【座談会】伊藤沙莉さん×裁判官

「虎に翼」で裁判官役を演じてみて
❝自分が知らない世界を知ることができました❞
西村 伊藤さんは「虎に翼」で裁判官の役を演じられましたが裁判官役での出演が決まった時はいかがでしたか?
伊藤 以前、ドラマで執行官の役を演じた時に裁判や法律に触れる機会はあったのですが、裁判官の役というのは今回が初めてでした。なので緊張もしましたが、裁判を傍聴したり、法律の授業を受けたりして、知識を得ることで少しずつ緊張をほぐしながら撮影に臨みました。

西村 決して身近とはいえない裁判官について、イメージを持ちにくかったかもしれませんが、役作りとか撮影までの準備はどうでしたか?
伊藤 大変な部分もありましたが、やっぱり裁判を傍聴したのはすごく大きかったですね。撮影が始まる前に実際に裁判所に行って、開廷一覧表を確認しながら刑事裁判や離婚裁判を傍聴しました。抽選に外れて傍聴できなかったこともありました。
裁判というのは、自分にとって知らない世界だったので、みなさん(裁判官や当事者)の裁判への臨み方を目の当たりにできたのがすごく良かったです。特に、みなさんが法廷でどんな表情をされているのかが気になっていたので、すごく参考になりました。裁判官はそんなに表情が変わらなかったですが(笑)
「虎に翼」で共演した大先輩の俳優さんから「理解していないと台詞は入ってこない」という言葉をいただいたので、裁判のことも理解しなきゃという思いがより強くなりました。

高田 実際の裁判はいかがでしたか?
伊藤 言葉にするのが本当に難しいんですけど、裁判に関係する人たちには、本当にいろいろな事情が存在するんだなって実感しました。
ドラマの中で、被告人の事情も踏まえて刑の重さを考えるという場面があったのですが、私は単純なタイプで、「そんな可哀想なことがあったら仕方ないか」とかすぐに考えてしまうので、中立な立場で物事を判断するというのはやっぱり難しいんだなって強く感じました。

西村 私も刑事裁判を担当していたときに、被害者の意見陳述という手続の中で被害者本人が心情をお話されることがあったのですが、その時は気持ちを表に出さないようにグッと堪えたことがありました。
伊藤 やっぱりそういうことがあるんですね。

仕事の悩みや葛藤について
❝裁判官を身近に感じられました❞
新田 私は任官4年目ですが、経験が浅いこともあって悩みや迷いで悶々とする日々です。なので、先輩の裁判官や書記官など、周りに支えてもらいながら、1日1日をなんとか乗り越えているという感じですね。

西村 私も普段の仕事ではめちゃくちゃ悩んでいます。いろいろな人に相談して、ギリギリまで悩みに悩むという感じです。最初に「こうだろう」って考えても、次の日には「うーん…」って考え直すこともあります。ドラマで寅子が家に帰って考え込むシーンがありましたが、まさにそんな感じです。
伊藤 やっぱりあのシーンはリアルなんですね!
西村 そうですね。普段の生活で、買い物とかしていても頭の隅には事件のことがある、みたいな感じです。シャワーとか浴びながら、ふとした瞬間に「あっ、こういう風に考えたらいいんじゃないかな」と思うこともあります。

新田 私も同じです。ドラマの中で、寅子がお家で頭を抱えている様子が自分を見ているようでした。
伊藤 ええー、そうなんですね!
私の仕事もいろいろな悩みや葛藤があります。私の仕事はどちらかというと自分との戦いみたいな部分があるんですが、どちらかに感情や考え方が寄りすぎちゃうことを抑えるっていう部分は、裁判官のお仕事と共通点があるなと思いました。
ただ、裁判官のお仕事は、1つの考え方や選択でその受け手の未来が変わったりするので、やっぱりすごく緊張感のあるお仕事だなって感じましたね。それは、家庭局や家庭裁判所でのお仕事のシーンでもすごく感じました。
家庭裁判所だと小さいお子さんの親権の争いとかがありますけど、ドラマでは、今の時代以上に男女差みたいなものが如実に表れていた時代なので、演じながら悩む場面も多く、大変なお仕事だと思いました。
高田 もちろん大変な面はありますが、全部1人で背負い込むものではないと思っています。ドラマでも、寅子が同僚の裁判官や家裁調査官と考え込む場面がありましたが、実際に私たちも、書記官や家裁調査官といったチームのみんなと一緒に知恵を絞ったり議論をしたりして決めていくことがあります。チームワークで一つ一つの事件に向き合っていくという感じです。

伊藤 私は今まで、テレビでしか裁判の世界を見てこなかったので、そういうチームワークで裁判や調停が進められていくというのは、ドラマを通して初めて知ることができました。裁判を外から見ているだけじゃ分からない法廷の裏側、例えば、議論の仕方とか結論への導き方とかも含めて裁判官のみなさんの葛藤とかをすごく感じました。裁判官も私たちと同じで、揺らいだり悩んだりするってことがわかって、裁判官をより身近に感じられて私は嬉しかったです。
新田 みんな相談したり議論したりしながら仕事をしています。なので、裁判官室ではいろいろな話し声が飛び交っていて、みなさんが想像しているよりにぎやかかもしれません。
高田 撮影の裏側はどうですか?
伊藤 そうですね。にぎやかという部分で言えば、近いところはあるかもしれないです。例えば、「虎に翼」は史実を基にしたシーンが多かったので、監督もキャストも「あそこはあの感じで合っているんですかね」とか「こういうことは分かった上で言っているんですかね」とか、そういう擦り合わせをたくさんしました。
特に、私は自分が伝えたいことを伝えようとすると、その感情が喜怒哀楽の「怒」に傾きがちで、声にも「怒」の感情が乗りがちなんです。そういう時は、「(モデルになった)三淵嘉子さんはもうちょっと優しいと思う」みたいに指摘されて、どう和らげるかということを話し合ったこともあります。
作中でのエピソードや事件のお話について
❝先人たちの偉大さを感じました❞
高田 「虎に翼」は史実を基にしているというお話が出ましたが、作中にも登場した「日常生活と民法」は、最高裁判所初代長官の三淵忠彦さんが執筆された本で、本日は、その初版と令和7年3月に出版された復刻版を用意しました。
まず、こちらが大正15年に出版された初版です。
伊藤 (本を手に取って)ええ、すごい!ドラマでは、寅子はその当時の人間という設定なので、きれいな状態の本を手にしたんですが、年季が入っている実物を見るとすごく歴史を感じますね。
高田 そうですよね。そしてこちらが三淵嘉子さんが補修された本の復刻版です。「虎に翼」の影響でこの復刻版が出版されたそうです。表紙には、三淵嘉子さんのお名前があります。
伊藤 あっ、本当だ!
こういう影響があることを知ると、ドラマに携わった身としては、なんだかすごく嬉しいですね。
この本を見ると、いろいろな方々の力で代々引き継いでいくっていうのは、本当素敵だなと感じますね。ドラマでも、寅子は恩師から「君もいずれ古くなる」っていう言葉をかけられるんですけど、今の法律がいずれ古くなるっていうことが分かっている先人たちの存在の大きさをすごく感じました。

高田 伊藤さん自身が特に印象に残っているシーンはありますか?
伊藤 いくつもありますが、寅子が新潟にいる間に起きた少年事件は印象的でした。自分は直接手を出さず、他人に悪さを働かせる少女のことで寅子はすごく悩むんですが、裁判官としてこの子を正すにはどうすればいいのかって考える場面が心に残っています。
高田 寅子が少年事件のことで家裁調査官と議論を重ねる場面がありましたが、実際の少年事件でも、家裁調査官が「こういう風に考えられるのではないでしょうか」と裁判官に意見を述べることがあります。「虎に翼」では、そうした裁判官と家裁調査官とが一緒に事件を考える姿が描かれているのも印象的でした。
今の仕事を志したきっかけについて
❝きっかけはダンススクールでした❞
西村 伊藤さんは、どのようなことがきっかけで俳優の道に進まれたのですか?

伊藤 実は、私は3歳の頃からダンスを習っていて、もともとダンサーを目指していたんです。ある時、私が通っていたダンススクールに、子役オーディションのお知らせが貼ってあったんです。そのオーディションを受けてみたら合格することができて、そこからずっとお芝居の仕事が楽しくて続けられた、という感じですね。
高田 お芝居のどういう部分が楽しかったのですか?
伊藤 私はもともと「ごっこ遊び」やモノマネが好きで、小さい頃はドラマのワンシーンを真似るのが楽しかったです。それで、オーディションの後からは、興味が一気にお芝居の方に向かっていきました。
みなさんはどういうきっかけで裁判官を目指されたんですか?

西村 私はもともと弁護士の仕事に興味があって法律の勉強を始めました。その後、いろいろと法曹の世界を知っていく中で、依頼人のために頑張る弁護士と、自分の良心に従って中立な立場で仕事をする裁判官の違いを知った時に、自分は裁判官の方が向いているかもしれないと考えて、裁判官を目指すことにしました。
高田 私も最初は弁護士を目指していたんですが、司法試験に合格した後の司法修習で、初めて裁判官の仕事を見て、そのときに、裁判官たちが自由闊達に意見を言い合って結論を決めている姿が印象的で、そこから裁判官になりたいって思いました。
新田 私は、子どもの頃に観ていたドラマがきっかけで裁判官になりました。司法修習生を扱ったドラマを姉と一緒に観ていたんですが、ドラマを観るうちに、自分は将来、司法試験を受けるものだって子どもながらに思い込むようになって。
伊藤 えー、かわいい!ドラマから将来の夢になるなんて素敵です!
西村 もしかしたら、「虎に翼」の寅子を観て、自分も司法試験を受けるんだって勉強する子どもたちがいるかもしれないですね。
高田 そうですね。何年後かに「寅子に憧れて裁判官になりました」っていう人たちが出てくるかも。

伊藤 俳優として、そういう影響を与えられるようになったら本当に嬉しいですね。
もし本当にそういう子どもたちが出てきたら、もう一回ここに呼んでほしいなぁ。「なんで裁判官になろうと思ったの?」ってその子たちに聞いてみたいです(笑)
未経験の仕事やコミュニケーションについて
❝人見知りは言い訳にしません❞
高田 伊藤さんは俳優以外のお仕事には、どのような心構えで臨まれていますか?
伊藤 私の場合、俳優として撮影現場に行くとき以外は、常に「お邪魔します」という気持ちでお仕事させていただいています。ナレーションとか歌のお仕事になるとビギナーですので、一度背筋を伸ばすというか、緊張感を持っていた方が絶対に良いなと思っています。そういう緊張感を経験するためにも、なるべく知らない世界も覗いてみたいなって、いつも考えていますね。
西村 裁判官の仕事も異動や転勤があって、新しい環境で新しい仕事をすることがあります。今まで経験したことのない事件類型を担当するときは「どうしようかな」って悩むことがあるんですが、今の伊藤さんのお話を聞いて見習わないといけないと考え直しました。

伊藤 裁判官も、裁判以外のお仕事をすることもありますよね。ドラマで、寅子は家庭裁判所の設立に携わりましたし、アメリカの裁判所を視察したり家裁の広報活動をしたりもしていました。
新田 裁判官の仕事というと、法廷で裁判をしているところをイメージするのが一般的だと思いますが、今の裁判官も海外留学をしたり、民間企業や行政官庁で働いたりして、多様な経験を積んでいます。本日の企画のような広報活動をすることもあります。
ところで伊藤さんは、初対面の方とお仕事をされることも多いと思うのですが、良い関係性を築くために何か心掛けていることはありますか?
伊藤 大人になると人見知りは言い訳にならないなって思っています。なので、誰かと関わり合いを持つときは、誰が最初の一歩を踏み出すかが大事だなって考えています。当たり前かもしれないですが、自分から挨拶をするとか好きな食べ物を聞くとか、演技へのアプローチ方法とかを聞いて、相手がお芝居のことで私にラフに話せるような関係性を作りたいって思っていますね。
みなさんも、コミュニケーションの毎日じゃないですか?
新田 そうですね。裁判所には、裁判官だけじゃなくて書記官や事務官などいろんな職種の方が働いていますし、検察官や弁護士の方ともコミュニケーションを取ることが多いので、今の伊藤さんの言葉がグサッと刺さりました。人見知りだなんて言ってないで、自分から出て行かなきゃって思いました。
プロフェッショナル
❝私たちって意外と似ていますね❞
伊藤 お仕事をされる上で、大切にされていることはありますか?
新田 やっぱり、相手の話をきちんと聴くことですね。いろいろな人たちがいろいろな思いを抱えながら裁判所に来られていると思うので、しっかり話を聴かなきゃと思っています。
私が担当する刑事裁判の場合ですと、弁護人も検察官も、それぞれプロフェッショナルとして全力を尽くされるので、裁判官としてちゃんと受け止めて、託して良かったと思っていただけるように頑張ろうと思っています。

西村 私は、最後の最後まで悩み抜くことかなって思っています。最後の瞬間、自分としてはこれが最高の判断だって思えるくらい、自分の中で悩んで結論を出すということを大切にしていますね。その前提として、当事者の話に耳を傾ける「傾聴」というのを大事にしています。
伊藤 今のみなさんのお話を聞いていたら、意外と私たちの仕事って似ているなって思いました。
お芝居の仕事って、台詞を言うとかアクションをするとかいうアウトプットの部分がメインに見えがちなんですが、私はどちらかというと「受ける力」が大事だと思っています。人の台詞に対して、その人がどういう気持ちでこの台詞を言っているのかなって考えながら受け止めないと、次の台詞に繋がらないということがあるんですね。なので、お話をよく聴くということにはかなり共通点を感じます。やっぱり、自分がやりたい演技を構築するのも大切なんですが、ちゃんと言葉のキャッチボールができているときが一番良い演技ができると思っていて。
それと、私は撮影が終わった後に、自分の芝居に対して「もっとこうしたかった」とか「もっと良いものを作りたい」って悩んだり葛藤したりすることがあって、最後まで悩みながら追求しているところも、俳優と裁判官の共通点かなって思えました。
最後に
高田 本日の座談会はいかがでしたか?
伊藤 最初はすごく緊張していたんですが、みなさんと直接お話ししてみたら、すごく人間味を感じられる部分が見つかって、なんだかホッとしました。
みなさんのプロフェッショナルの部分とかお互いの共通点とかもお話できて、とても嬉しかったです。素敵なお話をありがとうございました。
