令和3年2月8日
【記者】
最高裁判事に就任したことへの所感と抱負をお聞かせください。
【判事】
本日,皇居におきまして,認証官任命式が行われ,最高裁判事に任命されました長嶺安政でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
まずもって,この大きな責任,この重さを感じております。このような重い責任を授けられました付託に応えるべく,誠心誠意,全力でこの任務に取り組んでまいりたいと考えております。私は,広い意味で行政官,外務公務員,そして,外国におきましては外交官として経験をしてまいりまして,司法という部門における経験はございません。これは初めてということになりますけれども,これまで行政官として,あるいは外交官として培いました経験知見をいかして,紛争の適正妥当な解決を図ることを通じまして,法の支配,また法秩序の適切な維持に貢献していきたいと,そのように考えております。振り返ってみますと,この21世紀も今年は2021年ということで,やはり社会のあり方は従来のものから大きく変化もしてきているというところでございます。このことはもちろん日本のみならず,世界中で,こういった大きな変化が起きてきているというふうに思われます。特に科学技術といいますか,IT,あるいはテクノロジーの進展というものが,非常に急激な速度で社会の中に入り込んできております。こういうことがまさに日本でも世界でも起きている,そういうことを外交官として私も身をもって体験してきたところでございます。このことが,国内においては,行政のみならず,立法であれ,司法であれ,ありとあらゆる分野において,その影響というのは出てきている,というように思います。また,この社会が,IT,あるいはテクノロジーの活用を含めて,非常に複雑化している中で,社会の中の価値観というものが多様化のもとに置かれているというのが,世界を見てきた私の経験から導き出されるところでございます。そういう中で,法的な紛争に適切,公正な判断を下していくということは大きな課題,挑戦だと私は思っております。私が行政官,外交官としてこれまで培ってきた経験や知見というものをいかしながら,今の事象ということにもよく目を見張り,新しい職務の中で,しっかりと職務を全うしていきたい。こういうふうに考えるものであります。抱負としては今のように思っております。
【記者】
印象に残る外務省時代の仕事と,その経験を最高裁判事としてどのようにいかしていきたいか,お考えをお聞かせください。
【判事】
外務省での仕事,私もいろいろなポジションの仕事に就きましたし,先ほども述べましたように,外国での勤務ということで,いろいろな国での仕事もしてまいりました。もちろん,その全てに言及はできませんけれども,どのようなポジションであれ,どのような赴任国であれ,非常に印象深い仕事ができたというふうに総括しております。例を挙げまして,一番最近まで務めていたということで,英国のことについて一言申し上げたいと思うのですけれども,英国は欧州連合からの離脱,ブレグジットということで非常に大きな変動期にございました。そういう中で,日本として,いち早く英国との間で経済連携協定を結ぶことができました。これもですね,日本と英国との間の特に経済を中心とする安定的な関係を保障するための一つの法的な約束ということでありますし,また,こういったことを契機として日英関係が将来さらに発展する,そういう機会を生み出すことができたのではないかと思っておりまして,大変印象深い仕事でございました。それから,この一年間,新型コロナのまん延のもとでの仕事にもなりましたけれども,これが英国におきましても,社会生活のあちらこちらに深い影響を及ぼしている。これは,国の機構である議会,あるいは政府,そして司法を含めてコロナ対応がいろいろな仕事の進め方と,また新たなものを付け加えてきたというふうに思っております。日本は英国に比べますと,コロナの影響は非常に低いレベルで食い止めておるところでありますけれども,ただ同じような問題に直面しているわけであります。ですので,この一年間,英国という場所でコロナへの対応というのを体験してきたというのも,これも非常に印象深いことにはなりました。また,私の長い外務省での仕事を振り返りますと,外務省においては国際法局,あるいは内閣法制局への出向も含めまして,法という局面から問題に対応するということが比較的多かったというふうに振り返ってみております。そういう中では,国際法という法の分野において,これをいかに定立し,遵守し,また,紛争が生じたときにどのように解決するかということに関わってきた,また,国際法の進展といいますか,漸進的な進歩への関わりもありました。また,特に内閣法制局で勤務していた際には,国内立法の過程,プロセスに関与することもございました。先ほどの外国での経験,あるいは外務省でのこれまでの経験・知見一般,そして法律分野に長く関わってきたということもあって,これらの経験をできるだけこれからの最高裁判所における仕事の中でもいかせればよろしいかなと,こんなふうに思っております。
【記者】
司法のIT化についてお聞きします。諸外国では,オンラインでの裁判の審理や,書面の電子提出などが既に導入されており,新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにITの活用が一層進んでいます。日本でも民事訴訟の非公開の手続でウェブ会議が活用されていますが,現状に対する所感と,今後の望まれる施策などについてお考えがございましたら,お聞かせください。
【判事】
先ほどもですね,この21世紀の国際社会,日本も含めてですね,社会が直面している一つの大きな課題として,IT,あるいはテクノロジーの進化にどのように社会として対応していくかということを挙げさせていただきましたけれども,まさにIT化というのはですね,国民生活のあらゆる分野において急速に今浸透しているところであります。それに対する対応ということで,これは社会生活一般ももちろんそうですけれども,行政であれ,立法府であれ,また司法府であれ,そういった国の機構の中でもIT化の影響というのがありますし,それに対応する必要性というのが非常に急がれているというところでございます。私が伺っているところで,日本の司法におきましても,特に昨年2月からは民事裁判でウェブ会議を活用して,争点整理が運用されるというところに至っていると承知しておりますし,全国の地裁本庁でも利用が進んでいると理解しております。これはまさに裁判手続に関してはITを活用するメリットがありますし,これはIT化という社会の今の時代の要請に応える所以でもあろうと思います。そういう意味では,今,最高裁判所と法務省とで連携をしながら,さらなるIT化に向けた制度設計のあり方の検討が行われていると承知しておりますので,この検討が進んで具体的な成果が実際に活用されることが大いに期待されるところだと思います。これは行政の分野においても,また立法府においても,IT化の要請に応えるべくいろいろな施策が進んでいるところでございます。私も英国での経験を先ほど申し上げましたけれども,英国ではかねてよりIT化への対応が各分野で進んでおりますので,そういったことも見てまいりました。我が国のIT技術,テクノロジーにおいては世界の最先端をいくところでございますので,そういった利用を効果的に図っていくということで,司法としても,さらに進化していくことを期待しております。
【記者】
2つお尋ねしたいと思います。いろいろな国を見てこられて,その国の法制度を見てこられた外交官としての強みと言いますか,裁判にどのように外交官としての視点を持ち込むと言いますか,いかそうというふうに考えていらっしゃるかということが1つ。もう一つは,国際法の経験について少しお話がありましたが,より具体的な実績を挙げていただいて,同じようにそれを裁判官の仕事にどのようにいかせるかという点について伺えればと思います。
【判事】
最初に行政官,外交官の経験ということを申し上げました。強みと言いますか,これは先ほども少し触れましたけども,今日本の社会で起きていること,これは日本だけに限られることではなくて,世界共通と言いますか,特に成熟した民主主義国における共通の傾向というものも見て取れるところでございます。日本では少子高齢化ということが叫ばれて久しいわけですけれども,日本が少子高齢化現象というのにおそらく最初に直面した国の一つだと思いますけれども,今やはり先進民主主義国においてもこの少子高齢化という問題に直面してきているところであります。事程左様にですね,いろいろな局面で,諸外国における社会に起きている現象に対する対応というのがなされているということを見てまいりましたし,また日本における対応を諸外国における対応と比較しながら,議論しながら,ベストなシナリオを考えるというようなことについても携わってまいりましたので,そういったこれまでの経験を一応頭に置いた上で,これからの最高裁判所における役割ということになりますと,個別の事案に即して最も適切な解決を見出していくということになりますけれども,そういう過程におきまして,これまで培ってきた外国の事例,あるいは外国との交流の経験というものは,決してその外国に留まるものではなくて,日本における問題解決のための手立てとしてもいかすことができるのではないかと,それが外交官出身である私としても寄与できる一つの方途ではないかと思います。二つ目の国際法の経験でございます。これはいろいろな事象に,外務省としてありとあらゆる外交事象に,国際法また法の支配ということを重視するという立場で臨んできたことが多々ございます。例を挙げればいくつかありますけども,国際法の世界におきまして国際法を新たに作っていく,これは例えば条約を結ぶ,新たな国際規範を作るというふうなことで,いろいろな国際規範の定立にも関わってまいりました。先ほども経済連携協定の話をさせていただきましたけれども,経済連携協定という切り口で見れば,私はかつて日本とEUとの間の経済連携協定の首席交渉官を務めたことがございます。私が首席交渉官のときはまとまらず,後任に託したわけでございますけども,その結果,経済連携協定もしっかり実施されるようになりました。国際法の局面の二つ目は,国際法の実施に当たることでございますけれども,各国との国際法に関するいろいろな協議等の場で,日々生起するいろいろな問題について法的な観点から,法を解釈し,それを適用して,対応してまいりました。海洋法に基づく面があり,例えば日本の排他的経済水域を設定するにあたっては,これも国際的な枠組みの中で行ってまいりますけれども,こういった国際海洋法絡みの実施において参画したこともございます。三番目が,国際法上の紛争が実際に生じたときにその紛争を解決するというのが三つ目の国際法における分野になりますけども,この紛争の解決におきましては,国内法ほどではございませんけれども,国際法分野でも司法による解決,国際司法による解決という道も開かれているわけであります。国際裁判であるとか,あるいは調停その他いろいろな方法がございますけれども,そういったところでのいろいろな部面で私も参画する機会がございました。一例を挙げれば,国際刑事の分野で国際刑事裁判所がオランダのハーグに置かれておりますけれども,国際刑事裁判所が成立する過程におきまして,いろいろな形で関与した経験がございます。そういう意味で,国際法の定立,実施,紛争解決というそれぞれの局面において,いろいろな立場でいろいろな局面で参画した経験があります。
【記者】
さきほどIT化の関係で日本が世界の最先端を率いているという話がありました。そうした日本の技術ですね,どのように日本の司法がIT化してどのような発展を望んでおられるか,少し具体的に教えていただきたく思っております。あと,ご趣味も教えていただけますでしょうか。
【判事】
IT化について,具体的にどういう分野のどういう技術だというところまで詳しく述べるだけの知見があるわけではございませんけれども,司法におけるIT化を進めるにあたっても,やはりシステムをどのように作っていくか,新しいシステムをいろいろと作り始めておられるんだと思います。そして,このシステムを作るにあたっては,今までの手続をどのようにするかという法・規則の面と,それを裏付ける技術という面と,その両方があろうかと思います。その検討に当たりましては,新しい規則,規律を作っていくことと同時に,どういう技術が導入できるかという点があるかと思いますので,そういう意味で,私は前者についてはもちろん法律的な観点からの検討がございますし,後者の面におきましては新しい制度実現のためのその技術的な能力ということが求められるわけですけれども,日本はIT技術の,特にハード面における優れた技術がございますので,おそらくそういったものをいろいろ活用しながら,日本として,今後,世界に日本ではこういうことをやっているということが誇れるような,そういう新しいシステムが構成できるのではないかという期待を込めて申し上げております。
趣味という話がございました。あまり深く掘り下げた趣味があるわけではございませんが,幅広く,本を読むとか,あるいは音楽鑑賞,あるいはドラマ,演劇の鑑賞とか,そういったことに関心をもっておりまして,英国ではコロナのために,なかなか外に出て,劇場や音楽会場に行くことができませんでしたけれども,こういったことがまたできればいいなと思っております。また,健康維持も兼ねまして,体を動かすことも大事だと思っておりまして,もともとテニスとかゴルフを若干たしなんでおりましたけれども,今はこういうコロナのもとでですね,まずは体を動かすという観点からは,時間のあるときにはウォーキングをしっかり楽しみたいなと思っております。