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下級裁裁所 裁判例速報

事件番号

 平成28(ラ)677

事件名

 仮処分命令認可決定に対する保全抗告事件

裁判年月日

 平成29年3月28日

裁判所名・部

 大阪高等裁判所  第11民事部

結果

原審裁判所名

 大津地方裁判所

原審事件番号

 平成28(モ)12

原審結果

判示事項の要旨

 1 原子力発電所の安全性に対する審理・判断方法について
(1) 原子力発電所の安全性及びその審査に関する法制度によれば,原子力発電所が原子力規制委員会の定めた安全性の基準に適合しないときは,原子炉等規制法の求める安全性を欠き,設置許可の要件を充足しないのであるから,その運転により周辺住民等の生命,身体及び健康を侵害する具体的危険があるというべきであるところ,人格権に基づく差止請求権の主張立証責任に鑑みれば,本件各原子力発電所が安全性の基準に適合しないことは,運転差止めを求める相手方らに主張立証責任があると解される。
(2) もっとも,抗告人は,本件各原子力発電所の設置者として,設置及び変更の許可を取得しているのであり,安全性の基準に関する科学的・技術的知見を有するとともに,本件各原子力発電所の施設,設備,機器等に関する資料や原子力規制委員会の安全性の審査に関する資料をすべて保有している。このような本件各原子力発電所の安全性の審査に関する科学的・技術的知見及び資料の保有状況に照らせば,まず,抗告人において,本件各原子力発電所が原子力規制委員会の定めた安全性の基準に適合することを,相当の根拠,資料に基づいて主張立証すべきであり,この主張立証が十分尽くされないときは,本件各原子力発電所が原子炉等規制法の求める安全性を欠き,相手方らの生命,身体及び健康を侵害する具体的危険のあることが事実上推認されると解される。
 一方,抗告人において本件各原子力発電所が安全性の基準に適合することの主張立証を尽くしたと認められるときは,相手方らにおいて,原子力規制委員会の策定した安全性の基準自体が現在の科学的・技術的知見に照らして合理性を欠き,又は,本件各原子力発電所が安全性の基準に適合するとした原子力規制委員会の審査及び判断が合理性を欠くことにより,本件各原子力発電所が安全性を欠くことを主張立証する必要がある。
2 地震に対する安全確保対策(基準地震動策定)について
 抗告人は,原子力規制委員会の定めた安全性の基準(新規制基準)の要求を踏まえ,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の策定において,地震発生状況や活断層の分布状況等を詳細に調査・分析して検討用地震(FO-A~FO-B~熊川断層及び上林川断層)を選定した上,検討用地震ごとの「応答スペクトルに基づく地震動評価」及び「断層モデルを用いた手法による地震動評価」について,地域的な特性を考慮し,不確かさを踏まえて,耐震安全性を確保ないし確認するための基準となる地震動(基準地震動)を策定し,「震源を特定せず策定する地震動」の策定において,地震ガイドの例示を参考として検討対象地震を選定し,上記同様に,地域的な特性を考慮し,不確かさを踏まえて,地震動(基準地震動)を策定した。このようにして抗告人が策定した基準地震動Ss-1~Ss-7の応答スペクトルのうち,最大加速度は,水平方向が基準地震動Ss-1の700ガル,鉛直方向が基準地震動Ss-6の485ガルである。原子力規制委員会は,抗告人が行った基準地震動の策定が新規制基準に適合していることを確認した。抗告人は,本件各原子力発電所の「基準地震動策定」に関する新規制基準適合性について,相当の根拠及び資料に基づいて疎明したものといえる。
 抗告人が基準地震動の策定に当たって用いた松田式,入倉・三宅式等の関係式や「震源断層を特定した地震の強震動予測手法『レシピ』」は,震源断層の詳細な調査結果等をもとに強震動計算を行う一連の手法として,原子炉設置(変更)許可の審査等において,その合理性が検証され広く用いられているものであり,抗告人がこれらの手法に基づいて策定した基準地震動が過小であるとはいえない。基準地震動の策定に関する新規制基準の定めが合理性を欠くとも認められない。
3 地震に対する安全確保対策(耐震安全性)について
  抗告人は,新規制基準の施行を受けて新たな基準地震動を策定したことに伴い,耐震安全性を強化するため約830箇所に及ぶ耐震補強工事を実施した上で,耐震重要施設である「安全上重要な設備」について,基準地震動に対する地震応答解析及び応力解析を行い,その結果得られた評価値が基準・規格等に基づいて定められている評価基準値(許容値)を下回ることを確認した。また,その他の設計基準対象施設についても,耐震重要度に応じて,応力解析を行って耐震安全性を確認した。原子力規制委員会は,本件各原子力発電所の耐震安全性が新規制基準に適合していることを確認した。抗告人は,本件各原子力発電所の「耐震安全性」に関する新規制基準適合性について,相当の根拠及び資料に基づいて疎明したものといえる。
 新規制基準による設計基準対象施設の耐震重要度の分類及びこれに対応する耐震安全性の評価基準値の定め方について,不合理な点は認められない。
4 津波に対する安全確保対策(基準津波策定)について
   抗告人は既往津波についての文献調査,津波堆積物調査等を実施したが,天正地震を含めて,本件各原子力発電所の安全性に影響を及ぼすような既往津波の記録や痕跡は認められなかった。抗告人は,海上音波探査や現地踏査等の調査を実施した上,同調査結果等に基づき,地震,海底及び陸上地すべり,火山等による津波水位を数値シミュレーションにより算出し,これらの津波の組合せの中から最も水位の影響が大きくなるケースを抽出し,津波計算を行った結果,「若狭海丘列付近断層(福井県モデル)と隠岐トラフ海底地すべり(エリアB)の組み合せ」及び「FO-A~FO-B~熊川断層と陸上地すべり(No.14)の組み合せ」を水位変動量が最も大きくなる波源として選定し,基準津波を策定した。原子力規制委員会は,抗告人が行った基準津波の策定が新規制基準に適合していることを確認した。抗告人は,本件各原子力発電所の「基準津波策定」に関する新規制基準適合性について,相当の根拠及び資料に基づいて疎明したものといえる。
5 津波に対する安全確保対策(津波に対する安全性)について
  抗告人は,基準津波による遡上波が放水口側防潮堤等の設置された敷地に地上部から到達・流入しないこと,海と直接連絡している取水路等の経路から敷地に津波が流入しないこと,海水ポンプが安全機能を保持できること等を確認した。原子力規制委員会は,本件各原子力発電所の津波に対する安全性が新規制基準に適合していることを確認した。抗告人は,本件各原子力発電所の「津波に対する安全性」に関する新規制基準適合性について,相当の根拠及び資料に基づいて疎明したものといえる。
6 その他の安全確保対策について
  その他の安全確保対策(使用済み燃料ピット安全確保対策,原子力燃料安全確保対策,重大事故等対策,外部電源安全確保対策等)についても,抗告人は,新規制基準適合性について,相当の根拠及び資料に基づいて疎明したものといえる。
7 原子力災害対策について
(1) 新規制基準は,深層防護の考え方に基づいて,自然的立地条件に係る安全確保対策及び事故防止に係る安全確保対策(第1層から第3層レベル)に加えて,これらの安全確保対策が奏功しない事態を想定した重大事故等対策(第4層レベル)を講じることを求めており,これらの規制により,炉心の著しい損傷等を防止する確実性は高度なものとなっている。
原子力災害対策は,深層防護の第5層のレベルとして,第1層ないし第4層のレベルの安全確保対策及び重大事故等対策が十分に講じられた原子力発電所において,炉心の著しい損傷が生じ,原子炉格納容器が大規模破損するなどして放射性物質が周辺環境へ異常放出される事態が生じた場合をあえて想定し,このような場合に,周辺環境へ異常放出される放射性物質からの防護を目的として講じられる対策である。また,避難計画を含む原子炉災害対策は,原子力事業者だけではなく,国及び地方公共団体が主体となり,相互に連携・協力して,それぞれの立場からの責務を果たすことにより適切に実施されるべきものといえる。
以上によれば,新規制基準が,深層防護の第1層から第4層のレベルまでを規制の対象とし,第5層のレベルに当たる原子力災害対策を規制の対象としなかったことが不合理であるとはいえない。
(2) 本件各原子力発電所の原子力災害対策については,福井エリア地域原子力防災協議会において,国,地方公共団体及び抗告人の各対応,自衛隊,警察等の関係機関の各役割等が「高浜地域の緊急時対応」として取りまとめられ,抗告人は,住民等の移動手段の確保,避難退域時検査や除染時の支援,放射線防護資機材の支援,緊急時モニタリングの実施等の取組みを実施している。また,「高浜地域の緊急時対応」については,その検証を目的として行われた避難訓練の結果に基づいて,より合理性・実効性のあるものに改善するための取組みも行われている。これらの避難計画等の原子力災害対策については,様々な点において未だ改善の余地があり,現に避難訓練を踏まえた改善策等が検討されているものの,その取組み姿勢や避難計画等の具体的内容は適切なものであり,不合理な点があるとは認められない。
8 福島第一原子力発電所事故について
  福島第一原子力発電所事故については,設備の具体的な損傷状態や損傷の原因等について一部未解明な部分が残されているものの,各事故調査委員会等の調査結果により,事故の発生及び進展に関する基本的な事象は明らかにされている。そして,これらの調査結果から得られた教訓を踏まえ,原子力安全委員会及び原子力安全・保安院や原子力規制委員会(検討チーム)において,最新の科学的・技術的知見に基づいて,基準地震動や基準津波の評価,建築物・構造物及び機器・配管系の耐震安全性や津波に対する安全性,重大事故等対策などの検討が重ねられ,新規制基準が策定された。
 以上によれば,新規制基準が福島第一原子力発電所事故の原因究明や教訓を踏まえていない不合理なものとはいえない。
9 結論
以上によれば,本件各原子力発電所の安全性が欠如していることの疎明があるとはいえないから,本件仮処分命令申立てについて,被保全権利の疎明があるとはいえず,保全の必要性について判断するまでもなく,本件仮処分命令申立ては理由がない。
したがって,本件仮処分決定は相当でなく,これを認可した原決定及び本件仮処分決定を取り消し,本件仮処分命令申立てを却下すべきである。

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