トップ > 各地の裁判所 > 大阪地方裁判所/大阪家庭裁判所/大阪府内の簡易裁判所 > 裁判手続を利用する方へ > 交通部(第15民事部) > 3. 交通事件の審理について
1. 訴訟前に行うことが考えられること
ここでは,交通事件の民事訴訟を提起する前に,行っておくことが考えられる事項をいくつかご紹介します。もちろん,これらを行っていないからといって,訴訟を行うことができない,ということはありません。
ア 自動車損害賠償責任保険及び自動車損害賠償責任共済(自賠責保険等)の被害者請求(自動車損害賠償保障法(自賠法)16条1項,23条の3第1項)
自動車事故に関しては,特別法として自賠法が制定されています。
自賠法は,自賠責保険等によって加害者の支払能力を確保し,被害者の保護を図っています。自賠法5条以下においては,自動車を運行の用に供するためには,必ず,自賠法で定める自動車損害賠償責任保険又は自動車損害賠償責任共済(自賠責保険等)を締結していなければならないことになっており,自賠責保険等をつけないで,自動車を運行の用に供すると,刑罰が科されることとされています。そこで,自賠責保険等は,強制保険とも呼ばれています。なお,以下の記述は,自動車損害賠償責任保険について記載してますが,自動車損害賠償責任共済についても同様の制度があります。
交通事故の被害者は,自賠法16条1項に基づき,加害車両に付された自賠責保険等の保険会社に対し,自賠責保険等の保険金額の限度において,損害賠償額の支払をすべきことを請求することができます(被害者請求)。
被害者は,訴訟の提起前に被害者請求を済ませておくことが考えられます。
イ 自賠責保険等の後遺障害等級認定
民事訴訟において,交通事故の被害者が,自動車事故による後遺障害に基づく損害を請求する場合には,その後遺障害の有無や程度を立証する必要があります。
そこで,そのような問題と関連して,民事訴訟の提起前に,自賠責保険等の被害者請求又は加害車両に付けられた任意保険の保険会社を通じて行われる事前認定手続によって,後遺障害等級認定を済ませておくことが考えられます。
後遺障害等級認定とは,自賠法施行令2条においてその軽重により,14等級に分けられている後遺障害のいずれに当たるかということを認定することをいいます。(自賠法においては,自賠責保険金における保険金額〔保険金支払の対象となる損害が発生したときに支払われる保険金の限度額〕は政令で定めるものとされているところ,自賠法施行令2条で,14等級に分けられた後遺障害等級ごとに,損害の保険金額を定めています。)
被害者の後遺障害について,被害者請求等によって認定された後遺障害の程度が,民事訴訟において,必ず,そのまま採用されるというものではありませんが,被害者請求等によって後遺障害が認定されていることを,民事訴訟において活用することができます。後遺障害について一定の基準が示されているわけですから,これは,早期の解決に資する面があります。
ウ 自賠責保険等の仮渡金制度
被害者と被保険者との間で,損害賠償責任の有無について争いがある場合や,損害賠償額について合意ができない場合などには,被害者は長期間損害賠償金の支払を受けられないこととなり,治療費,生活費等当座の出費に困る場合があります。このような場合には,加害車両の保有者の損害賠償責任の有無にかかわりなく,また損害賠償額が確定する前に,被害者は,保険会社に対し,政令で定める金額を仮渡金として支払うことを請求することができます。なお,仮渡金は,損害賠償額の一部先渡しであるので,損害賠償額が確定し,それが仮渡金の額を下回った場合は,過払分については返還する必要があります。
エ 社会保険の利用等
交通事故によって受傷等をした被害者は,自賠責保険等や任意保険を利用するほか,各種の社会保険を利用し,これによる給付を受けることができます。
例えば,治療の際には,交通事故によって受傷した場合も健康保険による診療を受けることが可能ですので,健康保険による診療を活用することが考えられます。
また,交通事故が勤務中や通勤途中に発生した場合には,労働災害事故にも該当することから,労働者災害補償保険法に基づく労災保険給付を受けることもできます。ただし,訴訟において損害賠償請求をした場合には,労災保険給付のうち一定の給付については,相手方が賠償すべき額から控除されます。
オ 刑事事件記録の検討
交通事件では,被害者の側で,加害者の責任原因を主張,立証する必要があり,そのために具体的な事故態様の主張が必要ですから,具体的な事故の態様を検討するために,あらかじめ刑事事件記録を入手し,その内容を検討しておくことが考えられます。なお,訴訟の提起後においては,文書の送付を嘱託することを申し立てる方法(民事訴訟法226条)により刑事事件記録を入手し,これに基づき主張立証を行うことは可能です。
刑事事件記録には,実況見分調書,被害者の診断書,被害車両や加害車両の写真,加害者,被害者及び目撃者等の供述調書が含まれますから,これらによって,事故の現場の状況や,事故の態様,被害の内容等を検討することができます。なお,不起訴となった刑事事件記録も,一定の場合には入手することができます。
カ 訴訟以外の紛争処理手段の検討
交通事故に基づく損害賠償の紛争については,各弁護士会の交通事故処理委員会,財団法人日弁連交通事故相談センター,財団法人交通事故紛争処理センターなどの紛争処理機関や,調停の手続(大阪地裁第10民事部のページをご参照下さい。)など,訴訟の外にも各種の紛争処理解決機関があるので,事案に応じて,これらの紛争処理機関を利用することを検討することも重要です。なお,自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償の紛争に関する調停事件(交通調停事件)は,損害賠償を請求する者の住所又は居所の所在地を管轄する簡易裁判所にも申し立てることができます(民事調停法33条の2)。
2. 訴えの提起
訴えの提起は,訴状を裁判所に提出して行います(民事訴訟法133条1項)。また,訴状には,立証を要する事由について証拠となるべき文書の写しで重要なものを添付してください(民事訴訟規則55条2項,証拠についてどのようなものがあるかについては,3の証拠を参考にしてください。)。
訴状の記載に当たっては,次の事項に留意してください。
ア 裁判所
通常は,被害者,加害者,運行供用者などの住所,居所の管轄裁判所,あるいは事故発生地の管轄裁判所です。
イ 原告
通常は,交通事故で被害を受けた被害者本人,死亡した被害者の相続人などです。
ウ 被告
多くは,運転者,加害車両の保有者,運転者の使用者が被告とされます。
エ 請求の原因
交通事故の明示
訴状には,問題とする交通事故の発生日時,場所,関係車両,態様を記載してください。
責任原因
交通事件における責任原因の主なものは,次のものです。事案に応じて,責任原因を明示してください。
- 運転者 民法709条(民法709条は,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。)
- 保有者(運行供用者) 自賠法3条(自賠法3条本文は,「自己のために自動車を運行の用に供する者は,その運行によって他人の生命又は身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。」と定めています。)
- 使用者 民法715条(民法715条1項本文は,「ある事業のために他人を使用する者は,被用者がその事業の執行について第3者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。)
傷害の内容及び治療の経過
交通事故によって傷害を負ったことについて,加害者等に対し,損害賠償をする場合,当該交通事故によって負った傷害の内容,治療の経過(入通院先,入通院機関,通院実日数)を記載します。
後遺障害に関する損害賠償を請求する場合には,これらに加え,症状固定日及び後遺障害の程度(後遺障害等級認定がある場合には,その等級)を記載します。
損害
交通事故における損害は,治療関係費,休業損害,逸失利益(後遺障害のある場合・死亡事案が中心となります。),慰謝料などの個別の項目ごとに計算され,その合計額が損害とされます。損害の種別は,5を参照してください。原告は,被告に対してこれらの損害について具体的な額を記載します。
3. 証拠
ア 典型的な証拠
交通事件においては,事案に応じて,次のような証拠などが提出されます。
- 交通事故証明書,現場見取図,刑事事件記録,医療記録,陳述書
- 自動車検査証,写真,地図
- 修理の見積書・請求書・領収書
- ドライブレコーダー(交通事故前後の映像や走行データを記録する装置)の記録
イ 証拠の収集
交通事件では,文書送付嘱託(民事訴訟法226条)や調査嘱託(民事訴訟法186条)の活用が考えられます。
*文書送付嘱託(民事訴訟法226条は,「書証の申出は,文書の送付を嘱託することを申し立ててすることもできる。」と定めています。)
*調査嘱託(民事訴訟法186条は,「裁判所は,申立て又は職権により,事実あるいは経験則に関し,必要な調査を官庁もしくは公署,外国の官庁もしくは公署又は学校,商工会議所,取引所その他の団体に嘱託することができる。」と定めています。)
4. 過失割合の認定
交通事故においては,交通事故のいずれかの当事者に一方的に過失がある場合もありますが,双方に過失がある場合も少なくありません。その場合には,過失相殺が行われます。例えば,交通事故において,原告の過失が2割,被告の過失が8割と認められると,原告の損害に2割の過失相殺を行い,残りの8割について被告が損害賠償責任を負うことになります。(例えば,原告の損害が100万円で,原告に2割の過失がある場合には,2割の過失相殺(20万円を100万円から控除。)がされて,被告が損害賠償責任を負うのは80万円ということになります。但し,他の減額事由がある場合もあります。)
このように,交通事故においては過失割合の認定が重要となりますが,裁判所は,交通事故における過失割合の認定においては,これまでの裁判例などを参考にしながら,事案に応じて,個別具体的な事情を勘案して,過失の有無及び割合を認定しています。
5. 損害賠償額の算定
交通事故に基づく損害には,積極損害(事故により支出を余儀なくされた損害),消極損害(事故がなければ得られたであろう利益を事故により失ったことによる損害),慰謝料(事故により被った精神的苦痛)があります。また,人的損害(人の生命又は身体に生じた損害)と物的損害(物に生じた損害)との区別があります。
人的損害には,治療費,付添看護費,入院雑費,通院交通費,葬儀費,休業損害,逸失利益,慰謝料などがあります。
物的損害には,車両の修理費等,評価損,代車料,休車損などがあります。
これまで,こうした損害賠償の賠償の範囲及び損害の算定方法については,裁判例等の積み重ねにより,基準化が図られています。裁判所は,個別具体的な事件に応じて,一件一件,当事者の主張や当事者が提出した証拠に基づき,事実を認定し,法律を適用して判断しています。