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医事関係訴訟委員会
第1 はじめに
平成13年6月14日に医事関係訴訟委員会規則が制定公布され,同規則に基づいて最高裁判所に医事関係訴訟委員会(以下「当委員会」という。)が設置された。
当委員会は,医学関係者,法曹関係者及び一般有識者によって構成され,(1)医事関係訴訟の運営に関する一般的問題についての審議及び(2)医事関係訴訟における鑑定人候補者の選任を主たる目的とし,これまで「医事紛争事件を,専門家の協力を得て,適正かつ合理的期間内に解決するための訴訟手続及び調停手続の運営の在り方について」とする最高裁判所からの諮問を受けて審議を重ねるとともに,各裁判体からの依頼にこたえ,鑑定人候補者推薦のための作業を行ってきた。
この答申は,発足以来今日までの当委員会の活動の軌跡と成果を明らかにし,これらについて関係各方面に周知を図るとともに,批判を仰ぐことも目的としている。
第2 医事関係訴訟委員会の発足
1. 背景
(1) 医事関係訴訟の処理状況
医事関係訴訟の大部分は,医療行為の適否等,医学上の知識や判断を必要とする民事訴訟であり,審理や裁判に際して専門的知識を必要とする,いわゆる専門訴訟の代表的なものである。近年,医事関係訴訟の新受件数は毎年前年を上回っており,例えば,平成7年には新受件数が488件であったのに比べ,平成16年ではこれが1107件にも達するなど,著明かつ急速に増加の一途をたどっている。この背景には,医療内容の複雑化・高度化と共に,患者の医師に対する意識の変化や,社会における一般的権利意識の高まりなどがあると考えられ,こうした傾向は,今後もなお続くものと予想される。医事関係訴訟の未済件数も増加し続け,平成7年の1528件が,平成16年には2138件にまで上昇した。
他方,医事関係訴訟の既済事件を分析した結果では,それらの審理期間は毎年短縮傾向にある。しかし,例えば,平成16年についてみると,地裁民事第一審通常事件が平均8.3か月で処理されているのに対し,医事関係訴訟では第一審の審理に平均27.3か月を要しており,一般の民事事件に比べてこの種の審理が格別困難であることを物語っている(資料1(PDF:162KB))。
このように様々な要因を抱える医事関係訴訟を,可能な限り合理的な期間内に,適正な解決へと導くことは,今日,訴訟関係者のみならず,社会全体からの要望であるといえよう。
(2) 合理的な期間内に適正な解決を導くために専門家の協力を得る必要性
医事関係訴訟においては,医療行為の適否等,医学に関連する事項が主たる争点となることが多いため,医学上の専門的知識に乏しい裁判官や代理人弁護士が,必要な知識を手探りで習得しつつ主張の構成や争点整理をすることになるが,そこには常に困難が伴い,この点が医事関係訴訟が長期化する一因となっていた。
また,医学的事項について,その時点での医学知識や医療水準を踏まえた適切な判断を行うためには,当該事案にふさわしい経験と知識を有し,かつ,公正中立な立場にある鑑定人による的確な鑑定が必要となることが少なくない。しかし,従前は,鑑定の作業自体に一定の時間を要することはやむを得ないとしても,既に,その前段階である鑑定人の確保に長期間を費やすことが多かった。すなわち,まず,医学の専門分野が細分化している今日,どのような分野の専門的知識経験を有する医学者・医師が当該事案の鑑定人としてふさわしいかを,医学的知識に乏しい裁判官や代理人弁護士が判断すること自体,困難な場合が少なくない。また,たとい分野を絞り込むことができても,その上で,なお具体的な鑑定事項について適切な鑑定を行うことができる公正中立な立場の鑑定人候補者を特定することが容易ではなかった。さらに,たとい適切と思われる鑑定人候補者を特定することができても,実際に依頼すると鑑定を断られる場合が少なくなかった。
このようにいくつもの段階にまたがる,鑑定人確保の困難性を解消するには,実際に鑑定人を選任する責任を負う各裁判体の工夫や努力にゆだねるだけでは限界があり,これまでのような個人的な「つて」等に頼って裁判体が独りで鑑定人を依頼する方法ではなく,これを社会全体の問題として取り上げて,鑑定人の選任を迅速かつ円滑に行うための方策を講じ,そのような仕組みを整備することが必要ではないかと指摘されるに至った。その結果,例えば,平成12年11月に公表された司法制度改革審議会の中間報告でも,専門訴訟への対応強化方策の一つとして,適切な鑑定人の確保が困難な現状にかんがみ,専門家団体との継続的な連携を図るなど,鑑定人推薦のためのシステムを強化する方策を採るべきであるとの提言がされている。さらに,平成13年6月の同審議会の意見書でも,当時,最高裁判所において準備を進めていた医事関係訴訟委員会・建築関係訴訟委員会の新設が,鑑定制度改善のための具体策の例示として掲げられている。
2. 発足に至る経緯
(1) 医学界と法曹界との相互理解と協力の必要性
最高裁判所事務総局民事局(以下「民事局」という。)では,平成11年ころから医療関係者と意見交換を重ね,その結果,同年7月,日本医学会に対し医事関係訴訟の現状及び問題点について説明し,医学界と法曹界との間の意見交換,意思疎通の方途を探るべく協力を求めた。日本医学会はその要請を受け,取りあえず双方が一つの卓を囲む場を設けることとし,以後1年間にわたり,医学界の有識者と民事局との間で極めて率直な意見交換が行われた。この場では,鑑定人の引受け手が見つからない理由として,医学界側から,例えば,鑑定人になり,時間を掛けて鑑定をしても裁判結果が伝えられないため,自分が行った鑑定がどのように裁判に役立ったのかが全く分からないことのほか,鑑定人への対応に問題があることが指摘された。具体的には,例えば,法廷で鑑定人に人格非難的との印象を抱かせるような質問がされることもあったため,真摯な気持ちで鑑定を引き受けた鑑定人に対する配慮が欠けているといった認識が医学界に広がってしまったとの指摘や,このような法廷内外における鑑定人に対する諸々の対応の結果が,鑑定,ひいては医学に対する敬意が欠如しているという誤解を与え,その結果,そのように軽視される鑑定であれば,そのために多くの時間と労力を使うことは無意味であるとの意識が医師の間に醸成されたとの意見も表明された。他方,医師の間にも鑑定の必要性・責務についての理解が十分浸透していない点などが指摘された。そして,これらの問題が看過されてきた背景には,これまで医学界と法曹界との間で率直な意見交換を行う場や機会がなかったことの影響が大きく,今後は,両者の間で継続して率直な意見交換を行い,解決を図っていくことが必要であるとの考えで一致した。このような共通の認識に基づき,更に意見交換を重ねた結果,法曹界としては,医事関係訴訟の適正な処理のために多大の協力を求められる鑑定人に対し十分な配慮を払う必要性について改めて注意を喚起し,医学界としては,医療の在り方にも重大な影響を与える医事関係訴訟の中で,特に大きな意味を持つ鑑定手続が,医学界にとっても極めて重要なものであることを踏まえ,国民の義務にも近い社会貢献である鑑定の大切さを一層周知徹底させることを,それぞれの基本として事を進めることとした。そして,医事関係訴訟を合理的期間内に適正な解決へと導くためには,前述の鑑定人確保の困難性を解消することが喫緊の課題となっており,そのために,医学界と法曹界とが協力し,早急に方策を打ち立てることが何よりも訴訟当事者の利益につながることであるから,今後なお一層真剣な検討を継続する必要があるとの認識を共有するに至った。
(2) 当委員会の発足
そこで,医学界と法曹界は互いに協力し,当面の実務的作業として各裁判体の依頼に応じ適切な鑑定人候補者を選び,推薦するとともに,広く適切な鑑定人を確保するための環境整備等,医事関係訴訟の訴訟手続全般にわたる運営の在り方について継続的に議論を行うことを目的として,最高裁判所の下に,医学関係者及び法曹関係者に一般有識者を加えた当委員会を設けることとなった。ただ,実際の委員会活動を軌道に乗せるためには,その前に十分な準備を整えるとともに,更なる協議や若干の試行錯誤の繰り返しが必要と考えられた。そこで,慎重を期する意味から,準備段階として医事関係訴訟懇談会を設け,これにより,試行的に学会に対する啓発や鑑定人推薦依頼を行い,その過程及び結果を検証することによって,自然な形での委員会への移行を目指した。
医事関係訴訟懇談会(以下「懇談会」という。)は,医学界と法曹界の有識者7名により構成され,平成12年10月から平成13年5月まで4回にわたり開催された。懇談会では,医事関係訴訟に関する運営の改善や適切な鑑定人候補者選任の方策等について意見交換を重ねる一方,実際の事案について適当な学会を選定し,当該学会に対し十分な説明をするとともに鑑定人候補者の推薦を依頼し,その回答を受けて推薦を依頼した裁判体に鑑定人候補者を紹介するという方法を試行し,それが有効に機能することを確認した。懇談会としては,日本医学会加盟各分科会の協力姿勢に感謝するとともに,医学界と法曹界との間の更なる率直な意見交換を続けることが,医事関係訴訟の運用改善のために有意義であるとの認識を改めて深めた次第である。なお,それまでの準備段階を通じての法曹界の理解ある態度や,最高裁を始めとする各裁判所の努力も忘れてはならない。
こうした成果を受けて,平成13年6月14日に医事関係訴訟委員会規則が最高裁判所規則として制定公布され,懇談会は発展的に解散し,当委員会が発足した。委員の構成については,資料2(PDF:101KB)に記載のとおりである。
第3 医事関係訴訟委員会の活動
1. 活動の概況
当委員会は,従来,各裁判体の努力に任されていた鑑定人の確保を,いわば社会的な一つの仕組みとして行うため,裁判体からの依頼に基づき,最も適当と思われる個別の学会を選定し,その協力を得て鑑定人を選定する仕組みの構築と運営を目指した。その一方で,医学界には鑑定に対する理解が深まるよう種々の方策を講じるとともに,法曹界には鑑定人が円滑に鑑定を行い得るような環境を整備するための努力を求め,さらに,最も基本的な事柄として,両者間に揺るぎない信頼関係を構築することを目指した。
こうした目的の下,当委員会は,平成13年7月以来,現在まで16回にわたり開催され,その間,各裁判体から提出された鑑定人候補者の推薦依頼に基づき,適当と思われる学会を選定し,推薦依頼を行うとともに,医事関係訴訟の円滑な運営や,関連する諸問題の適切な解決に向けた,自由で活発な議論を行ってきた。途中,平成13年12月には,鑑定人候補者選定分科会(以下「分科会」という。)が設けられ,そのための特別委員3名が選任され,第3回委員会以降は,分科会と合同で会議が開催されている。
2. 鑑定人候補者推薦手続について
第2回委員会以降,当委員会は,各裁判体からの依頼を受け,適切な鑑定人の選任を目指して,事案にふさわしい鑑定人候補者を擁すると考えられる学会を選定し,その学会に鑑定人候補者の推薦を依頼してきた。
(1) 推薦の方式等
当初,各裁判体の負担を考慮して,鑑定人候補者の推薦はすべて当委員会を通じて行うべきであるとする考えもあったが,それは現実的でないことから見送られた。その結果,各裁判体は,従来どおり,独自に鑑定人候補者を選定し,鑑定を依頼する方法を継続するとともに,必要に応じて当委員会に対し,鑑定人候補者の推薦依頼を行うこととなり,今日に至っている。すなわち,現状として,当委員会を通じた鑑定人候補者推薦依頼の対象となる事案は,いかなる理由であれ各裁判体において自らの努力のみでは鑑定人候補者を見つけることができなかった事案か,又は各裁判体において適切な医学分野を特定することが困難である等の事情により,最初から当委員会を通じて最もふさわしい学会に鑑定人候補者の推薦依頼をするのが適当と判断された事案のいずれかである。
当委員会における鑑定人候補者推薦手続は,鑑定人を必要とする各裁判体から,鑑定人候補者選定依頼要領(以下「依頼要領」という。)に基づき作成された鑑定人候補者推薦依頼書(以下「依頼書」という。)が,当委員会事務局を担当する民事局に提出されることによって開始される。
鑑定人推薦手続が円滑に行われるためには,当委員会及び鑑定人候補者を推薦する学会(必ずしも日本医学会加盟学会とは限らない。)に対し,候補者を選定するための情報が,必要最小限の分かりやすい形で提供されることが不可欠である。依頼要領は,そのような目的の下に,必要な記載事項を定めるなどして依頼書の書式の標準化を図ろうとする意図で作成された。
裁判体から鑑定人推薦依頼がされると,当委員会では,委員の討論に基づき,当該事案に最もふさわしい鑑定人候補者を擁すると判断される学会を選定し,当該裁判体から提出された依頼書を添えて推薦依頼を行う。それにこたえる形で,依頼先の学会から鑑定人候補者の推薦が得られると,当委員会事務局は,直ちに当該裁判体にその旨を伝え,これを受けて当該裁判体は,速やかに鑑定人候補者に連絡を取り,以後の鑑定手続を進める。
また,上記の鑑定人候補者推薦依頼をした裁判体は,当委員会事務局に対し,鑑定人指定の決定日,鑑定書提出日,事件終了日等の報告を速やかに行うとされている。これは,自己評価の一環として,将来の更なる円滑な鑑定手続のための環境整備・改善に役立つ資料となるものである。また,自分が行った鑑定がどのように裁判に役立ったのかがほとんど知らされないという前述の医療関係者からの指摘を踏まえ,事件終了時に,各裁判体から鑑定人に対して裁判結果を通知する運用が定着した。なお,事件終了の際には,当委員会からも,当該学会及び鑑定人に対し,裁判結果を通知するとともに,礼状を送付している。
(2) 推薦の実績と成果
これまで130件以上の事案について鑑定人候補者の推薦依頼を実施したが,そのほとんどについて,各学会の多大な協力により,比較的短時日内に候補者の推薦を得ることができた。すなわち,多くの学会では,その内部に上記推薦依頼のための受皿ともいうべき体制,組織が設けられ,当委員会より推薦依頼を受けてから,おおむね1,2か月以内の短期間で候補者を推薦するという迅速な対応が執られている。日本医学会加盟分科会以外の学会にも数件の推薦依頼をしたが,それらからも同様の対応が得られた。
これまでに,当委員会の依頼に応じて鑑定人候補者の推薦に協力された学会総数は,33である(資料3(PDF:95KB))。このように,鑑定人候補者の推薦が円滑に行われているのは,先にも触れたように,多くの学会が,医学界と法曹界との相互理解の必要性と,当委員会の取組について理解を示され,学会内部に上記推薦依頼に対応するための窓口や内部組織を設けるなど,鑑定人候補者推薦のための体制の整備に努力されたことに負うところが大きい。これまで当委員会からの推薦依頼に関して種々御尽力をいただいた学会及びその関係者並びに鑑定を引き受けていただいた方々に対し,当委員会としてここに改めて感謝の意を表する次第である。
他方,事務局としては,回を重ねる推薦依頼をめぐって次々に明らかにされる課題の検討を絶えず行ってきた。その結果,例えば依頼書に関しては,前述のとおり,記載事項や記載の留意点等について,一定の標準化が達成された。これは,鑑定人候補者推薦の依頼を行う際に,候補者を推薦する側や候補者自身に対し,事案に関する情報を提供するための文書の一つのひな形である。後述する各地域における鑑定人推薦依頼に際しても,有用な参考資料とすることができよう。
(3) 鑑定人等に対するアンケートの実施とその結果
当委員会では,このような鑑定人推薦の方式に関する自己評価を怠ることなく続けている。不断の改善を加えて,将来,これを更に利用しやすいものとするためには,実際に鑑定に関与した鑑定人の経験,印象を聴き,その内容を検討,分析して今後に生かす,いわゆるフィードバックが欠かすことのできない方法の一つである。また,医学界の鑑定人引受けに対する消極的な意識を払拭する手段の一つとしても,後述するようなアンケートを実施し,鑑定手続の改善状況を見守る必要があるとの提案が,医学界側からされた。他方,将来を見据えた視点から,鑑定手続に関与した裁判所側からも鑑定の意義や効果の観点に立った意見を聴き,これを医学界側に提供することは,一般的な意味での改善に資することはもとより,医学界側の鑑定についての理解をより一層深めることにもつながり,ひいては鑑定人の確保に向けた環境整備が進むことが期待されるとの意見が出された。さらに,鑑定人選任や鑑定手続について,訴訟代理人として事件に関与した弁護士からも意見や感想を聴くことが,同様の観点から重要であるとの指摘がされた。
これらの意見を踏まえ,当委員会では,鑑定手続の改善に役立てるため,鑑定人候補者の推薦手続を行った案件すべてについて,裁判所,鑑定人及び訴訟代理人それぞれに対し,事件終了後に当該事件の鑑定手続についてのアンケートを実施することとした。
アンケートの項目として,鑑定人に対するものは,鑑定手続を通じて気付いた点,裁判所の対応,その他の要望等であり,裁判所に対するものは,事件の終了事由,鑑定がどのように役立ったか等であり,さらに,訴訟代理人に対するものは,当該事件の鑑定手続についての意見,鑑定人に対する要望等である。
鑑定人からの回答の内容は,例えば,鑑定書の作成要領や鑑定資料について,「分かりやすかった」,「助かった」とか,「従前より鑑定がやりやすくなった」との意見が少なくなく,鑑定人に対する配慮の点を含め,鑑定手続全般がおおむね円滑に行われており,改善が相当程度進みつつある様子をうかがい知ることができる。中には,「鑑定事項の整理に鑑定人が関与する必要がある」等の指摘もあり,将来の改善策に資する意見も少なくなかった。もっとも,依然として,鑑定のため必要以上の長時間にわたって拘束されることに対する不安や不信感をうかがわせる意見もみられたが,これらは全体からすれば少数に過ぎない。鑑定手続については,鑑定人の十分な理解を得ることや,実施に当たり適切な配慮を行うことに,今後とも引き続き努力する必要がある。
次に,裁判所側の回答では,説得力のある鑑定結果によって,合理的な内容の和解が成立することとなったとする事例も多く示され,判決だけでなく,和解で終了した場合にも,鑑定が裁判の終了について重要な役割を果たしたことがうかがえる。
また,訴訟代理人からの回答をみると,鑑定書の内容に対する評価は,一部に内容が簡潔に過ぎるといった意見もあったものの,多くは肯定的であり,中には,原告と被告双方の代理人から,詳細に検討された説得力のある鑑定書が提出されたことが和解の成立につながったとの回答が寄せられた例もあった。
3. 医事関係訴訟の運用に関する一般的問題についての審議等
(1) 審議経過
当委員会では,前述のとおり,個別の裁判体からの依頼に基づく鑑定人候補者選定作業を行うほか,より基本的な問題として,円滑な鑑定が行われるための環境整備や,医事関係訴訟一般に関する様々な課題についての討論を重ねてきた。例えば,鑑定手続の改善,鑑定手続以外の場における専門的知識の活用,医学界と法曹界との相互理解の増進等につき,オブザーバーの裁判官から医事関係訴訟の実情等についての説明を受けるなどしながら,率直な意見交換や審議を行った。
これらのうち,鑑定手続については,先に述べたとおり,鑑定結果が裁判にどのように役立ったのかが知らされていなかったという不満のほか,鑑定が鑑定人にとって多大の時間,労力及び精神的負担を要する作業である旨が改めて披瀝され,不適切な鑑定事項についての鑑定を求めたり,事案の概要や争点についての要約書面もなしに,記録の写しを漫然と送付して鑑定を求めたりするなど,鑑定の依頼の仕方にも問題があることも指摘された。前述した鑑定人推薦依頼手続の標準化や,事件終了後の通知,アンケートの実施などは,いずれもこうした指摘を踏まえて行われたものである。
また,医事関係訴訟が適正迅速に解決されるためには,争点整理や鑑定事項決定の段階から専門家が関与する必要があるとする論議や,鑑定人に対する尋問について,通常の機械的な交互尋問の方式には問題があり,その方法を工夫すべきであるとする提案もされた。
さらに,鑑定をより一層多くの専門家に引き受けてもらうためは,例えばドイツのように,鑑定を行うこと自体が医師としての評価につながるなど,本人の医学における業績として,何らかのメリットが生まれるような環境を整備すべきであるとの意見も出された。そのためには,当委員会を通じて推薦された鑑定人が作成した鑑定書を当委員会の責任において公表すること,あるいは鑑定内容について公正な評価をすることなどを考えてはどうかとの意見が述べられた。これに対し,鑑定書について評価・意見を述べることは鑑定を権威あるものとするためにも有意義であろうとの意見があった反面,一般論として鑑定書を評価することの適否,ましてや当委員会において個別の事件の鑑定内容を評価することの危険性を指摘する意見も出され,結局,当委員会の議論としては,当面は優秀な鑑定書を優秀な学術論文として評価するような医学界の姿勢を期待するにとどまった。
そのほか,医系の委員から,裁判官や弁護士が専門的知識の向上に努めることの必要性や,医療に携わる者自身が医事関係訴訟において一定の役割を果たすことの重要性,及び医師はより積極的に鑑定に協力すべきであるとの認識を医学界自体の中に広める必要性があるなどの指摘がされた。
従前は,医事関係訴訟において鑑定を実施する場合は一人でこれを行うのが通例であった。しかしながら,近時,鑑定を要する事項の内容が複数の専門的領域にわたるために専門を異にする複数の鑑定人に依頼する場合や,複数の専門的領域にわたらなくても,複数の鑑定人がそれぞれの視点から鑑定する場合,あるいは複数の鑑定人による討論(カンファレンス)を主眼として鑑定を行う場合など,複数の鑑定人を選定する例が散見されることから,この点についても,当委員会では議論が行われた。
この点に関し,医療が著しく高度化,複雑化した今日,鑑定事項が複数の専門的領域にわたる場合は当然として,そうでない場合でも,一人の鑑定人が全責任を負って鑑定を行うことは,これに要する労力及び時間,精神的負担のいずれからみても過大な荷重となるのに対し,複数の鑑定人で構成されるチームによって事案を検討する場合は,そのようなおそれが少なく,鑑定の質をより高めることができるとする理由から,複数の鑑定人による鑑定に積極的な意見が出された。これに対し,たとい実際には複数の人間が鑑定人の補助者として協力しようとも,鑑定結果についての責任は,鑑定人が一人で負うべきものであり,複数の鑑定人による鑑定の場合は,一人の鑑定人が全責任を負って行う鑑定の場合と比較して,かえって鑑定の質の観点からみて不十分なものとなるおそれがないとはいえず,したがって,一人の鑑定人による鑑定を原則とすべきであるとの意見が出された。さらに,仮に鑑定を要する事項が複数の専門領域から成る場合であっても,余りにも細分化された狭い各専門領域ごとに鑑定人を選任しようとすると,鑑定人の確保が著しく困難になる可能性があり,また,専門領域ごとに選任された各鑑定人の個々の意見が,鑑定内容全体としてみれば,統一性や整合性に欠けることとなる可能性があるとして,このような鑑定人選任方法が一般化すると,かえって医学に関する幅広い常識が軽んじられることにもなりかねない旨を指摘する意見もあった。さらに,複数の同等の鑑定人を選定した場合には,鑑定に要する期間,鑑定人質問の方法,鑑定人の意見が分かれた際の対応,鑑定料の負担等,様々な検討課題があり,このような点についても意見が交換された。
これらの論議,意見交換や,当委員会における今日までの鑑定人候補者推薦の事例を通じた経験を踏まえると,現在の裁判実務の実情では,鑑定の内容が複数の専門分野の異なる鑑定事項の組合せである場合等を除いて,全体の主流は,なお,一人の鑑定人による鑑定であり,直ちにこの傾向が大きく変化する状況にはないと思われる。もっとも,今後,上記のような理由から,複数人による鑑定が徐々に増加する可能性も否定できず,複数人による鑑定を採用する場合には,上記の問題点,検討課題についての十分な検討を経ることが必要であるとの認識でおおむね一致している。すなわち,複数人による鑑定の採用を検討する場合には,1. 複数人による鑑定を行う目的に沿った,それぞれの鑑定人の立場・役割の明確化,2. 必要とする鑑定人の人数,3. 鑑定報酬額(複数人による鑑定であれば個々には低廉な金額でもよいとする意見もある一方,その態様いかんによっては,個々の鑑定人の負担は,単独で鑑定を行う場合と異ならないとして,これに反対する意見もある。)などの諸点に十分な配慮をする必要がある。さらに,複数人による鑑定を実施するに当たっては,鑑定に要する日数が長期化しないようにするための配慮や,複数の鑑定人に提供する資料の作成や配布の方法,鑑定人質問が必要となる場合の質問の仕方等にも配慮が求められる。目下の段階では,このような点を十分に検討した上で,各裁判体において,個々の事案にふさわしい鑑定方式を決定し,実施すべきであろう。
(2) 審議結果等の提供
当委員会では,平成15年6月,委員会設置後2年間の活動状況について,「報告書 医事関係訴訟委員会のこれまでの軌跡」を取りまとめた。この報告書は,最高裁判所に提出されたものであるが,その内容にかんがみ,裁判所外にも情報として提供することが相当と判断し,法律雑誌(民事法情報204号,判例タイムズ1120号)に公表したほか,日本医学会各分科会及びそれ以外の学会で当委員会が鑑定人候補者の推薦を依頼した学会,その他日本医師会等の関係機関に送付した。また,平成13年7月の当委員会設置から平成15年12月末日までに寄せられた鑑定人及び裁判所に対するアンケートの結果も,まとめて法律雑誌(民事法情報211号)に公表した。
なお,当委員会の議事要旨は,推薦を依頼した事案それぞれの進捗状況と共に,プライバシー保護に配慮しつつ,随時,最高裁判所ホームページ(https://www.courts.go.jp/)で公開している。
4. 制度改正等について
専門家の協力の下に,医事関係訴訟を合理的期間内に適正な解決へと導くためには,運用上の改善だけでは限界があり,訴訟制度そのものの手当も同時に必要であるとされていたが,平成15年7月16日,専門委員制度の導入,鑑定手続の改善を盛り込んだ「民事訴訟法等の一部を改正する法律」が公布され,平成16年4月1日から施行された。改正の内容は,以下のとおりである。
まず,争点整理,進行協議,証拠調べ及び和解の各手続において,専門家から当事者の主張の内容等について専門的な知見に基づく説明を聴くことができる専門委員制度が創設された。これは,医事関係訴訟を始めとする専門訴訟では,争点が専門的事項を対象とする事例が大部分であって,争点整理に時間を要し,それが審理期間長期化の一因でもあったため,争点整理の段階で専門家の関与を求めることを始めとして,審理に必要な局面で,随時,専門家の助力を得られるようにしたものである。
また,従前,鑑定人が口頭で意見を述べる場合には,原則として一問一答の方式での交互尋問が行われ,鑑定人には質問に対する答え以外の発言は許されず,したがって,専門家として十分に意見を述べることができない場合があるとの指摘がされてきた。そこで,鑑定人に対する質問の在り方を見直し,当事者側からの質問に先立って,鑑定人から鑑定事項についての意見を全般的に陳述できることとし,また,その後の質問においても,裁判所の判断に必要な専門的知識を補うという鑑定制度本来の目的に適合するよう,まず裁判長から質問を行うこととされた。さらに,テレビ会議システムを利用できる範囲を拡大し,従前のように鑑定人が遠隔の地に居住する場合だけではなく,鑑定人が多忙である場合が多いこと等を考慮して,新たに,裁判体が相当と認める場合にもテレビ会議システムを利用できることとされた。
当委員会における意見交換の中では,医学界との緊密な協力関係を構築しながらより適正に医事関係訴訟が運営されるための環境整備の一環として,鑑定制度自体の改善や,争点整理時点で専門家の関与を求めることができるような制度面の手当,鑑定人尋問に際しての裁判所の対応等を始めとする鑑定手続の運用面における改善の必要性が当初から指摘されていた。当委員会では,前記の法改正が審議されていた法制審議会民事・人事訴訟部会の審議状況を踏まえ,適時,適切な論議を行い,その結果を発信してきたところであり,このような当委員会の意見が多少なりとも法制審議会での議論に反映され,上記の制度改正に役立ったとすれば,誠に幸いである。
第4 医学界と法曹界の相互理解と協力へ向けた取組の広がり
1. 概略
当委員会における鑑定人候補者推薦システムの構築及び運営,鑑定人の確保を容易にする環境整備のための論議などの継続的な取組が一つの契機となり,あるいは当委員会として同時並行的に行ってきた一般的な啓発活動の効果もあってか,今や各地域において医学界と法曹界との間の協力・意見交換等が次第に行われるようになり,それぞれ地域の実情を反映した鑑定人候補者推薦システムを構築,運営するに至った例も少なからず生まれている。当委員会としては,こうした各地域における医学界・法曹界両者の理解と努力を多とするものである。
2. 相互理解の進展に向けた取組
(1) 医学界側の取組
前述のとおり,多くの学会において,当委員会の依頼にこたえ,速やかに鑑定人候補者を推薦するために,対応窓口や内部組織を設けるなどの体制整備を行ったとの報告が寄せられている。
また,これまで,学会側からの要請により,東京地方裁判所及び大阪地方裁判所を始めとする各地方裁判所の裁判官が,医学関係の学会・学術集会,シンポジウム等の行事に参加した例も少なくなく,そうした場では,裁判官が,医事関係訴訟の審理の実情を説明したり,医学界の協力の必要性について説明するなどしている。このような取組は,各学会が裁判官の生の声を会員に伝え,広く医事関係訴訟の審理の現状や鑑定手続の課題等についての理解を深めようとする努力の現れと理解され,敬意を表するものである。
そのほか,広く鑑定手続への協力について会員の理解を求め,鑑定人を引き受ける意欲を高める目的で,そのホームページ上に鑑定手続の改善等についての説明を設けた学会もあり,その効果が期待されている。
(2) 裁判所側の取組
ア 鑑定手続等の運用改善
当委員会事務局を務める民事局も,当委員会での議論を踏まえ,鑑定人候補者が,裁判や鑑定手続について十分に理解し,快く鑑定できるような環境整備に努めている。その例として,鑑定手続の一般的な流れを分かりやすく説明したパンフレット「鑑定人になられる方のために」や,鑑定書の書式を収録し,音声や映像を用いて,鑑定手続について説明した「鑑定人CD-ROM -鑑定人になられる方のために-」を作成した(平成15年の民事訴訟法及び民事訴訟規則の改正に伴い改訂)。そのほか,刊行物「これからの医療訴訟」を作成し,日本医学会各分科会及びそれ以外の学会で当委員会が鑑定人候補者の推薦を依頼した学会に送付した。
また,各裁判体では,鑑定を依頼するに当たって,鑑定人候補者が当該事案の概要や争点等を容易に理解することができるように,整理された証拠資料と共に,診療経過一覧表,争点整理案等を送付するなどの運用も心掛けている。
これらの資料送付の取組は,鑑定人が鑑定書を能率よく,円滑に作成するために役立て得るものであり,他方,鑑定手続に対する理解をより一層浸透させることにもつながるものと思われる。
イ 医療集中部の設置
平成13年4月,東京及び大阪の各地方裁判所に,医事関係訴訟を集中的に取り扱う部(以下「集中部」という。)が設置された。その後も,千葉,名古屋,福岡,札幌,さいたま及び横浜の各地方裁判所にそれぞれ集中部が設けられ,現在8庁の地方裁判所に計13の集中部が設置されている。
集中部は,それぞれが事件処理を通じて運用のノウハウを蓄積・活用するとともに,各地域における医学界との交流の窓口としても,積極的な役割を果たしている。
(3) 各地域における医学界と法曹界の交流
前述のとおり,当委員会における医学界と法曹界の相互理解に向けた取組を契機として,昨今,各地域に法曹関係者と医療関係者との間の率直な意見交換や情報交換の場が設けられ,両者の協力関係が醸成されつつある。例えば,平成11年及び平成13年には,各高等裁判所の所在地で,「鑑定人等協議会」が開催され,裁判官,弁護士,鑑定経験を有する医師等の参加を得て,医事関係訴訟の運営について意見交換を行った。さらに,各地方裁判所においては,「医療訴訟ガイダンス」,「医療訴訟連絡協議会」等の名称で,地域の医療関係者と法曹関係者が共に参加して,意見交換,医療関係者の裁判傍聴,裁判官の医療現場の見学等を行い,相互理解を深め,協力関係を構築するための努力が続けられている。こうした試みを実施する庁の数は,年々増加する傾向にあり,全国の地方裁判所全50庁のうち,平成13年度は9庁,平成14年度は37庁,平成15年度は44庁に上った。今後,地域に根ざした自然な形での医学界と法曹界の相互理解は,更に進んでいくものと期待される。
3. 鑑定人候補者推薦システム構築の取組の広がり
(1) 各地域における取組
医療訴訟ガイダンスや医療訴訟連絡協議会等の場を通じて相互理解が進むにつれて,各地域において,医療機関,裁判所及び弁護士会等の協調の下に,鑑定人候補者推薦のためのシステムが構築されるようになり,現在,こうした試みが全国に広がりをみせている。
各地域における鑑定人候補者推薦システムは,地域の実情に応じ,様々な形態をとるが,その中には,推薦委員会を設け,これを通して推薦依頼を行う方式を採るもの,協力関係にある医療機関ごとに推薦依頼窓口を設置し,これを通して推薦依頼をする方式を採るもの,あらかじめ鑑定人候補者の名簿を備えておき,その中から適任者の推薦を依頼する方式を採るものなどがある。これらの仕組みは,いずれも医療関係者が裁判における鑑定の重要性を十分に理解し,協力を惜しまないとする意向の下に実現したものであり,今後もこうした取組が更に各地域に浸透していくことが期待される。
(2) 地域間のネットワーク構築
医事関係訴訟では,事案の内容や地域の実情など様々な理由から,担当裁判体が所属する地方裁判所管内に限っては,鑑定人の確保が困難な場合が少なくない。こうした実状にかんがみ,協力関係にある医療機関等の理解を得て,他の地方裁判所管内の裁判体からの鑑定人候補者推薦依頼に対しても,これに応じる仕組みを構築する動きが現れ始めている。大阪高等裁判所では,平成16年3月,管内の各地方裁判所で構築された鑑定人候補者推薦ネットワークを統合し,高等裁判所としては初めて,その管内の裁判体からの申出を受けて鑑定人候補者の推薦依頼を行うための総合的ネットワークを設けた。
このように,地域のネットワークが相互に連携することにより,鑑定人候補者が一層円滑に推薦されるようになるものと思われ,こうした試みが今後各地に広がっていくことが期待される。
第5 まとめ
1. 現在までの成果
当委員会では,前述のとおり,まず当面,鑑定人の確保が困難で,かつ,時間が掛かり過ぎるという問題を解決するため,各学会を通じて鑑定人候補者の推薦を依頼するシステムの構築及びその円滑な運営を目指した。そのために,当委員会では,法曹界に対して医師が鑑定を引き受けやすく,かつ,快く鑑定手続を遂行できるように,諸々の環境を整備することを促すとともに,医学界に対しては,鑑定に対する理解を要請しつつ,鑑定人候補者の推薦依頼を行ってきた。これに対し,多くの学会が当委員会の活動趣旨を理解され,推薦依頼に対応するための体制を整えられた結果,幸いにして,多数の鑑定人候補者の推薦を,しかも従来に比してかなりの短時日のうちに受ける実績を重ねることができた。
また,これと並行して,医学界と法曹界との間で鑑定手続等を始めとする医事関係訴訟の審理の在り方について率直な意見交換を行い,その結果を法曹界及び医学界,特に後者に伝えて鑑定に対する理解を求め,協力を訴えてきた。こうした当委員会の活動が一つの契機となって,多くの医師や医療団体の鑑定に対する意識が高まり,その現れとして,各地域において,医学界と法曹界との間で,連絡協議会等の場を通して活発な意見交換が行われるようになり,中には,地域ごとに鑑定人推薦依頼手続の仕組みが確立された例も出るなど,鑑定人の確保に向けた環境整備という面からも成果を挙げることができた。これらは,医事関係訴訟の合理的期間内における適正な解決を目指す上で,極めて有意義な取組であり,訴訟当事者の期待のみならず,広く社会的な要請にもこたえるものであると思われる。
このような次第で,当委員会の活動は,自ら取り扱った鑑定人推薦作業のみならず,広く各地域における医療機関と法曹界との相互理解の進展や信頼関係の醸成,鑑定人候補者推薦システム構築等のけん引力となったものと評価してよいであろう。
こうした活動の成果は,統計上にも顕著に現れている。すなわち, 資料1(PDF:162KB)の表1及び図1記載のとおり,医事関係訴訟の処理状況に関する統計の中の既済件数については,おおむね毎年前年を上回る数字を示している。特に,専門訴訟事件の合理的期間内での適正な解決へ向け,法改正及び運営改善のための具体的取組や当委員会設置へ向けた準備が開始された平成12年以降,既済件数が著しく増加している。また, 資料1(PDF:162KB)の表2及び図2記載のとおり,既済事件の平均審理期間についても,平成12年以降,一貫して短縮傾向にある。平成16年の平均審理期間は,平成7年と比較して約1年間短縮されており,平成12年と比較して約8か月短縮されている。このように,医事関係訴訟の既済事件の平均審理期間等の統計数値が相当程度改善されたことについては,裁判制度全般についての改善として図られた争点整理手続の充実や人証調べ等の運用改善の結果もさることながら,前述した当委員会や地域での取組によって,鑑定人推薦システムの構築や鑑定手続の改善等の環境整備が方々で進められたことも,その大きな要因の一つとして有効に働いたものと考えられる。
2. 医学界と法曹界との相互協力体制の維持及び発展の必要性について
以上のとおり,当委員会の活動及びそれを端緒とした各地域の取組は,医学界と法曹界の相互理解と,鑑定人確保の円滑化という面で見るべき成果を挙げたものと評価することができる。
とはいえ,将来ますます増加するであろう医事関係訴訟に適切に対応していくためには,今後も,引き続き,鑑定人を引き受ける可能性のある個々の医師に,鑑定の重要性についての理解を浸透させていくことが重要である。さらに,一層充実した審理を指向する実務上の要望に的確に対応するため,現在の鑑定人推薦システムの在り方について,不断の改善を加えていくことも求められよう。そのためにも,今後も医学界と法曹界との間で継続的な意見交換を行い,さらに,鑑定人や訴訟関係者の声にも謙虚に耳を傾け,円滑な鑑定手続のための環境整備を行っていくことが重要である。こうした不断の努力が,医事関係訴訟を合理的期間内に適正な解決へと導く前提条件となるものと考えられる。当委員会は,今後も,引き続き,医事関係訴訟の運営について審議を行うことにより,医学界と法曹界の相互理解を推進する役割を果たすとともに,鑑定人推薦について,各裁判体で処理し得ないような事案を取り扱う最後の受皿として,実務的な役割を果たすことが期待されているものと考えられる。
顧みると,今日までの4年間,当委員会が前記の成果を挙げ得たのは,専門家集団としての医学界及び法曹界両者の絶大な御協力と御理解の賜である。また,最高裁判所を始めとする各裁判所は,極めて熱心かつ前向きな努力を示された。当委員会の事務一般は民事局が担当された。これらのすべてに対し,ここに深甚なる謝意を表したい。