1. 日時
平成13年10月16日(火)午後1時
2. 場所
最高裁判所中会議室
3. 出席者
委員,敬称略
猪口邦子,上谷宏二,内田祥哉,岡田恒男,尾崎行信,可部恒雄,鈴木誠,仙田満,畑郁夫,平山善吉,村田麟太郎,安岡正人(松本光平は欠席)
オブザーバー
斎藤賢吉,田中信義,齋藤隆
事務局
千葉勝美,菅野雅之
4. 議事
(1) 開会の宣言
(2) 建築関係紛争の原因について
(主な発言)
- 東京地裁では本年上半期の新受件数が202件あり年間では400件を越えるであろうと予想される。現在,東京地裁民事22部には434件係属し,このうち319件,約73%を調停手続で処理している。大阪地裁ではこの上半期の新受件数が43件あり,年間では90~100件を越えるであろうと予想される。現在,大阪地裁には104件係属し,このうち53件,約51%を調停手続で処理している。
事件の内訳をみると東京の場合は全体の7割が請負代金請求,そのうち施主の瑕疵主張は3,4割あると思われる。また,全体の2割が工事瑕疵を理由とする施主からの損害賠償請求,その他は設計料支払請求関係や工事に伴う隣地への振動や地盤沈下等を受けたとする第三者被害となっている。 - 建築関係で紛争の起こる原因としては大きく二つのものが考えられる。
一つは,契約上の問題である。下請け元請け間の契約で契約書自体が存在しないといった事例,追加変更あるいは設計監理について書類が不十分なまま工事が行われ,精算段階で当事者間に意見の食違いを生じる事例,建築の契約書には専門用語が多いため書面の内容について理解が一致していない事例,また,近年重要視される防音とか空調等の住宅の機能については,文書上で性能をどのように表現するのかといった新しい問題が生じてくる。
もう一つは,施工上の問題である。建築基準法や契約で定められた基準や内容を下回るような施工がされた場合,安全性や耐久性について不安を感じ紛争になることがあり,非常に深刻な紛争になることが多い。また,構造安全性は問題ないが,工場製品並の施工精度を要求して紛争となる事案がある。これは施主と施工者との間に施工精度についての価値観の相違があるからであり,この程度であれば安全上も利用上も問題はないとの認識が十分にできていないためであることも多い。
そのほかにも施主も施工者も建築基準法違反の違法建築であることを知りながら無理な工事をし,その結果不具合が出てきたとする事例は,補修を認めれば違法建築を強固なものにしてしまいかねないことにもなるので非常に困難な問題である。 - 建築学会としては,紛争が生じる原因や問題となる部位,経過等に関する裁判所のデータの蓄積・分析ということに期待しており,それを設計や工事など様々なところにフィードバックさせて行きたいと考えている。
- 建築基準法などで数字として出てくるとインパクトが強く,仕様書の作り方一つにしても考えなければならないということになろう。
- 建築学会では,建築基準法に定められている数字がどのような議論を経て出てきたのか考え,同時に裁判所の方ではそれに関する事例を集めて,その両方を次の裁判に生かせるようなお手伝いをしていきたいと考えている。
- 建築関係紛争の原因を少しずつ類型化できれば訴訟の場面でも審理がスムーズにいくと考えられる。したがって,データを沢山集めて分類する作業は裁判所にも有意義であるし,紛争予防の観点からも有意義である。
- 紛争になる問題点を探して,一定のフォームに基づきデータの集積を図って行きたい。ただ,現状では発注者と施行者の間に設計者などの関係人がいる場合や共同被告の場合など複雑な事件にまでは対応し切れていない。今後検討していくべき問題である。
- 建築学会の司法支援建築会議の中でも鑑定業務・調停業務についてアンケートによる調査を行っている。
- 標準的には推奨される「かぶり厚さ」でも,例えば,潮風のあたるようなところではもう少し別の配慮が必要となる。このようなときに,その判決は何に基づいてどのように判断されたのかということが適切に公平に展開されていないとデータとして調査する意味がない。その時に,学会の役割,裁判所の役割,行政の役割が整合したシステムになっていてこそ,社会的な役割が果たせるのであり,裁判のデータをどのように蓄積して,どのようなより良いシステムを構築していくかが問題である。
- かなり先端を進んでいる国際的な学術団体で認知されている学説が,我が国の学会においても既に認知されているという前提をとるべきであり,日本独自の事情があるとか,日本は文化が違うなどの議論はもはやすべきではない。日本の判例や学説の他にもう一つ大きな紛争解決の根拠として他の先進国における世界標準も考えられるのではないか。
- 例えば,手すりの高さをどのくらいにするのかといった安全性に関する基準は,国によって大きく異なる。ドイツでは厳しい基準をとっているが,他の先進国がこれにならっているわけではなく,世界基準というべきものは必ずしも存在しない。
- 学術的にグローバルな基準が考えられるとしても,建築の実践の場では各国の事情を反映させる必要がある。訴訟ではそのような事情を背景に手続を進める必要があり,そこに難しさがあるのではないか。
- 医事関係紛争でも同様の問題が論じられてきたところである。医療の事件では大病院もあれば小さな病院もあり,小さな病院に世界最高水準を求めても無理である。医師としての水準に達していたのかが判断されるべきであり,最低限度要求されるレベルを考えないと,実態から離れてしまうだろう。
建築についても,大手企業もあれば小さな企業もある。小さいといえども必要な水準はどの程度かということが重要である。
(3) 建築契約における書面の重要性について
(主な発言)
- 注文建築では審理や調停を進める上で,まず第一に,契約の内容を確定することが必要であり,その契約内容を事実認定の問題として確定する上で一番必要な証拠が契約書や仕様書などの書面である。しかし,実際には工事の増減・変更がある場合に口約束だけで書面が作成されていないことが多く,それが契約内容の変更であると確定的に認められるのかが問題となってくる。
また,書面自体についても工事の種類や業界によって作成されるものが違っており,それを一般化・定型化していくのは難しいと考えられるが,建築に関わった人々の間で共通の理解を形成することができるようなものも提供できればよいと考えられる。 - 一般的には意思の合致があれば契約は成立したといえるが,建築請負契約の場合には,設計や構造などいろいろな要素が確定して初めて最終的な責任が発生してくるのであって,単に「造ります,お任せします。」というだけでは,普通は契約が成立したことにはならないと思う。仕様書等が形として出てきて,それを基に話し合った結果,お互いの合意に実質的な価値があれば,内容が明確な契約が成立したと認められやすいと思う。
- 住宅などの場合には,建てる建物の概略イメージや基本計画を基に契約書を交わして施工するものであるが,一般的にはイメージや基本計画はあるものの,契約書を交わさないまま設計図ができて施工されてしまうというところで問題が発生するのではないか。
- かつては家の格とか坪幾らとか漠とした基準があって,それがあらゆる面で一つの目安になっていた。現代においては様式の多様化など,それが機能しない要因も沢山あるが,このような目安は一つの知恵であると思われる。標準仕様書の作成等,一応標準のレベルを定め,社会の合意を得られるような仕組みを作り上げて多くの紛争をそこで処理するといった方策が必要である。
- 現代は外国技術の導入などでかつての常識が非常識になるような混乱期にあり,これがある程度安定すれば,また常識が生まれてくるのではないかと思う。裁判所の判断や,それについて学会が意見を述べることを通じてデータが蓄積されれば,まとまって安定していくのではないか。
- 瑕疵の判断基準は売買契約と請負契約とでは異っている。売買契約の場合は一般住宅として通常備えるべき程度の性能を備えているかどうかという客観的一般的な基準で判断されるが,請負契約の場合は通常は見積書を提出し,それに基づいて図面を書いたり仕様書を作成することで内容が確定するので,そこで定められた合意内容どおりの性能を建物が有しているのかによって判断される。つまり,請負の場合は契約の内容を確定しないことには瑕疵の判断もできない。このような差異は,契約の性質が違う以上やむを得ないのではないか。
- 既製品を買って,しばらくしてから瑕疵に気がついたというのは特別な場合であろうが,そのためには仕様書等を閲覧しなければいけないし,させなければいけない。そういうことがされていないから問題が起こる。これだけ建築行為が増えてきているのであるから,契約はきちんと守ってもらうという方向で議論しなければならないと思う。
- 大企業同士の契約は現在ほとんど整備されている。しかし,当事者間の均衡が崩れていると紛争が生じがちである。大企業と一般消費者との場合は,契約書は完備しているものの,企業側が作成しているため企業側に有利にできている面がある。小さい業者の場合には契約書すらなかったり,ただの口約束だけでやってる場合もあり,見積もり段階ですべての費用が網羅されているわけではないことが多い。したがって,見積もりができても後で別途工事であるといわれる場合があり非常に曖昧である。このように追加工事や別途工事の費用について契約書の不備が多いので,我々の議論の中でもそういったことをもう少し念頭に置いて考えていく必要がある。
- 書面主義を社会のあり方として推進することは,消費者の立場としても非常にありがたいことである。個別の契約関係ではある種の信頼関係の存在を前提としており,消費者の側から書面を要求することは,相手を信用していないととられるのではないか,結果的に良い工事をしてもらえないのではないかが気になって言いにくいところがある。しかし,社会全体として書面主義が前提となれば,書面を要求することが当然のこととなり,相手を信用していないというわけではないということになると思われる。
- 同じ図面を見て契約をしたのだけれども,私はこう思っていた,いや私の方はそうではなくてこう思っていたというような認識の違い,つまり専門家と発注者との間の契約書面についての認識の格差が大きい。専門家がいかに説明責任を感じて契約をすべきかという問題も考えなくてはならない。
医療で言うインフォームドコンセントのように,建築でもかなりの知識レベルの格差があるので,実際に判断すべきことを施主側に選択させるような論理構造はとれないか。書面を完備すればするだけ悪徳業者は逃げられるかもしれないといった問題が出てくるが,どのようにすべきか。
また,当事者がどれだけ理解して契約ができるかといったところも考えなくてはならない。
(4) 鑑定人,調停委員候補者推薦スキームについて
(主な発言)
- 調停委員として実際の事件に携わる際に,裁判所側からの事件の概要説明がうまく行かないこともある。例えば,裁判所から,この事件は地盤が悪いために柱が傾いたという事件であると説明されて,現場に地盤関係の専門家を一緒に連れて行って調べてみると,地盤には問題はなく,実は木造に問題があったということが分かったということもある。
- 現在のところ,おおむね学会と裁判所の関係はうまく行っていると思う。
また,それぞれ調査票やアンケートなどで事件の研究をしている。 - 調停委員は責任が重い割には時間的な拘束が甚大であるから,建築の専門家側からすると調停委員に関わるのはちょっと遠慮させてほしいという議論が相当あった中で,司法支援建築会議は発足した。
実際の案件については,鑑定受任の内諾を取る段階で大変である。自分一人で鑑定内容について重い判断を下すには,どうしても躊躇するようである。特に紛争内容が難解になっていく場合には,実際に鑑定するには,この調査あるいは試験が必要ではないのかとか,実際の調書,施工記録等の鑑定に必要な書類等はあるのだろうかとか,あるいは補修費等の積算を求められたときにどのように答えたら良いのであろうかなど,いろいろな条件が出てきて,最後には多忙を理由に引き受けてもらえないこともある。
建築学会としては会員が前向きに取り組めるようにするために,鑑定あるいは調停の業績を評価する顕彰制度,論文のような形で発表して会員個人としての業績が残る仕組み,社会的に適切に遇されるような広報活動を考えている。また各個人のレベルで悩むことも多いので,司法支援建築会議の中に支援部会を立ち上げている。ここでは鑑定や調停のキャリアアップを図る研修制度を設けるなどの側面的な支援も考えている。また,鑑定・調停の仕組み,鑑定費用・調停費用等がどのようにして決められているのか等,分からないことも多いので,引き受ける前段階の情報が分かる手引書のようなものを作成できればと考えている。 - 建築関係の事件には設計図書等の沢山の書証が提出されることが多く,調停委員が事前にそれを詳細に検討しておかないと,当事者も納得しないので,その検討作業に大変時間がかかってしまうこともある。
- 調停委員の努力の結果,調停事件の70%を成立させるというすばらしい成果が出ている。これが今後も維持できるのかどうかは,制度として考えなくてはならないが,そのほかにも費用や基礎データの収集のための調査委託の手配などいろいろな問題があることを報告していただいているので,裁判所としてはそれを基に情報提供もして行きたい。
- 調停委員や鑑定人をお願いした方からいろいろと質問が来るので,Q&Aといった形で資料を作成すれば,やがて改善されていくのではないか。
- システムとして機能する鑑定システムが必要である。その中で鑑定人としての仕事を全うできるような態勢を整えるべきであり,専門以外のことで分からないこともフォローできることが重要である。そのようなシステムができていないから鑑定人個人に負担がかかったり,費用も沢山必要になるのであり,それは早い時期に解消されるべきである。鑑定人も,調停委員のように非常勤の国家公務員とするなど身分的にも保障をして,個人的な負担を軽減することも考えられるのではないか。
また,システムというときには,最後に鑑定人の仕事が適切であったかという評価をするという視点も必要ではないか。
さらに,鑑定や調停の結果を集積した出版物を作成して,鑑定結果を共有できるような環境を作ることも考えられる。 - 鑑定をお願いする際,事案の内容や鑑定事項といったところを事前に交付しているが,当事者の出した争点整理とか鑑定事項の決定の仕方が正しいとは限らない。
したがって,鑑定人には,与えられた課題に対して答えを出すということだけではなく,むしろ最初の鑑定事項は一応仮のものと考えて,専門的な立場から,この事案についてはもっと違う調べ方もあるということを裁判所と話し合うことで,争点整理や鑑定事項自体が正しいのかどうかということも検討して行きたい。 - 専門家が鑑定をやりたがらない原因の一つは,それが学問的業績につながっていかないことにある。鑑定人もかなりの時間を費やし,多大な努力もし,しかも,内容としても相当打ち込んだという自負心があるからこそ,やはり学問的業績として評価してほしいという面もある。建築学会としても積極的に業績の評価をしていきたいと考えている。
- 鑑定人推薦依頼をする際の事案というのは広く一般に公開されているようなものではないし,また個人的にどのようなつながりがあるのかということはかなり個別的な事情でもあるから,実名を全部出して推薦をお願いするというわけにはいかない。したがって,仮名処理をした上で司法支援建築会議から推薦をもらい,設置される予定になっている分科会においては,実名のまま検討した上で決定するという形で役割分担していくことでよいのではないか。
- 仮名処理した情報で候補者に内諾をもらって推薦をしたが,分科会で実名を出した情報で利害関係があるからと断わるのは心苦しいかもしれない。しかし,そこはまず仮名処理でお願いしているので,何らかの利害関係があるときには,引き受けることを辞退していただくこともあり得ることを了承してもらった上で,内諾をいただくという形にしてはどうか。選任をしないことになった場合の理由を回答をする際には,具体的な利害関係を明らかにして説明したい。
(5) 建築基準法令の実体規定と契約法上の瑕疵との関係の研究及び建築物の瑕疵による損害額の算定方法の研究について
(主な発言)
- 建築基準法は,建築物の安全確保と建築環境の保護を目的として基準を定めているが,現実の施工等において不可避的に発生する「ばらつき」の取扱方法について,必ずしも十分には明らかにせずに数値等だけを示している。こうしたことが紛争の原因となり得るので,この種の実情を法的観点及び技術的観点から調査分析し,紛争予防と合理的な処理に資する基本的な枠組み,指針等を検討する必要がある。
建築の瑕疵紛争においては,修補に代えて損害賠償が認められることが多いが,個別性が高い戸建住宅等に関しては,類似例がほとんど存在しないので,その使用価値や交換価値から損害額を認定するのは問題があるのではないか。したがって,法的観点及び技術的観点から調査分析することにより,損害額の合理的な算定方法を検討する必要がある。 - 建築基準法の問題については,明確な専門的知見が示されれば,それを基に判断することになると思われるので,建築学会の研究成果に期待したい。
損害額の問題については,建物の個別性その他の諸事情を踏まえた類型化をし,専門的観点から合理的な方法が提案されれば有用ではないか。 - 瑕疵の存否とか受忍限度を超えているのかどうかとか,損害はいくらかとかいった法律的判断事項の前提となる事実関係が鑑定事項とされ,それについて専門的な見地からの意見を伺うことになるので,鑑定事項の定め方の関係でも議論して研究する必要がある。
(6) 分科会について
1)委員長は,本委員会の委員の意見を踏まえた上で,任命及び建築関係訴訟委員会規則第7条の施行を条件に,分科会に属すべき委員及び特別委員を,別紙の「建築関係訴訟委員会分科会及び特別委員候補者(案)」(PDF:7KB)のとおり指名した。また,同規則同条の施行を条件に平山善吉委員を分科会長に指名した。
2)鑑定人及び調停委員の候補者の選定及び選定手続の決定は,分科会の議決によって行うことができるとされた。
3)議事(2)から(5)までに関連して,以下の事項については,本委員会でする議論の前提として,まず,分科会で議論することとされた。
- 鑑定人あるいは調停委員の選任後におけるバックアップ・事後フォロー
- 建築関係紛争の原因分析
- 建築契約における書面の重要性に関する検討
- 建築基準法令の実体規定と契約法上の瑕疵との関係の研究及び建築物の瑕疵による損害額の算定方法の研究
4)第1回の分科会は,平成13年11月19日(月)午後2時から,第2回は,平成14年1月21日(月)午後3時から開催することが決定された。
(主な発言)
- 「建築関係訴訟委員会分科会及び特別委員候補者(案)」の名簿をみると,女性が入っていないが,今後は女性も入れた方がよい。
- 現段階では,女性の専門家はまだ少ないように思われる。今後増やす方向で検討したい。
(7) 議事要旨の最高裁判所ホームページへの掲載について
本委員会の議事要旨等を,最高裁ホームページに掲載する予定であることを事務局から説明し,本委員会の了解を得た。
(8) 今後のスケジュール(次回の予定)
第3回委員会は,平成14年3月5日(火)午後2時から開催することが決定された。