司法研修所教官からのメッセージ(その1)

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「司法修習のその先にー民事裁判修習を通じて」

樋口 真貴子 民事裁判教官
略歴
平成13年10月 静岡地裁
平成16年4月 横浜地裁
平成21年4月 長野家裁
平成24年4月 東京地裁
平成27年4月 富山家裁
平成30年4月 東京地裁
令和3年3月 司法研修所教官

樋口教官1

はじめに

皆さんは、「民事裁判」を知っていますか。もちろん知っている、という声が聞こえてきそうです。それでは、「裁判官」を知っていますかという質問はどうでしょうか。このホームページの裁判官が書いた記事を読んで、その仕事や人柄を少し知ることができたという方もいるかもしれません。興味を持った皆さんには、さらに進んで、司法修習を自分自身で経験して、「裁判官」を知ってほしいと思います。
司法修習は、法律実務家になるための能力と職業倫理を身に付けるための期間です。そのため1年間の司法修習期間のうち10か月は、裁判所、検察庁、弁護士会で行われる実務修習に当てられます。このページでは、実務修習のうち各地方裁判所で行われる民事裁判修習の一コマを通じて、私なりに考える裁判官の役割についてお話ししたいと思います。皆さんが進路を考える手がかりの一つになることを願っています。

ある民事裁判修習の1日

(私の体験に基づいていますが、創作を交えています。)
私が某地方裁判所の民事部で司法修習を始めて3週間が過ぎた。司法修習生の机も裁判官の執務室にあり、裁判官が仕事をしているすぐ近くで修習をしている。裁判官同士の議論に聞き耳を立てていると、その議論に入れてくれることもあるのが楽しい。
今日は、和解期日を傍聴する予定である。父親の財産をめぐって妹が兄を訴えた事件だ。1週間前に裁判官のAさんから和解案を検討するように言われたときはどう考えればよいかわからず、原告と被告の主張の間をとったような和解案になってしまった。Aさんから「結論の見通しを踏まえて考えましたか」と問われ、あっさり差戻し。
そこで、請求棄却の心証に基づいて和解案を作成したが、今度は、Aさんから「原告の立場も考える必要はないですか」と問われ、再び差戻し。「原告と被告が置かれている背景事情も考えてみては」とヒントをもらって再考することになった。
隣の席の修習生のBさんと一緒に検討していると、途中からAさんも議論に加わった。Aさんからは、当事者が、自分は妥協したくない、相手も妥協するはずがないと思っているような場合でも、第三者の目で、譲れるもの、譲れないものを具体的に整理していくと折り合う点が見付かることもあると聞いた。また、色々と話をしているうちに裁判官の役割や心構えにも話が及び、Aさんの思いを聞くこともできた。Aさんは、民事訴訟に携わる裁判官の役割は、「裁判手続を通じて当事者が生活の平穏を取り戻すこと」と考えており、そのために、裁判手続の枠組みの中でできる解決を、できる限り迅速に行うことを目標としているとのことだった。和解成立時に、当事者がほっとした表情を見せると、やりがいを感じて嬉しいそうだ。
今日の和解期日では、Aさんは、私がAさんに提出した和解案を念頭に置きつつ、当事者の希望を聞きながら進めると言う。私も裁判官になったつもりで、期日に臨むつもりだ。

裁判官の役割

実務修習では、司法修習生は、生きた事件と向き合い、担当の裁判官と質疑応答や意見交換をしながら、修習をしていきます。私自身、20年以上経った今でも、実務修習で裁判官から聞いた言葉は、心に残っています。それらは、その後に裁判官として自分が民事事件に向き合う際の支えにもなっています。
皆さんが司法修習生になった際には、民事事件の紛争解決において、裁判官がどのような役割を担い、一人一人の裁判官がどのような思いで事件と向き合っているのか、実務修習で裁判官の仕事を見たり、裁判官と話をしたりする中で知ってほしいと思います。

おわりに

実務修習を終えた司法修習生から受け取った言葉を紹介します。
「…実務修習において、裁判官には、裁判を通して紛争を解決し、当事者の新しい未来を開く手伝いができるという他に代えがたい役割があることを知りました。裁判官の姿を間近で見るうちに自分もそのような役割を担っていきたいと思うようになりました。…」
皆さんにも、実務修習で、進路選択を決定付けるような良き出会いがあることを願っています。