裁判例結果詳細
最高裁判所判例集
- 事件番号
平成31(ネ)10003
- 事件名
特許権侵害差止等請求控訴事件
- 裁判年月日
令和2年2月28日
- 法廷名
知的財産高等裁判所
- 裁判種別
- 結果
- 判例集等巻・号・頁
- 原審裁判所名
大阪地方裁判所
- 原審事件番号
平成28(ワ)5345
- 原審裁判年月日
- 判示事項
- 裁判要旨
特 判決年月日 令和2年2月28日 担
許 当 知財高裁特別部
権 事 件 番 号 平成31年(ネ)第10003号 部
○ 特許法102条1項所定の「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,
侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品,すなわち,侵害品と 市
場において競合関係に立つ特許権者の製品であれば足りる。
○ 特許法102条1項所定の「単位数量当たりの利益の額 」は,特許権者の製品の売
上高から,特許権者において上記製品を製造販売 することによりその製造販売に直接関
連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は
特許権者側にある。
○ 特許法102条1項に基づき特許権侵害による損害を算定する場合において,①特
許発明が,回転体,支持軸,軸受け部材及びハンドル等の部材から構成される美容器の,
軸受け部材と回転体の内周面の形状に特徴のある 発明であること,②特許 発明を実施し
た特許権者の製品は,支持軸に回転可能に支持された一対のローリング部を肌に押し付
けて回転させることにより,肌を摘み上げ,肌に対して美容的作用を付与 しようとする
美容器であり,上記の特徴のある部分は同製品の一部分であること,③同製品のうち大
きな顧客誘引力を有する部分は,ローリング部の構成であって,特許 発明 の特徴部分が
特許権者の製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないことなど判示の事
情の下では,特許 発明を実施した特許権者の製品において,特許 発明の特徴部分がその
一部分にすぎないとしても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が
特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるが, 特徴部分の特許権者の製品にお
ける位置付け,特許権者の製品が特 徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など
の事情を総合考慮すると,事実上の推定が約6割覆滅され,これを限界利益から控除す
べきであるとされた事例
○ 特許法102条1項 所定の「実施の能力」は,潜在的な能力で足り,生産委託等の
方法により,侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合 は実
施の能力があるというべきであり,その主張立証責任は特許権者側にある。
○ 特許法102条1項 ただし書所定 の「特許権者が販売することができないとする事
情」は,侵害行為と特許権者の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい,
例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること( 市場の非同一
性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),
④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許 発明以外の特徴)に相違が
存在することなどの事情が これに該当し,上記 の事情及び同事情に相当する数量 の主張
立証責任は,侵害者側にある。
(事件類型)損害賠償請求事件 (結論)原判決変更
(関連条文)特許法102条1項,民法709条
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(関連する権利番号等)特許第5356625号,特許第5847904号
判 決 要 旨
1 事案の概要
(1) 本件は, 発明の名称を「 美容器」とする 本件特許権1(登録番号:特許第5356
625号)及び本件特許権2(特許第5847904号)を有する一審原告が,一審被告
に対し,一審被告が被告製品(「ゲルマ ミラーボール美容ローラー シャイン」という
名称の美容器等9種類の美容器)の販売等をすることは,上記各特許権を侵害すると主張
して,その差止め,廃棄及び特許法102条1項の損害金5億円(一部請求)の支払を求
めた事案である。
(2) 本件の争点は,以下のとおりである。
ア 被告製品は,本件発明1の技術的範囲に属するか。
イ 本件特許1は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
ウ 被告製品は,本件発明2の技術的範囲に属するか。
エ 本件特許2は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
オ 一審原告の損害額
(3) 原審は,被告製品の販売等は,本件特許権2を侵害するとして,被告製品の販売等
の差止め,廃棄を認めるとともに,損害賠償請求の一部を認めた。
原審は,特許法102条1項の損害額の算定に当たって,原告製品の単位数量当たりの
利益の額に被告製品の譲渡数量を乗じた額から,同項ただし書の事情として5割を控除し,
さらに,寄与度を考慮して9割の減額をした。
(4) 一審原告及び一審被告の双方が,原審の判断を不服として控訴を提起した。なお,
一審原告は,控訴審において,損害賠償金額を3億円から5億円に拡張した。
2 本判決の概要
本判決は,被告製品は,本件 発明1の技術的範囲に属しないから,その販売等は本件特
許権1を侵害しないが,本件特許権2を侵害するとして,被告製品の販売等の差止め 及び
廃棄を認めたほか,本件特許権2の侵害による特許法102条1項の損害額を4億400
6万円と認定し,損害額についての原審の判断を変更した。
本判決の損害論についての判断の概要は,以下のとおりである。
(1) 特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害
賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,特許法102条1項本文
において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」
という。)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額
を乗じた額を,特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし,同項ただし書において,譲
渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情
を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定し
て,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,よ
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り柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
(2) 侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額
ア 侵害行為がなければ販売することができた物
「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量
に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と 市場において競合関係に立つ特許
権者等の製品であれば足りるところ,原告製品は, 本件発明2の実施品であるから,「侵
害行為がなければ販売することができた物」に当たることは明らかである。
イ 単位数量当たりの利益の額
(ア) 特許法102条1項所定の「単位数量当たりの利益の額」は,特許権者等の
製品の売上高から,特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売
に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証
責任は特許権者側にあるものと解すべきである。
一審被告は,原告製品の売上高から,一審原告の全ての費用を,一審原告の全製品に対
する原告製品の売上比率に従って控除すべきであると主張する。
しかし,特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の
損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,侵害者の譲渡した物
の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たり
の利益額を乗じた額を上記の損害額としたものである。このように,同項の損害額は,侵
害行為がなければ特許権者等が 販売できた特許権者等の製品についての逸失利益であるか
ら,同項の「単位数量当たりの利益の額」を算定するに当たっては,特許権者等の製品の
製造販売のために直接関連しない費用を売上高から控除するのは相当ではなく,管理部門
の人件費や交通・通信費などが,通常,これに当たる。また,一審原告は,既に,原告製
品を製造販売しており,そのために必要な既に支出した費用(例えば,当該製品を製造す
るために必要な機器や設備に要する費用で既に支出したもの)も,売上高から控除するの
は相当ではないというべきである。
(イ) 本件発明2は,回転体,支持軸,軸受け部材,ハンドル等の部材から構成さ
れる美容器の発明であるが,軸受け部材と回転体の内周面の形状に特徴のある 発明(以下,
この部分を「本件特徴部分」という。)であるところ,原告製品は,支持軸に回転可能に
支持された一対のローリング部を肌に押し付けて回転させることにより,肌を摘み上げ,
肌に対して美容的作用を付与しようとする美容器であるから,本件特徴部分は,原告製品
の一部分であるにすぎない。
特許発明を実施した特許権者 等の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にす
ぎない場合であっても,特許権 者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権
者等の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。
そして,原告製品にとっては,ローリング部の良好な回転を実現することも重要であり,
そのために必要な部材である本件特徴部分すなわち軸受け部材と回転体の内周面の形状
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も,原告製品の販売による利益に相応に貢献しているものといえる。
しかし,原告製品は,一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより,
皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器であるから,原告製品のうち大きな
顧客誘引力を有する部分は,ローリング部の構成であるものと認められ,また,原告製品
は,ソーラーパネルを備え,微弱電流を発生させており,これにより,顧客誘引力を高め
ているものと認められる。これらの事情からすると, 本件特徴部分 が原告製品の販売によ
る利益の全てに貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる限界利
益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,
上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。
上記の本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備 え
ている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程
度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。
以上より, 原告製品の「単位数量当たりの利益の額」の算定に 当たって は,原告製品全
体の限界利益の額である5546円から,その約6割を控除するのが相当であり,原告製
品の単位数量当たりの利益の額は,2218円(5546円×0.4≒2218円)とな
る。
(3) 実施の能力に応じた額
ア 特許法102条1項の「実施の能力」は,潜在的な能力で足り,生産委託等の方
法により,侵害品の販売数量に 対応する数量の製品を供給することが可能な場合も実施の
能力があるものと解すべきであり,その主張立証責任は特許権者側にある。
イ 一審原告は,毎月の平均販売個数に対し,約3万個の余剰製品供給能力を有して
いたと推認できるのであるから,この余剰能力の範囲内で月に平均2万個程度の数量の原
告製品を追加して販売する能力を有していたと認めるのが相当である。
したがって,一審原告には,一審被告が販売した被告製品の数量の原告製品を販売する
能力を有していたと認められる。
(4) 販売することができないとする事情
ア 特許法102条1項ただし書は,侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数
量を特許権者が販売することができないとする事情(以下「販売できない事情」という。)
があるときは,販売できない事情に相当する数量に応じた額を控除するものとすると規定
しており,侵害者が,販売できない事情として認められる各種の事情及び同事情に相当す
る数量に応じた額を主張立証した場合には,同項本文により認定された損害額から上記数
量に応じた額が控除される。
「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少と
の相当因果関係を阻害する事情をいい,例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等
に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営
業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン
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等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当する。
イ 一審被告は,販売できない事情として,① 原告製品と被告製品の価格の差異や販
売店舗の差異,②競合品が多数存在すること,③被告製品における軸受けの製造費用は全
体の製造費用の僅かな部分を占めるにすぎないこと,④軸受けの 部分は外 見上認識するこ
とができず,代替技術が存すること,⑤原告製品は,微弱電流を発生する機構を有してい
るが,被告製品はそのような機構を有していないこと,⑥一審被告の営業努力を主張する。
上記①については,原告製品は,比較的高額な美容器であるのに対し,被告製品は,原告
製品の価格の8分の1 ないし 5分の1程度の廉価で販売されていることからすると,被告
製品を購入した者は,被告製品が存在しなかった場合には,原告製品を購入するとは必ず
しもいえないというべきであるから,価格の差異を販売できない事情として認めることが
できるが,販売態様の差異は,販売できない事情として認めることはできない,②につい
ては,証拠上,本件侵害期間(平成27年12月4日 ないし平成29年5月8日)に,市
場において,原告製品と競合関係に立つ製品が販売されていたと認めるに足りないから,
この点を,販売できない事情と認めることはできない ,③については,既に原告製品の単
位数量当たりの利益の額の算定に当たって考慮しているのであるから,重ねて, これを販
売できない事情として考慮する必要はない,④については,被告製品及び原告製品のいず
れにも当てはまる事情であるから,同事情の 存在によって,被告製品がなかった場合に,
被告製品に対する需要が原告製品に向かわなくなるということはできず,したがって,こ
れらの事情を販売できない事情と認めることはできない,⑤については,同事情は,被告
製品は,原告製品に比べ顧客吸引力が劣ることを意味するから,被告製品が存在しなかっ
た場合に,その需要が原告製品に向かうことを妨げる事情とはいい難く,したがって,販
売できない事情として認めることはできない,⑥については,証拠上,一審被告に,販売
できない事情と認めるに足りる程度の営業努力があったとは認められない。
そして,上記①について,原告製品及び被告製品の上記の価格差は小さいとはいえない
ことからすると,同事情の存在による販売できない事情に相当する数量は小さくはないも
のと認められる。一方で,上記両製品は美容器であるところ,美容器という商品の性質か
らすると,その需要者の中には,価格を重視せず,安価な商品がある場合は同商品を購入
するが,安価な商品がない場合は,高価な商品を購入するという者も少なからず存在する
ものと推認できるというべきである。また,原告製品は,ローラの表面にプラチナムコー
トが施され,ソーラーパネルが搭載され て,微弱電流を発生させるものであるから,これ
らの装備のない被告製品に比べてその品質は高いということができ,したがって,原告製
品は,その販売価格が約2万4000円であるとしても,3000円ないし5000円程
度の販売価格の被告製品の需要者の一定数を取り込むことは可能であるというべきであ
る。以上からすると,原告製品及び被告製品の上記価格差の存在による販売できない事情
に相当する数量がかなりの数量になるとは認められない。 以上の事情を考慮すると,この
販売できない事情に相当する数量は,全体の約5割であると認めるのが相当である。
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(5) 本件発明2の寄与度を考慮した損害額の減額の可否について
仮に,一審被告の主張が,これらの控除とは別に,本件発明2が被告製品の販売に寄与
した割合を考慮して損害額を減額すべきであるとの趣旨であるとしても,これを認める規
定はなく,また,これを認める根拠はないから,そのような寄与度の考慮による減額を認
めることはできない。
(6) 損害額
特許法102条1項による 一審原告の損害額は,被告製品の譲渡数量35万1724個
のうち,約5割については販売することができないとする事情があるからその分を控除し ,
控除後の販売数量を原告製品の単位数量当たりの利益額2218円に乗じることで,3億
9006万円(2218円×35万1724個×0.5≒3億9006万円)となる。
一審被告による本件特許権2の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は,認容額,
本件訴訟の難易度及び一審原告の差止請求が認容されていることを考慮して,5000万
円と認めるのが相当である。
したがって,一審原告の損害額は,合計で4億4006万円となる。
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- 参照法条
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