トップ > 各地の裁判所 > 最高裁判所 > 各種委員会 > 裁判官の人事評価の在り方に関する研究会 > 第4 我が国の裁判官の人事評価の在り方に関する検討
1. 評価の目的
人事評価制度の在り方を検討するに当たっては,まず,評価の目的をどこに置くのか,評価結果をどのような場面でどのように人事に反映させるのかが 明らかにされなければならない。当研究会は,このような問題意識の下に,公務部門の人事評価制度における評価の目的や裁判官の意見等を踏まえつつ検討し た。
(注)公務部門の現行の人事評価制度における評価の目的
適材適所の人事配置による業務運営の確保や職員の志気の高揚による公務能率の増進が挙げられている。例えば,「職員の勤務における実績を正しく評価し,その結果を表彰,昇給,職員に対する指導・研修,矯正・懲戒,分限,配置,昇任等の人事上の諸措置に的確に反映することにより,適材適所の人事配置による業務運営を確保し,職員の志気を高め,もって公務能率の増進を図ることを目的とする。」(鹿兒島重治・森園幸男・北村勇「逐条国家公務員法」544頁)とされている。
人事評価を行う場合,公務部門の人事評価制度においても見られるように,その主たる目的が評価の結果を具体的な人事の資料として役立てることにあるのは,当然である。審議会意見も,人事評価を,裁判官人事の前提となるものと位置付けている。人事評価が問題になり得る裁判官人事の場面と しては,配置(部総括指名を含む。),昇給,判事への任命(判事補からの任命及び狭義の再任)の各場面が考えられる。裁判官の意見の中には,ごく少数ではあるものの,裁判官については人事評価を行うべきではないとする考え方があるが,これによれば,上記のような人事は,評価を考慮せずに行うことになる。し かし,判事への任命について,それまでの判事補あるいは判事としての勤務に対する評価を判断資料としないことは,およそ考えられない。また,経験,能力等を異にする数多くの裁判官を,全国各地の裁判所の,職務内容を異にし,困難度も異なるポストに配置するに当たって,個々の裁判官の資質・能力等を無視することは,裁判所が適切にその使命を果たす上で適当なこととはいえない。さらに,昇給についても,現在の報酬制度を前提とする限り,一定限度で評価を反映せざるを得ない。
もっとも,幹事からの説明によれば,裁判官の人事に評価が反映する程度には,以下のとおり,事柄により濃淡がある。すなわち,異 動・配置については,前記(第2・4(4))のとおり,適材適所,公平といった面で人事評価が影響することになるものの,裁判所側での配置上の必要性,本人の任地・担当事務についての希望,家庭事情等,評価以外の要素が考慮される程度が高い。部総括裁判官への指名については,ポストの問題であるので,任地 と併せて決定されることが多いが,適材適所の面から人事評価が影響する。昇給については,一定の号俸までは特別の事情がない限り昇給ペースに差が設けられておらず,また,それ以上の高い号俸については,評価とともにポストが関係する。これに対し,判事への任命については,専ら資質・能力面から判事としての適格性が判断されることになろうから,評価がストレートに反映される。
以上によれば,裁判官に対する人事評価は,適材適所の配置をするために裁判官がいかなる適性を有するのかを知り,また,判事への任命ないし再任の際に適格性を欠く者を適切に排除することが主眼となるというべきである。そして, そのような場面において,人事評価の結果が適正に生かされなければならない。そうすると,裁判官の人事評価は,基本的には,短期的な視点からの明確なランク付けは必ずしも必要ではなく,むしろ,長期的な視点からの評価とその集積が重要となる。これまでの裁判官の人事評価においても,長い期間をかけ,多くの者が見ることにより,評価の客観性・公平性が保たれるという考え方の下に,運用されてきた。
また,人事評価の結果は,研修の企画実施の重要な参 考資料となり得るし,評価の結果が被評価者に何らかの形でフィードバックされることになれば,被評価者が,自らの長所や問題点を認識し,自己研さんや能力 開発に自主的に生かしていくという効果がある。公務部門や民間部門における人事評価制度においては,研修・能力開発面での活用も,人事評価の目的の一つと して重視されているが,裁判官についても,人事評価を行う以上,その結果を裁判官の自己研さんや能力開発に役立てること,また,人事評価制度の整備に当たって,そうした目的にも役立つという観点から検討することは,当然考えられてよい。
以上のような評価の目的に関する考え方は,大方の裁判官の意見にも沿うものである。
なお,このような評価の目的に照らすと,裁判官の評価については,相対評価ではなく,絶対評価をもって行うことが適当である。
2. 評価制度を整備する上での基本理念
(1) 基本理念の項目
裁判官の人事評価制度においては,裁判官の独立の原則への配慮が不可欠であるし,裁判官の職務の実情とその特性が十分念頭に置かれなければならない。さらに,人事院の研究会報告においては,公務員の新人事評価システムが,公務組織において適正かつ円滑に機能するためには,公正性,納得性,透明性,合目的性を基本とする必要があるとされている。これらは,裁判官の人事評価制度を整備する上でも基本理念として掲げてよいものであろう。ここには含まれていないが,制度一般に要求されるものとして実行可能性も挙げてよいし,審議会意見では透明性と並んで客観性の確保を要請している。よって,裁判官の評価制度を整備する上での基本理念の項目を挙げれば,以下のとおりとなる。
- 公正性
人事評価のシステム及び評価の結果が,被評価者間で偏りがないようにするなど,公正な制度でなければならない。 - 納得性
人事評価のシステム及び評価の結果が,被評価者に対して説得性・信頼性を有するものにしなければならない。 - 透明性
人事制度に対する透明性の要請が高まってきていることを考慮し,人事評価の仕組み等を,裁判官のみならず国民に対しても明らかで分かりやすいものとしなければならない。 - 客観性
人事評価の仕組みを整備するに当たっては,できるだけ主観性を排除しなければならない。 - 合目的性
人事評価制度が,人事評価の目的に照らし,合理的な制度でなければならない。 - 実行可能性
人事評価制度の運用が実行可能なものであり,かつ,本来の裁判所の運営,裁判官としての職務遂行等に支障を来すことのないような制度でなければならない。
(2) 裁判官の職権行使の独立
以上に掲げた基本理念のうち,裁判官の職務の特性から特に重要なものは,裁判官の職権行使の独立の原則である。
憲法76条3項は,「すべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される。」として,裁判官の職権行使の独立の原則を明らかにしている。憲法が,78条において,「裁判官は,裁判により,心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては,公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は,行政機関がこれを行ふことはできない。」とするなど(このほか,79条,80条。),裁判官の身分保障を手厚いものとしているのも,職権行使の独立を十全なものとするためであって,このような憲法の規定は,裁判官の職務の特性に由来するものであり,他の公務員については見られないものである。このように,裁判官は,独立して裁判権を行使し,その職務に関して他から干渉を受けることはなく,裁判事務については,他の公務員のように上司の指揮監督に服することはない。例えば,合議事件においては,合議体の構成員は,それぞれが独立した裁判官として同じ発言権と評決権を有している。したがって,裁判長としては,自らの考え方を陪席裁判官に押しつけることは許されないし,まして,陪席裁判官の単独事件の処理について影響力を行使することは決して許されない。
このような裁判官の職権行使の独立の原則にかんがみると,裁判官の人事評価を行うに当たっては,司法行政上の監督権の行使の場合と同様に,具体的事件に関しては,係属中の事件について,その裁判の内容,審理の方法,事実認定,法令の解釈・適用に影響を及ぼすことや,確定裁判について,その内容の当否を問題とすることは許されない。
(注)司法行政上の監督権と裁判官の職権行使の独立
下級裁判所裁判官の人事は最高裁判所の行う司法行政事務に属し,裁判所法80条に司法行政上の監督権に関する規定を置いているが,同法81条は,裁判官の職権行使の独立の原則を踏まえ,監督権と裁判権との関係について,司法行政上の監督権は,裁判官の裁判権に影響を及ぼし,又はこれを制限することはないと規定している。裁判所又はその職員の事務の取扱方法が,違法不当であるとの不服不満が関係人から申し出られた場合,例えば,故なく期日を変更して訴訟を 遅延させるとか,怠慢で判決を言い渡さないとか,当事者に対し不公平な態度をとるなどの不服不満が申し出られた場合は,その監督機関がこれに対して相当の処置をとることになるが(裁判所法82条),その場合も,訴訟法上の異議や上訴とは異なり,裁判機関の裁判を求めるものではないと共に,これによって,裁 判官に一定の裁判をさせるような監督を求めることはできないとされている(兼子一・竹下守夫「裁判法〔第四版〕」129頁)。そして,この司法行政上の監 督権と裁判官の職権行使の独立との関係については,「具体的事件に関しては,監督権の行使により,係属中の事件につき,その裁判の内容,審理の方法,事実認定,法令の解釈・適用に影響を及ぼすがごときことはもとより,確定裁判についても,その内容の当否を論ずるがごときことは,許されない」とするのが通説である(前掲兼子・竹下131頁)。
3. 評価基準(評価項目,評価形式等)
審議会意見は,「評価基準については,例えば,事件処理能力,法律知識,指導能力,倫理性,柔軟性など,具体的かつ客観的な評価項目を明確に定め るとともに,これを公表すべきである。」としている。当研究会においては,裁判官に求められる資質・能力はどのようなものかという点から出発し,民間や公 務部門での動向,諸外国の例等も参照しつつ,我が国の裁判官制度における具体的な評価基準の在り方について検討した。
(注)「評価基準」,「評価項目」という用語について
審議会意見では,「評価基準」を広くとらえ,「評価項目」はその中の一要素として位置付け,「評価項目」以外の評価形式等の要素も含めて「評価基準」という用語を用いているようにうかがわれる。そこで,当研究会でも,そのような審議会意見の用法に合わせて,「評価基準」,「評価項目」という用語を用いることにする。
(1) あるべき裁判官像(裁判官に求められる資質・能力)
裁判官の人事評価の基準を考えるに当たっては,その前提として,あるべき裁判官像,あるいは裁判官に求められる資質・能力について検討する必要がある。
あるべき裁判官像については,様々な観点から論じられ得るものであり,実際に,審議会の審議の過程や裁判官による意見交換会等においても,多種多様な意見が出されたところである。このような問題について,当研究会において,唯一無二の内容を確定することは困難と言う他ない。そこで,ここでは,裁判官の人事評価の基準を検討する上で必要な範囲で,裁判官にはどのような資質・能力が求められるのかに関する基本的な考え方について,検討しておくこととする。
まず,裁判官の基本的な職責は,具体的な事件において,適正,迅速,公正妥当に,事実を認定し,法令を解釈・適用して,当該事件を解決することにある。したがって,裁判官には,事件処理能力,すなわち,具体的事件の各手続段階において,適正,迅速,公正妥当に判断を形成し得る資質・能力(法的判断能力) と,そのような判断に基づいて手続を適切に運営する能力(手続運営能力)が求められる。
また,裁判官は,独立してその職務を行うものであるが,他方で,裁判所職員等と協働して事件処理に当たること,職員等を指導すること,及び部の運営において必要な役割を果たすことを求められている。裁判官には,そのような組織運営能力も求められる。
ところで,審議会意見においては,倫理性,柔軟性が評価項目の例として挙げられ,審議会中間報告において紹介されている国民が求める裁判官像に関する意見も,裁判官としての人格的資質に関する要素に力点が置かれたものとなっている。裁判官の職務上の判断,行動が,裁判官個人の人格的資質と無関係なものではなく,これに支えられ影響されていることは否定し難い。特に,社会経済が複雑さを増し,裁判所に持ち込まれる事件の内容も複雑化,多様化,専門化する中で,裁判官が具体的な事件について適正に判断を形成していくためには,幅広い教養に支えられた視野の広さ,人間性に対する洞察力,社会事象に対する理解力等が求められる。また,裁判官として,良心や憲法,法律のみに従って毅然として職権を行使するためには,独立の気概や精神的勇気等といった資質も重要であ る。さらに,裁判が国民に信頼されるためには,判断内容の正しさが重要であることは当然であるが,判断を行う裁判官の廉直さ,公平さ,寛容さ等も求められる。その他,勤勉さ,慎重さ,責任感,積極性など,裁判官の職務遂行との関連で一般的に求められる資質・能力もある。したがって,事件処理能力,組織運営能力といった裁判官としての執務能力に関する要素が基本となるが,それに加え,このような裁判官の人格的資質も,裁判官の職務遂行に関連するものである限り,評価項目とすることが考えられる。
裁判官の人事評価の基準,特に評価項目の内容を具体的に検討するに当たっては,以上のような裁判官に求められる資質・能力を前提にした考察が必要になる。
(2) 評価基準の設定の在り方
評価基準(評価項目,評価形式等)の具体的な検討に入る前に,評価基準を設定するに当たっての一般的な問題点について,検討しておくこととする。
ア 評価項目の具体化の程度
評価項目を設定するに当たっては,これをどこまで細分化,具体化するのかが問題になる。評価項目が抽象的,概括的なものであ れば,それだけ評価者の主観的判断が入りやすくなるおそれがある。他方で,詳細かつ具体的な評価項目を設定しようとすると,裁判官の総合的な資質・能力を 評価できる適切な項目の設定ができるのかどうか,具体的項目についての評価の集積から的確な評価結果を導くことができず,かえって全体像を見失わせるおそ れがあるのではないかという問題が出てくるほか,裁判官が細かな評価項目を気にすることになり,裁判官に対し萎縮的な効果を及ぼすことも考えられなくはな い。また,評価項目を細かくした場合,それを判定する評価資料を収集できるかという実行可能性の問題もある。こうした点を考慮すると,あまり詳細かつ具体 的な評価項目を設定することは必ずしも適当ではない。
(注)審議会意見において例示された評価項目
審議会意見においては,「具体的かつ客観的な評価項目を明確に定める」べきであるとされているが,例示されている評価項目は,「事件処理能力,法律知識,指導能力,倫理性,柔軟性」といった概括的,抽象的なものである。
イ 主観的な評価項目の取扱い
次に,主観的な評価項目の取扱いについてであるが,審議会意見においては,評価について可能な限りの客観性の確保が求められており,このような方向性については基本的な方針として異論がない。
しかし,裁判官の場合には,求められる資質・能力としては,前記((1))のとおり,ただ単に事件処理能力だけでなく,そのような執務能力を支える基礎と なる人格的な資質も問題になるので,裁判官の職務との関連で求められる一般的資質・能力といった評価項目を設定するのが適当である。このような主観的要素の強いものをどのように取り扱うかについて,人事院の研究会報告では,「明朗」,「真面目」等の項目を評価する,いわゆる「性格評定」を対象外とし,行動評定を導入する方向での検討がされており,その趣旨は,いわゆる性格評定は,人格の評価につながりやすい用語であり,好き嫌い等の主観的要素が反映される結果となりがちなためであるとされている。したがって,裁判官について,一般的資質・能力といった評価項目を設定する場合においても,その評価は,評価の根拠となる具体的な事実に基づいて行う必要がある。
なお,評価について可能な限りの客観性の確保が求められているとしても,処理件数などの要素を偏重することは弊害が大きい。事件処理の状況を示す資料に現れた結果については,そこに至った原因・理由に様々なものが考えられることから,そのような資料はあくまでも被評価者の能力等を評価する際に,事件処理の実情を把握する契機となり得るにとどまるものであり,結果としての数値のみを取り上げて評価の対象とすることは適当ではない。もちろん,弁論終結後長期間判決を言い渡さない事件が多かったり,古い事件が溜まる傾向にあるといった場合には,その原因を分析し,その結果,それが本人の評価につながるということはあり得るところである(前記第2・6(3)参照)。
ウ 業績評価の取扱い
さらに,近時,民間部門で導入され,あるいは公務部門で導入が検討されている目標管理の手法に基づく業績評価について,どのように考えるかも問題になる。
(注)目標管理の手法に基づく業績評価
人事院の研究会報告から,該当部分(同報告では「実績評価」という用語が用いられている。)を要約して引用しておくこととしたい。
実績評価は,職員にその使命・役割や仕事の内容を明示し,その上で仕事の実績を的確に把握するために実施されるものである。その目的は,【1】仕事の内容 及びその進め方に関する認識を促し,仕事へのコミットメント(関与,責任)を深めさせること,【2】組織への貢献度に応じた公正な処遇を実現し,処遇面からも仕事へのインセンティブを付与すること,【3】仕事の実績を組織として客観的な基準に基づき認知することにより,職務満足度を高め,職務遂行を活性化することの3点にある。
具体的には,年(あるいは期)初に,今後1年間なり半年なりの業務目標を設定させ,その業務目標の達成に向けて日頃の業務を計画的に遂行させる人事管理手法である。
目標管理を活用した実績評価の実施方法としては,【1】目標設定(本人設定→評価者たる上司との話合いの上確定),【2】業務遂行,【3】目標達成度評価(本人評価→面談→上司評価)という流れとなる。
裁判官の人事評価において,目標管理の手法に基づく業績評価を導入することが適当かを検討するに当たっては,裁判官の職権行使の独立の原則との関係に十分留意する必要がある。目標管理の手法による業績評価制度は,評価者が被評価者の職務遂行について指揮監督権限を有していることが前提となっているが,裁判官の場合には,職権行使の独立の原則により,司法行政上の監督権は,裁判官の裁判権に影響を及ぼし,又はこれを制限することは許されない。このため,具体的な事件について一定の時期までに終結させるといった目標設定を,組織として,あるいは担当裁判官と評価者等の協議により行 うという余地はない。したがって,裁判官の人事評価において,目標管理の手法に基づく業績評価制度を導入することはできないというべきである。
もっとも,個々の裁判官が,各人の意思と責任において,事件処理の目標を立ててできるだけそれに従った事件処理をしていくことは必要なことであり,このような姿勢の有無については,評価の対象となり得る。また,裁判官の職務を通じて示された実績については,裁判官に求められる資質・能力を実証するものとして,評価に当たって考慮されることは当然である。
エ 被評価者の類型等に応じた評価項目の設定の要否
未特例判事補,特例判事補,判事といった被評価者の類型等に応じて,別個の評価項目を設定する必要があるかということも問題となる。
この問題は,評価項目の抽象性の程度にも関連しており,評価項目がある程度概括的,抽象的であれば,評価者において,経験年数等に応じて求められる水準を考慮しつつその項目を判断することで対処できる。例えば,訴訟指揮上の能力といった点については,裁判長については極めて重視される要素となり,単独事件 を担当する裁判官はこれに次ぐが,左陪席裁判官の場合は評価要素全体に占める比重は相対的に小さくなるというように,被評価者により重点の置き所が変わっ てくることが考えられるが,評価項目をそれほど細かく設定するのでなければ,評価項目自体を変えるまでの必要性は小さい。
オ 評価結果の表示方式(評価形式)
評価結果の表示の方式(評価形式)としては,段階式評価を行う方式と文章式評価を行う方式(文章により自由に記載する方式) とが考えられる。当研究会は,裁判所において平成10年までとられていた方式,現在の方式(前記第2・6(2)参照),諸外国の方式等を参考にしながら検 討した。
(注)諸外国の裁判官(司法官)の評価結果の表示方式
我が国と同じいわゆるキャリア・システムを採用しているドイツ及びフランスの例は以下のとおりである。
○ドイツ(ラインラント・プファルツ州)(資料4 「ドイツ(ラインラント・プファルツ州)の裁判官の勤務評価書」(PDF:542KB)参照)
ドイツの裁判官の人事制度は州によって様々であるが,ラインラント・プファルツ州の人事評価制度においては,評価項目について,【1】「性格的及び精神的な特徴」,【2】「身体的な能力 及び負荷耐性」,【3】「勤務上の適性及び成績」という3つの評価項目が設定されている。そして,【1】と【3】の評価項目については,その項目の評価に当たり考慮されるべき事項として,それぞれいくつかの評価の視点が挙げられている。
そして,評価結果の表示方式としては,各評価項目(上記【1】ないし【3】),追加の所見(司法行政における知識と経験等),職務提案(被評価者をどのような職務に就けるのが適当かについての提案)については,文章式評価を行い,「勤務上の適性及び成績」の総合評価については,6段階の段階式評価を行う。
○フランス(資料5 「フランスの司法官の勤務評価書」(PDF:1.6MB)参照)
フランスの司法官の人事評価制度においては,評価の項目について,【1】「一般的,法律的及び専門的な職業能力」,【2】「組織能力及び指導能力」,【3】「職業上の義務」の3類型の下,28の項目が設定されている。
そして,評価結果の表示方式としては,28の評価項目については5段階の段階式評価を行い,また,上記【1】ないし【3】の3類型の能力についてそれぞれ文章式評価を行うとともに,一般的評価(特に研修の必要性と司法官が適格性を有している職務についての記載)についても文章式評価を行う。
優・良・可,A・B・C等の形で段階式評価を行うことは,評価の結果の表現として明確であるという長所があるが,それだけに評価の結果として示された段階が裁判官のランクを示すものと受け取られるのではないかという問題もあるので,そうした評価の必要性との関連で,採否を検討する必要がある。文章式評価は,段階式評価のような評価結果の明確さに欠けるものの,各裁判官の経験,担当職務,特徴に応じた具体性のある評価が要求されることになり,人物像や適性が具体的に把握しやすくなるなどの長所が認められる。こうしたことに,もともと裁判官の人事評価は,前記1のとおり適材適所の配置をするために裁判官がいかなる適性を有するかを知り,また,判事への任命ないし再任の際に適格性を欠く者を適切に排除することに主眼があることを併せ考えると,我が国の裁判官の人事評価制度においては,文章式評価を基本とするのが相当である。ただ,評価基準について客観性を確保するために,具体的かつ客観的な評価項目を明確に定めるという要請を考慮する必要があるので,現在の方式のような完全な自由記載による方式を維持するのではなく,文章式評価の長所を生かしつつ,評価項目を設定する方向での検討が必要である。
段階式評価を採用するか否かについては,各評価項目において段階式評価を行うのが適当か,また,総合評価として段階式評価を行うのが適当かという問題がある。前者については,具体的な評価項目との関連で検討を行うこととし,ここでは後者について検討することとしたい。
カ 総合評価
総合評価は,各評価項目における個別の評価を全体として総合して評定しようとするものである。しかし,それぞれの評価項目に どのようなウェイトを置いて評価すべきかを一義的に定めることは極めて困難であり,結局,総合的判断の過程に評価者の主観が働く余地が大きなものとなる。 また,既に言及したように(前記第2・6(2),第4・1参照),裁判官の人事評価においては,一般職の国家公務員や民間会社と異なり,毎期ごとの明確な 成績のランク付けは必要がなく,適材適所の配置をするために,当該裁判官がいかなる適性を有するのかを知ることに主眼がある。こうしたことを考え併せると,裁判官の人事評価において,敢えて総合評価として段階式評価を行う必要はないというべきである。
文章式で非段階式評価的な総合評価を記載することも考えられないではないが,その必要性については疑問がある。
(3) 具体的な評価項目及び評価形式の在り方
各国における評価基準の在りようについては,異なる裁判官制度を背景とし,前提となる評価の目的や評価資料の収集方法等にも差異があることを念頭に置いて見なければならないが,裁判官に求められる資質・能力をどのような観点から評価するかという点では,法域を超えて参考とすべきものを含んでいる。そこで,当研究会においては,こうした点も参考にしつつ,評価項目及び評価形式の在り方について検討した。
(注)諸外国の裁判官(司法官)の評価項目
ドイツ(ラインラント・プファルツ州,ノルトライン・ヴェストファーレン州)の裁判官,フランスの司法官,アメリカ(ニュージャージー州_資料6 「ニュージャージー州の弁護士に対する主要手続に関する質問票」(PDF:1.5MB),後記4(2)エ参照)の裁判官の評価項目については,事件処理能力,組織運営能力,一般的資質・能力,その他といった観点から整理した資料7 「日・独・仏・米の裁判官(司法官)の人事評価項目について」(PDF:1.4MB)を参照されたい。
(注)イギリス(イングランド及びウェールズ)における巡回裁判官の任命基準
ここで検討している裁判官の評価のための基準ではないが,裁判官に求められる資質・能力の判断基準という見地から参考になる。その任命基準においては,「法的な知識及び経験」,「技能及び能力」(知的・分析的能力,健全な判断力,決断力,意思疎通能力・話を聞く能力,権威・訴訟運営技能),「個人的資質」(廉直性・独立性,公平性・不偏性,人々と社会に対する理解,成熟性・健全な気質,礼儀正しさ,献身性・誠実性・勤勉性)といった項目が挙げられている(資料8 「イギリスにおける巡回裁判官の任命基準について」(PDF:1.3MB)参照)。
ア 基本方針
評価基準の設定の在り方(前記(2))において検討したところを踏まえると,評価項目及び評価形式の在り方としては,詳細な評価項目を設定してそれぞれについて段階式で評価するという方式ではなく,大きな評価項目について文章式で評価するという方式を念頭に置き,そのような項目について評価する際の視点(考慮要素)を具体的に明らかにするという方向で検討するのが適当である。
なお,評価項目のうち,一部のものについて,文章式の評価に加えて段階式の評価を行うか否かについては,評価項目の内容を検討した上で,改めて検討することにする。
イ 評価項目
評価項目については,あるべき裁判官像(裁判官に求められる資質・能力)(前記(1))において検討してきたところからすると,以下の項目が考えられる。
- (1) 事件処理能力
法的判断能力(裁判手続における判断者としての資質・能力)
具体的な事件について,それぞれの手続段階において適正,迅速,公正妥当に判断を形成し得る資質・能力
文 章式で評価する際の視点(考慮要素)としては,法的知識の正確性・十分性,法的問題についての理解力・分析力・整理力・応用力,事実整理(争点整理)能力,証拠を適切に評価する能力,法的判断を適切に表現する能力,合理的な期間内に調査等を遂げて判断を形成する能力等が挙げられる。
手続運営能力(裁判手続の主宰者としての手続運営能力)
上記判断に基づいて,手続を適切に運営する能力
文章式で評価する際の視点(考慮要素)としては,法廷等における弁論等の指揮能力,当事者との意思疎通能力,和解等における説得能力,合理的な期間内に手続を進行させる能力,担当事件全般を円滑に進行させる能力等が挙げられる。 - (2) 組織運営能力
職員に対する指導,部の運営その他について,事件処理及び司法行政の両面において必要とされる資質・能力
文章式で評価する際の視点(考慮要素)としては,評価対象者の職務内容等に応じて,部の運営等司法行政面での創意・工夫,職員に対する指導能力,職員・裁判官等への対応の適否等が挙げられる。 - (3) 一般的資質・能力
職務との関連で求められる裁判官としての一般的資質・能力
文章式で評価する際の視点(考慮要素)としては,裁判官に求められる識見に関し,幅広い教養に支えられた視野の広さ,人間性に対する洞察力,社会事象に対する理解力等が,人物・性格面に関し,廉直さ,公平さ,寛容さ,勤勉さ,忍耐力,自制心,決断力,慎重さ,注意深さ,思考の柔軟性,独立の気概,精神的勇気,責任感,協調性,積極性等が挙げられる。
審議会意見において例示されていた「倫理性」は,上記の廉直さ,公平さ,自制心,責任感といった考慮要素に含めて考えることができる。また,同様に例示されていた「柔軟性」は,その内容を明確にするために,「思考の柔軟性」という表現で考慮要素に取り入れた。 - (4) その他
評価項目自体ではないが,健康面で特記すべき事柄があれば,評価書面にそれを記載する取扱いとするのが適当である。その他,この欄には,例えば,裁判所内の各種研究会・委員会での活動,裁判所の理解を得るための広報活動,法律分野の論文の執筆等の,評価に当たって参考となる事項等を記載することが考えられる。
ウ 文章式評価における評価項目と評価の視点(考慮要素)
文章式で評価する際には,各評価項目について,評価の視点(考慮要素)を踏まえ,評価対象者が備えている資質・能力が具体的 に明らかになるように記載するものとする。その記載に当たっては,一般に,評価の視点のすべてにわたり記載することは必ずしも要求されないが,中でも, 「一般的資質・能力」については,特徴的な事項を記載することで足りるものとする。
なお,制度化するに当たっては,評価項目のみならず,評価の視点(考慮要素)についても,明確にしておくことが相当である。
エ 段階式評価について
各評価項目について,文章式評価に加え,段階式評価を行うか否かが問題となる。評価項目のうち,【3】「一般的資質・能力」 については,その内容に照らして,段階式評価を行うことは適当でない。また,【2】「組織運営能力」については,文章式評価を行えば,被評価者の能力を把 握するためには十分であると考えられることから,段階式評価を行う必要はない。
これに対し,【1】「事件処理能力」については,段階式評価も併 せて行うか否かが問題となる。段階式評価を行うか否かは,評価の目的,評価情報の収集方法,評価の本人開示等の問題と密接に関連するので,このような点を 念頭に置いて検討したが,この問題について,当研究会においては,二つの考え方に分かれた。
一つの考え方は,文章式評価のみでは被評価者の能力 水準があいまいに表現されて分かりにくくなるおそれがあることなどから,明確性をもった段階式評価を取り入れるべきであるという考え方である。もう一つの 考え方は,裁判官については短期的な明確なランク付けをするまでの必要がないこと,評価情報の収集にも制約があることなどから,段階式評価を取り入れるべ きではないという考え方である。後者の意見を述べる委員の方が多かった。
仮に,段階式評価を行う場合には,絶対評価によって,A優れている,B普通,C十分でないの基準をもって行い,文章式評価において,その段階の評価に至った事情が分かるように記載することが考えられる。なお,Bについては, その中でも比較的優れていると考えられる場合にはB+,やや問題があると考えられる場合にはB-と付記することができるものとしてはどうかとの考え方も示 された。
オ 評価に際して考慮してはならない事項の明確化について
裁判官の人事評価に際しては,評価の公正さなどを担保することができるように,考慮してはならない事項を明確化した方がよい という意見が裁判官の間から出された。評価に当たって,裁判官の職権行使の独立に影響を及ぼすような事項について考慮してはならないことは当然のことであ るが,ここでは,より具体的に,評価に際して,個々の裁判の判断内容自体(有罪・無罪,合憲・違憲等)や裁判官の個人の思想,信条,宗教等を問題にしては ならないということを制度化に当たって明確化すべきである。
4. 評価の手続
(1)評価者
審議会意見は,「第一次的な評価権者を明確化すべきである。」としている。この点に関する裁判官の意見の中には,評価者を,地方裁判所・家庭裁判所所属の裁判官については地方裁判所長・家庭裁判所長,高等裁判所所属の裁判官については高等裁判所長官とすべきであるとする意見や,部総括裁判官とすべきであるとする意見が見られ,また,裁判官会議又は評価のために設置される委員会とすべきであるとの意見も見られる。評価者を重層的に設けることやいわゆる多面的評価の採否も検討する必要がある。当研究会は,このような意見等を踏まえつつ,我が国と同じくいわゆるキャリア・システムが採られているドイツ及びフランスの実情等も参考にしながら,評価者について検討した。
(注)評価者に関する裁判官の意見
大別して,【1】地方裁判所・家庭裁判所所属の裁判官については地方裁判所長・家庭裁判所長,高等裁判所所属の裁判官については高等裁判所長官とする考え方,【2】部総括裁判官とする考え方,【3】裁判官により構成される委員会又は裁判官会議とする考え方,【4】裁判官の相互評価とする考え方に分かれる。【3】と【4】の考え方は少数であり,【1】の考え方と【2】の考え方とでは【1】の方が多い。
【1】の考え方(地方裁判所・家庭裁判所所属の裁判官については地方裁判所長・家庭裁判所長,高等裁判所所属の裁判官については高等裁判所長官とする考え方)を支持するものとしては,「個々の裁判官に関する情報を広く収集することができるので,総合的な判断が可能となる。」,「部総括裁判官等からも情報収集することにより,個々の裁判官を評価することは可能である。」,「多くの裁判官を対象として評価することから,客観的な評価が可能となる。」等がある。これに対し,「個々の裁判官を十分把握できるのか疑問がある。」,「特に大規模庁では,個々の裁判官を十分把握できないおそれがある。」,「上からの一方的な評価は,裁判官の独立を危うくする危険性,裁判官平等原則に反する疑いがある。」等の反対意見が出されている。
【2】の考え方(部総括裁判官とする考え方)の理由としては,「被評価者と日常的に共に職務を行っており,その職務の実情を最も良く把握している。」等がある。これに対しては,「陪席裁判官を萎縮させるなど,対等な立場で行うべき合議に悪影響を及ぼすおそれがある。また,陪席裁判官が真に独立して裁判を行っていないのではないかという外観を生ずるおそれがある。」,「部総括裁判官と被評価者との間にしこりが残り,部の運営に支障を来すおそれがある。」,「小規模庁では,陪席裁判官が多種類の職務に携わっているので,必ずしも部総括裁判官が被評価者の職務の実情を把握しているとは限らない。」,「あまりに被評価者に近いために,部総括裁判官の個性等によっては,正しい評価ができなくなる可能性がある。」,「上からの一方的な評価は,裁判官の独立を危うくする危険性,裁判官平等原則に反する疑いがある。」等の反対意見がある。
【3】の考え方(裁判官により構成される委員会又は裁判官会議とする考え方)からは,「所長や部総括裁判官が一人で人事評価を行うのは好ましくなく,評価に客観性を持たせるべきである。」,「外部から見て公正さと客観性が担保されている必要がある。」,「個人による評価には限界があり,複数の目で見る必要がある。」,「人事評価が本来司法行政上の性格を持つ以上,裁判官会議が評価者となるべきである。」等の意見が述べられている。これに対しては,「個々の裁判官の具体的な評価を行うことは,事柄の性質上合議体による討論という手続になじみにくい。」,「裁判官の人格的な側面について具体的な事実に基づいた記載をする場合には,一人の評価者が記載した方が的確に表現できる。」,「評価の責任の所在を明らかにし,かつ,上位の評価者が下位の評価者の評価の当否を適正に判断できるようにするためにも,一人の評価者が第一次的な評価者となるのが望ましい。」,「裁判官会議では,現実問題として,裁判官全員で個々の裁判官の評価をすることは困難である。また,個々の裁判官の人事評価が他の裁判官全員に知れるところとなり,プライバシーの侵害となりかねない。」等の反対意見が述べられている。
【4】の考え方(裁判官の相互評価とする考え方)は,「部総括裁判官と陪席裁判官が相互に評価し合うことにより,上からの一方的な評価を回避することができる。また,上からの一方的な評価が裁判官の独立を危うくするという批判を回避できる。」ということ等を理由とするものである。これに対する反対意見としては,「常に裁判官全員がお互いの評価を意識しながら仕事をするという状態になるおそれがある。」,「馴合い的な評価しかされないことになるおそれがある。」,「相互評価を行いうるのは身近な裁判官等少数にとどまることから,評価する裁判官の主観を排除することが困難である。」等がある。
(注)諸外国の裁判官(司法官)の人事評価制度における評価者
- ドイツ(ラインラント・プファルツ州,ノルトライン・ヴェストファーレン州)
ドイツのラインラント・プファルツ州においては,裁判官の評価者は,「直接の上官」とされ,具体的には,地方裁判所・区裁判所所属の裁判官については地方裁判所長,地方裁判所長及び高等裁判所所属の裁判官については高等裁判所長官とされている。加えて,その評価書面には,「上級庁の所見」欄が設けられている。ノルトライン・ヴェストファーレン州においても,ほぼ同様である。 - フランス
フランスの司法官の評価は,裁判所の長(所属裁判所の所長及び控訴院長)により行われている。例えば,民事事件について我が国の地方裁判所に相当する大審裁判所所属の裁判官の場合には,大審裁判所長が勤務評定書を作成して被評価者が作成した書面と共に控訴院に送付し,控訴院長は,被評価者を知っている他の司法官に対して書面で所見を求め,以上の書面をもとにして,被評価者の評価を行う。
(注)我が国の裁判官の評価者
現在,我が国の裁判官の人事評価に関する基本的な情報となっているのは,前記(第2・6(2))の報告書であるが,その作成者は,地方裁判所長・家庭裁判所長と高等裁判所長官である。東京地方裁判所等の特大規模庁では,所長代行者が作成に実質的に関与しているが,報告書の名義はそうした庁を含め所長になっている。
地方裁判所・家庭裁判所に所属している裁判官の評価については,所長による評価に加え,高等裁判所長官に調整者としての役割も期待されているが,その際に,長官自らが得た情報に基づいて付加的な意見を付すことも排斥されていない。
ア (第一次)評価者
現行制度においては,下級裁判所の裁判官人事は,最高裁判所の行う司法行政事務の一環として,最高裁判所の裁判官会議により決定することとされている。そして,その人事決定のための資料として人事評価が必要となるが,最高裁判所の裁判官会議が直接それを収集することは実際上できないため,人事評価制度が必要となる。このような裁判官の人事評価の制度的な枠組みを考えると,評価者を誰にすべきかという問題は,多くの裁判官に関する評価情報を適切かつ円滑に収集し選別することができるのは誰かという合目的的な観点から検討するのが適当である。また,評価形式や,面談,不服がある場合の手続等の仕組みとの整合性を図る必要がある。
このような観点に立って検討した結果,第一次評価者としては,地方裁判所・家庭裁判所所属の裁判官については地方裁判所長・家庭裁判所長,高等裁判所所属の裁判官については高等裁判所長官とするのが相当であるとの結論に至った。
この点については,まず,裁判官により構成される委員会又は裁判官会議による評価の当否が問題になるが,これらの考え方については,裁判官の意見に現れているような問題点が指摘されている。当研究会では,単独で情報収集をすることは不可能であるから,情報源になる裁判官が合議体で行う方が透明性があるとして,裁判官により構成される委員会による方式とすべきであるという意見も出されたが,人事評価については合議体で実施することには困難を伴い,通常そのような方法は行われていないこと,文章式評価を基本とする評価形式(前記3(3)参照)や,後に述べる面談,不服がある場合の手続等の仕組み(後記(2)ウ,5(2)参照)との整合性を図る必要があることから,その採用は困難であるという意見が大勢を占めた。
次に,一種の多面的評価といえる裁判官の相互評価による方式については,裁判官全員が常にお互いの評価を意識しながら職務を遂行するという状態になるおそれがあることや,馴合い的な評価しかされないことになるおそれがあることなどから,採用することができないということで一致した。
そこで,評価者として,地方裁判所長・家庭裁判所長や高等裁判所長官と,部総括裁判官のいずれが適当かが問題になるが,裁判官の意見にも現れているように,部総括裁判官は陪席裁判官の職務の実情をよく把握し得る立場にあることが多いものの,部総括裁判官と陪席裁判官とは合議体を構成し,対等な立場で意見を戦わせるという関係にあることから,両者の間に評価者と被評価者という関係を持ち込むことがやや不適当な面がある。これに対し,地方裁判所長・家庭裁判所長,高等裁判所長官を評価者とする場合は,被評価者と合議体を構成することは通常ないばかりでなく,個々の裁判官に関する情報を広く収集して総合的な判断を行うことが可能となるなどのメリットがあるので,これらの者を評価者とするのが相当であるということになった。なお,特大規模庁において,所長だけでは個々の裁判官を十分把握できないおそれがあるとの指摘があるが,そのような庁については,所長代行者の補佐を得て評価を行うことを認めることによって対応すべきである。また,当研究会においては,所長や部総括裁判官といった個人が評価情報を集約して報告することに抵抗感を覚える裁判官もいるのではないかという指摘がなされたが,この点については,人事評価の本人開示等を通じて公正性,納得性を確保することによって対応すべきであるということになった。
イ 第二次評価者
次に,第一次評価者のほかに第二次評価者が必要か,具体的には,地方裁判所・家庭裁判所所属の裁判官について,高等裁判所長官による評価が必要か否かという問題がある。
第二次評価者は,被評価者との関係において,第一次評価者よりも遠い位置にいるため,評価資料において制約を受ける面があるが,第一次評価者よりも多数の裁判官の評価を担当すること,多段階で評価すること自体により,評価の客観性の担保に資することが期待できるので,地方裁判所・家庭裁判所所属の裁判官については,所長を第一次評価者とし,高等裁判所長官を第二次評価者とすることが適当である。
この場合の第二次評価者の役割としては,第二次評価者が自ら得た情報に基づく評価の調整と補充になる。具体的には,第二次評価者は,第一次評価者が行った評価について,文章式(自由記載方式)でコメントを付すことが考えられる。この場合においても,評価は,既に検討した評価項目(前記3(3)イ参照)に基づくものでなければならない。
なお,高等裁判所所属の裁判官については,高等裁判所長官による第一次評価のみで,第二次評価は行われないことになる。
(2) 評価情報の収集方法等
評価のための情報を収集する範囲,方法に関しては,裁判所内部では,部総括裁判官,同僚裁判官,裁判所職員等からの情報の収集が検討の対象になるものと考えられるが,その他に,上級審の裁判官からの情報を取り入れるか否かといった点についても検討する必要がある。また,審議会意見は,評価情報の収集方法について,「評価に当たっては,例えば自己評価書を作成させるなど,本人の意向を汲み取る適切な方法,更に,裁判所内部のみではなく裁判所外部の見方に配慮しうるような適切な方法を検討すべきである。」としている。本人の意向を汲み取る方法としては,本人から自己評価書や報告書のような何らかの書面の提出を受ける方法の他にも,評価者が本人と面談するといった方法も考えられる。また,裁判所外部の見方に配慮しうるような適切な方法については,弁護士(会),検察庁,事件の当事者等から意見を聴取することが検討の対象になる。
当研究会は,以上の問題意識の下に,裁判官の意見等のほか,裁判官の職務の特性や裁判実務の実情,更には,現在の評価情報の収集の実情(前記第2・6(2)(3)参照)を踏まえつつ,我が国と同じくいわゆるキャリア・システムが採られているドイツ及びフランスの実情等も参考にしながら,評価のための情報を収集する方法について検討した。
(注)諸外国の裁判官(司法官)の人事評価制度における評価情報の収集方法
- ドイツ(ラインラント・プファルツ州,ノルトライン・ヴェストファーレン州)
地方裁判所所属の裁判官については,地方裁判所長が,【1】評価対象の裁判官の法廷の傍聴,【2】評価対象の裁判官が所属する部の裁判長や幹部裁判官(事件処理を離れて司法行政を専門的に取り扱う者)からの聴取,【3】評価対象の裁判官が処理した事件の記録の閲覧をすることにより,評価情報を収集する。ただし,記録の閲覧は,事件を迅速に処理しているか,丁寧で慎重な扱いをしているか,審理において手続を正確に踏んでいるか,判断を下すことに前向きの姿勢であるか等,判決書については,考慮すべき事項をすべて考慮したか,判決文の表現が適正であったか,分かりやすいものであるか,その論理の構成がうまく考えられているか等の調査を目的とするものであり,判決内容の当否には立ち入ることができない。 - フランス
大審裁判所所属の裁判官の評価の手順・方法は,以下のとおりである。
【1】評価の対象となる裁判官が,自らの職務活動について所定の書面に記載する。【2】所長が当該裁判官と面談を行う。その上で,所長は,所定の書面に,評価を記載する。そして,それを当該裁判官の作成した書面と共に,控訴院に送付する。【3】控訴院長は,当該司法官の職務活動を知っている他の司法官(大審裁判所の陪席裁判官の場合にはその裁判長)に対して,その所見を求める。【4】控訴院長は,以上の手続を経て得た書類をもとにして,所長が記載した書面と基本的に同様の書式に当該司法官の評価を記載する。
ア 部総括裁判官,同僚裁判官,裁判所職員等からの情報収集
陪席裁判官については,日頃その身近で執務を共にしている部総括裁判官から情報を得ることが中核になるものと考えられる。この点に関する裁判官の意見の中には,部総括裁判官が評価情報を評価者に提供するとなると,陪席裁判官を萎縮させるおそれがあるなど,対等な立場で行うべき合議に悪影響を及ぼすおそれがあるといった意見も見られるが,むしろ,日常的に被評価者の身近で職務を行っており,その執務状況について把握することができる部総括裁判官から情報提供することによって適正な評価が可能になるとする意見の方が多数を占めており,当研究会においても,こうした考え方に異論はなかった。合議への悪影響のおそれについては,部総括裁判官が評価者になる場合と単なる情報提供者になる場合とは質的に異なる(次に述べるように,情報提供者ということでは,陪席裁判官も部総括裁判官についての情報の提供者になり得る立場にある。)。
次に,同僚裁判官や裁判所職員等からの情報収集の在り方が問題になる。
後に検討するが(後記ウ参照),第一次評価者が評価をするに当たり各裁判官と面談する方式を採り入れれば,これにより,評価の前提となる事実について本人の確認を得られるとともに,他の被評価者に関する同僚裁判官としての情報を得ることもできるので,情報源の多元化にも資することができる。
また,書記官等の裁判所の一般職職員からの情報も,部の運営,職員に対する姿勢等について顕著な事由がある場合には,部総括裁判官,同僚裁判官,幹部職員等を介するなどして第一次評価者にもたらされることが考えられる。その情報の信頼性については,被評価者との面談等における確認が必要であるが,こうした情報を排斥する必要はない。ただし,それ以上に,システムとしてそうした情報を収集することについては,裁判官の相互評価と同様の問題があり,弊害が予想されるので,適当ではない。
イ 上級審裁判官からの情報を取り入れることの当否
評価情報の収集方法に関し,上級審裁判官からの情報の取扱いが問題になる。
上級審裁判官は,原審判決等の適否,当否を判断する立場にあるところから,この問題を考えるに当たっては,裁判官の判決・決定等の判断内容自体を人事評価の対象とすることはできないという,裁判官の職権行使の独立の原則との関係に配慮する必要がある。
(注)上級審裁判官からの情報を取り入れることに関する裁判官の意見
消極の立場からは,「上級審が人事評価に関与するとなると,下級審の活気を失わせるおそれがあるなど,影響が少なくない。」,「上級審に上がってくるのは,被評価者が担当した事件のうち,上訴された一部の事件にすぎないので,的確な評価をなし得るか疑問がある。」等が理由として述べられている。他方,「上級審は,下級審の裁判官の判決等から,その能力を客観的に見ることができる。」,「被評価者の一部の判決,決定であっても,その裁判官としての経験年数からみて当然備えているべき技量に欠けているといった場合には,そのような事情を評価の対象としてよい。」,「上級審から事件処理の内容を見る場合,サンプルが少ないと偏りが出るおそれもあるが,数年間評価を積み上げていけば評価が可能である。」等を理由に積極の考え方もある。
現在でも,多くの上訴事件の判決と記録を通して見た原審裁判官の仕事振りや力量について,顕著な事由がある場合に,そうした情報が高等裁判所の裁判長等から高等裁判所長官に伝えられ,それが高等裁判所長官の評価に反映されることがあるが,それ以上に,システムとして網羅的に評価に取り込むことについては,原審裁判官の職務遂行に与える影響等を考慮しつつ,慎重に検討する必要がある。確かに,上級審裁判官から見ると,原審裁判官の能力がよく分かるという側面がある。しかし,システムとして上級審裁判官を人事評価に関与させ,原審裁判官の仕事振りを恒常的に評価させることは,上訴手続の中に人事評価手続を正面から持ち込むことになり,上級審裁判官による原審判決等の内容的当否についての判断が人事評価に紛れ込むおそれも否定しきれない上,原審裁判官が人事評価への顧慮からことさらに上級審で審理されることを回避しようとする傾向を生じさせるといった弊害も懸念されないではない。
こうしたことを総合考慮すると,上級審裁判官からの情報を取り入れることについては,良否いずれにせよ顕著な事由がある場合に,その情報が評価者に提供されることを是認するという限度にとどめるのが相当である。そして,上級審裁判官からの情報が評価に取り入れられた場合には,そのことについて評価書面に記載するなど,何らかの形で明らかにすることが望ましい。
ウ 本人の意向を汲み取る方法
本人の意向を汲み取る方法について,審議会意見は,前記のとおり,「評価に当たっては,例えば自己評価書を作成させるなど,本人の意向を汲み取る適切な方法…を検討すべきである。」としている。
この点について,当研究会は,裁判官の意見のほか,フランスの司法官及びイギリス(ウェールズ・チェスター巡回区)の非常勤地方判事について採られている方法等も踏まえ検討した。
(注)諸外国の裁判官(司法官)に関して採られている本人の意向を汲み取る方法の例
- フランスの司法官
評価の対象となる司法官が作成する人事評価に関する書類には,「司法官の活動についての記述」という記載欄が設けられている。この欄には,評価の対象となる期間において,自分がどのような活動をしたかを総合的に記載することになっている。具体的には,担当した職務の内容,事件の種類,判決等の数,委員会活動への参加,付属的な活動等について記載する。客観的な事実を記載するものであり,自らの活動についての自己評価を記載するものではない。この書類は,所属裁判所の所長を通じて控訴院に送付される。 - イギリス(ウェールズ・チェスター巡回区)の非常勤地方判事
ウェールズ・チェスター巡回区の非常勤地方判事について,評価制度の一部として自己評価表を作成する方法が採用されている。自己評価表の記載事項は,「これまでどのような種類の事件を審理し,その分配はどのようなものだったか。」,「過去1年間の仕事内容についてもっとも満足している点は何か。」,「どのような困難を経験したか。」,「自分の仕事ぶりをどのようにすればより良くすることができたと思うか。」,「昨年度の間にどのような研修を受けたか,研修の成果はあったと思うか。」,「今後更にどのような研修又は助けが必要だと思うか。」,「過去12か月間に何回指導官と連絡を取ったか。」等である。
(ア) 自己申告書面の提出と面談の制度を設ける意義
当研究会は,人事評価について本人の意向を汲み取る方法として,従事した職務活動等に関する記載をした書面(自己申告書面)の任意的な提出制度と,第一次評価者が被評価者と面談する制度を設けることが適当であると判断した。
このような制度を設けることについては,以下の3つの意義が認められる。
【1】評価者が,本人からその職務遂行に関係した事項等についての自己申告を受け,さらに本人と面談をすることによって,新たな情報を把握したり,既に得ている情報の正確性について吟味したりすることができるなど,評価の客観性を担保する上で有益である。【2】面談のプロセスを通じて,評価者が本人に対し評価に関する認識をフィードバックすることにより,本人が自己の特性,問題点等を認識する契機となり,自己研さんや能力開発に資することになる。従来は,評価の結果が本人にフィードバックされることが少なかったため,本人が自己の問題点に気付かず,改善の機会を失うこともあったと考えられる。【3】評価者に対する本人からの説明の機会を保障することにもなるので,評価に対する本人の納得性を高めることにもつながる。
(注)本人の意向を汲み取る適切な方法に関する裁判官の意見
大別して,【1】「評価権者との面談の機会」を設ける,【2】「執務状況に関する報告書」を提出する(全員が提出するという考え方と任意にするという考え方がある。「裁判官第二カード」の記載欄を充実,活用するとの意見もある。),【3】「自己評価書」を提出する(全員が提出するという考え方と任意にするという考え方がある。)という3つに分かれている。
(イ) 自己申告書面
自己申告は,その正確性を確保するために書面によるのが適当である。評価者との面談に先立って,自己申告書面が提出されていれば,面談を円滑に,しかも充実した形で実施することにも資する。
もっとも,自己申告を希望しない裁判官にそれを強制するのは適当でないので,自己申告書面の提出は任意的なものとすべきである。また,自己申告書面の提出の有無自体をもって,人事評価に反映させるようなことをしてはならないことは当然である。
自己申告書面の記載事項としては,評価対象期間において従事した職務活動に関するものを中心とすることになるが,申告者の記載の自由度を高めるため,基本的に文章による自由記載方式とすることが考えられる。
自己申告書面に記載することが考えられる事項としては,事件処理に関する事項(例えば,事件処理に当たり,成果があったと考える点,配慮・工夫した点,苦労した点等を記載する。),事件処理以外に関する事項(例えば,事件処理以外の日常の事務,職員・司法修習生に対する教育・指導等に関し,成果があったと考える点,配慮・工夫した点,苦労した点等を記載する。)等が想定される。
なお,当研究会において,各人が各評価項目について自己評価書面を作成し,それを評価者の評価と対比することにより,自己啓発に役立てるべきではないかとの意見も出された。民間部門において目標管理の手法による業績評価の一環として自己評価が採用されている例が見られるが,前述のように裁判官の人事評価において目標管理の手法を採ることは不可能であり,また,目標管理の手法による業績評価から離れて事件処理能力,組織運営能力及び一般的資質・能力について本人の評価を求めることに関しては,このような事項について本人に自己評価させることにどれだけの意味があるのか,かえって,どのような評価を行うべきか本人を戸惑わせるだけではないかといった疑問があることから,上記のような自己評価書面を提出させることは適当でないとの意見が多数を占めた。もとより,自らが設定し実行した担当職務に関する目標なり実績について,自己申告書面に記載することなどは妨げられない。
(注)「自己評価書」の提出に関する裁判官の意見
提出に積極的な考え方としては,「自己研さんに役立つ(自己の問題点を検討し,反省する機会になる)。」,「自己評価の再確認を促す。」,「自己の専門性をアピールする手段にもなる。」,「評価者の評価の客観性が担保される。」,「本人の納得が得られる。」等がある。これに対し,消極的な立場からは,「評価者との間で軋轢を生じる。」,「自己アピールの手段となるが,自己に厳しい者,謙虚な者ほど評価されなくなる。」,「自己評価の客観性を担保することができるかという問題がある。」,「自己評価がかえって心理的な圧迫,負担となる。」,「裁判官の独立に影響を及ぼすおそれがある。」といった意見が出されている。
(ウ) 評価者との面談
第一次評価者は,裁判官の人事評価書を作成するに先立ち,被評価者から自己申告書面が提出されたときはそれをも踏まえ,評価等に関して被評価者と面談を行う制度を導入することが適当である。この面談は,被評価者による自己申告書面の提出の有無にかかわらず,被評価者全員と行うものとする。
第一次評価者は,この面談を前記の趣旨((ア))に則って行う必要がある。面談の際に取り上げられる事項としては,自己申告書面に記載することが考えられる例に列挙した事項を始めとして,評価項目に関連する事項がまず考えられる。評価に影響を及ぼすべき重要な事実については,面談の際に本人に確認することが適当である。このほか,評価と関連する事項として,次期異動における任地の希望,担当事務についての希望等についても,面談事項に加えることが考えられる。
面談の制度を導入する場合,評価者の負担が増し,特に大規模庁においては,その実施に膨大な時間を要するものと推測されるが,この面談は,新しい人事評価制度の中で重要な役割を担うことが期待されるものであるから,充実した面談が行われることを望みたい。面談対象者が多数に及ぶ庁においては,第一次評価者のほか,その代行者も担当することができるものとすることにより,面談が円滑に実施されることを期すことが相当である。
エ 裁判所外部の見方に配慮する方法
審議会意見は,「評価に当たっては,…裁判所内部のみではなく裁判所外部の見方に配慮しうるような適切な方法を検討すべきである。」としている。
審議会意見がいう「裁判所外部の見方にも配慮しうるような適切な方法」を検討するについては,どのような方法によって外部の見方を評価情報として取り入れていくのか,また,収集された情報の価値をどのように吟味するのかが問題となる。加えて,裁判所外部の見方を取り入れることによって,裁判官の職権行使の独立に影響を及ぼすようなことがないように留意する必要がある。
当研究会は,このような問題意識の下に,審議会における議論や諸外国の実情,更にはこの問題に関する裁判官の意見も参考にしつつ検討した。
(注)審議会の審議における裁判所外部の見方に配慮する方法に関する委員の意見
審議会の審議においては,意見がまとめられるについて,積極,消極の立場から,様々な意見が出されたので,ここで簡単に紹介しておくこととする。
積極的な意見としては,「検察官や弁護士等による外部評価を一定期間ごとに行うことによって内部評価とあわせて評価を行うべきである。」,「検察庁と弁護士会の人たちの意見を聞くことになるだろう。」,「法曹関係者,裁判利用者の声が反映されて決定していく必要があると思う。」,「法律専門家が独立の名の下に独善に終わっているのではないか。」等があった。
これに対し,慎重に検討すべきであるという立場から,「裁判官の職権行使の独立から考えると外部の者の意見なり評価なりを評価の正式の資料とするのはいかがなものか,第三者が裁判官全体について評価できるとは思わない,自分の事件に関連した当事者の評価は危険ではないか。」,「裁判所の組織の自律権の尊重の点から難しい。」,「外部評価が実現可能なシステムができるか,本当に効果のあるようなものができるならやるというのでもよいのではないか。ただ,海外でもなかなか導入されていないというのは,実際にシステムがうまく機能していないのではないか。」,「裁判官の職権行使の独立の点から,事件関係者を含めた外部の声を決定的な要素として入れることは,全く排除するまでのことはないかもしれないが,限界があるのではないか。」,「一人一人の裁判官の外部評価はできないだろう。」,「事件の当事者による主観的な立場からの評価はなかなか難しい。」との意見が出された。
審議会における議論(主として第56回)においては,以上のような意見のやりとりの上で,外部の声がどのように反映されるかについては検討する必要があるとされ,その後,審議会意見にあるように取りまとめられることとなったものである。
(注)諸外国の裁判官(司法官)の人事評価制度における裁判所外部の見方に配慮する方法
ドイツ(ラインラント・プファルツ州,ノルトライン・ヴェストファーレン州)の裁判官,フランスの司法官については,人事評価の過程に裁判所外部の見方を取り入れるための方策は,採用されていない。
これに対し,アメリカにおいては,州の中には,裁判所の各種委員会や法律家協会が,弁護士や陪審員,裁判関係者等に対し,質問票を送付したり,ヒアリングを実施するなどして,評価を行っている州もある(ニュージャージー州など。資料6参照)。その主たる目的は,裁判官の教育,能力向上にあり,また,裁判官の再任,選挙・信任投票の際の参考資料の提供が目的とされているものもある。
裁判官がその職務を行うに当たって独善に陥ることは最も避けなければならないことであり,当事者をはじめ裁判所外の関係者等の声に謙虚に耳を傾ける姿勢を持つことは重要である。しかし,審議会の委員の意見にも見られるように,裁判官の人事評価の資料として,裁判所外部からの情報を取り入れることに関しては,種々の問題がある。裁判官の事件処理能力に関して評価を下すには事件の内容を理解している必要があるから,まず,第一に当事者等事件関係者から情報を求めることが考えられるが,事件関係者は,裁判の結論に直接の利害関係があるので,その内容と切り離して評価情報を提供することには困難な面があり,客観性のある評価を期待し得るのか,その情報提供が裁判の判断内容にわたる場合には,裁判官の職権行使の独立性の確保の観点から適当かという問題がある。また,十分な資料を得るためには,事件関係者に相当広い範囲でのアンケート調査等をする必要があるが,事件処理能力に関する事項についてはもちろん,法廷における裁判官の言動等,一般的な資質・能力に関係する事項であっても,事案の内容や経緯と無関係に評価を下すことができないことが少なくない。そこで,評価情報の信頼度を判定するために広範囲な事件内容の調査を行うことになれば,そのこと自体個々の裁判官に対する心理的影響,事件の審理に及ぼす影響等からして適当ではないし,実行も困難であろう。それでは,事件関係者に限らず,一般的に部外者から裁判官の評価について意見を聴くことにするのはどうかということになるが,そうした方法では,果たして客観的な事実に基づく責任をもった意見を述べることが可能なのか,単なる人気投票と化すおそれがあるのではないかという疑問が生じる。さらに,当事者そのものではなく,当事者サイドの情報を広く集めることが可能な団体として,例えば,弁護士会に評価情報の提供を求めることとした場合,権衡上検察庁にも同様に評価情報の提供を求めることになろうが,このように組織に対して個々の裁判官に関する評価情報を求めることは,裁判官の職権行使の独立性確保の上で問題が出てこよう。なお,実際問題としても,例えば,大規模庁で訴訟事件を担当せず,民事執行事件のみを担当する執行部で勤務している裁判官のように,当事者との接触が少ない裁判官の場合,上記のような調査を実施し難いので,すべての裁判官について同様の方式を採用できないという問題もある。
アメリカの州裁判所の中には,代理人,当事者等へ質問票を送付する方法による調査(アンケート調査)等を行っているところがあるが,評価の目的が主として裁判官の教育,能力向上に置かれている点において我が国と異なっているし,ドイツ(ラインラント・プファルツ州,ノルトライン・ヴェストファーレン州)やフランスでは,評価に当たって裁判所外の者の意見を取り入れることは行われていない。当研究会においては,裁判官にとって利用者からどのように評価されているかは極めて重要であり,また,法廷における対応等は利用者においてよく評価できるので,裁判所を利用する弁護士や当事者にアンケートを行い,その結果を評価する際の資料とすべきであるとの意見もあったが,以上検討したところに加え,こうした外国の状況も念頭に置くと,裁判官の人事評価の資料を得ることを目的として,事件関係者その他の部外者を対象とするアンケート調査等を行うことは相当ではないという意見が多数を占めた。
もっとも,裁判官の執務状況に関する弁護士等の事件関係者の見方については,現在でも,直接又は書記官室等を通じて間接的に評価者(地方裁判所長・家庭裁判所長等)にもたらされることがあり,それが事務の取扱いに関する不服である場合には,司法行政上の監督権の発動を求める申立ての形で,所長等に提出されることもないではない。こうした裁判所外部からもたらされる様々な情報にも,前述の利害関係に基づくバイアスの問題や裁判官の職権行使の独立に対する影響の問題はあるが,組織的に広範囲のアンケート調査をする場合のような弊害はない。こうした形でもたらされる情報をすべて排斥することは,裁判所外の声に敢えて耳をふさぐものであって相当ではないので,裁判官の職権行使の独立に配慮しつつ,評価者において適切に取捨選択の上,評価に活用することが求められる。そして,評価者がそうした情報を評価に取り入れるについては,バイアスのかかった不適切な情報等を排除するため,被評価者本人に事実関係を確認することが必要である。
なお,当事者,代理人等裁判所外部の者からもたらされる情報の中には,裁判官の執務や裁判所の運営の改善に対して参考となる意見が含まれていることがあるが,それらについては,評価の問題とは切り離して,研修その他の場を通じ,裁判官の執務や裁判所運営に生かすことが望まれる。
(3) 評価の実施時期
人事評価が資料として利用される裁判官人事の一つとして,裁判官の異動・配置があるところ,裁判官の異動は,必ずしも固定的な年数の間隔で行われているわけではないことからすれば,人事評価を数年に1回行うとしたのでは,配置の検討に適切な資料を確保できないことになる。したがって,基本的には,毎年,一定の時期に評価を行うことが適当である。
5. 本人への開示及び不服がある場合の手続
審議会意見は,「裁判官の人事評価について,…評価内容の本人開示と本人に不服がある場合の適切な手続を設けるなど,可能な限り透明性・客観性を確保するための仕組みを整備すべきである。」とし,「評価の内容及び理由等については,評価対象者本人の請求に応じ,評価対象者本人に対して開示すべきである。」,「評価内容等に関して評価対象者本人に不服がある場合について,適切な手続を設けるべきである。」としている。
(1) 本人への開示
本人への評価の開示については,裁判官の中にも,制度を導入することに対して,積極,消極の両意見が見られるので,導入の意義,問題点等を明らかにした上,仮に開示することとした場合の範囲,方法について検討する必要がある。この手続は,これまでの我が国においては,公務部門では制度化されておらず,裁判官についても同様の実情にあるので,この手続に関する我が国の公務部門の動向,更には諸外国の制度の実情等にも目を配りつつ検討した。
(注)公務部門の人事評価制度における評価の本人開示の手続
- 人事院の研究会報告
実績評価の結果については,第一次評価者は,個々の目標の達成状況について,業務遂行上の改善点に関するアドバイスとともに被評価者に開示すべきであるとしている。その理由としては,行った仕事が業務を管理する者にどう評価されたかを明示することにより被評価者の仕事への意識を高め,また,業務遂行上の改善点の自己認識を促すことが挙げられている。
また,能力評価については,第一次評価者が被評価者と面談を行う過程で部分的に開示することが考えられている。すなわち,第一次評価者は,被評価者の自己評価を踏まえて面談を行うこととし,その面談に当たっては,上位評価者と協議の上,被評価者の1年間の職務遂行における行動のうち,長所として更に伸ばすべき部分あるいは改善すべき部分,自己評価と上司からみた評価に乖離がある部分等に言及し,指導・助言を行うことが必要かつ重要であるとしている。そして,このような過程において部分的な開示が考えられている。 - 公務員制度改革大綱
評価の本人開示に関して,「評価の公正性・納得性を確保するため,…評価のフィードバック…などを,各府省の実情を踏まえつつ行う…。」(II 新たな公務員制度の概要―1新人事制度の構築―(4)能力評価と業績評価からなる新評価制度の導入―【2】具体的措置―ウ評価制度の適正な運用を図るための仕組みの導入等)としている。
(注)諸外国の裁判官(司法官)の人事評価制度における評価の本人開示の手続
- ドイツ(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
評価対象の裁判官には,評価書が人事記録に編綴される前に,評価書の写しが送付される(後記(2)の注参照)。 - フランス
控訴院長の暫定的な勤務評価が司法官に対する仮の評価として本人に示されている。控訴院長の最終的な勤務評価も本人に示される(後記(2)の注参照)。
ア 本人開示制度導入の当否
人事評価の本人開示制度を導入することの当否については,裁判官の意見においても,開示により,人間関係の円滑を欠き無用の混乱を招くおそれがある,本人がやる気を失ったり悩んだり不満をためたりするおそれがある,評価ばかりを意識する裁判官が出てくるおそれがある,評価の記載が抽象的になったり当たり障りのないものとなり,評価者の率直な評価を阻害するおそれがある等の問題点が指摘されている。
これらの危惧は根拠のないものではないと考えられるが,少なくとも裁判官の人事評価に関する限り,職権行使の独立性に影響を及ぼすような評価が行われているのではないかとの疑念をいささかも生じさせないことが必要である。開示の基本的な意義は,制度の透明性を高めることにあるが,更に,開示された評価について被評価者に意見を述べ,評価を是正する機会を提供することにより,評価の適正さを担保するとともに,被評価者の納得を高める機能が期待できる。また,本人開示は,被評価者に対し自己研さんや能力開発の機会を与えることになる。こうしたことからすると,上記問題点も念頭に置きながら,人事評価を本人に開示する方向で検討すべきである。
イ 開示の手続
(ア) 開示の対象者
開示の対象者について,審議会意見は「評価対象者本人の請求に応じ,評価対象者本人に対して開示すべきである。」としており,開示は本人の権利として保障することに主眼があるから,自己の人事評価の開示を希望する者に対して開示することが相当である。人事評価を本人の自己研さん(能力開発)に役立てるという要請に重点を置けば,被評価者全員に対して希望の有無にかかわらず開示すべきであるとの意見もあったが,その要請に対しては,自己申告と面談のプロセスを通じて応えることができるという意見が大勢を占めた。
なお,開示を求めることについては,それ自体をもって被評価者を不利益に取り扱ってはならないことは当然であり,また,被評価者に心理的な負担を与えることのないように配慮すべきである。
(イ) 開示対象とする人事評価の範囲
開示の対象とする人事評価の範囲については,部分的な開示という考え方もあり得るところではあるが(前記人事院の研究会報告においても,能力評価については部分開示が考えられている。),既に言及した本人開示等の意義(前記ア参照)からすると,開示は評価書面に記載されている全ての内容について求めることができるものとするのが相当である。なお,評価情報の円滑な収集等の要請から,人事評価に当たって検討した情報の開示は適当ではない。
(ウ) 開示の具体的方法
評価書面に記載されているすべての内容について開示を求めることができるとした場合には,開示は,所定の期間内に開示の申出をした者に対し,評価書面の写しを交付する方法によって行うことが簡明であろう。
第一次評価に加えて第二次評価がされる場合には,第二次評価がされた段階で開示することが相当である。
(2) 不服がある場合の手続
人事評価に不服がある場合の手続に関しては,評価の過程において本人の意向を汲み取る方法や評価の開示について,どのような形で制度を構築するのかといった点とも関連させて検討することが適当である。この手続についても,本人開示の手続と同様,我が国においては,これまで公務部門では制度化されておらず,裁判官についても同様の実情にあるので,この手続に関する我が国の公務部門の動向,更には諸外国の制度の実情等も踏まえて検討した。
(注)公務部門の人事評価制度における不服がある場合の手続
- 人事院の研究会報告
評価の実施と苦情相談について,「評価者は,評価に関する無用な不満が生じないよう,また,不満が生じた場合でも評価の過程で解決するよう評価を実施すべきである。そのため,手続を遵守し,客観的に評価を実施することに加え,面談の際には被評価者の意見・考えをよく聴くとともに自分の考えを十分に説明し,評価結果についての納得や評価システムに対する理解を得るよう努めることが必要である。これによっても評価に関する不満・苦情が解消しない場合に,苦情相談を利用できるようにすべきである。…」としている。
そして,苦情相談の体制については,「…評価は各組織の責任において行われること,また,被評価者が直ちに利用しやすいものとすべきであることから,評価に関する苦情相談は各府省の組織内での対応を基本とすべきである。また,評価結果についての不満・苦情を解決するためには,職員の職務状況やその職場における評価基準及びその運用状況の詳細な把握が必要であるので,人事院は第三者機関として,原則として組織内において解決し得なかった評価手続に関する不満・苦情に対応することが適当である。」としている。
さらに,評価結果に対する不満・苦情への対応方法としては,「評価結果に関する不満・苦情は,基本的に評価ラインで対応する。【1】被評価者は第二次(第三次)評価者に不満・苦情の理由を書面で明らかにして面談を求める。【2】第二次(第三次)評価者は,被評価者及び評価者から事情聴取の上,評価の考え方や基準を説明するとともに,その判断を双方に伝達。さらに,人事部局にもその記録を提出する。【3】面談における事情説明あるいは検討結果に納得が得られなかった場合は,被評価者は,評価結果に対して不満・苦情のある旨をその理由を付して人事部局へ申し出。人事部局は,上記【2】の記録及び被評価者からの申出を踏まえ,事情聴取を行うなど必要な対応を行う。」としている。
このように,人事院の研究会報告においては,評価に対する不服に関しては苦情相談の仕組みの中で対応することが考えられている。 - 公務員制度改革大綱
公務員制度改革大綱においても,上記と同様に,「評価の公正性・納得性を確保するため,…職員の苦情に適切に対応する仕組みの整備などを,各府省の実情を踏まえつつ行う…。」(II 新たな公務員制度の概要―1新人事制度の構築―(4)能力評価と業績評価からなる新評価制度の導入―【2】具体的措置―ウ評価制度の適正な運用を図るための仕組みの導入等)としている。
(注)諸外国の裁判官(司法官)の人事評価制度における不服がある場合の手続
- ドイツ(ノルトライン・ヴェストファーレン州)
評価対象の裁判官には,評価書が人事記録に編綴される前に,評価書の写しが送付される。その内容に不服がある場合には,評価書の発送をした日から1週間以内に反対意見を書面で提出することが許されており,その書面は人事記録に収められる。それでも評価者が評価の内容を変えなければ,上級庁に対して異議を述べることができる。
さらに不服がある場合,行政訴訟を提起することも可能である。行政裁判所は,勤務評価のプロセスに問題はないか,論理に整合性があるかを調査し,訴えに理由がある場合には,新しい勤務評価を行うように,地方裁判所長あるいは高等裁判所長官に命じることになる。
なお,評価により裁判官の独立が侵害されたと主張する場合(例えば,勤務評価の中に「常に間違った判決を言い渡した。」という記述がされている場合など)には,裁判官服務裁判所に申立てをすることができる。
※裁判官服務裁判所
裁判官が基本法の原則又は州の憲法的秩序に反したことを理由として,連邦議会又は州の議会から訴追されたときは,連邦憲法裁判所が事件を審理するが,それ以外の場合における裁判官の身分は,この裁判官服務裁判所の管轄に属することとされている。裁判長,常勤陪席裁判官,非常勤陪席裁判官により構成される。
- フランス
まず,控訴院長による暫定的な勤務評価が,司法官に対する仮の評価として本人に示される。これに対して不服のある司法官は8日の間に意見書を提出することができ,必要があれば控訴院長が評価を修正する。
次に,控訴院長による最終的な勤務評価について不服がある司法官は,15日の間に昇進委員会に対して異議を申し立てることができる。昇進委員会は,本人及び評価者の意見を聴取した後,理由を付した見解を表明し,その見解は当該司法官の個人ファイルに書き込まれる。ただし,その見解は,異議が申し立てられた勤務評価に取って代わるものではない。
さらに不服がある場合,コンセイユ・デタ(行政裁判所の最上級審)に申し立てることができる。
※昇進委員会
破棄院長が委員長となり,破棄院検事長の他,司法省所属の司法業務査察局長,同じく司法業務担当局長,破棄院特等司法官2名(裁判官1名,検察官1名。破棄院所属の特等司法官全員の互選により選出。),控訴院長2名及び控訴院検事長2名(控訴院長全員及び控訴院検事長全員の互選により選出。),全等級を代表する司法官10名により構成されている。
ア 基本的な手続
当研究会は,裁判官の人事評価の具体的な手続として,本人の自己申告書面の作成に始まり,評価者による面談,評価,そして,希望者に対する人事評価書面の開示という手続を提言している(前記4(2)ウ,5(1) 参照)。こうした手続の流れを前提にして,人事評価に不服がある場合の手続の在り方を考えると,被評価者が評価の内容について不服を述べる機会を保障し,それを受けて評価者が評価内容を再考する手続を設けるとともに,その過程及び結果を記録化するものとすることが相当である。
この点に関して,不服について判断するための第三者機関を設けるべきであるとの意見もあった。しかしながら,既に述べたように,事件処理能力について,段階式評価を取り入れるべきではないとする考え方を採用すればもちろんのこと,段階式評価も取り入れるべきであるとする考え方を採用するとしても,基本的に文章式評価を行うというのが当研究会の立場であるが(前記3(3) 参照),そのような評価形式による評価は,第三者機関による適否の審議に馴染まない面がある。また,各回ごとの裁判官の人事評価は,それだけで直ちに何らかの人事上の結果に結びつくような性格のものではなく,情報の集積という側面を有しており,明確なランク付けを目的とするものではないことからすると,そのような特別の機関を設けるといった必要性は乏しい。むしろ,上記のような手続を通じてその評価について意見を述べる機会を保障し,それを契機として評価者が再考するという手続がとられる方が,実質的な対応となり得る。以上のような理由から,不服について判断するための第三者機関を設けるべきではないという意見が大勢を占めた。
イ 不服がある場合の具体的な手続
人事評価に不服がある場合の具体的な手続としては,【1】評価について不服のある被評価者からその理由を記載した書面の提出,【2】評価者による評価の再考といった流れとし,その過程及び結果を人事記録と一体として保管することによって,記録化するものとする。
第一次評価に加え,第二次評価がされる場合において,評価について不服があるときの具体的な手続の流れとしては,以下のとおりとすることが考えられる。
【1】 第一次,第二次評価者による各評価
【2】 所定の期間内に第二次評価者に対する開示の申出
【3】 【2】の申出をした者に対する評価書面の写しの交付
【4】 評価の内容について不服のある者が所定の期間内に不服の申出(この申出は,不服の理由を具体的に記載した書面を提出する方法により行う。)
【5】 第一次評価者が被評価者,部総括裁判官その他関係者との面談等による事実の確認(必要に応じて)
【6】 第一次評価者による評価の再考
【7】 第二次評価者が被評価者,第一次評価者その他関係者との面談等による事実の確認(必要に応じて)
【8】 第二次評価者による評価の再考
【9】 第二次評価者から被評価者に対する結果の通知
a 修正した評価書面の写しの交付
b 評価の不修正の通知
なお,第一次評価に加え,第二次評価がされる場合には,第二次評価を経た評価を対象として不服の手続を考えるのが相当である。もっとも,第一次評価者は,被評価者に近い立場にいるので,不服がある場合の手続は,第一次評価者を介する形で進めるのが適当である。具体的には,【2】,【3】,【4】の手続は,第一次評価者を介して行うものとし,また,不服の申出後の事実の確認,評価の再考等についても,必要に応じて,【5】,【6】のように,まずは第一次評価者において行うことになる。
以上の過程については,その経過の概要を記録するとともに,被評価者の不服の理由を記載した書面等を人事記録と一体として保管することによって,記録化する。
高等裁判所所属の裁判官のように,第二次評価がされない場合は,第一次評価者による評価を対象に【1】ないし【6】及び【9】の手続が採られることになる。
なお,評価者による再考の結果に不服がある場合の取扱いについては,再考の結果の通知を受けてから所定の期間内に更に不服の理由を記載した書面が提出された場合には,その書面も人事記録と一体として保管するのが適当である。
6. 制度化の方法
裁判官の人事評価について,可能な限り透明性・客観性を確保するための仕組みを整備するに当たっては,何らかの法規上の根拠が必要となる。
この点について,当研究会においては,裁判所法には,裁判官の任命,身分保障,懲戒,報酬等の規定が置かれており,人事評価の結果が任命や報酬に反映されるものであるとすると,任命等と同様に,人事評価制度についても,少なくとも基本的な規定については裁判所法に定められるべきではないかとする意見も述べられた。
しかしながら,裁判官の人事評価制度は,裁判官の配置その他の裁判官人事とも密接に関連するものであり,憲法77条1項が最高裁判所に規則制定権を与えている「裁判所の内部規律…に関する事項」に該当するといえる。また,最高裁判所において制度を整備する方が,裁判官の職務の特質,実情等をよりよく反映し得るものと考えられるから,裁判官の人事評価制度については,最高裁判所規則により定めることが憲法の趣旨に適うものといいうる。当研究会では,このような意見が多数を占めた。