トップ > 各地の裁判所 > 最高裁判所 > 各種委員会 > ハンセン病を理由とする開廷場所指定の調査に関する有識者委員会 > 憲法記念日を迎えるに当たって(平成28年5月)
平成28年5月
憲法記念日を迎えるに当たって
最高裁判所長官 寺田逸郎
東日本大震災からの復興途上にあるなかで,2週間前から新たに熊本を中心とする強い地震に見舞われ,大きな被害が生ずる事態となりました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに,被災され,けがをされている方々,長く不自由な避難生活を余儀なくされている方々に心からお見舞い申し上げます。「できるだけ早い復旧と復興」という目標を私達も共有し,これに努めてまいりたく存じます。この数年,水害や火山活動の活発化などの度重なる自然災害による被害に心を痛めることが多く,社会的な不安が消えない状況となっているように思いますが,そのようななかで,社会の安定を支える制度への信頼までもが損なわれることのないよう,その重要な一翼を担う裁判所としても,改めて社会で生じる様々な事象に十分に注意を払い,的確な対応をすることができるよう徹底してまいりたいと思います。
社会のグローバル化,ボーダレス化に伴い,裁判所の関与する紛争等にも国際化が進んでいることはしばしば指摘されてきています。また,企業などの組織や家族のありようの変化に伴い,従来であればまれであった事柄が解決を求めて司法の場に持ち込まれることも顕著になっているように思います。加えて,裁判においては,判断自体の適正さに止まらず,判断に至る理由が納得の得られる程度に示されているか,手続保障の観点から欠けるところはないかといったところにまでその質的な高さが求められるようになっています。このような傾向に対応するということでは,20年前の現行民事訴訟法の制定や15年前からの司法制度改革など,前世紀から始められた一連の改革が,間違いなく大きい役割を果たしています。これらの改革は,運用期間の経過とともに,制度の運用面での定着と更なる発展を目指す段階にきているといえるでしょう。そこで,まず,改めて多様化するニーズを抱えた利用者の立場に立って制度の進展を図り,運営を重ねていくことにより「法の支配」を社会に浸透させるという,改革の理念を再確認する必要があります。その上で,その実現に向けての動きを続けていくために,制度の担い手が,幅広い事象を的確に理解し,新しい仕組みを使いこなすレベルにあるという状況を確保することができるよう,高い素養を持った人材を得た上で,継続的な能力向上策を施すことを含めた総合的な施策が重要な課題となってきているように思います。
ここで,「ハンセン病を理由とする開廷場所指定」の問題に触れておきたいと思います。この問題については,事務総局による調査報告書及び裁判官会議による談話を公表したところですが,調査報告書においては,ハンセン病を理由とする開廷場所の指定の定型的な運用が,手続的に不相当で,裁判所法に違反するものであり,二度と起こしてはならないと結論づけるとともに,ハンセン病患者の方々に対する差別を助長し,人格,尊厳を傷つけるものであったとしました。最高裁判所裁判官会議としては,これを受けた談話で示したとおり,有識者委員会の御指摘を重く受け止め,裁判所による違法な扱いにつき反省の思いを表すとともに,患者や元患者の方々など関係の方々に対し,ここに至った時間の長さを含め,心からお詫び申し上げる旨を明らかに致しました。
裁判所が「法の支配」の名の下に国民から負託された使命を果たし,国民の信頼を確保していくためには,個々の裁判を始めとする日々の作業において裁判関係者が地道な努力を続けていく以外にないことを,部内では強調してきたところです。ハンセン病の開廷場所の指定についての調査で明らかになった当時の運用姿勢は,このような観点からは反省の対象というほかありません。この機会に,司法行政の責任者たる最高裁判所として自らを省みて二度とこのようなことを繰り返すことのないよう決意し,日本国憲法の基本理念である「法の支配」の理念の重要性と裁判所の職責の重さに改めて思いを致し,国民の信頼に応えていけるよう一層努力を続けていく所存です。