第1 はじめに
建築関係訴訟委員会(以下「当委員会」という。)は,同委員会規則(平成13年最高裁判所規則第6号。以下「規則」という。)に基づいて設置され,平成14年2月27日,最高裁判所から,規則第2条第1号により「建築紛争事件を,専門家の協力を得て,適正かつ合理的期間内に解決するための訴訟手続及び調停手続の運営の在り方」について,当委員会の意見を求める旨の諮問を受けた。
この中間取りまとめは,当委員会設置後約2年間にわたって計6回の委員会と計10回の分科会(うち4回は当委員会と合同開催。以下「分科会」という。)において調査審議された結果に基づくものであるが,前記諮問に係る項目すべてについて調査審議したものではなく,特に審議を進行させる必要のある事項についての審議の経過を次のとおり中間的に取りまとめるものである。
第2 建築界と法曹界との関係
1. 建築界と法曹界の相互理解の必要性
建築紛争事件(民事訴訟事件又は民事調停事件のうち争点若しくは証拠の整理又は裁判をするについて建築の専門的知識経験を必要とするもの。規則第2条第1号)は,その解決のために専門的知見が不可欠な専門事件の最も典型的な一類型である。法曹界ではこれまで,専門的知見に乏しい裁判官や代理人等の関係者が,知識を手探りで習得しながら審理を進めていたため,審理が長期化する場合があった。
この点,建築界でも,平成10年にされた建築基準法の改正や住宅の品質確保の促進等に関する法律の制定,約款の整備などここ数年の法的環境の変化や,建築の多様なニーズに合わせた業務の拡散化・グローバル化や他分野からの参入等の傾向があり,今後は,紛争の種類や内容が複雑多様化していくことが予想される。さらに,近年の建築瑕疵に対する社会的な関心の高まりから,関係者や一般市民からも建築紛争が注目されるようになり,建築紛争事件が増加していくことが予想され,紛争を合理的期間内に解決することへの期待が高まっている状況にある。
このような建築紛争事件を合理的期間内に解決するためには,中立で識見の高い建築の専門家から,裁判官や当事者が十分有しない専門的知見の提供を,審理に必要な局面で受けることが重要となり,建築界からの協力がこれまで以上に不可欠となっていくものと思われる。
また,今後は,紛争解決に要する時間の短縮とともに,増加する紛争自体を抑制するための予防的配慮が重要となるものと考えられる。
このように,建築紛争の合理的期間内における適正な解決及び紛争自体の予防のためには,建築界と法曹界の相互理解と継続的な協力関係の構築が不可欠であると考えられる。
2. 相互理解のためのこれまでの日本建築学会の取組み
(1) 調停委員,鑑定人候補者の推薦
社団法人日本建築学会(以下「日本建築学会」という。)は,建築に関する学術・技術・芸術の進歩発達を図ることを目的とする公益法人であり,多様な分野にわたる多数の専門家が所属する団体である。日本建築学会は,平成11年夏から,最高裁判所事務総局民事局との間で意見交換を始めた。この場では,事案にふさわしい鑑定人及び調停委員候補者(以下「鑑定人等候補者」という。)の推薦のほか,建築紛争の予防につながるような情報あるいは意見の交換が行われてきたが,これを契機として,建築界と法曹界の継続的な協力関係を構築するための組織が必要であるとして,建築界と法曹界の有識者による率直な意見交換を行うため,当委員会が設置されるに至ったものである。なお,この意見交換として行っていた鑑定人等候補者の推薦については,引き続き日本建築学会の支援協力のもと,当委員会の分科会がこれを引き継いでいる。
(2) 司法支援建築会議の発足
日本建築学会は,平成12年6月,建築紛争事件の円滑な解決のため裁判所に必要な協力を行うための内部組織として司法支援建築会議を発足させ,裁判所へ積極的な協力を行うこととした。
同会議は,中立的な立場からの司法への支援協力とともに,建築紛争を学術的に調査分析して現場に還元することによって,公共の利益にも貢献していくことを目的としている。発足以来,鑑定人等候補者の推薦による司法支援のほか,建築紛争の調査分析,一般市民や実務者を対象とした講演会等の開催や書籍等の発行による教育及び普及活動に至るまで幅広く活動を行っている。
3. これまでの裁判所側の取組み
(1) 委員会を含めた昨今の取組状況
当委員会の所掌事務は,建築紛争事件の運営に関する共通的な事項を調査審議すること,同事項に関し,最高裁判所に意見を述べること,建築紛争事件における鑑定人等候補者の選定をすることであるが(規則第2条),そのうち,鑑定人等候補者の選定については,分科会において審議検討することとされ,分科会において,鑑定人及び民事調停委員の候補者の選定手続については,次の「鑑定人及び調停委員候補者選任の仕組み」のとおりとすることが決定され,この点については,当委員会でも了承された。
【鑑定人及び調停委員候補者選任の仕組み】
- 推薦依頼については,基本的には,
1)地方・高等・簡易裁判所から,建築関係訴訟委員会事務局(最高裁民事局)への推薦依頼
2)建築関係訴訟委員会事務局(最高裁民事局)から,社団法人日本建築学会(司法支援建築会議)等への推薦依頼
上記の経路をたどり,
推薦は,この逆の経路をたどることとする。 - 問題のある事案(日本建築学会以外の学会等関係団体に推薦依頼をすることがふさわしいと思われるような事案も含む)については,分科会で審議(緊急を要する場合は,持ち回りによる書面での審議による。)することとする。
- 鑑定人及び調停委員候補者の選任に関する留意事項は,司法支援建築会議内において推薦ルールに関する議論が深められた上で,その結果を参考にしつつ,分科会において引き続き審議することとする。
建築紛争事件の運営に関する事項については,1)鑑定人及び民事調停委員の選定後のバックアップ及び事後フォロー,2)建築関係紛争の原因分析,3)建築契約における書面(化)の重要性に関する検討,4)建築基準法令の実体規定と契約法上の瑕疵との関係の研究,5)建築物の瑕疵による損害額の算定方法の研究について,まずは分科会で準備的な議論を進めることとされた。
これらのうち,鑑定人及び民事調停委員の選任後における支援の方策に関しては,日本建築学会と裁判所が協力して意見を出し合い,鑑定人,専門調停委員向けの手引等を作成していくこととなった。そこで,裁判所側としては,鑑定人や民事調停委員に,心得ておくべき事項や,鑑定・民事調停作業の進め方,留意点等の基本的な知識を提供するために,「専門調停の手引」等のリーフレット及び「鑑定人CD-ROM
(鑑定人になられる方のために)」を作成し,この種の訴訟が多数係属する,東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。),大阪地方裁判所(以下「大阪地裁」という。)においてもそれぞれ鑑定人,調停委員のための手引書が作成された。
さらに,分科会において,当委員会を通じて推薦を行い,鑑定人が関与した事案について,鑑定人から鑑定書が提出されたり,事件が終局した場合は,次の「鑑定結果等還元の仕組み」のとおり鑑定結果等を当委員会及び日本建築学会に還元することが決定され,この点については,当委員会でも了承された。
【鑑定結果等還元の仕組み】
建築関係訴訟委員会を通じて推薦を行い,鑑定人が関与した事案について鑑定人から鑑定書が提出されたり,事件が終局した場合は,基本的には次の経路をたどり鑑定結果等を還元していくものとする。
- 事件が終局したときは,推薦を受けた裁判所は建築関係訴訟委員会事務局(最高裁判所民事局)に対し,終局結果を報告するとともに,提出された鑑定書と判決書等の各写しを送付する。
- 建築関係訴訟委員会事務局が前記1の報告又は送付を受けたときは,社団法人日本建築学会(司法支援建築会議)等に対し,
1)終局結果を通知する(和解で終局した場合は,特段の支障がない限りその概要を含む。)。
2)特段の支障がない限り,鑑定書写し(判決によって終局した場合は,判決書写しも)から事務局用控えを作成した上,写しを送付する(ただし,書類が膨大であるなど控えの作成に困難を生ずる場合には,協議の上鑑定書写し等を貸与するなどの取扱いをするものとする。)。
以上,建築関係訴訟委員会と日本建築学会との関係の概要は,別紙1「建築関係訴訟委員会(概略図)」(PDF:54KB)記載のとおりである。
(2) 東京,大阪地裁建築専門部における運営改善及び全国的な動き
当委員会の設置に先立ち,平成13年4月に,東京地裁及び大阪地裁に,建築関係訴訟事件及び同調停事件を集中的に扱う裁判部(以下「集中部」という。)が設けられた。両地裁では,集中部発足以前から建築関係訴訟事件に対する運営改善の方策が検討され,実施されていたが,今後はさらに,随時その運営の状況が法律雑誌等に公表されることにより,他の裁判所にとっても建築紛争事件の処理に関する運営改善の参考となるものと思われる。また,建築関係訴訟事件を審理するためのノウハウ等の蓄積も期待されるところである。
なお,両地裁からは,部総括裁判官がオブザーバーとして委員会及び分科会に出席し,実例の紹介や実務的な観点からの意見交換等を行っている。さらに,両地裁の取組みを契機として,その他の裁判所においても,運営改善に向けた取組みがされ,地域の建築関係者との交流,意見交換,共同研究等も行われており,双方の意思疎通,相互理解も深まりつつあるようである。
4. 今後の建築界と法曹界の関係に関する提言
現在では,当委員会のほか,各実務庁における意見交換等も通じて,建築界と法曹界との率直な意見交換が重ねられ,相互理解の重要性が再認識されているところであると思われるが,建築界と法曹界との間の望ましい関係を保つためには,今後も引き続き意見交換の場を設け,地域の実情を反映した意思疎通を深めていくことが重要である。そのための方策としては,例えば,日本建築学会等への裁判官の講演等,あるいは逆に建築家を講師として招いての裁判官の勉強会等の開催等も考えられよう。
なお,平成13年6月12日にまとめられた司法制度改革審議会の意見書等を踏まえて,法制審議会に民事・人事訴訟法部会が設置され,同部会において平成15年1月24日に「民事訴訟法の一部を改正する法律案要綱案」が了承され,同年2月5日の法制審議会総会において同要綱が決定された。この「民事訴訟法の一部を改正する法律案要綱案」においても,「専門訴訟への対応の強化」が重点的な課題として取り上げられ,裁判官の専門的知見を補充する専門委員制度の導入が含まれており,改正法案が平成15年3月4日通常国会に提出されている。この専門委員制度が導入された際には,専門委員制度への対応についての検討をしていくことも考えられる。
第3 建築紛争の原因と紛争解決・予防のための方策について
1. 建築紛争に関する客観的データについて
当委員会に報告された東京地裁,大阪地裁の事件統計に基づいた建築紛争事件の状況は以下のとおりである。
まず,別紙2「新受事件」(PDF:59KB)記載のとおり,一月当たりの新受事件については,東京地裁は約48件,大阪地裁は約16件となっている。
事件の終了区分については,別紙3「事件終了事由区分」(PDF:51KB)記載のとおり,東京地裁においては,調停成立が69パーセント,和解成立が14パーセント,判決が12パーセントであり,大阪地裁においては,調停成立が61パーセント,和解が21パーセント,判決が9パーセントであり,両者とも調停の割合が高くなっている。
平均審理期間については,別紙4「事件の平均審理期間」(PDF:216KB)記載のとおり,東京地裁においては,全体で約16.2か月であり,大阪地裁においては,全体で約19.9か月である。
請求の内容については,別紙5「事件名区分による事件類型割合」(PDF:68KB)記載のとおり,東京地裁においては,請負代金請求が68パーセント,損害賠償請求が24パーセントであり,大阪地裁においては,請負代金請求が42パーセント,損害賠償請求が45パーセントであり,東京地裁においては請負代金請求の,大阪地裁においては損害賠償請求の割合がそれぞれ高くなっている。
法律構成については,別紙6「法律構成」(PDF:64KB)記載のとおり,東京地裁においては,債務不履行が59パーセント,瑕疵担保責任が29パーセント,不法行為が8パーセントであり,大阪地裁においては,債務不履行が38パーセント,不法行為が38パーセント,瑕疵担保責任が6パーセントであり,東京地裁では債務不履行の,大阪地裁においては不法行為の割合がそれぞれ高くなっている。
瑕疵の原因については,別紙7「瑕疵の原因」(PDF:49KB)記載のとおり,東京地裁においては,施工が69パーセント,設計が18パーセント,工事監理が6パーセントであり,大阪地裁においては,施工が75パーセント,設計が15パーセント,工事監理が7パーセントであり,両者とも施工の占める割合が高い。
瑕疵主張の根拠については,別紙8「瑕疵主張の根拠」(PDF:56KB)記載のとおり,東京地裁においては,契約が74パーセント,建築基準法が11パーセント,住宅金融公庫標準仕様が4パーセントであり,大阪地裁においては,契約が51パーセント,建築基準法が31パーセント,住宅金融公庫標準仕様が15パーセントであり,東京地裁においては契約の,大阪地裁においては契約以外の割合がそれぞれ高くなっている。
(別紙3から別紙9までの事件統計については,東京地裁については,平成13年4月から平成14年7月まで,大阪地裁については,平成13年4月から平成14年8月までにそれぞれ終了した事件を対象とするものである。)
2. 建築紛争の原因について
建築関係の分野は専門的分野であり,注文主と建築物の設計・施工を行う専門家や施工者(以下「建築技術者等」という。)との間には,必然的に,建築に関する専門的知識について格差を生じているのが現実である。さらに,建築契約は,設計段階では,完成物が存在しないため,完成建物に対する注文者のイメージと建築技術者等のイメージとの間にそもそも齟齬が生じやすい類型の契約と評価される。
その結果,特に,住宅系建物の契約において,設計段階での両者の認識の相違,あるいは完成した建築物の構造,設備等に対する評価の相違が生じ,建築紛争をもたらす結果となっている。
さらに,中には,単なる注文主と建築技術者等との認識の齟齬を超えて,近年社会的にも問題となっている欠陥住宅等のずさんな工事の事例など建築技術者等の側に職業倫理上の観点から問題がある場合や建築技術者等の技術力が乏しいことに原因がある場合のほか,注文主に重大な落ち度がある場合(例えば,重大な建築基準法違反を認識しながら,請負契約を締結するような事例など)もある。
3. 契約書等の現状
建築関係紛争事件において,契約書が存在しない割合が,別紙9「建築関係訴訟における契約書の有無について」(PDF:64KB)記載のとおり,東京地裁では54パーセント,大阪地裁では40パーセントである。
また,建築契約における約款に関する客観的状況は,別紙10「約款の現状に関する一覧表」(PDF:107KB)記載のとおりである。
(1) 設計
設計契約においては,契約書を取り交わすことなく設計図書を作成している場合が相当数の事案で見受けられる。その場合,契約内容の認定を設計図書の完成度や当事者間の交渉内容等の間接的な諸事情のみに基づいて行うことになるが,それには多大な困難を伴っているのが現状である。
また,契約の成立が認定された場合でも,設計にかかる報酬額について,具体的な金額を算定する確たる報酬基準が存在していないと考えられる。さらに,設計契約が途中で解約された場合,設計契約の履行の割合に応じた相当な報酬額を定めることが困難である。
なお,住宅系建物の設計に関する約款については,別紙10「約款の現状に関する一覧表」(PDF:107KB)記載のとおり,注文者のニーズが多様であることから,フォローされていない状況である。
(2) 施工
施工契約においては,例えば,施主と施工者間の紛争では,施主が融資を受けるに際して金融機関から契約書の提出を求められることが一般的であることから,契約書が全く存在しないという事例はそれほど多くは見受けられない。しかし契約書が存在しても,その記載が簡略過ぎたり,別紙9「建築関係訴訟における契約書の有無について」(PDF:64KB)記載のとおり設計図書等が添付されていないことが紛争の原因となっている場合がある。
また,約款に関しては,住宅金融公庫監修の約款があるが,その内容は民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款委員会作成の約款を参考としており,比較的規模が大きい建物を想定し,常駐監理者の存在を前提としたものであるとの指摘がある。
(3) 監理
監理については設計契約と同時に契約内容が定められることが多いが,設計契約において契約書が作成されていないことが多い現状では,監理契約についても,契約書が全く存在しない場合がかなり存在する。また,契約書が存在しても,監理内容が契約条項として明確化されていない場合が多く,具体的にどの範囲の監理業務を行うべきかが争いとなる場合も多い。
(4) 追加・変更
追加・変更契約においては,注文主と建築技術者等との間において口頭で合意がされ(追加・変更に伴う工事費の増減が契約時において明確にされていない場合が多い。),追加・変更契約のための契約書は作成されていないことが多い。さらに,注文主と建築技術者等間における打合せの内容も書面化されないことがあり,すべて口頭でされるため,争いが生じやすく,争いそれ自体も複雑化することが多い。
(5) 元請・下請
建築契約では,元請人が下請人にその義務の一部を請け負わせることが多いが,元請人と下請人間の契約では,契約書は作成されておらず,打合せの内容も書面化されないことが多いため,争いが生じやすいし,決め手となる証拠を欠くため争いそれ自体も複雑化することが多い。さらに,いったん紛争が生じた場合には,孫請人など多数の関係者に影響が及ぶことがある。
(6) 以上のような建築紛争の原因分析結果の情報については,当委員会や日本建築学会から業界等に対し,積極的に情報を提供することが有益であると考えられる。
4. 契約書の在り方
(1) 契約書の存在について
建築関係に関する紛争の防止及び紛争の早期解決のためには,建築契約における契約書の作成の重要性を訴えていく必要性がある。
この点,契約書がより容易に作成されるためには,約款が普及することが有益であると解されるが,約款については,別紙10「約款の現状に関する一覧表」(PDF:107KB)記載のとおり様々な分野について作成されているものの,特に住宅系の約款については整備されていない状況であることから,注文者のニーズに対応できるような各種約款の定型化を早急に検討すべきである。当委員会としては,裁判における現状を基に,約款の整備に向けた情報提供を行っていく必要がある。
(2) 契約書の内容について
契約書については,形式的に書面があればよいというわけではなく,契約成立時点での両者の合意内容を適切に盛り込んだものである必要があり,また,見積り等の契約前の交渉などの内容・結果を十分に反映したものであることが不可欠である。特に,施工契約については,その記載内容の充実や,設計図書の添付等資料の充実が求められる。
契約時に報酬額を定め,支払時期と共に契約書に明記することは,その後の紛争防止に役立つものと思われるし,契約の中途解約に伴う報酬額について,出来高に応じた割合の基準額も併せて明確化することが要求される。
そのための参考資料として,設計,施工等の各分野ごとに報酬(出来高の定め方も含む。)を定める際に考慮すべき項目などを定めたメニューのようなものが存在し,当事者がそのメニューを踏まえて報酬を選択することが望ましいと考えられる。このようなメニューは,紛争が生じた場合の解決の指針ともなり得ると思われる。
(3) 契約内容の変更過程の記録化について
施工契約においては,工事の進捗に伴い,当初の契約内容の変更,すなわち工事の追加・変更が生ずることは避けがたいところ,これに伴って生ずる金銭上の精算に関する書面が残されていないために,これを巡る紛争が相当数発生している。
これに対処するためには,追加・変更契約については,契約内容が多種多様なものであるため,定型的な約款を作成することは困難であるが,契約内容の変更過程が明らかになれば,争いも生じにくくなるし,争いそれ自体が複雑化することもなくなるから,その変更過程を記録化する実務慣行を確立するようにすべきである。
5. 注文主と建築家等との間のコミュニケーションの在り方
以上のような在るべき内容の契約書面が存在しても,注文者は専門的知識がないため,書面の内容を十分に理解することが困難な場合があるため,建築契約に際しては,請負人が,注文主に対し,見積りの段階から十分な説明を行うことが求められる。
その説明の内容については,例えば,技術に関する説明,法令に関する説明,その他の事項に係る説明といった事項ごとによる類型化や,契約前段階での説明,契約後の施工段階,追加変更工事段階における説明といった場面ごとにおける類型化などの様々な切り口からの説明が有益ではないかと考えられる。
6. 紛争の解決と予防について
以上のような,建築技術者等からの十分な説明と契約関係の書面化の励行は,建築紛争の予防にも資するものであるが,仮に,建築紛争が生じた場合にも,十分な証拠が得られ,審理の見通し等が格段に付けやすくなり,適正かつ合理的期間内の紛争解決の実現が図られると考えられる。
第4 最後に
1. 在るべきプラクティスに関する情報発信について
前記のとおり,建築関係の紛争の防止を図るためには,建築技術者等をはじめ建築契約に関わる関係者に対し,在るべき職業倫理に則った実務慣行を励行するための情報発信を行うことが求められる。
すなわち,建築技術者等に対しては,建築契約を締結する際に,契約書面に基づいて,注文者に対し,分かりやすい説明を心がけることを励行するための情報発信が求められる。さらに,関係部署においてもその旨の周知,広報活動を行うことが期待される。
また,注文者となり得る一般市民に対する建築関係の基礎知識の習得のための広報活動としては,当委員会や日本建築学会の活動を通じて,紛争の実態等の情報提供を行い,広く社会一般にも契約書等の書面の重要性が認識されるようにすることが有益であると思われる。
さらに,一般市民が,その生涯において注文者として住宅建築に関わる機会は決して多くはなく,細部に及ぶ高度な建築に関する専門知識を修得することを期待するには困難な面があるから,一般市民が住宅建築に現実に直面した場合に,建築に関する相談を受け付ける機関の存在が求められる。この場合,設計,監理契約の締結前の段階で相談する窓口と,建物の完成後に不具合な点が生じた場合における相談窓口,更にはその両者の中間的なものとして,建築工事の進行中に相談する窓口のような存在が考えられよう。
これに対し,発生した問題が紛争の段階に至った場合には,建築の専門家が関与する裁判外紛争処理手続(ADR)の活用が紛争解決に有効である場合もあろう。
以上のような,具体的な事件を分析して得られた紛争実態に関する情報を当委員会から社会一般に向けて発信することにより,社会一般に建築契約における紛争の未然防止の意識を高めさせることが有益である。
2. 将来の検討課題
以上は,当委員会の約2年にわたる調査審議の結果を踏まえ,中間的にとりまとめたものであり,残された課題については,今後,更に調査審議を行っていくことになると思われる。
平成15年6月4日
建築関係訴訟委員会事務局