裁判例結果詳細
最高裁判所判例集
- 事件番号
平成20(行ケ)10139
- 事件名
審決取消請求事件
- 裁判年月日
平成20年12月17日
- 法廷名
知的財産高等裁判所
- 裁判種別
- 結果
- 判例集等巻・号・頁
- 原審裁判所名
- 原審事件番号
- 原審裁判年月日
- 判示事項
- 裁判要旨
判決年月日平成20年12月17日知的財産高等裁判所 第4部
事件番号
平成20年(行ケ)10139号 本件商標からは引用商標と同一の称呼及び観念が生ずるものであり,それぞれの指定商品は同一又は類似の関係にあって,本件商標と引用商標が互いに相紛れるおそれのある類似の商標であるから,本件商標は商標法4条1項11号に違反してされたものとし,これらの商標の類似性を否定した審決を取り消した事例
○引用商標はその出願前の他人の著作権と抵触するから,本件商標が引用商標と類似すること等を理由として無効審判請求をすることができない,との主張を排斥した事例
○引用商標においてローズ・オニールの著作物である「キューピー」の著名性を無償で利用している原告が,「キューピー」の著作権を譲り受けた上,本件商標の登録を受けた被告に対して,その無効を主張することは権利の濫用であるとの主張を排斥した事例(関連条文)商標法4条1項11号,同項15号,同法29条,同法46条
本件は,原告が,本件商標は,商標法4条1項11号又は同項15号に該当するからその商標登録は商標法46条1項により無効とされるべきであるとして,無効審判を請求したところ,特許庁が同無効審判請求は成り立たないとの審決をしたため,原告がその取消しを求める事案である。
無効審判請求人(原告)が,本件商標は,引用商標1〜6と同一の称呼及び観念を生ずる類似の商標であって,同一又は類似の商品について使用をするものであるから,本件商標は商標法4条1項11号に違反して登録されたものであると主張するとともに,本件商標は,著名な引用商標7及び8と同一の称呼及び観念を生ずる類似の商標であって,他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるから,本件商標は同項15号に違反して登録されたものであると主張したのに対し,審決は,本件商標と各引用商標はいずれも非類似の商標であるから,本件商標の登録が同項11号及び15号に違反するものではないと判断した。
本判決は,以下のとおり,本件商標は引用商標1〜6と類似の商標であると判断し,審決を取り消した。
1 本件商標について
本判決は,「『キューピー』のキャラクターは,我が国において,『キューピー人形』に人気があったことや商品等の宣伝広告に利用されたことなどから,頭頂部が尖った目のパッチリと大きい裸体の幼児のキャラクターとして広く認知されていたものであり,・・・本件商標登録出願時(平成16年11月22日)において,我が国で周知のものとなっていた」と認定した上,「本件商標の構成は,・・・頭頂部の髪と思しき部分が尖り,パッチリとした大きな目をした幼児の頭部を描いた図形であるところ,これらの特徴的容姿は・・・我が国においても周知となっていた『キューピー』のキャラクターの特徴と符合するものであるから,本件商標に接した取引者・需要者が,本件商標に係る図形を『キューピー』と認識するであろうことは疑いのないところというべきである。したがって,本件商標からは『キューピー』の称呼を生ずるとともに,頭の先の髪と思しき部分が尖り,目がパッチリと大きい裸体の幼児又はその人形である『キューピー』の観念を生ずるものというべきである。」と認定した。
そして,被告の「本件商標から『キューピー』の称呼が生ずるということができるが,本件商標から生ずる観念は『ローズ・オニールの創作したオリジナルのキューピー』である」旨の主張については,「我が国において,本件商標の出願登録時はもとよりその査定時においても,『キューピー』について,『ローズ・オニールが創作したオリジナルのキューピー』とそれ以外の『キューピー』とが截然と区別して認知されていたとまでは到底認めることができない」として排斥した。
2 引用商標1〜6について
本判決は,引用商標1〜6のいずれからも「キューピー」の称呼及び観念が生ずると認定した。
そして,被告の「引用商標1〜6から『キューピー』の称呼が生ずるということができるが,引用商標1〜6から生ずる観念は『キューピーマヨネーズのキューピー』である」旨の主張については,「我が国においては,多数の企業が『キューピー』のキャラクターを宣伝広告に使用してきた事実に照らすと,我が国において,『キューピー』が相当程度普遍的ないしは一般的なキャラクターとして認知されていた事実を否定することは困難であるから,特定の企業と結びつかない『キューピー』の観念が引用商標1〜6から生ずることを一概に否定することはできない。」として排斥した。
3 本件商標と引用商標1〜6の類否について
本判決は,「本件商標と引用商標1〜6からは,共に『キューピー』の称呼及び観念を生ずるものであり,かつ,次項に説示するとおりそれぞれの指定商品は同一又は類似の関係にあるから,本件商標と引用商標1〜6は,互いに相紛れるおそれのある類似の商標というべきである。」と判断した。
そして,被告の「現在では,原被告以外にも多数の者が『キューピー』に関連する商標登録を得て,商品化するなどして使用しているという取引の実情も考慮すると,本件商標を指定商品に使用したとしても,引用商標1〜6を付した商品と出所の誤認混同を生ずるおそれはない」旨の主張について,「本件においては,確かに,・・・多くの企業が『キューピー』のキャラクターを商品等の宣伝広告に使用しているものと認められるが,本件商標に係る指定商品である『清涼飲料,果実飲料,乳清飲料,飲料用野菜ジュース』の取引分野についてみると,本件全証拠を検討しても,例えば,商標以外の目印によって出所を識別して取引が行われているとか,あるいは逆に,多くの者が『キューピー』又はこれに類する標章を付した商品を販売しており,『キューピー』の外観の微妙な相違により出所を識別して取引が行われているなどの取引の実情が認められることにより,同一の称呼及び観念を生ずる商標を付した商品について出所の誤認混同を生ずるおそれがないと認めるに足りない。むしろ,上記指定商品に係る商品は,多くの場合,仕入れの段階において,銘柄と数量を指定して,口頭又は文書により取引されるほか,小売店等において,商品名の簡略な表記を付して陳列され,一般消費者によって購入されることが通常の取引態様であることは経験則上明らかであるから,取引過程のあらゆる段階において,上記の取引分野においては,称呼とこれに基づく表記が商品の出所を判断する上での重要な要素となるものであることは明らかである。」として排斥した。
その上で,「本件商標は,その登録出願の日前の登録出願に係る他人の登録商標である引用商標1〜6と類似する商標であって,その商標登録に係る指定商品又はこれに類似する商品について使用するものとして出願された商標であるから,商標法4条1項11号に基づいて商標登録を受けることができないものであり,その登録は同号に違反してされたものといわざるを得ない。」と判断した。
4 その他の被告の主張について
(1) 商標法29条に基づく主張
本判決は,被告の「引用商標1,2,5及び6は,ローズ・オニールが創作したキューピー人形を原告が独自に図案化して商標登録出願をしたものであり,同出願の日前に生じていたローズ・オニールの著作権と抵触するものであるから,原告がこれらの引用商標を使用して無効審判請求及び審決取消訴訟の提起をすることは商標法29条に違反する」旨の主張について,「商標法29条は,『商標権者・・・は,指定商品・・・についての登録商標の使用がその使用の態様により・・・その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは,指定商品・・・のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。』と規定し,商標法における(商標を含む)標章の『使用』態様については,同法2条3項1〜8号に限定的に列挙されているところ,無効審判請求及び審決取消訴訟の提起は,上記各号所定の行為のいずれにも該当しないから,著作権との抵触の有無を論ずるまでもなく,商標法29条に基づく被告の主張は失当である。なお,商標法29条は,商標権者の商標の使用を商標登録出願前の出願や発生に係る他人の権利と抵触しない範囲に限定することにより,商標権と他の権利との調整を図る規定であり,商標権者が類似する他人の商標登録の無効を請求する場合である本件に類推すべき基礎となる事情も認められない。」として排斥した。
(2) 権利濫用の主張
本判決は,被告の「ローズ・オニールの著作物である『キューピー』の著名性を引用商標1〜6において無償で利用している原告が,『キューピー』の著作権を譲り受けた上,本件商標の登録を受けた被告に対してその無効を主張することは,公正な競争秩序に反するものであり,権利の濫用である」旨の主張について,以下のように判示して排斥した。
「商標法は,・・・著作権等との抵触を調整する規定を置いた上,同法46条において,商標登録を無効とすることについて審判を請求することができる旨定め,そのための要件として無効理由を規定しているところ,無効審判請求の主体について商標法上の明示の制限はない。そして,商標法は商標登録について先願主義を採用しているから,ある登録商標の商標権者が,当該登録商標は引用商標と類似の商標であるとの無効理由(商標法4条1項11号所定の無効理由)を回避するためには,先願の地位を有する引用商標の商標登録について無効審判請求をし,これを無効としなければならないことになるが,他人の著作権と抵触することは商標登録の無効理由とはされていない。
そうすると,商標法上,他人の著作権に抵触する商標であっても,これが一旦登録されれば,抵触の一事をもって無効とされることはないのであり,このような商標も,当該商標登録出願の日より後の出願に係る商標との関係では,引用商標となり得るのであり,引用商標の商標権者が,商標法4条1項11号違反を無効理由として,これと類似の商標に係る商標登録の無効審判請求をすることに商標法上の問題はない。
ところで,商標法4条1項11号は,同一又は類似の商標が複数登録されてしまった場合において,これらが同一又は類似の商品等に使用されれば,取引者・需要者において商品等の出所について誤認混同が生じ,商標使用者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発展に寄与し,あわせて需要者の利益を保護するという商標法の目的が達せられなくなることから,これを登録障害事由として規定し,同様の趣旨で同法46条1項1号において無効理由とされているものと考えられる。そして,このような場合において,商品等の出所について誤認混同が生じないようにするためには,無効審判請求に係る商標登録か引用商標に係る商標登録のいずれか一方を無効とする必要があるところ,商標法においては,上記のとおり,後願に係る商標登録についての無効審判請求を待って無効理由の有無を審査し,無効とする制度を採用しているものである。」
「以上を前提として本件についてみると,本件商標が引用商標1〜6と類似の商標であることは上記・・・のとおりであるから,原告が被告に対して本件商標登録が無効であるとの主張をすることが許されないとすれば,原告は本件商標登録の無効審判請求をすることができないこととなり,引用商標1〜6とこれらと類似する本件商標が併存することとなるところ,本件商標と引用商標が共に使用されると,商品の出所について取引者や需要者の間で誤認混同が生じ,商標法の上記目的に反する事態を招く可能性を否定することはできない。
また,弁論の全趣旨によると,原告は,ローズ・オニール又はその遺産財団よりキューピーの著作権の譲渡を受けた被告から,キューピーのキャラクターの使用について許諾を受けていないと認められるものの,ローズ・オニールのキューピーについての著作権は既にその保護期間を経過していると認められる。
さらに,弁論の全趣旨並びに上記・・・で認定したところによると,原告がキューピーのキャラクターをマヨネーズの宣伝広告に数十年の長期にわたり継続的に使用してきたことにより,我が国において『キューピーマヨネーズ』が極めて著名となったことから,『キューピー』の称呼及び観念を生じる引用商標1〜6は,本件商標の指定商品について格別の自他識別力を獲得するに至っていると認められる。」
「上記・・・のとおりの商標法が採用する制度を前提として,上記・・・の各事情を考慮すると,本件において,被告がローズ・オニールに由来する著作権に基づいて引用商標1〜6に係る商標登録を無効とすることが困難であることを考慮しても,商標法に適合する原告の無効審判請求及びその審決に対する本件取消訴訟の提起が権利の濫用であって許されないとした上,取引者や需要者の間で誤認混同を生じるおそれを発生させることとなってもやむを得ないとすることはできないというべきである。」
- 参照法条
- 全文