資料1
平成16年11月25日
建築関係訴訟委員会事務局
1. 鑑定人候補者推薦依頼を円滑に行うための方策について
(1) 専門分野を意識した推薦依頼について
- 専門分野をどのように表示するかということについては,従前鑑定を依頼する際に重要な問題であったが,各専門家の間で共通の認識がないと,何がどの分野を指すのかが分からないと思う。したがって,少し詳しい分類が必要だと思うが,可能であれば専門家の間で統一してもらうのが望ましい。
- これだけ様々な分類があることから,鑑定を依頼するとき,専門的分類の他に,更に実務家としてどの程度専門が分かれているかという情報を把握した上で,可能な限り依頼事項において専門分野をきちんと特定して書くことが大事だと思う。
- 実際には,裁判所である程度幅のある分野の特定で推薦依頼をしてきたときに,推薦する側としてもあまり絞られていない幅広い分野ができる何人かの名前を挙げて検討している。裁判所が争点を整理するときに役立つような分類方法が予め存在すれば,裁判所でも「この分野」というふうに絞った上で依頼をしてくることができると思う。
- 漏水のケースで言えば,裁判所からすると「漏水」という現象面が争点になって,その原因は何であるか,という鑑定をお願いしていると思う。そのときに,コンクリート系であるか,木造系であるかという程度の話であれば裁判所にとっても自明だと思うが,もう少し複雑な分野が問題となるときに,どういうポイントで専門家が分かれているのかにつき,十分な情報を得られないままで鑑定事項を詰めている点が問題なのではないかと思う。網羅的にすべての瑕疵についてどのような点で専門が分かれているのかを整理した分類を作りこむのは,かなり細かい作業になり,なかなか難しいと思うが,専門を分けるときのキーワードとなる点について,ある程度典型的な事案につき,試行錯誤的に議論して,まとめていくということはあり得ると思う。
- 日本建築学会の学術分野における分類について,業務分野が分かれているが,少し整理して司法の立場から見て最適な分類を別途組み立ててはどうか。
- 建築学会における分類方法がある一方で,裁判という観点からは,瑕疵の現象という点で分類されると思う。例えば雨漏りイコール漏水の専門家かというと,更にコンクリート系と木造系で専門が異なっている。建築学会側からみた専門分野と裁判で争点となる瑕疵の現象との間には重なり合う部分があると思うので,その相関関係を明らかにする図があると良いだろう。典型的な現象について,そのような関係図があると良い。それが果たして作成可能かは分からないが,裁判所がどの専門分野かの当たりを付けられる程度に分かれていると便利かなと思う。
- 日本建築学会は学術分野における分類をしているが,これが裁判における分類整理に直接結びつくかというのが問題である。司法から見た分野に応じた分類が必要なのではないかと思う。
- 裁判で主張されている瑕疵について,事件ごとに「瑕疵一覧表」というものを作成しているが,それについて専門家に分類してもらい,瑕疵ごとに線引きしていくと司法の分類ができていくと思う。
- もともと裁判所と建築学会のスタンスは違うので,それを上手くかみ合わせることが必要である。裁判所ではどういう瑕疵があるかという事実・現象を前提として,防音の問題なのか,傾きの問題なのかといった分類をするが,建築学会の方は,理論的に,専門家のカテゴリーという意味合いでどうかというふうに見ており,もともと基準が違うことから,それらをどうかみ合わせるかということがポイントとなると思う。すべての分野について分類するのは難しいから,少しメリハリをつけて,ある程度多いものを中心に分類すれば全体の相当部分をカバーできると思う。
- 司法から見た分類については,裁判所の協力を得るなどして,学会の方で原案を作ることを検討してみる。
(以上第12回)
(2) 裁判で問題となる不具合の事象等と建築の専門分野との関係について
- 別紙「建築関係紛争の分類と対応(案)」(PDF:KB)(以下「一覧表」という。)の作成趣旨は,鑑定人推薦依頼の際,事案説明書とともに提出されれば,建築学会が事件の概要を的確に把握し適切な鑑定人を推薦するための補助資料として役立つし,また建築学会において事案の分析をするときや裁判所で専門家を選任するときにも役立つということである。また,専門分野が複数にまたがる場合には複数の項目にチェックし,その重要度に応じて順位をつけるようなものにすれば,さらに的確な推薦を行えることになると思われる。
- 一覧表は,裁判所が事件を処理するうえで通常どういうことを考慮しながらどういった専門家にお願いするかという思考のパターンが盛り込まれており,使いやすいものになったと考えている。
鑑定人を選任する際,建築学会では候補者を推薦するにあたって一覧表の「専門分野」のところを検討することになると思う。「専門分野」のところをもっと具体的にご検討頂ければ,裁判所が調停委員や専門委員を選任する際にもこれらの分類を見ながら対応できるのではないかと考えている。
紛争類型の種別について,部内アンケートを採ったところ,1)追加・変更工事の有無,2)工事金額の積算,3)瑕疵紛争,4)地盤沈下の4つが問題としてあげられた。1)2)については類型化しやすいが,3)は不具合の部位が競合している場合などの問題がある。実際の紛争としては,3)が問題となるケースが多く,建築専門家の意見を求める必要性も高い。また,1)及び2)が問題となる事例も比較的多いが,1)で鑑定まで必要とするケースはさほどない。2)については,出来高の算定など,代金額に直接つながる事柄であり,実務上の需要も多いものと思われる。4)は,事件数としてはさほど多くないものの,建築工事による地盤沈下で近隣建物に損害を与えたケースのように結果が重大なものが含まれており,その実際上の意義は小さくない。 - この一覧表を見て,これまで漠然としていたことがわかりやすくなったと思う。また,多岐にわたり汎用性があるので調停委員や専門委員を選任する際にも使えると思う。
大阪では,建築基準法違反はすぐに瑕疵の問題であると主張されることが多いが,その場合「不具合の事象」のどこに該当するのか,また,複合的な瑕疵が例えば100くらいある場合はどうするかが問題となる。さらに大阪では,施主からの損害賠償請求が多く,これをどう考えていくべきか。 - 建築基準法違反は調べていけばこの一覧表の中に入っていくと思う。建築基準法の項目を「不具合の原因」と「専門分野」の間に入れてもいいかもしれない。細かい形でこの一覧表に建築基準法違反をあてはめるとすれば,中味を見る前に建築基準法違反ということでガイドライン的に出しておいて,その後に中味に入ることになるだろう。建築基準法違反の有無は各項目に一つ縦欄を入れておくのがいいのではないか。
損害賠償については,中味を見ないと分からない。建築基準法に違反しているから結果的に損害賠償という場合もあるだろうし,瑕疵があるから損害賠償,未完成あるいは不法行為があるから損害賠償ということもあろう。
また,「紛争の態様」のところに地盤沈下や元請・下請関係を入れる必要はないだろうか。 - 事件名ですべてが決まるわけではなく,抗弁ででてきたものが実質争点になる場合もある。弁護士の請求のたて方によっても変わってくる。また,関東と関西では考え方が違うので,違った表を使い分けることも考えられよう。
建築基準法違反を一覧表に入れるとした場合,項目に追加するのかどうか。そもそも建築基準法違反を入れるとしても何のために入れるのか。建築基準法違反が主張されているか否かにより専門家を絞る際に何か影響が出てくるのか。 - 一覧表の個々の項目につき,それぞれ当該事件に該当する事由を選んで組み合せていった場合に,どのような専門分野が関連することになるのかという関連図式を整理したマトリックスをつくることができないか。そのようなものがあれば,裁判所にとっても当事者にとっても,争点整理等をすすめる中で,将来的にどのような専門分野の知識が必要となってくるかの予測・見通しを立てやすくなるのではないか。
- この一覧表はほぼできあがっていると思うが,全国の裁判所で使うことができ,さらにマトリックス的分類に仕上げるとなると大変な作業になってくるのではないか。
- この一覧表の中で実務上頻繁に生じている組合せだけでも,サンプル的に作ればいいのではないか。細かなマトリックス的分類までは必要ないと思われる。そのようなものを作ったとしても建築工法が変われば時代遅れとなってしまう。
(以上第13回)
(3) 複数の専門事項が問題となる事件における鑑定人の選任の在り方について
- 複数の専門事項が問題となる事件については,1)はじめから複数の鑑定人を選任する場合,2)途中から鑑定人が複数になる場合,3)鑑定人は1人であるがそれに補助者が加わる場合の3パターンがあると思う。過去に鑑定人候補者の推薦を検討した事例の中で,社会的に有名なものであるため,1人では責任が重すぎるという理由で辞退されてしまったが,分野別に責任の範囲を限定したところ,推薦を受けてもらえたというものがあった。
- 鑑定に複数の専門家が関与する場合に,鑑定人を複数選任する共同鑑定の場合と,鑑定人としては1人を選任してそれぞれ個別の専門ごとに補助者がつく場合が考えられるが,両者の一番大きな違いは,異なる分野であっても鑑定する上ではいろいろと関連してくる部分があるために,前者の方法のように全く別の鑑定人に依頼すると,ある1つのことについて違った角度から違った結果が出される可能性があることである。そういう場合に,1人の鑑定人が責任を持って他の専門家がそれぞれの分野から出した意見をまとめた鑑定結果の方が,判断の資料として使いやすいと思う。
- 専門分野を分け合って,その中で,例えば,一番広い範囲を鑑定する人がまとめ役になってもらえば良いと思う。
- 建築学会としても,裁判所に対して,鑑定事項にいくつかの類型があるときは,複数の鑑定人によることをお願いしているところである。
- 鑑定事項が全く別の類型に属するようなものについては,1人の鑑定人では無理だということは裁判所も認識している。鑑定事項をどの程度細分化して並べるかにもよるが,おそらく実務的に悩みが出てくるのは,大項目でいうと同じ分類のようであるが,もう少し細分化すると鑑定事項がいろいろ挙がってくる場合である。本来はその分野ごとの専門家が必要になるのだろうが,ある程度のところで,守備範囲の広い専門家にまとめて鑑定してもらう方が,全体を見回してバランスの良い鑑定をしてもらえるのではないかと思う。責任の所在も1人の鑑定人にやってもらった方が明確になると考えられる。また,鑑定人の報酬は当事者負担なので,特に戸建住宅の類だと事件解決のために当事者が負担できる財源は限られていることが多いので,鑑定人は1人が良いのか複数が良いのか,そういう面でも悩むと思う。
- 当事者から出された鑑定事項をすり合わせて,最終的には裁判所が定めるが,最近では鑑定人候補者の意見を聞いた上で確定させている。
- 木造平屋建のような簡単な事案でも,例えば本訴で出来高の請負代金,反訴で設計瑕疵が問題となっており,複数の鑑定人を選任した場合,それぞれの分野で独自の鑑定を出されると裁判所として判断が難しいことになるのではないか。鑑定人間のすり合わせが必要である。
(以上第12回)
2. 広報・PR等について
- 10月29日に日本建築学会主催の第5回講演会が予定されており,テーマは戸建住宅についてである。
- 建築専門家を対象とする紛争を未然に防ぐための警鐘や職業倫理等の情報発信については努力してきているが,一般市民向けの情報発信は難しい。大学での教育プログラムに職業倫理を組み入れていくべきと考えている。また,学会内にも倫理委員会を設置していく予定である。
- 今後はDVDなどを利用したITによる情報発信を行っていくことになろう。
(以上第13回)
3. 建築基準法令の実体規定と契約上の瑕疵との関係及び建築物の瑕疵による損害額の算定方法について
(1) 裁判実務上生じている諸問題の紹介
- 東京地裁から,訴訟において数値基準に関連した瑕疵の主張がされた例として,1)耐火被覆の厚さ,2)コンクリートの鉄筋のかぶり厚さ,3)鉄筋不足等がある旨の報告がされた。
- 大阪地裁から,かぶり厚さの問題や基礎の瑕疵が問題となった事例があることが紹介され,東京と同様にかぶり厚さの問題と鉄筋不足の問題が多いこと,事件は和解で終了するケースが多いことが報告された。
- 訴訟の中で数値が問題になるときに,数値の正確性や施工上の正確性といった面で,誤差の問題として捉えることが可能な事案については余り問題ないが,法令の基準を満たしていないときにどうするか,建て替えまで認めるのはかなり結果が大きくなるので,専門家の意見がどうなるかが重要である。
- ケースバイケースで違ってくるから,ここで議論することは非常に難しい。少なくとも売買と請負では瑕疵の基準が違うから,そこをどう捉えるかが問題である。請負はお互いにこういうものを作る,と約束したのだから,その性質・形状を満たしていなければ瑕疵といえるだろうし,売買は一般的にこの種のものに要求される水準を満たすものであればいいとなる。
(以上第12回)
- 瑕疵については不良確率で決められるのではないかと考えている。これは事故の起きる確率ということではなく,例えば,専門家が見た場合この程度なら大丈夫という程度を確率論で表現できればいいというものであり,裁判においても決して不合理だとは思わない。しかし,確率論では損害額の算定までは難しい。
(以上第13回)
(2) 今後の議論の方向性等
- 損害額をどのように考えるかは難しい問題もある。確かに法律家側としても,どういう形で損害額の算定方法を考えていくかについて,今後,検討していく必要があると思う。
- 委員会の答申として,こういう場合には瑕疵になるとか,こういう場合には損害額がいくらになるかとか,という明確な基準ないしは考え方を示すことは難しいと思われる。ただ,今後,事例が蓄積され,現場での研究が進むことによって参考となる考え方が示されることが望ましいということは,一つのコンセンサスとして紹介できるのではないか。
(以上第13回)