裁判例結果詳細
行政事件 裁判例集
- 事件番号
昭和57(行ウ)82
- 事件名
損失補償増額請求事件
- 裁判年月日
平成4年6月26日
- 裁判所名
大阪地方裁判所
- 分野
行政
- 判示事項
1 土地収用法に基づく損失補償と憲法29条3項 2 土地収用法88条にいう「通常受ける損失」の意義 3 土地収用法77条,88条に基づく建物等の物件の移転料に係る補償の内容 4 製薬会社が土地収用に伴い移転する場合において,従前製造許可を得ていた医薬品につき移転先で新たに製造許可を受けてその製造を再開するために移転料等の額を上回る費用が必要であるとしても,同費用の額自体を補償すべき損失と認めることはできないとした事例 5 我が国における医薬品の品質規制(いわゆる「GMP」規制)の実情に即した構造設備を有する製薬工場が土地収用に伴い移転する場合につき,その生産機能を回復するために通常支出を余儀なくされる構造設備の改善費用の運用利益相当額は,土地収用法88条にいう「通常受ける損失」に当たるとした事例 6 製薬工場が土地収用に伴い移転する場合につき,収用委員会の裁決後明渡期限までに設置された機械及び装置の移転料が,土地収用法88条にいう「通常受ける損失」に当たらないとされた事例 7 土地収用法133条に基づく損失補償増額請求の訴えにおいて,収用委員会に対して請求していなかった移転料の補償請求をすることの可否 8 事業認定の告示後に知事の承認を受けることなく設置された物件についての移転料を損失補償の対象とすることの可否 9 事業の用に供されていた土地が収用された場合における土地収用法88条によって補償の対象となる営業上の損失の意義及びその認定方法 10 収用に伴う移転のため,当該企業の生産活動や研究活動が停止ないし縮小を余儀なくされる場合に,固定経費が土地収用法88条にいう「営業上の損失」に当たるとした事例 11 被収用者である製薬会社が起業者である市に対してした土地収用に係る損失補償増額請求が一部認容された事例
- 裁判要旨
1 土地収用法は,憲法29条3項の保障を具体化するものとして損失補償請求権の具体的内容及び確定手続を規定しているから,土地収用法の損失補償に関する諸規定に基づく補償が,憲法29条3項の趣旨に違反し,被収用者の損失に対する正当な補償たり得ないことが明白であるなど,立法府が同条項に基づく正当な補償を実現するための立法に当たっての立法裁量を誤ったものと認められる場合には,別途直接同条項を根拠として補償請求する余地が全くないわけではないとしても,被収用者は,土地収用法を根拠として,同法の定めるところに従ってその損失補償を請求すべきものというべきであるところ,同法が,裁決によって損失補償請求権を確定するとの基本的立法政策の下で,同法71条において損失補償全額について権利取得裁決までの修正率を考慮すれば足りるとしたことは合理的であって,この点に立法裁量の逸脱濫用があるとはいえず,同条は憲法29条3項に違反しない。 2 土地収用法88条にいう「通常受ける損失」とは,収用委員会における裁決の時点に存在する客観的事実を基礎として,客観的社会的にみて,明渡時期に通常採用されるであろう移転先及び移転方法を採用して移転した場合に,被収用者が通常受けるであろうことが予想される損失を意味し,明渡しによって被収用者が現に受けた損失のうち収用と相当因果関係にある損失を意味するものではない。 3 収用地上に建物等の物件がある場合は,土地収用法77条に基づき,当該建物等が移転後においても従前の客観的,財産的価値及び物的機能を失わないように,収用地と建物の関係位置,構造,用途,工費その他の条件を考慮して,適切な移転工法を認定し,これに係る費用の補償をすべきであり,さらに,収用地外の建物等の物件であっても,収用地上の建物等と利用上の不可分一体性が認められるなど,客観的社会的にみて,通常は収用地上の建物等を移転する場合は当該物件をも移転せざるを得ないものと認められる場合には,同法88条に基づき当該物件についても前記と同様に移転に係る費用を補償すべきである。 4 製薬会社が土地収用に伴い移転する場合において,従前の工場を製造所として製造許可を得ていた医薬品につき,移転先の新工場を製造所として新たに製造許可を受けてその製造を再開するために移転料等の額を上回る費用が必要であるとしても,当該費用投下によって,同社はその投下資本に見合う経済的,財産的価値を有する新工場を取得することができるのであるから,同費用の額自体を補償すべき損失と認めることはできないとした事例 5 我が国における医薬品の品質規制(いわゆる「GMP」規制)の実情に即した構造設備を有する製薬工場が土地収用に伴い移転する場合につき,通常移転先において新たに医薬品の製造許可を取得し,製薬工場としての生産機能を回復するために前記品質規制の実情に即した構造設備の改善を行わざるを得ない事情にあったとして,そのために通常支出を余儀なくされるものと認められる構造設備の改善費用についての,収用なかりせば改善を必要としたであろう時期までの期間の運用利益相当額は,土地収用法88条にいう「通常受ける損失」に当たるとした事例 6 製薬工場が土地収用に伴い移転する場合につき,収用委員会の裁決後明渡期限までに設置された機械及び装置の移転料は,裁決時点に存在する客観的事実を基礎として,裁決後明渡時期までに当該機械及び装置の買換えや新設が行われるであろうことが予測されるならば,土地収用法88条に基づく補償の対象となるが,そのようには認め難いとして,同条にいう「通常受ける損失」に当たらないとした事例 7 土地収用法49条2項及び48条3項は,明渡裁決において裁決すべき損失の補償総額について,当事者の申し立てた範囲を超えて裁決することを禁ずるにとどまるものというべきであり,同法上,被収用者は同項所定の書面において物件を特定してその移転料を請求すべき旨を定めた規定のないことをも考慮すれば,被収用者においてそのような請求をしない限り同法88条に基づき物件の移転料の補償を裁判所に対し請求し得ないということはできない。 8 事業認定の効果の及ばない起業地外の土地の利用については,その付随的効果である土地収用法89条の制約が及ばないことはもちろん,起業地上の建物内への機械等物件の設置についても,それが起業地そのものへの物件の設置に当たらない以上,同条の制約は及ばないものというべきであり,当該物件の移転料が同法88条に基づく損失補償の対象たり得ないということはできない。 9 事業の用に供されていた土地が収用された場合においては,収用委員会の裁決時点における被収用者の事業の内容,規模等を前提として,客観的社会的にみて,通常採用されるであろう移転先及び移転方法を採用して移転した場合に,通常被収用者が受けることが予測される営業上の損失が土地収用法88条に基づく補償の対象となり,その認定に当たっては,継続して事業活動を行う企業は,その後の事情変更を予測すべきような特段の事情のない限り,明渡時点において裁決時点ないしその直近数年の平均的営業状態とおおむね変わらない営業状態を維持していると推定するのが相当であるから,原則として,裁決直近又はその直近数年の平均的営業状態を数的に表す事業年度の決算書類を認定資料として,明渡しに伴う営業上の損失金額を算定すべきである。 10 収用に伴う移転のため,当該企業の生産活動や研究活動が停止ないし縮小を余儀なくされる場合には,その活動停止にもかかわらず,毎期固定的に支出が見込まれる経費(固定経費)を補償することを要するなどとして,租税公課,地代家賃等の経費,減価償却費,研究経費,販売費及び一般管理費等につき,その一定割合の操業停止期間に相当する額を,土地収用法88条にいう「営業上の損失」に当たるとした事例 11 被収用者である製薬会社が起業者である市に対してした土地収用に係る損失補償増額請求が,工場移転に伴う生産機能の回復に必要な工場設備の改善費用の運用利益相当額,機械及び装置の移転料並びに営業上の損失相当額について一部認容された事例
- 全文