔵文化財研究所に委託して庁舎敷地の発掘調査が実施されました。写真の土器類等(☆印)はその際に出土したものです(いずれも京都市考古資料館所蔵)。

また,京都地方裁判所宮津支部及び舞鶴支部には期日呼出状の版木(★印)などの歴史的史料が保管されていました。これらは過去の裁判の歴史をふりかえる貴重な資料であり,この度,京都地方裁判所北玄関ホールに展示ケースを設けて保存・公開することにしました。平日の9時から17時まで,どなたでも自由にご覧いただけます。

京都地裁の建つ地域の歴史を簡単に振り返りながら,展示の埋蔵物についてご紹介します。

当地近辺では古墳時代の住居跡が発見されており,集落があったことが想像できます。出土した古墳時代から飛鳥時代の土器類は,土師器(はじき)と須恵器(すえき)の小破片です。

写真:縄文土器

☆縄文土器(鉢)

写真:弥生土器

☆弥生土器(甕と壺)

写真:軒平瓦(剣刀紋)と軒丸瓦(巴紋)

☆軒平瓦(剣刀紋)と軒丸瓦(巴紋)

写真:磨製石斧と磨製石鏃

☆磨製石斧と磨製石鏃

平安時代,当地は平安京の一部であり,「左京二条四坊十町」に当たりました。平安時代から鎌倉時代にかけて,白河法皇・後鳥羽上皇らの御所になった「春日殿(大炊御門殿)」(かすがでん(おおいみかどでん))があり,周辺にも天皇・皇族や位の高い貴族の邸宅がありました。出土した土器類は大きな破片が多く,完形に復元できた個体も多くあり,土師器,須恵器が大部分を占めます。なお,「春日殿」には新古今集の女流歌人として知られる後白河天皇の皇女式子内親王(1149~1201)が住まいされたことがありました。

☆銅鏡(瑞花鴛鴦紋鏡)

室町時代,幕府の要人であった管領畠山持国の邸宅がありました。その後,京都の町は応仁の乱で一旦焼けますが,当地は繁栄していたとされています。

写真:施釉陶器壺(瀬戸産四耳壺)

☆施釉陶器壺(瀬戸産四耳壺)

桃山時代以降,当地の北側に御所と公家邸宅が造られ,当地一帯は諸大名の京屋敷が営まれていました。「洛中絵図」によると,江戸時代前期には当地は松平中務少輔の屋敷地となっていましたが,間もなく取り壊されました。江戸時代中期から後期には近隣と同様の町家が建ち並んでいたようです。土器の出土量は江戸時代になると飛躍的に増大し,施釉陶器や磁器の割合が増加します。

施釉陶器椀(美濃瀬戸産織部椀)

☆施釉陶器椀(美濃瀬戸産織部椀)

施釉陶器椀(美濃瀬戸産天目椀)

☆施釉陶器椀(美濃瀬戸産天目椀)

写真:期日呼出状の版木 写真:期日呼出状の版木

★期日呼出状の版木(京都地方裁判所宮津支部)