令和7年5月
憲法記念日を迎えるに当たって
最高裁判所長官 今崎幸彦
日本国憲法の施行後、裁判所は一つ一つの事件を事実と法に照らして解決するという営為を重ねて今日に至っています。その間我が国経済社会は大きく変化しましたが、それにつれて裁判所に持ち込まれる事件も質、量ともに変動を繰り返してきました。近年は、グローバル化、少子高齢化の進行などによる社会経済構造の変化や価値観の多様化が進み、人々の間の利害関係が錯綜し、立場の隔たりもこれまで以上に目立つようになるなど、紛争解決の難易度が高まっているように思われます。また、昨今話題の生成AIをはじめとするテクノロジーのとどまることを知らない進化や、ソーシャルメディアの広がりによる新たな情報空間の急激な拡大は、現在進行中の社会の変化を更に加速させる可能性がありますが、こうした状況も司法に影響を及ぼさないはずはありません。そのような中にあっても、透明性のある手続による紛争解決という司法作用の核心部分が変わることはなく、裁判所には、それを裁判の場で実践することによって、人々の権利を守り、社会秩序に安定をもたらし、法の支配をゆるぎないものとすることが求められています。今後とも、個々の事件ごとに公正で説得力ある判断を地道に積み重ねることにより、広く国民の信頼を得ていくべきであり、またそうしていきたいと考えているところです。
現在裁判所を挙げて取り組んでいる裁判手続のデジタル化については、来年5月までに民事訴訟手続のデジタル化が全面的に施行されることとなっており、準備作業は今まさに佳境を迎えています。また、その後も順次各種手続のデジタル化が控えています。裁判手続のデジタル化は、裁判そのものの運営だけでなく裁判に携わる人々の日々の仕事の仕方にまで幅広く変化を迫るものであり、その実現に向けては様々な課題が予想されますが、国民の裁判へのアクセスの利便性を高めると同時に、裁判手続の合理化、効率化により紛争解決機能を向上させる重要な取組ですので、法曹三者で力を合わせて成し遂げたいと考えています。
憲法記念日を迎えるに当たり、日本国憲法の下で国民から負託された裁判所の使命の重さに改めて思いを致し、その役割を十全に果たしていくために一層力を尽くす所存ですので、国民の皆様の御理解をお願いいたします。