専門部での経験(その2)

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行政部の裁判官としての仕事

永田 大貴 裁判官
略歴
平成26年1月 富山地裁
平成29年4月 弁護士職務経験(東京)
平成31年4月 東京地裁
令和4年4月 札幌地裁

永田裁判官

行政部について

東京地方裁判所には、行政、商事、労働、知的財産等の「専門部」が複数あります。専門部とは、特定の種類の訴訟しか取り扱わない部署をいいます。行政部では、行政事件訴訟を専門的に取り扱います(ただし、例外的に、行政事件訴訟であっても、他の専門部で取り扱われる種類のものもあります。)。
行政事件訴訟と聞いて、具体的にどのような訴訟を思い浮かべるでしょうか。行政事件訴訟法で定められている訴訟(抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟及び機関訴訟)がこれに当たりますが、例えば、公安委員会が行った運転免許の取消処分についての処分取消訴訟は、抗告訴訟に当たります。また、地方自治法で定められている住民訴訟は、民衆訴訟に当たります。
よく見られる事件の類型を挙げると、所得税や法人税等に関する更正処分の適法性が争われる事件(租税事件)、金融商品取引法に基づく課徴金納付命令の適法性が争われる事件、出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制令書発付処分の適法性が争われる事件、行政機関の保有する情報の公開に関する法律又は各自治体における情報公開条例に基づく行政文書の非開示決定の適法性が争われる事件などがあります。
ここでは、私が所属していたことのある行政部での裁判官の仕事について紹介いたします。

行政部の特徴と魅力

関係する法律の多様性と解釈

私は、裁判官になる前は、法律家を目指すのであれば多くの法律に関わりたいと思っており、特に裁判官は、様々な法律を解釈し、使いこなすエキスパートであるというイメージがありました。そのようなイメージ自体は、裁判官になった今でも、決して間違いではないと思っています。もっとも、実際の民事事件では、それほど多くの種類の法律が関係してくるわけではなく、また、法律の解釈・適用が争点となるというよりは、当事者の提出した証拠から当事者の主張する事実を認定することができるか否かという事実認定が争点となることが、圧倒的に多いのが実情です。
他方、行政事件を担当する裁判官は、上記のようなイメージがしっくりくると感じています。私は、行政部で行政事件を担当し始めてすぐ、行政事件に関係する法律の種類と数の多さに内心驚きました。行政は国民生活や企業活動全般に関係するので、行政が関わる法分野も極めて広範囲にわたります(そもそも、行政は法律に基づいていなければならないのが原則であり〔法律による行政の原則〕、私人の取引行為等が原則として自由であること〔私的自治、契約自由〕と大きく異なります。)。これに伴い、行政事件に関係する法律の種類も極めて多種多様となります。
また、行政事件では、事実認定だけでなく、法律の解釈・適用が争点となることが多いです。例えば、行政庁が、特定の法律解釈に基づき、私人に対して行政処分をしたことについて、その私人が、その法律解釈は誤っていると主張して、行政処分の取消しを裁判所に請求するような事件が多いです。
裁判官が、多種多様な法律を適正に解釈・適用する前提として、その法律に関する判例や文献をリサーチし、その上でその法律の趣旨、目的、構造等を理解・検討することが必要になります。このような作業を要する法律解釈は、法律の研究に近いといえます。法律解釈は、大変で苦労することも多いですが、法律の専門家である裁判官としてのやりがいであるとともに、法律の奥深さもより実感できると思います。

判決による終局とその影響力

民事事件といえば和解による解決を思い浮かべる方は多いと思います。私人間における契約は原則として自由であり、また、将来的な私人間の関係などをも踏まえて、当事者双方が訴訟外又は訴訟上において和解をすることが多く、また、和解が推奨されるということになります。しかし、行政は、法律による行政の原則によって、個別の法律でできることとできないことが決められており、また、平等原則(憲法14条)によって、特定の私人や特定の事件を有利又は不利に扱うことは原則としてできません。このようなこともあり、行政事件においては、和解はほとんどなく、判決で事件が終局するのが一般的です。
通常の民事事件の判決が、取引慣行等に大きな影響を与えることもありますが、あくまで特定の事案における特定の私人間に限った判決になります。他方、行政事件の判決では当該事案における行政処分などが適法か否かを判断することが多いですが、既述のとおり、行政は国民生活や企業活動全般に関係しており、また、法律による行政の原則や平等原則などによって、行政の実務はある程度一貫していることが想定されるため、特定の事案に限った判決であっても、それが行政の実務に及ぼす影響は大きいということになります。
行政事件の判決の影響力を考えれば、責任の重さを痛感しますが、その重さが職務への原動力になると思っています。

行政部での経験を通じて

何が適正な法律解釈なのかを探求し、その結果に基づいて法的な結論を示すことが、裁判官の重要な職務の一つだと思います。行政事件では、このような裁判官の性質が顕著に顕れます。私は、行政部での仕事を通じて、法律とどのように向き合っていくかを再度考えさせられました。それは、今後裁判官としての仕事を続けていく上で大切なことであると思っています。
行政事件は、あくまで裁判官が担当する事件の一類型です。行政事件だけでなく、それ以外にも様々な事件があり、それらの事件を通じても改めて考えさせられることばかりです。裁判官の仕事は、人としてより広く、深く成長することのできる要素が随所に詰まっていると思っています。
この機会に、裁判官の仕事に興味をもっていただければ幸いです。