裁判例結果詳細
最高裁判所判例集
- 事件番号
平成20(行ケ)10458
- 事件名
審決取消請求事件
- 裁判年月日
平成21年5月29日
- 法廷名
知的財産高等裁判所
- 裁判種別
- 結果
- 判例集等巻・号・頁
- 原審裁判所名
- 原審事件番号
- 原審裁判年月日
- 判示事項
- 裁判要旨
判決年月日平成21年5月29日担知的財産高等裁判所 第3部
当
事件番号
平成20年(行ケ)第10458号部○ 審査官(審判官)が特許法67条の3第1項1号により延長登録出願を拒絶するためには,?「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,?「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことを論証する必要があるとされた事例
○ 特許法68条の2によって,存続期間が延長された場合の特許権の効力の範囲について,「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合,「政令で定める処分」の対象となった「物」とは,当該承認により与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」を意味するとされた事例(関連条文)特許法67条の3第1項1号,68条の2
本件は,「医薬」に係る特許第3677156号(本件特許)の特許権者である原告が,平成17年9月30日に薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認(本件処分)を受けたことを理由として,平成17年12月16日に特許権の存続期間の延長登録の出願をしたが,平成18年8月9日付けで拒絶査定を受けたため,同年9月20日に拒絶査定に対する不服の審判(不服2006-20940号事件)を請求したものの,平成20年10月21日に不成立審決を受けたことから,その審決の取消訴訟を提起したという事案である。
審決の理由の要旨は,本件処分の対象となった医薬品である「パシーフカプセル30mg」(以下「本件医薬品」という。)の「有効成分」は「塩酸モルヒネ」,「効能・効果」は「中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」であるところ,「塩酸モルヒネ」を「中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」に使用する医薬品である「オプソ内服液5mg・10mg」(以下「先行医薬品」という。)が本件処分の前である平成15年3月14日に承認され(以下,この承認を「本件先行処分」という。),同年6月13日に薬価収載され,同年6月26日に販売開始されていることからすれば,「塩酸モルヒネ」を「有効成分(物)」とし,同一の「効能・効果(用途)」を有する医薬品は,本件処分以前に既に承認されていたものであって,当該医薬品の有効成分,効能・効果以外の剤形などの変更の必要上,新たに処分を受ける必要が生じたとしても,本件発明の実施に特許法67条2項の政令で定める処分(以下「政令で定める処分」という。)を受けることが必要であったとは認められないから,本件出願は同法67条の3第1項1号の規定により拒絶すべきである,というものである。
本件判決は,以下のとおり判示して,上記審決を取り消した。
「1 特許法67条の3第1項1号該当性の誤り
(1) 特許法67条の3第1項1号の趣旨等
ア 特許法67条の3第1項1号の要件
特許法67条の3第1項は,柱書きにおいて「審査官は,特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは,その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と,1号において,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,それぞれ規定している。
上記規定によれば,特許権の存続期間の延長登録の出願に関し,同条1号所定の拒絶査定をするための処分要件(要件事実)は,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分(判決注 本件においては,薬事法14条1項所定の医薬品の承認)を受けることが必要であつたとは認められないとき」であり,そのいわゆる主張,立証責任は,あげて,拒絶査定をする被告において負担する。・・・
イ 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨
特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。すなわち,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く・・・。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。」
「そうとすると,・・・審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,?「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,?「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことを論証する必要があるということになる」
(2) 本件事案について
「本件においては・・・原告は,?平成17年9月30日,本件医薬品について,本件処分を受け,同処分によって,本件医薬品の製造等に関する禁止が解除されたこと,また,?本件処分によって禁止が解除された行為が,本件発明の実施に当たる行為を含んでいることについて,先行的に主張していることが認められる。そうすると,上記原告の先行的主張が肯定される場合には,特許法67条の3第1項1号所定の「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」との延長登録出願を拒絶する要件を充足しないことになる。
ところで,本件においては,本件処分の前である平成15年3月14日に,先行医薬品を対象とする本件先行処分がされている。
しかし,本件先行処分の対象となった先行医薬品は,本件発明の技術的範囲に含まれないこと,本件先行処分を受けた者が,本件特許権の特許権者である原告でもなく,専用実施権者又は登録された通常実施権者でもないことは,当事者間に争いがなく,本件先行処分によって禁止が解除された先行医薬品の製造行為等は本件発明の実施行為に該当するものではない。本件においては,本件先行処分が存在するものの,本件先行処分を受けることによって禁止が解除された行為が,本件発明の技術的範囲に属し,本件発明の実施行為に該当するという関係が存在するわけではない。
したがって,本件先行処分の存在は,本件発明に係る特許権者である原告にとって,本件発明の技術的範囲に含まれる医薬品について薬事法所定の承認を受けない限り,本件発明を実施することができなかった法的状態の解消に対し,何らかの影響を及ぼすものとはいえない。」
(3) 小括
上記検討したところによれば,本件先行処分の存在を理由として,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないから,後記の先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての審決の説示の当否にかかわらず,特許法67条の3第1項1号により拒絶すべきであると判断した審決には誤りがあり,この誤りが審決の結論に影響することは明らかである。
「2 先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての誤り
(1) 特許法68条の2の趣旨について
特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。
上記規定は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)」についてのみ及ぶ旨を定めている。これは,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明の技術的範囲が「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲よりも広い場合に,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許権者と第三者の公平を欠くことになるからである。・・・
(2) 「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合における「政令で定める処分」の対象となった「物」について
薬事法14条1項が,「医薬品・・・の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定しており,同項に係る承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(薬事法14条2項3号参照。なお,平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条2項柱書きでは,審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用等」とされている。)とされていること,薬事法14条9項が,「第一項の承認を受けた者は,当該品目について承認された事項の一部を変更しようとするとき(当該変更が厚生労働省令で定める軽微な変更であるときを除く。)は,その変更について厚生労働大臣の承認を受けなければならない。この場合においては,第二項から前項までの規定を準用する。」と規定していること(なお,平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条7項の規定も同じ。)に照らすならば,薬事法上の「品目」とは,形式的には,上記の各要素によって特定されたそれぞれの物を指し,それぞれを単位として,承認が与えられるものというべきである。
次に,特許法68条の2によって,存続期間が延長された場合の特許権の効力の範囲を特定する要素について,実質的な観点から,詳細に検討する。
まず,品目を構成する要素のうち,「名称」は医薬品としての客観的な同一性を左右するものではない。また,「副作用その他の品質」,「有効性」及び「安全性」は,医薬品としての客観的な同一性があれば,これらの要素もまた同一となる性質のものであるから,特定のための独立の要素とする必要性はない。・・・さらに,「用法」,「用量」,「使用方法」,「効能」,「効果」,「性能」は,「用途発明」における「用途」に該当することがあり得るとしても・・・,客観的な「物」それ自体の構成を特定するものではない。
したがって,「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合,「政令で定める処分」の対象となった「物」とは,当該承認により与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」を意味するものというべきである。
以上のとおり,特許発明が医薬品に係るものである場合には,その技術的範囲に含まれる実施態様のうち,薬事法所定の承認が与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施,及び当該医薬品の「用途」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施についてのみ,延長された特許権の効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,技術的範囲の通常の理解に照らして,当然であるといえる。)。
(3) 被告の主張に対する判断
・・・
(4) 小括
以上のとおり,特許法68条の2にいう「政令で定める処分の対象」となった「物」を「有効成分」であるとしてした審決の判断には,誤りがある。」
※ なお,知的財産高等裁判所平成20年(行ケ)第10459号,同第10460号事件の判決要旨も,上記と同様である。
- 参照法条
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