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下級裁裁所 裁判例速報

事件番号

 平成15(ワ)4703

事件名

 損害賠償請求事件

裁判年月日

 平成18年10月25日

裁判所名・部

 横浜地方裁判所  第5民事部

結果

原審裁判所名

原審事件番号

原審結果

判示事項の要旨

 (判示事項の要旨)
児童福祉法による認可を受けていない保育施設において暴行により園児を死亡させた施設設置管理者(以下「施設長」という。)に対する不法行為による損害賠償請求について,施設長の殺意を否定したが傷害の不法行為を認定した上で,消滅時効の抗弁を排斥し,請求の一部を認容した事例。
 施設長の暴行により園児が死亡したことについて,県知事には児童福祉法に基づく上記保育施設に対する事業停止又は施設の閉鎖命令等の規制権限の不行使の違法があるとして争われるとともに,県警察には施設長の逮捕,検挙等を怠った不作為の違法あるとしてが争われた国家賠償請求について,施設長による暴行,虐待によって園児の生命,身体に対し危害が加えられる危険性を予見することができたとはいえず,上記各不作為に国家賠償法上の違法性を認めることはできないとして,請求を棄却した事例。
(判 決 要 旨)
1 本件事案の概要
 本件は,被告乙川が経営する認可外保育施設「丙保育ルーム」に通園していた当時2歳であった原告らの子が,平成12年2月18日,被告乙川から同園内で暴行を受けた結果死亡したことについて,原告らが,被告乙川に対し,被告乙川が殺意をもって原告らの子を死亡させたとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告神奈川県に対し,神奈川県県知事(児童福祉課)には当時の児童福祉法に基づく認可外保育施設に対する監督権限を行使せず閉鎖命令などの処分を怠った不作為の違法があるとして,また,被告神奈川県α署には適切な捜査の遂行及び被告乙川の逮捕,検挙を怠った不作為の違法があるとして,国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,各5000万円の連帯支払を求めた事案である。
2 被告乙川に対する請求についての判断
 被告乙川が殺意をもって原告らの子を死亡させたことは認定できないが,被告乙川は原告らの子に対し傷害行為を加えて死亡させたものであって,この被告乙川の不法行為により原告らが被った損害の合計額は,各3294万8695円と認められる。被告乙川の主張する消滅時効の抗弁は認められない。
 したがって,原告らの被告乙川に対する請求は,上記各金員の支払を求める限度で理由がある。
3 被告神奈川県に対する請求についての判断
 (1) 被告神奈川県知事(児童福祉課)の権限不行使の違法性の有無
 本件事件発生当時までに,被告乙川は複数の園児に対し虐待,暴行をしており,被告乙川の暴行により本件保育施設の園児の生命,身体に対し重大な危害が加えられる危険性が存在し,かつ,その危険が切迫していたと認められる。しかし,被告神奈川県児童福祉課は,本件事件発生当時までの関係者からの通報,これに基づく立入調査等の結果によっても,上記危険性を高度のがい然性をもって認識し得る状況にあったとはいえず,この危険性を本件事件発生時までの各時点において具体的に予見し又は予見し得たものとはいえない。また,本件当時の児童福祉法59条3項の規定では児童福祉施設の事業停止又は施設の閉鎖を命ずるためには神奈川県児童福祉審議会の意見聴取が必要とされていたが,神奈川県児童福祉課は上記意見聴取の手続において提示するべきである被告乙川による園児に対する虐待を相当程度に疑うに足りる疎明資料を本件事件発生時までに得ていなかったこと等の諸事情からすると,本件当時の児童福祉法の趣旨,目的やその権限の性質に照らし,被告神奈川県知事(児童福祉課)が本件保育施設に対する事業停止又は施設閉鎖命令の権限を行使しなかったことが著しく不合理であったとまでいうことはできず,その不行使に国家賠償法上の違法性を認めることはできない。
 (2) 被告神奈川県α署の権限不行使の違法性の有無
 α署は,平成11年4月に本件保育施設の園児の母親からの虐待の通報により初動捜査をしたが,これによっても被害事実を確定することが困難であった。また,平成11年7月には本件保育施設の近隣の保育施設の園長等から本件保育施設における虐待の通報がされたが,その一部は上記通報と同じものであり,その他は園児に対する暴行を内容とするものではなかった。さらに,平成12年2月4日に本件保育施設在園中の他の園児が死亡する事件が発生し,病院からα署に通報がなされたが,同日から原告らの子が死亡した同月18日までの時点では,α署は被告乙川から事情を聴取するなどの捜査を行ったが,司法解剖によっても上記園児の死因が不明であり,被告乙川の上記園児に対する傷害致死の犯行の容疑を裏付けるに足りる証拠を十分に収集することができなかった。これらのことからすると,α署が,上記各時点で,被告乙川が園児の生命,身体に対し加害行為を行う危険性の存在及びその切迫性を具体的に予見することが可能であったとはいえず,α署が本件事件以前に被告乙川を検挙等しなかったという権限不行使について国家賠償法上の違法性を認めることはできない。
 (3) したがって,原告らの被告神奈川県に対する請求は理由がない。

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