令和7年1月
新年のことば
最高裁判所長官 今崎幸彦
明けましておめでとうございます。最高裁判所長官に就任して初めての新年を迎えるに当たり、一言御挨拶申し上げます。
昨年は、元日に能登半島地震が発生し、9月には同じ能登地方を豪雨が襲いました。震災から1年が経過しましたが、被災地はなお復興の途上にあります。この場を借りて、災害により亡くなられた方々に対し哀悼の意を表し、全ての被災者の方々に対し心からお見舞いを申し上げます。あわせて、困難の中で裁判所が果たすべき責務を全うすべく尽力した裁判官、職員の皆さんに敬意を表します。
さて、現在、裁判所においては、目下の課題である裁判手続のデジタル化に向けて、各種の準備が急ピッチで進んでいます。これまでも指摘されてきたことではありますが、作業に当たっては、デジタル化により手続利用者の利便性を向上させることはもとより、デジタル化を契機として裁判手続を効率化し、事務処理負担を軽減させることにより、リソースを事件の複雑さ、困難さに応じて適切に振り分けるなどして、全体としての紛争解決機能の向上につなげる視点を持つことが重要です。民事訴訟を皮切りにデジタル化に向けたシステムの開発が進み、e事件管理システム(RoootS)が、昨年7月の先行導入を経て全庁に導入されます。先行導入の時期が延期されるなど、不安を感じた職員も少なくなかったと思います。現在裁判所は大規模なシステム開発の途上にありますが、民事訴訟手続のフェーズ3に対応するシステムに関する検討状況について既にお伝えしているほか、今後も大小様々な計画変更や支障に備えていく必要があります。そうした場合にあって、早期に情報を共有し、職員が一体となって対応することにより、裁判所全体で各種システムの開発と導入検討を着実に進めていく必要があります。
民事裁判の分野では、来年5月までに訴訟記録の電子化等のいわゆるフェーズ3が実現される予定であり、全国の裁判官等によりデジタル化を契機とした審理運営改善の検討が進められています。これまでに、核心を捉えたコンパクトな審理判断を目指すべきことやこれを実現するための各種手法についてはおおむね共通認識が得られており、今や各裁判官がこれらを実践し、その効果や課題等を検証する段階に移行しています。間近に迫ったフェーズ3を万全の態勢で迎えるべく、具体的運用を迅速かつ着実に検討していく必要があります。また、民事執行や倒産を始めとする非訟事件のデジタル化についても、民事訴訟手続のフェーズ3開始に合わせて電子的に作成された債務名義に基づく執行等が先行施行されることとなり、これらの運用について具体的な検討を進めていくほか、改正法の全面施行に向け、申立書や添付資料等の標準化についても検討を進めていく必要があります。こうした検討は、利用者の利便性を向上させるだけでなく、職員の事務負担を軽減するという観点からも重要ですが、裁判事項にも係るだけに裁判官が主体的、積極的に関与して進めていくことが求められます。
刑事裁判の分野では、裁判員制度が施行から15年を経過し、国民の高い意識と誠実な姿勢に支えられて順調に運営され、刑事裁判の中核的存在として位置付けられるに至っています。この間の関係者の努力に敬意を表するにやぶさかではありませんが、公判前整理手続の長期化、裁判員の精神的負担、候補者の出席率の問題など、運用の過程で指摘された課題の多くがいまだ十分に解決したといえないことは周知のとおりです。裁判員との実質的協働という制度の根幹に関わる理念についても、実現に向けてたゆまぬ努力を続ける姿勢を忘れてはならないでしょう。今後も、これまでの議論の積み重ねを踏まえつつ、制度導入の趣旨や刑事訴訟法の本旨等に立ち返りながら、運用の改善に向けて不断の検討を続けていくことが求められます。刑事の分野においても、デジタル化に向けた検討が進められていますが、刑事訴訟法の本旨に立ち返った運用改善の検討は、刑事手続のデジタル化を見据えた刑事裁判の審理運営の在り方の検討にもつながるものと考えられます。
家事の分野では、家族法制に関する民法等の一部を改正する法律が、昨年5月に成立しました。離婚後の父母双方を親権者とすることを可能とする制度の見直しを含め、親権、監護、養育費、親子交流、財産分与等の離婚に際し問題となる事項について幅広く見直しが図られており、社会に大きな影響を与える改正となっています。家庭裁判所は、施行後の運用について重要な責務を担うこととなり、立法趣旨を踏まえた適切な審理運営を行えるよう施行に向けた十分な準備が求められます。今後、改正民法の施行により、新たな協議事項や手続が加わるなど、調停運営の在り方の変化や事件数の増加も見込まれます。利用者や国民のニーズに応えるために、ウェブ会議の更なる活用を含め、調停運営改善の取組を深化させ、改正民法施行後の適切な審理運営につなげていくことが求められています。とりわけ、期日間隔の長期化傾向が続くことは、調停に対する国民の信頼を揺るがしかねないものであるため、期日間隔の短縮に向けて、これまで以上に踏み込んだ取組を進めていく必要があります。少年事件についても、非行を取り巻く社会情勢の変化を踏まえつつ、令和3年の改正少年法の趣旨を踏まえた運用を継続することが求められているところです。
このように、各分野で、裁判手続のデジタル化や法改正への対応が必要となっている状況ですが、裁判官を含む裁判所職員のワーク・ライフ・バランスや柔軟な働き方の実現を進める観点からも、裁判事務・司法行政事務の分野を問わず、事務の合理化・効率化、標準化を引き続き進める必要があります。その際には、失敗を恐れることなくトライアンドエラーの精神で事務の見直しに積極的に取り組んでほしいと思いますし、万が一うまくいかなくても、その後の取組に向けた姿勢が萎縮しないよう周囲が適切に配慮してほしいとも思います。また、組織全体として執務を円滑に進め、紛争解決機能を維持・向上させるためには、事件処理上の有用なノウハウや情報を効率的に習得できるようなサポート態勢が組織として整備されていることが必要です。既にポータルサイトに「知の承継」に役立つコンテンツの作成・共有が進められているところですが、今後とも、皆さんのニーズに応じた取組をしていきたいと考えています。
終わりに、本年が皆さんにとって良い年になることを祈念し、新しい裁判に向けた取組が着実に進むことを期待して、新年の挨拶とします。