トップ > 裁判手続案内 > 裁判手続についてのQ&A > 裁判手続 刑事事件Q&A
1. はじめに
最近,テレビの報道やドラマなどで刑事裁判のシーンがしばしば取り上げられていますが,ここでは,Aという人物に関する傷害事件の裁判を例にとって,実際の法廷で刑事裁判がどのように進められているかを御紹介します。刑事裁判は,罪を犯した疑いのある人(被疑者)を検察官が起訴することによって始まります。裁判所は,起訴状に書かれた事実が本当にあったかどうかをいろいろな証拠に基づいて判断し,被告人を有罪と認めたときは,どういう刑罰を科するかを決めます。これが刑事裁判の大まかな仕組みですが,その手続を定めた刑事訴訟法や刑事訴訟規則等の法令には,基本的人権の尊重を理念とする日本国憲法の下,被告人の人権保障を全うしつつ,適正かつ迅速な裁判を実現するための様々な規定が設けられています。
2. 事件発生から起訴まで
Aは,〇年〇月〇日午後11時ころ,甲市内のスナックで,居合わせた外国人客Fの頭を手元にあったビール瓶で殴り付けるなどして,けがを負わせたため,スナックの店長Sの通報で駆けつけた警察官に傷害の現行犯として逮捕されました。警察は,Aを被疑者として取り調べた後,身柄付きで事件を検察庁に送りましたが,検察官はAを釈放したら,逃げたり,証拠を隠したりするおそれがあるとして,Aの身柄をさらに拘束(勾留)するよう,裁判官に請求しました。裁判官は検察官の請求を認めて,Aを10日間勾留する決定を出しました。
検察官は,Aの取調べや,FやSからの事情聴取などを行った結果,Aを起訴することに決めて,起訴状を乙地方裁判所に提出しました。
Aは,知り合いの弁護士Bをこの事件の弁護人として選任しましたが,Bはさっそく,弁護人として裁判官に対して,Aの身柄を保釈するよう請求しました。その結果,裁判官は,保釈のための条件及び保証金額を定めて,これを許可しましたので,弁護人BはAの家族から手渡された保証金を裁判所に納入し,Aは釈放されました。
3. 公判手続
(1) 冒頭の手続等
しばらくして,第1回の公判期日が開かれました。この事件は,乙地方裁判所で1人の裁判官によって審理されることになりましたが,このように1人の裁判官が審理する事件を,一般に単独事件と呼びます。そのほかに,3人の裁判官による合議体で審理する合議事件もあります。
この事件で,裁判官は,まず,Aに,住居,氏名等を尋ね,出頭した人が被告人に間違いないかを確認した後,検察官が起訴状を朗読しました。起訴状の内容は,Aが甲市内のスナックで,居合わせたFの頭をビール瓶で殴ったりして全治1箇月のけがを負わせたというものです。その後,裁判官は,Aに黙秘権などを説明した上で,被告人Aと弁護人Bに対し,事件について意見を述べる機会を与えました。テレビや新聞などでは「罪状認否」といわれています。Aは,「Fをビール瓶で殴ったりしたことは間違いないが,それは,Fが先に手を出してきたからだ。その時は,だいぶ酔っていたので,思わずやり返してしまった。」と述べ,弁護人Bも正当防衛と心神耗弱を主張しました。これで,裁判の争点が明らかになりました。
(2) 証拠調べ手続から結審まで
続いて証拠調べ手続に入りました。刑事裁判では,被告人が起訴状に書かれた罪を犯したことを,確実な証拠で証明する責任(立証責任)は検察官が負っています。検察官は,まず冒頭陳述を行い,証拠によって証明しようとする事実を明らかにした上で,証拠の取調べを請求しました。この場合,例えば,目撃者の供述を聴き取った調書などの証拠書類(書証)は,相手方が同意しない限り,原則として,刑事裁判の証拠にはできず,目撃者に法廷で証言してもらわなければなりません(人証)。つまり,法廷における供述の代わりに提出される書面や法廷外での他人の供述は,伝聞証拠として,原則として,証拠とすることができないわけです。これは,相手方が目撃者などに対し直接尋問したいときは,その機会を与えるのが相当だからです。この事件では,弁護人Bは,被害者Fと店長Sの調書については不同意としましたが,現場見取図等を付けた警察官作成の報告書,医師が作成した診断書等のその他の書証については同意しました。また,犯行に使われたビール瓶(物証)の取調べについても異議はないと述べました。そこで,まず,同意された書証とビール瓶が取り調べられた後,検察官から請求されたFとSの証人尋問が行われることになりました。証人尋問は,尋問を請求した側からの尋問(主尋問)と相手方からの尋問(反対尋問)を交互に行い,最後に裁判官から補充的な尋問が行われるのが一般的です。この事件では,被害者Fが外国人で日本語に通じていないため,その証人尋問に先立って通訳人が選任されました。Fは,検察官からの主尋問で,「Aが大声で騒いでいてうるさかったので,注意したところ,いきなりAから殴られた。」と証言し,反対尋問で,「注意する際,Aの肩をとんとんとたたいたが,暴力は振るっていない。」と証言しました。次に,店長Sは,主尋問で,「Aは,店内でうるさかった。FがAの肩をたたいたが,強くたたいてはいなかった。」などと証言しました。弁護人Bが,「Sはカウンターの中にいて事件の様子がはっきり見えなかったのではないか。」などと反対尋問を行いましたが,Sは,「はっきり見えた。」などと答えました。
第2回の公判期日では,被告人Aが,弁護人Bと検察官と裁判官から,それぞれ事件について質問を受けました。Aは,「被害者Fに肩を強くたたかれ,何かわけの分からない言葉で文句を言われたので,かっとなって反撃してしまった。」などと述べました。これに引き続き,Aの犯行当時の精神状態を調査するため,精神科医が鑑定人として選任されました。鑑定人は,後日,犯行当時のAの精神状態には特に問題はなかったという内容の鑑定書を裁判所に提出しました。
第3回公判期日では,この鑑定書が取り調べられた後,最後に,被告人Aの身上や経歴と事件に関するAの供述が記載された調書を取り調べ,証拠調べ手続をすべて終えました。その後,検察官が「論告」と呼ばれる意見陳述を行い,被告人にどのような刑罰を科すべきかについての意見(求刑)も述べました。次に,弁護人Bが意見陳述(弁論)を行い,被告人Aも意見を述べて(最終陳述),この事件の審理は終結しました。あとは,裁判官が被告人Aが有罪か無罪かということと,有罪である場合には科すべき刑罰を決めて(量刑),判決を言い渡すことになります。
(3) 判決宣告
第4回の公判期日では,判決が宣告されました。裁判官は,起訴状に記載された事実とほぼ同様の傷害の事実を認定し,正当防衛の主張を認めず,また,心神耗弱の主張も認めませんでしたが,これまでに前科がないこと等被告人Aにとって有利に考慮すべき点もあるとして,執行猶予付きの有罪判決を言い渡しました。これで,第一審の裁判手続は,すべて終わりになります。
4. 犯罪被害者保護制度
犯罪の被害に遭った方々に対する配慮と保護を図るための制度として,(1)証人の負担を軽くするための措置,(2)被害者等による意見の陳述,(3)検察審査会に対する審査申立て,(4)裁判手続の傍聴のための配慮,(5)訴訟記録の閲覧及び謄写,(6)民事上の争いについての刑事訴訟手続における和解などがあります。さらに,平成19年に法律が改正されたことにより,「被害者等が刑事裁判に参加する制度」,「被害者等に関する情報保護」,「損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度」,「訴訟記録の閲覧及び謄写の範囲の拡大」についての規定が設けられ,「訴訟記録の閲覧及び謄写の範囲の拡大」及び「被害者等に関する情報保護」については,同年12月26日から,「被害者等が刑事裁判に参加する制度」及び「損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度」については,平成20年12月1日から施行されました。
5. 上訴手続
我が国の刑事裁判制度は,高等裁判所が第一審として事件を管轄する一部の事件の場合を除き,三審制を採っています。第一審の判決に不服がある当事者は,高等裁判所に控訴を申し立てることができ,高等裁判所の判決に対しても,最高裁判所に上告することができます。
- 刑事裁判はどのくらいの時間がかかるのですか。
- 憲法は,迅速な裁判を受ける権利を保障していますが,具体的な事件の裁判がどのくらいの時間を要するかは,事件の種類や内容その他の様々な事情によって変わってくるため,一概にはいえません。それでも,「遅れた裁判は裁判の拒否に等しい」ということわざもあり,迅速な裁判の実現は,裁判に携わる者が目指すべき重要な課題であることは当然です。そのため,第1回公判期日が開かれる前から当事者(検察官及び弁護人)に十分な訴訟準備を求めたり(事前準備),公判期日の間にも,当事者に裁判所に来てもらって,必要な準備を促したりすることもあります。また,事件が複雑であるなど必要がある場合には,公判前整理手続を行い,事件の争点と証拠を整理して審理計画を立てた上で,公判に臨むこともあります。あらかじめ審理計画を立てることによって,裁判を計画的かつ迅速に行うことができるわけです。ちなみに,日本の刑事裁判は長引くということがしばしば指摘されますが,通常は,起訴された後,3か月前後で判決が出されており,これは諸外国に比べても決して遅くはありません。また,即決裁判手続や略式手続で終わる事件は,ごく短期間に終結します。
- なお,公職選挙法には,一定の罪に係る事件につき,事件受理から百日以内に判決をすべきであるとの規定があります。百日裁判と呼ばれますが,これは,当選者自身が選挙犯罪の被告人である場合や,いわゆる連座制の適用がある事件などに適用されるものです。こうした事件では,迅速な裁判実現のために,当事者の協力が特に強く求められます。
- 捜査はだれが行いますか。
- 捜査は捜査機関が担当します。具体的には,司法警察職員,検察官及び検察事務官です。司法警察職員には,一般の警察官(一般司法警察職員)と特別な法の規定に基づいてその職務を行う特別司法警察職員が含まれます。後者の例は,皇宮護衛官,麻薬取締官,海上保安官,労働基準監督官などです。捜査は,第一次的には,司法警察職員が行うこととされていますが,必要と認めるときは,検察官も自ら捜査を行うことができ,また,検察事務官も検察官の指揮を受けて捜査を行います。
- 逮捕とは何ですか。
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逮捕とは,罪を犯したと疑われる人(被疑者)の身柄を拘束する強制処分です。逮捕には,裁判官が発付する令状によって行われる令状による逮捕と現に犯罪を行っているか,犯罪を行い終わって間がない場合などで,人違いなどのおそれがないと考えられるため,逮捕状が必要とされない現行犯逮捕とがあります。前者には,事前に裁判官が「逮捕することを許可する」旨の令状(通常逮捕状)を発付して行われる通常逮捕と,一定の刑罰の重い罪を犯したと疑われる場合で,逮捕状を請求する時間がないときに,まず被疑者を逮捕し,その後直ちに「その逮捕を認める」旨の裁判官の令状(緊急逮捕状)発付を求める緊急逮捕とがあります。
逮捕は,警察官がする場合と検察官がする場合とがありますが,警察官が逮捕した場合には,原則として,逮捕から48時間以内に,被疑者を釈放するか事件を被疑者の身柄付きで検察官に送る(送検)かを判断しなければならず,送検した場合は,検察官は身柄を受け取ってから24時間以内,かつ,逮捕時から72時間以内に勾留請求をしない限り,被疑者を釈放しなければなりません。また,検察官が逮捕した場合は,原則として,逮捕から48時間以内に勾留請求をしない限り,被疑者を釈放しなければなりません。つまり,逮捕による身柄拘束時間は,警察官が逮捕した場合は最大72時間,検察官が逮捕した場合は最大48時間ということになります。
- 勾留とは何ですか。
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勾留は,身柄を拘束する処分ですが,その中にも被疑者の勾留と被告人の勾留とがあります。被疑者の勾留は,逮捕に引き続き行われるもので,罪を犯したことが疑われ,かつ,証拠を隠滅したり逃亡したりするおそれがあるなどの理由から捜査を進める上で身柄の拘束が必要な場合に,検察官の請求に基づいて裁判官がその旨の令状(勾留状)を発付して行います。勾留期間は10日間ですが,やむを得ない場合は,検察官の請求により裁判官が更に10日間以内の延長を認めることもあります。また,内乱等のごく例外的な罪に関する場合は,更に5日間以内の延長が認められています。
これに対し,被告人の勾留は,起訴された被告人について裁判を進めるために身柄の拘束が必要な場合に行われますが,罪を犯したことが疑われ,かつ,証拠を隠滅したり逃亡したりするおそれがあるなどの理由が必要な点は,被疑者の勾留の場合と同様です。勾留期間は2か月で,特に証拠を隠滅するおそれがあるなど必要性が認められる限り,1か月ずつ更新することが認められています。
- 被疑者と被告人の違いは何ですか。
- 被疑者とは,ある犯罪を犯したと疑われ,捜査機関によって捜査の対象とされている人のことです。被告人とは,検察官により公訴を提起された人のことです。
- 刑事裁判手続について,検察官はどのような役割をしますか。
- 検察官は,公益の代表者として,罪を犯したと疑われる人(被疑者)を起訴し,又は起訴しない処分(不起訴処分)をする権限,及び起訴した場合には公判に出席して訴訟を追行する権限を有しています。また,検察官は,警察官と並んで捜査する権限も有しています。
- 検察審査会という組織があると聞きましたが,どのようなことをしていますか。
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検察審査会は,衆議院議員の選挙権を有する国民の中からくじで選ばれ11人の検察審査員によって組織され,検察官がした不起訴処分の当否を審査することを主な仕事としています。
我が国では,被疑者を起訴するかどうかを決めるのは,検察官の権限とされていますが,検察審査会制度は,この検察官の権限の行使に民意を反映させて,その適正を図ることを目的として設けられています。
検察審査会は,犯罪の被害にあった人や犯罪を告訴・告発した人から,検察官の不起訴処分を不服として申立てがあったときに審査をします。また,検察審査会が職権で審査をすることもあります。
審査は,検察審査会議を開き,検察庁から取り寄せた事件の記録を調べたり,証人を尋問するなどして行われます。
検察審査会は,審査の結果,不起訴相当(不起訴処分は相当であるという議決),不起訴不当(不起訴処分は不相当であり更に詳しく捜査すべきであるという議決),起訴相当(起訴するのが相当であるという議決)のいずれかの議決をします。議決の内容は,検察官に知らされ,検察官は,不起訴不当,起訴相当の議決については,これを参考にして事件を再検討します。その結果,起訴するのが相当であるとの結論に達したときは,起訴の手続がとられます。
なお,審査の申立てや相談には一切費用がかかりません。また,秘密は固く守られます。不起訴処分に納得できない方や検察審査会についてもっと詳しく知りたい方は,最寄りの検察審査会にお問い合わせください。また,あなたが検察審査員に選ばれた場合には,どうぞこの制度に御協力くださるようお願いします。
- 起訴状にはどのようなことが書かれているのですか。
- 起訴状は,検察官が被告人の処罰を裁判所に求めるときに提出する書面であり,そこには氏名,生年月日,住所など被告人を特定するための事項と,公訴事実として被告人が犯したと疑われる犯罪事実及び罰条として適用すべき罰則を記載することになっています。起訴状には,裁判官が予断を持つような事項を記載してはならず,証拠なども一切添付することはできません。裁判官は,起訴状に記載されていることの他は,全く白紙の状態で,第1回の公判期日を迎えることになっています。これを,一般に起訴状一本主義といっています。
- 弁護人はどのように選任しますか。
- 弁護人は,捜査段階における被疑者又は起訴された被告人の権利を擁護する役割を果たしています。死刑,無期懲役など一定の重い刑罰が定められている事件等については,弁護人がいなければ開廷できないことになっています(必要的弁護事件)。選任の方式には,被疑者や被告人自身あるいはその親族等が選任する場合(私選)と,貧困その他の理由で弁護人が選任できないときなどに裁判所が選任する場合(国選)とがあります。もっとも,国選弁護人も私選弁護人も,弁護人の活動内容は基本的に異なるところはありません。
- 国選弁護人の選任は,起訴後だけでなく,一定の重い刑罰が定められている事件で勾留されている被疑者及び検察官から即決裁判手続によることの同意をするか否かの確認を受けた被疑者から請求があった場合にも,することができます。
- 平成18年10月以降,日本司法支援センターが選任・解任以外の国選弁護人制度の運営を担い,国選弁護人の候補となる弁護士を契約により確保していますので,裁判所は,国選弁護人を選任するときは,同センターに対して,国選弁護人候補を指名して通知するよう求めることになっています。同センターは,これを受けて遅滞なく国選弁護人の候補を指名して通知し,裁判所はこれに基づいて国選弁護人を選任します。
- 国選弁護人の報酬は日本司法支援センターから支給されることになりますが,有罪判決の場合には,原則として,被告人が訴訟費用としてその負担を命じられることになります。
- 保釈はどのような場合に認められますか。
- 裁判所は,被告人が証拠を隠滅したり,逃亡するおそれがある場合に勾留しますが,勾留はあくまで裁判を進めるための手段ですから,被告人の身体の自由を奪わなくても,他の方法で同じような目的が達せられるのであれば,その方が望ましいわけです。そこで刑事訴訟法は,被告人が一定の保証金を納めるのと引換えに,被告人の身柄を釈放し,もし,被告人が裁判中に逃亡したり,裁判所の呼出しに応じなかったり,証拠を隠滅したりした場合には,再びその身柄を拘束するとともに,納められた保証金を取り上げること(没取)ができるように保釈という制度を設けています。保釈には,請求による場合と裁判所の職権による場合とがあります。勾留は,被告人の身体の自由に対し大きな制限を加えることになりますから,保釈の請求があれば,裁判所は一定の場合を除いて必ずこれを許さなければならないこととされています。これを権利保釈といいます。しかし,殺人や放火などの重大な犯罪を犯したとして起訴されている場合,犯罪の常習者である場合,証拠を隠滅するおそれがある場合など,法律で定められたいくつかの場合に当たるときには,権利保釈の例外として,保釈の請求があっても,裁判所はこれを許可しないことができます。もっとも,この例外に当たる場合でも,具体的事情によっては,裁判所の判断で保釈を許可することができます。これを裁量保釈といいます。保釈の請求は,被告人自身のほか,配偶者,親などの近親者や弁護人からすることができます。この請求は,起訴があれば,公判が始まる前でも後でも,判決が確定するまではいつでもすることができます。保証金の額は,裁判所が,犯罪の軽重,被告人の経済状態,生活環境などの一切の事情を考慮して,その事件で被告人の逃亡や証拠の隠滅を防ぐにはどのくらいの金額を納めさせるのが適当かを判断して決めます。保証金は現金で納めるのが原則ですが,裁判所の許可があれば,株券などの有価証券を代わりに納めることもできますし,場合によっては,保証金の一部の納付に代えて,雇い主や親,兄弟などの身元引受人が保証書を差し出すことも認められています。この保証書を差し出した者は,保釈が取り消されて保証金を没取されることとなった場合には,保証書に記載した金額を納付する義務を負うことになります。保証金は,被告人が間違いなく公判に出頭するようにするためのものですから,保釈を取り消されて没取されることがなければ,裁判が終わった後には,その結果が無罪でも有罪でも,納めた人に返還されます。
- 簡易裁判所と地方裁判所のどちらが第一審裁判所となるのですか。
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刑事事件の通常の第一審裁判所は,簡易裁判所と地方裁判所です。簡易裁判所は,罰金以下の刑罰のみが定められている事件を独占的に担当しますが,その一方,原則として,罰金以下の刑罰しか科すことができません。ただし,窃盗や常習賭博など一部の犯罪については,3年以下の懲役刑を科すことができます。もし,事件を受理した簡易裁判所が,より重い刑罰を科すべきだと考えた場合には,地方裁判所へ事件を移送することになっています。
他方,地方裁判所にはこのような制限はありませんが,一定以上の重い刑罰が定められている事件については,3人の裁判官の合議体で審理することになっています。
ただし,内乱の罪など一部の事件については高等裁判所が第一審裁判所として審理を担当します。
- 単独事件と合議事件とはどのように区別されますか。
- 地方裁判所が第一審となる場合に,1人の裁判官が審理する事件を単独事件,3人の裁判官の合議体で審理する事件を合議事件と呼んでいます。合議事件には,殺人,放火などのように重い刑罰が定められているため,必ず合議体で審理しなければならない事件(法定合議事件)と,争点が複雑であるなどの理由から,本来は単独事件で審理できるものを,特に合議体で審理する事件(裁定合議事件)とがあります。なお,簡易裁判所は,1人の裁判官がすべての事件を審理しますし,上訴審の高等裁判所や最高裁判所は常に合議体で審理しますので,このような区別はありません。
- 即決裁判手続という手続があると聞きましたが,どのような手続ですか。
- 検察官は,事案が明白かつ軽微であること,証拠調べが速やかに終わると見込まれることその他の事情を考慮し,相当と認めるときは,起訴状を裁判所に提出する際に,即決裁判手続の申立てをします(注)。その後公判期日において被告人が自らが有罪であると述べ,裁判所が相当と認めた場合には,裁判所は即決裁判手続で審判する旨の決定を行います。
- 即決裁判手続で審判された事件については,懲役・禁錮を科す場合は,必ず執行猶予が付されます。また,原則として起訴から14日以内に公判期日が開かれ,通常よりも簡略な方法で証拠調べが行われた上,その日のうちに判決がなされることから,被告人にとっては刑事裁判手続から早期に解放されるという大きなメリットがあります。その一方,裁判所が判決で認定した犯罪事実が誤りであることを理由としては上訴の申立てをすることができない等,一定の制約もあります。
- このことから,被疑者が即決裁判手続によって審判することにつき同意し,起訴前に弁護人がいる場合は弁護人もこれに同意または意見を留保した場合でなければ,検察官は即決裁判手続を申し立てることはできないこととなっています。また,被告人及び弁護人の同意は判決が言い渡されるまでの間,いつでも撤回することができ,撤回された場合は通常の手続により審判がなされることとなります。
- 注 死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮を科すことができる事件については,即決裁判手続により審判することはできないことになっています。
- 黙秘権とは何ですか。
- 憲法は,何人も自己に不利益な供述を強要されないことを保障していますが,刑事訴訟法はこれを拡大して,被告人は公判廷において終始沈黙することができるとしています。これを黙秘権といいますが,被告人は,同時に個々の質問に対し陳述を拒むこともできます(供述拒否権)。この権利の保障をより確実にするため,公判廷では,開廷に当たり裁判官から被告人に対して,黙秘権等の権利を告知することが定められています。
- 心神喪失又は心神耗弱とは何ですか。
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刑罰法規に触れる行為をした人の中には,精神病や薬物中毒などによる精神障害のために,自分のしていることが善いことか悪いことかを判断したり,その能力に従って行動する能力のない人や,その判断能力又は判断に従って行動する能力が普通の人よりも著しく劣っている人がいます。
刑法では,これらの能力の全くない人を心神喪失者といい,刑罰法規に触れる行為をしたことが明らかな場合でも処罰しないことにしています。また,これらの能力が普通の人よりも著しく劣っている人を心神耗弱者といい,その刑を普通の人の場合より軽くしなければならないことにしています。
これらは,近代刑法の大原則の一つである「責任なければ刑罰なし」(責任主義)という考え方に基づくもので,多くの国で同様に取り扱われています。
- 立証責任とは何ですか。
- 「疑わしきは罰せず」とか「疑わしきは被告人の利益に」という言葉は聞いたことがあると思いますが,刑事裁判では,被告人の有罪を確実な証拠で,合理的な疑いを入れない程度にまで立証することについては,検察官がその責任を負います。これが立証責任です。そして,検察官の方で立証を尽くしても,被告人を有罪とするために必要なある事実が存在するかどうかが立証できなかった場合には,その事実は存在しなかったものとして,被告人に有利な判断をしなければなりません。つまり,「疑わしきは罰せず」の原則により,無罪の判決を言い渡すことになります。
- 伝聞証拠とは何ですか。
- 簡単な例を挙げて説明しますと,甲という人が,被告人に不利益な供述を警察官にして,その内容について調書が作成され,被告人の公判廷に証拠として提出されたとしましょう。被告人が,もし,その甲の供述調書の内容には,甲の勘違いや思い違いなどがあると考えても,書面化された証拠に対しては,十分な反ばくをすることはできません。これに対し,甲が公判廷に証人として出廷するのであれば,仮に甲が供述調書と同内容の証言をしても,被告人は勘違いや思い違いなどがないかを甲に直接問い質して甲の証言の信用性を吟味することができます。このように,公判廷で証人に対して直接尋問(反対尋問)する権利を保障するため,刑事訴訟法は,それを証拠とすることの同意がない限り,調書などの供述内容を書面化したものや,自分が直接見聞きした事柄でなく,他人から間接的に聞いたことに関する供述(これらを伝聞証拠と言います。)を証拠とすることを,原則として禁止しています。
- 刑事裁判の証人として呼ばれた場合にはどうすればよいですか。
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裁判所が犯罪事実などの事実を誤りなく認定し,正しい裁判をするためには,問題となっている事実を見聞きした人を証人として直接尋問することが必要不可欠です。仮に,警察官などに対して,同じ趣旨の供述をしていて,調書が作成されている場合でも,伝聞証拠は同意がない限り原則として証拠とできないため,証人として,公判廷で供述することが必要となります。
裁判所から証人として呼ばれながら(召喚),正当な理由がなく出頭しない場合には,勾引といって強制的に裁判所に出頭させるための手続が採られることもあります。正当な理由とは,病気のため裁判所に出頭できない場合などやむを得ないときがこれに当たりますが,単に仕事が忙しいとか,裁判所が遠隔地にあるというような事情はこれに当たりません。出頭した証人に対しては,日当及び旅費が支給されますし,裁判所に出頭するために宿泊しなければならないような場合には,宿泊料も支給されます。なお,出頭できない場合には,医者の診断書等を添えて前もって裁判所に連絡していただければ,裁判所は期日を変更するなどして,訴訟関係人等に迷惑をかけることのないよう配慮することができます。
出頭しても,当時の記憶が薄れてしまっている場合も考えられますが,記憶がないことは記憶がないとありのままに答えてください。記憶がないのに,あるように話したり,記憶があるのに,ないように話すことは,裁判を誤らせる原因になりますので,絶対にしないでください。もちろん,わざと嘘の証言をすれば,偽証罪で処罰されることがあります。また,証言によって証人自身が刑罰に問われる可能性がある事柄や,証人の配偶者,親,子など法律で定める一定の身分関係にある者が処罰されるおそれのある事柄については,証言を拒否することができますが,それ以外の事柄は正直に知っているままを証言する義務があります。
- 鑑定人とは何ですか。
- 裁判所は証拠に基づいて被告人が有罪か無罪かを決めるわけですが,審理に携わる裁判官は,法律の専門家であり,かつ,高い識見が要求される職責にあるとはいっても,あらゆる分野の知識等に精通しているわけではありません。ところが,実際には,医学,工学,自然科学などの専門的知識等がないと正しく判断することができない事件がかなりあります。そこで,このような場合には,学識経験のある者を鑑定人として選任し,その知識等を裁判所の事実認定に役立てることにしているのです。実際の事件では,心神喪失等の主張がされた場合に,被告人の犯行当時の精神状態を調査してもらったりする例などが多く見られます。
- 法廷における通訳人とは何ですか。
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日本語を理解できない外国人が被告人や証人となった場合,外国語で行われた被告人の供述や証人の証言を日本語に通訳したり,その逆に,日本語で行われた裁判官,検察官及び弁護人の質問等を被告人や証人に通訳する必要があります。法廷でこの役割を担当するのが法廷における通訳人です。通訳人は,刑事裁判において日本語を理解できない被告人の人権を保障し,適正な裁判を実現する上で,極めて重要な役割を果たしています。また,職務上知り得た情報を漏らしたり,検察官,弁護人,被告人その他の訴訟関係人の一部に味方したりして,中立・公平さを疑われるような行動を取らないようにするなど,高い倫理性が求められています。通訳人は,通訳が必要な事件ごとに裁判所によって個別に選任され,通訳料,旅費等が支払われます。
最近では,フィリピノ(タガログ)語,ペルシャ語,タイ語,ベトナム語など日本国内でその言語を理解する人の少ない言語についても通訳を要する事件が多く,裁判所では,特にこのような言語について十分な通訳能力のある方で,法廷における通訳をしてみようという意欲のある方には,通訳人として活躍していただきたいと考えています。そのような能力と意欲のある方は,最寄りの地方裁判所の刑事訟廷事務室に御連絡ください。面接などを受けていただき,通訳人としての適性を備えていると認められた方の中から通訳人を選任しています。
- 量刑はどのように決めるのですか。
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裁判官は,審理の結果,被告人を有罪と認めた場合には,どのような刑を言い渡すかを決めることになります。具体的には,死刑,懲役,罰金などの刑の種類とともに,有期懲役刑や罰金刑では,刑期や金額も決めることになります。これを刑の量定又は量刑と言います。
ところで,我が国の刑罰法規では,ある犯罪行為に対して科すべき刑罰の範囲(法定刑)が相当な幅をもって定められているのが普通です。例えば,刑法の殺人罪は,「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」と定められており,裁判官は,死刑から懲役5年までの非常に広い範囲の中から量刑をすることになります。一般には,罪の重さと刑罰との釣合いを考えたり,同じような犯罪の発生を防ぐことや被告人が社会人として立ち直るために役立つものであることも考えたりする必要があります。具体的には,犯罪の内容,動機,手段,方法,結果や社会的影響,被告人の性格,年齢,経歴や環境,犯行後における被告人の態度,被害弁償その他の事情を総合的に考えることになります。その際には,同種事件の裁判例も参考となります。
- 執行猶予が付いているとどうなるのですか
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執行猶予の付いていない刑を俗に「実刑」と言いますが,例えば,裁判で懲役1年の実刑が言い渡され,それが確定すると,懲役1年の刑が直ちに執行されることになり,被告人は刑務所で定役に服さなければなりません。ところが,懲役の刑に執行猶予が付いている場合には,裁判が確定しても,被告人は直ちに刑務所に入れられてしまうということにはなりません。それでは無罪と変わらないのではないかと思われるかもしれませんが,そうではありません。執行猶予の場合には,被告人は有罪であると裁判され,これに科すべき刑もはっきり決められており,裁判で言い渡された執行猶予の期間内に被告人が再び罪を犯したりすると,執行猶予が取り消され,決められたとおりの刑を執行されることになるからです。執行猶予に付された人が再び罪を犯したりすることなく,その猶予の期間を無事に過ごしたときは,刑の言渡しそのものが効力を失い,将来まったくその刑の執行を受けることがなくなります。
執行猶予は,前科がない者などについて,3年以下の懲役・禁錮又は50万円以下の罰金を言い渡すときに付けることができます。また,執行猶予と同時に保護観察に付して,猶予の期間中,保護観察所の保護観察官や保護司の指導を受けるようにすることもあります。
刑罰を科す目的には,悪いことをすればそれ相応の苦痛を与えられるべきだということと,罪を犯すとこのような重い刑を受けるのだということを世間の人に知らせ,他の者が罪を犯さないようにすることが考えられます。しかし,刑罰には,犯人のその過ちを自覚反省させ,社会の役に立つ人間として立ち直らせるという働きがあることも見逃せません。そして,近代においては,刑罰のこのような働きが重視されるようになってきました。そうすると,比較的軽い罪を犯したような場合で,犯人が自分の非を悟り,今後はまじめな生き方をしていきたいと心に誓っているようなときは,もはや刑の執行をする必要はないともいえますし,このような人を刑務所に入れると,世間の人から特別の目で見られたりして自暴自棄になり,せっかく立ち直ろうとした決意が崩れて,かえって以前よりも悪くなるといった事態も考えられます。そこで,執行猶予の制度が考え出されたのです。執行猶予の制度が初めて我が国に採り入れられたのは,明治38年ですが,次第に適用範囲が広げられ,また,改善されて現在のような形になりました。
- 証人の負担を軽くするための措置とはどのようなものですか。
- 性犯罪の被害者や年少者などは,法廷で証人として証言する場合,不安や緊張を感じたり,犯罪により被った精神的な被害が更に悪化してしまったりすることも考えられます。そこで,裁判所の判断によって,保護者やカウンセラーが証人に付き添ったり(証人への付添い),証人と被告人や傍聴人との間に衝立を置いたり(証人の遮へい),証人は別室にいて,法廷にいる裁判官や検察官,弁護人などとの間でテレビモニターを通して証人尋問を行う(ビデオリンク方式による証人尋問)といった制度が設けられています。
- 被害者等による意見の陳述とはどのようなものですか。
- 被害者等は,希望する場合には,被害感情その他の事件に関する意見を法廷で述べることができます。この意見陳述により,被害者等は一定の範囲で刑事裁判に主体的に関与することができ,また,被告人に被害感情や被害の実態を十分に認識させることになれば,その反省や立ち直りにも役立つ場合があると考えられます。
- 検察審査会に対する審査申立てはだれができるのですか。
- 検察審査会は,検察官の不起訴処分のよしあしを審査することを主な仕事としています。告訴・告発をした方,被害者(被害者が死亡した場合に,その遺族)が申立てをすることができます。
- 裁判手続の傍聴のための配慮とはどのようなものですか。
- 裁判は公開されており,誰でも傍聴できますが,社会的な関心が高く,傍聴を希望する人が多い事件では,法廷の座席数に限りがあることなどから,必ずしも全員が傍聴することができるわけではありません。しかし,被害者等は審理状況等に深い関心を有することから,裁判長は,被害者等から傍聴の申出があった場合には,傍聴ができるよう配慮しなければならないものとされています。
- 訴訟記録の閲覧及び謄写とはどのようなものですか。
- 刑事事件においては,裁判が進行中の事件では,その訴訟記録を一般の人が閲覧したり謄写したりすることはできません。しかし,刑事事件の被害者等については原則として,訴訟記録を閲覧したり,謄写したりすることができます。また,閲覧謄写をしようとする事件の被告人等により行われた,その事件と同種の犯罪行為の被害者の方(同種余罪の被害者)は,損害賠償を請求するために必要があると認められる場合には,訴訟記録を閲覧したり,謄写したりすることができます。
- 民事上の争いについての刑事訴訟手続における和解とはどのようなものですか。
- 裁判外で,被告人と被害者等との間で,被害弁償などを約束する示談ができたときには,その内容を書いた示談書が,刑事裁判で証拠として提出されることがあります。しかし,被告人等が約束どおりの支払をしないときでも,示談書だけでは約束の内容を強制的に実現することができません。そのためには,改めて,被告人等を相手に民事裁判を起こして判決を得てから強制執行をしなければなりません。このような被害者等の負担を避けるために,被告人と被害者等が共同してその合意の内容を刑事裁判の公判調書に記載することを求め,裁判所が合意の内容を公判調書に記載したときには,その記載に基づいて強制執行をすることのできる制度が設けられました。
- 被害者等に関する情報保護の制度とはどのようなものですか。
- 性犯罪などの被害者の氏名や住所などについて,公開の法廷で明らかにしないように求めることができます。裁判所がその旨の決定をした場合には,起訴状の朗読などの訴訟手続が,被害者の氏名や住所などを明らかにしない方法により行われます。
- 被害者等が刑事裁判に参加する制度とはどのようなものですか。
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殺人,傷害,自動車運転過失致死傷等の一定の刑事事件の被害者等から申出があり,裁判所が相当と認める場合に参加が許可されます。その場合には,原則として,公判期日に出席することができるほか,刑事事件についての刑事訴訟法の規定による検察官の権限行使に関し,意見を述べたり,説明を受けることができます。 また,一定の要件の下で情状証人や被告人に質問したり,事実又は法律の適用について,意見を述べることができます。
なお,資力(※)が200万円に満たない被害者参加人は,国が報酬や費用を負担する国選被害者参加弁護士の選定を求めることができます。
※資力とは,預金,現金等の合計額をいい,6か月以内に犯罪行為を原因として治療費等の費用を支出する見込みがあれば,その費用は資力から控除されます。
- 損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度とはどのようなものですか。
- 殺人,傷害等の一定の刑事事件が地方裁判所に係属している場合に,その刑事事件の被害者又はその相続人等は,刑事事件を担当している裁判所に対し,被告人に損害賠償を命じる旨の申立てをすることができます。そして,被告人に対し有罪の言渡しがあった場合,直ちに損害賠償命令事件の審理が開始され,原則として4回以内の期日で簡易迅速に行われます。この手続では,刑事事件を担当した裁判所が刑事記録を職権で取り調べるなど,被害者等による被害事実の立証が容易になっています。なお,4回以内では終わらない場合や損害賠償命令の申立てについての裁判に対して異議の申立てがあった場合等は,通常の民事訴訟の手続に移行します。
- どのような場合に上訴できますか。
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第一審の裁判所で言い渡された判決に不服がある当事者は,高等裁判所に対し,判決に誤りがあることを主張してこれを正してもらうことができますが,この手続を控訴といいます。控訴ができるのは,第一審の審理の方法(訴訟手続)が法律に定められた方法に反しているとか,第一審の判決が事実の認定や法律の解釈適用を間違えているとか,刑が重過ぎるとか軽過ぎるという場合などです。そして,控訴審では,第一審と同じやり方で審理を始めからやり直すのではなく,第一審の審理の記録を点検して,その審理のやり方や事実認定,法令解釈に誤りがないか,刑は適当かどうかということを調べることになります。ですから,控訴審では,公判を開いても,検察官や弁護人が判決に誤りがあるかどうかについて意見を述べるだけで,第一審のように法廷で証人やその他の証拠の取調べをしないのが原則です。もっとも,第一審の証人を呼んで聞き直したり,第一審当時いろいろな事情で調べることのできなかった証人を取り調べたりして,事実を確かめることは許されています。こうして,記録を調査したり,事実の取調べをした結果,第一審の判決に誤りがないことが分かった場合は,「控訴棄却」の判決をします。また,第一審の判決に誤りが発見された場合は,これを取り消すため「原判決破棄」の判決をしますが,原判決が破棄されると,まだ第一審の判決が出されていないのと同じ状態になるので,この場合,第一審で更に証拠を取り調べたり,誤りを正して判決をやり直した方がよいときには,事件を「第一審に差し戻す」,又は「○○裁判所に移送する」という判決を併せて言い渡します。そうすると,事件はもう一度第一審で審理されることになります。もっとも,控訴審での審理の結果,すぐに結論が出せる場合には,第一審に差し戻さないで,代わりに自ら判決を言い渡すこともできます。「破棄自判」というのはこの場合です。
このような控訴審の判決に対しては,更に当事者から最高裁判所に判決の誤りがあることを主張してこれを正してもらうことができます。この手続を上告といいます。上告は,控訴審の判決が憲法に違反していたり,憲法の解釈を誤っていたり,あるいは最高裁判所の判例に違反していることなどを理由とする場合に認められます。最高裁判所は,憲法の番人として,法令等が憲法に適合するかどうかを判断するという役割を与えられているとともに,上告審として,最終的に法令の解釈を統一するという役割を果たすことも求められています。前述した上告理由は,こうした最高裁判所の果たすべき役割を反映したものです。このように,上告審は,憲法や法律の解釈について審査するのが目的ですから,第一審や控訴審のように証人を呼んだりして事実関係を取り調べることはありません。他方,最高裁判所の判決に対してはもはや不服の申立てができないことから,上記上告理由に該当するとき以外でも,例えば,控訴審の判決で無罪とすべき者を有罪としてしまった場合や,刑が著しく不当である場合など,これを取り消さないと「著しく正義に反する」ときには,「原判決を破棄」することができることになっています。控訴審の判決に誤りがないときは,「上告棄却」の裁判をすることや,原判決を破棄したときは「差し戻す」,又は「○○裁判所に移送する」という判決を併せて言い渡すことなどは,控訴審の場合とほぼ同様ですが,差戻しの場合は,事件を控訴審に戻す場合と第一審に戻す場合があり,また例外的に「破棄自判」する場合もあります。
このような上訴制度が設けられているのは,一つには正しい裁判が行われるように上級の裁判所で再審査して誤りのないことを確かめるためですが,もう一つの目的は,裁判所の間で法律の解釈などについて意見が分かれるのを防ぐことにあります。