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下級裁裁所 裁判例速報

事件番号

 令和3(ネ)77

事件名

 憲法53条違憲国家賠償請求控訴事件

裁判年月日

 令和4年1月27日

裁判所名・部

 広島高等裁判所  岡山支部  第2部

結果

 棄却

原審裁判所名

 岡山地方裁判所

原審事件番号

 令和30(ワ)163

原審結果

判示事項の要旨

 1 事案の概要
 本件は,他の衆議院議員119名と連名で平成29年6月22日に憲法53条後段に基づく臨時会召集決定を要求(本件召集要求)した衆議院議員である控訴人が,被控訴人に対し,内閣を加害公務員として,内閣が合理的期間内に召集を決定すべき義務に違反して本件召集要求後98日が経過するまで臨時会の召集を怠る加害行為(本件懈怠)をしたことによって,国会議員の権能行使を侵害されたと主張して,国家賠償法(国賠法)1条1項に基づき,慰謝料等110万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 争点に対する判断
憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合において,内閣は,個々の国会議員に対し,国賠法1条1項適用上の職務上の法的義務として,臨時会の召集を行うことを決定する義務を負うか。
 (1) 憲法53条後段の個々の国会議員における私益性の有無
   国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するから,内閣がした本件懈怠が同項の適用上違法となるかどうかは,憲法53条後段に基づく臨時会召集要求を受けた内閣の行動が,個別の国民すなわちこれに参加した各個別の国会議員に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題である。当該各個別の国会議員の権利又は法律上保護された利益が侵害されたといえなければ,内閣が,当該各個別の国会議員との関係で職務上の法的義務に違反したということはできない。したがって,控訴人は,他の衆議院議員らとした本件召集要求をもって,主観的利益である国賠法上保護される権利利益を有するといえるかが問題となる。
憲法は,天皇が内閣の助言と承認によって国会を召集することとしているから(憲法7条2号),国会が国会として活動する会期を開始するためには召集を要するところ,憲法上定められている定期の常会(憲法52条),衆議院解散後の特別会(憲法54条1項)及び臨時の必要による臨時会(憲法53条)のうち,前2者は国会自身をして必要に応じた自律的な会期を開始するに足りる規定とはいえない。そこで,憲法53条は,まず,前段において「内閣は,国会の臨時会の召集を決定することができる」と規定し,天皇の召集に先行する臨時会の召集決定権を内閣総理大臣及びその他の国務大臣によって組織される内閣(憲法66条1項)に帰属させ,内閣による臨時会召集決定によって他律的に会期を開始させることを定めつつ,次いで,後段において「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば,内閣は,その召集を決定しなければならない」と規定し,実質的に国会をして自ら会期を開始して活動できるようにしたものと解される。もっとも,国会自身が自律的に会期を開始すべき行為をしようといっても,当然ながら会期前のことであり,その行為自体は形式的には国会の活動といえないことになる。そこで,憲法53条後段は,「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求」という一部少数の国会議員らによる意思形成の形式(国会法3条参照)を用いることによって,実質的に国会をして自律的に会期を開始させることができるようにしたというべきである。そうすると,憲法53条後段は,国会をして必要に応じて活動しうる権限を与えた趣旨の規定というべきであり,かつ,活動を開始する限りの国会の意思形成としては過半数でなく「4分の1以上」で足りるとすることによって,少数派の尊重をも図ったといえる。かくして,憲法53条は,前段で内閣が他律的に国会の会期を開始させ,後段で国会が自律的に会期を開始するという,内閣と国会の機関相互の権限分配を規定したものと統一的に理解することができる。このように解してこそ,憲法53条前段による臨時会も後段による臨時会も,国会の会期ないし活動として何らの異同もないことを自然に理解できるのであって,内閣が憲法53条後段に基づく臨時会召集要求に応じないときには,国会による自律的な活動の開始を妨げたものとして,国会ひいては全国民(憲法43条1項参照)に対して政治的責任を免れないということもできる。
そうすると,憲法53条後段に基づく臨時会召集要求権は,実質的に国会と内閣という機関相互間の権限の問題であり,これに参加した各個別の国会議員が,召集要求自体において,公益を離れ,あるいは公益に解消されない憲法上保障され又は保護されている権利利益(主観的利益である国賠法上保護される権利利益)を有しないというべきであるから,内閣が控訴人との関係で職務上の法的義務違背を生じることもないというべきである。
 (2) 控訴人の国会活動の侵害の有無
   控訴人は,本件懈怠によって,本件召集要求のほかに,控訴人の職業活動の自由(憲法22条1項),表現の自由(憲法21条)及び参政権(憲法15条)に基づく政治活動の自由の一環である国会活動という憲法上保障され又は保護されている権利利益が侵害されたと主張する。
しかしながら,本件懈怠と直接結びつく権利利益,換言すれば,本件懈怠が直接侵害したといえるのは,控訴人の国会活動ではなく,本件召集要求(憲法53条後段に基づく臨時会召集要求権)である。臨時会召集要求権が実質的に国会の内閣に対する権限であり,これによって召集されるべき臨時会において,控訴人とその余の議員が区別なく活動すること(憲法53条前段による臨時会と後段による臨時会は,国会の会期ないし活動として何らの異同もないこと)は既に説示したとおりであるから,控訴人の憲法53条後段による臨時会における国会活動が,憲法53条前段による臨時会と同様,格別に保護されるものでないことは明らかである。しかも,控訴人が侵害されたと主張する国会活動は,臨時会が召集されたならばなし得たであろう国会活動を指しているにすぎず,そこにおいては,本件召集要求をした議員達の求める事項についての優先的先議権があるわけでもなく,本件召集要求に参加しなかった他の議員達も本件召集要求をした議員達と全く同様の国会活動をすることができるものである。そうすると,控訴人が主張する国会活動の内容は,仮定的ないし抽象的な可能性をいうに留まっているといわざるを得ない。国賠法1条1項は,仮定的ないし抽象的な可能性を保護の対象にするものではないから,内閣が仮定的ないし抽象的な国会活動の可能性を有するに留まる控訴人との関係で職務上の法的義務違背を生じることもないというべきである。
3 結論
  よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとする。

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