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平成15年6月
医事関係訴訟委員会
第1 医事関係訴訟委員会発足に至る経緯
1 背景
近年,医療行為の適否等が問題となるような,審理に当たって医学上の知見や判断を必要とする医事関係訴訟が急増している(資料1(PDF:838KB))。これらの事件では,当然,医学上の見解が重要な争点になることが多く,医学知識や医療水準を踏まえた適切な解決を得るためには,それぞれの事案にふさわしい専門的知識・経験を有し,かつ公平な立場にある鑑定人を選任することが肝要である。
しかし,裁判所では,どのような分野の,どの医師が,その事案の鑑定人としてふさわしいかについて適切な判断をするための情報を必ずしも十分に有していないため,鑑定人候補者を見つけることが困難な場合が少なくなかった。また,鑑定人候補者を見つけても,容易に鑑定を引き受けてもらえない事例があることが指摘されている。それらの結果として,鑑定人の確保に長時間を費やすこともまれでなく,迅速な問題解決を阻害する大きな要因になっていた。
2 最高裁と医学界の有識者との意見交換
最高裁判所事務総局民事局は,平成11年7月,日本医学会に対し,医事関係訴訟に関するこのような状況を説明するとともに,医学界と法曹界とが実りある意見交換,意思疎通を図る方途を探るべく協力を求めた。以来約1年間にわたり,医学界の有識者と民事局との間で意見交換を重ね,見るべき成果が得られた。
この意見交換において,医学界側から,鑑定人の引き受け手が見つからない理由として,鑑定の必要性に対する理解が医師の間に十分浸透しておらず,また鑑定への積極的動機付けに乏しい一般的状況のほかに,いったん鑑定を引き受けると,その時間的・精神的負担が極めて大きいこと,さらに,例えば,鑑定人に対し法廷で人格非難的な質問がされるなど法曹界側の対応の在り方にも問題があることなどの指摘がなされた。このような様々な問題点が看過されてきた背景を考えた結果,これまで医学界と法曹界との間で率直に意見を交換する機会に恵まれなかったとの認識で一致し,その改善が必要とされた。以来,いくつかの論議を重ねた結果,将来の医事関係訴訟の在り方は法曹界のみならず医学界にとっても極めて重要な課題であり,その中の重要な問題の一つである鑑定人選定のための方策を法・医連携の下に早急に立てることが,社会的責務であり,真剣に考えていく必要があるというのが共通の認識となった。
3 医事関係訴訟懇談会から医事関係訴訟委員会発足へ
このような共通認識に基づいて,今後,医学界と法曹界との間で継続的に議論を行い,かつ,適切な鑑定人を確保する方策を講じるための場として,医学関係者,法曹関係者に一般有識者を加えて構成される委員会を設けることとなった。発足に当たっては,まず,準備段階として医事関係訴訟懇談会を立ち上げ,試行的に鑑定人の推薦を行い,その過程,結果を検証しながら,自然な形で委員会に移行させることを目指した。
医事関係訴訟懇談会は,医学界と法曹界の有識者計7名が出席し,平成12年10月から平成13年5月まで4回にわたり開催された。懇談会では,医事関係訴訟に関する運営の改善や適切な鑑定人候補者選任の方策等について意見交換を重ねるとともに,いくつかの具体的な事案について,それぞれに適当な学会を選定し,その学会から事案に適切な鑑定人候補者の推薦を受け,依頼元の裁判所に紹介するという方法を試行し,それが有効であることを確認した。
懇談会での成果を受けて,平成13年6月に医事関係訴訟委員会規則が公布され,1.医事関係訴訟の運営に関する一般的問題についての審議等及び2.医事関係訴訟における鑑定人候補者の選任等を目的とし,医学関係者,法曹関係者及び一般有識者によって構成される医事関係訴訟委員会が現実に発足した(資料2(PDF:8KB))。
第2 医事関係訴訟委員会における議論の状況
1 活動概要
平成13年7月13日に第1回委員会が開催されて以来,約3か月に1回程度の頻度で開催されている。同年12月には鑑定人候補者選定分科会が設けられ,そのための特別委員3名が選任され,第3回委員会以降は同分科会との合同で開催されている。
さらに,委員会では毎回,様々なテーマについて報告・検討が行われている(資料3(PDF:1.8MB))。
2 医事関係訴訟の運用に関する一般的問題についての審議等
(1)医学の専門家,法律の専門家,一般有識者を交えて,医事関係訴訟の円滑な運営や適切な解決に向けた意見交換・討論が行われている。例えば,「鑑定手続の改善」,「鑑定手続以外での専門的知見の活用」,「医学界と法曹界との相互理解増進」等の課題については,必要に応じ,オブザーバーの裁判官からも裁判の実情等について説明を受けるなどしながら,医事関係訴訟の円滑な運営や関連する諸問題の適切な解決に向けた自由闊達な論議が進められている。
(2)さらに,最高裁判所裁判官会議において,医事関係訴訟委員会に対する諮問事項を「医事紛争事件を,専門家の協力を得て,適正かつ合理的期間内に解決するための訴訟手続及び調停手続の運営の在り方について」とすることが決定した。委員会では,諮問を受けて,爾来審議を重ねているところである。
3 医事関係訴訟における鑑定人候補者の選定等
(1)第2回委員会以降は,医事関係訴訟を審理中の裁判所からの依頼を受け,より適切な鑑定人の選任を目指して,その事案にふさわしい学会を検討・選定し,候補者の推薦を依頼している。学会の協力により選ばれた候補者については,委員会名で担当の裁判所に推薦している(資料4(PDF:112KB))。
(2)医学関係の学会は,日本医学会加盟の分科会だけでも90を超えるが,推薦依頼に際しては,委員長名でひとつひとつの学会に対して理解と協力をお願いしている。これまで80件以上の事案について32の学会に対して推薦依頼をしたが,各学会の熱意により,比較的短期間内に推薦の回答を得た(資料5(PDF:2.5MB))。実情としては,日本医学会加盟の分科会以外の学会に依頼したものが数件あるが,それらの学会からも協力が得られている。こうした努力の結果,現在では,多くの学会で医事関係訴訟委員会の取組についての理解が広まりつつあるものと思われ,これらの学会の尽力に対し,委員会としても改めて感謝する次第である(資料6(PDF:8KB))。
(3)同時に,委員会では,これまで軽視されがちであった,「鑑定人経験の感想・意見を聴き将来に役立てる」方法についても検討を重ねつつある。現在は,推薦を受けた学会に対して礼状を送ると同時に,事件終了時には鑑定人及び学会に対し裁判結果を通知すると共に謝意を表している。また,その際,鑑定人に裁判所の対応等について意見を伺い,裁判所にも感想を求めて,問題点を検討し,よりよい鑑定手続の在り方について引き続き協議している。
(4)なお,医事関係訴訟委員会及びその前身の医事関係訴訟懇談会から推薦を依頼した事案の進ちょく状況は,委員会の議事要旨とともに,随時最高裁判所ホームページ(https://www.courts.go.jp/)に掲載している。
第3 今後の予定等
医事関係訴訟委員会では,医学界,法曹界及び一般有識者それぞれの立場からの意見を包括し,医事関係訴訟の円滑な運営や適切な解決に向けた,有意義な意見を取りまとめることを目指し,真摯な努力が続けられている。
裁判所側からの報告によれば,昨今,各地域においても,医学界と法曹界との間の相互理解に向けた取組が進んでいるとのことである(資料7(PDF:6MB),資料8(PDF:20KB))。これらの取組は医事関係訴訟委員会における成果とあいまって,多方面で医学界と法曹界の信頼関係の醸成につながり,適正かつ合理的期間内での医事関係訴訟の解決という,国民の要望に添う望ましい未来に続くことが期待される。