戸倉最高裁判所長官は、憲法記念日を迎えるに当たって記者会見を行い、談話を発表するとともに、以下のとおり、記者からの質問に応じました。
【記者】
裁判員裁判制度が、今年5月で導入15年の節目を迎えます。制度導入が刑事裁判に与えた影響の総括をお聞かせください。また、この間に実務を通じて見えてきた課題があれば、対策と併せてお聞かせください。
【長官】
裁判員制度は、導入以来おおむね安定的かつ順調に運営されていると認識しておりますが、これは、多くの国民の皆さまの御理解と御協力があってこそのことであり、この場をお借りして改めて感謝申し上げます。
この間、裁判員裁判の公判においては、裁判員と裁判官が公判廷で必要な証拠を直接見聞きし、的確に心証を採ることができる審理がほぼ定着したと思われ、このような分かりやすい審理が行われることは、刑事裁判に対する国民の信頼を確保する上でも大きな意義があると考えております。このような審理が定着したのは、もとより、裁判官のほか、検察官、弁護人の方々の15年間に渡る創意工夫と努力のたまものでありまして、この点についても改めて敬意を表したいと思います。
他方で、課題に目を向けますと、公判前整理手続の長期化が依然として解消できていないことが挙げられると思います。公判前整理手続の長期化は、証人等の事件関係者の記憶の減退を招き、公判中心主義、直接主義による審理の実体を損ないかねないものであります。長期化の要因については様々な指摘がされておりますが、まずは、手続の主宰者である裁判官において、例えば争点整理における到達目標等の在り方について議論を深めるとともに、法曹三者間でも共通認識を形成していくといった、問題点を克服するための努力が引き続き求められていると思います。
【記者】
司法手続のIT化についてお尋ねします。順次オンライン手続の拡充が進む民事訴訟では、口頭弁論手続でのウェブ会議運用がこの3月に始まったほか、刑事手続でも電子逮捕状の導入などが検討されている状況にあります。課題や、今後あるべき司法の姿について、考えをお聞かせください。
【長官】
我が国の法の支配を確固たるものにするという観点から言いますと、これを支える裁判所が国民に身近で頼りがいのある存在であることが重要です。裁判手続のデジタル化は、国民の裁判へのアクセスの利便性を向上させ、裁判所が国民にとってより身近な存在になるという点で大きな意義があると思います。他方で、そのアクセスの改善を踏まえた上で、さらにデジタル化も活かして裁判手続全体を合理化・効率化し、今まで以上に審理を迅速化しつつ、裁判の質を高めていく努力も極めて重要であると考えております。
こういった観点から、全国の裁判所では、先行する民事訴訟の分野で、合理的かつ効率的な審理の在り方が検討され、先行導入されたウェブ会議を利用した口頭議論や、チャットやデータ共有の利点を活かした争点整理といった取組が積極的に行われており、今後もこのような取組が続けられていくことを期待しております。
また、家事分野におきましても、出頭する方が御本人という場合も非常に多いのですけれども、出頭負担の軽減、DV等が問題になっている事案における当事者の安全・安心の確保、そういった利用者のニーズという観点からも調停手続におけるウェブ会議の活用を進めており、こうした取組も、実質的に国民の司法アクセスを確保するために、更に進めていく必要があると考えています。
【記者】
東京・中目黒にビジネス関係の訴訟を専門的に扱う「ビジネス・コート」ができて1年半が経ちました。期待される役割を踏まえたこの間の総括と、見えてきた課題や対策についてお聞かせください。
【長官】
知財紛争、商事・経済紛争、事業再生・倒産処理などのビジネスに関連する事件は、解決に高いスピード感が求められるとともに国際的な広がりがある事件が多く、ビジネス・コートは、こうしたユーザーのニーズに的確に応える、こういった点を考慮して設置されたものです。
このビジネス・コートは、令和4年10月に開庁してまだ1年半ということで、十分な実績が重ねられているとは言えませんけれども、知財高裁では、mintsという民事裁判書類電子提出システムの利用の割合が他の高地裁と比べてかなり高く、データを利活用した審理が特に進められていると聞いています。また、ビジネス・コートに所在する各専門部の間では、審理の迅速・充実化に向けて、分野を横断した意見交換も活発に行われており、環境が整えられてきたと思います。
今後は、こうした取組で得られた知見を裁判所全体に還元し、海外法曹との交流をより活発化させるとともに、ビジネス・コートの特長を更に積極的に情報発信して、民事司法の専門性、国際性を強化するための牽引役となることを期待しております。
【記者】
仙台高裁の判事が訴追請求された弾劾裁判について、4月3日に判事を罷免する判決が言い渡されました。表現行為を理由に罷免された初めてのケースで、裁判所ではなく国民からの訴追請求により罷免に至ったケースでもありました。長官のお立場として、判決の受止めと所感をお聞かせください。
【長官】
裁判官が弾劾裁判所で罷免の判決を受けたことは大変重く受け止めています。弾劾裁判の内容に関する所感については、それぞれ訴追委員会と弾劾裁判所が憲法上の枠組みの中で判断されたことですので、最高裁長官として所感を述べることは差し控えたいと思います。
【記者】
性的少数者の方々が当事者となられた裁判についてお聞きします。現在、地高裁で同性同士の結婚を求める訴訟が起こされ判決が言い渡されており、また、最高裁においても、性同一性障害で性別変更の手術を受けた方が当事者となった事件で判断が示されたり、事件が係属していたりすると思われますが、こういったジェンダー観が多様になる中で、司法がどのようにこういった問題に向き合うべきとお考えかお聞かせください。
【長官】
具体的な事件についてコメントすることは差し控えたいと思います。その上で、昨年も裁判官の資質について申し上げましたが、裁判所における事件の背景として、国民の価値観や意識の多様化が非常に進んできており、裁判所はそういう国民の意識の変化・多様化の中でより適切な紛争解決を、法の解釈の下に追求するという使命を帯びています。したがって、そういった事件の審理に当たる裁判官としては、常に国民の価値観や意識の多様化に伴って生ずる様々な問題について、広い視野をもって対立する主張に耳を傾け、適切な判断及び理由を示すという姿勢が求められており、そういったことを的確に行うためには、裁判官一人一人がそれぞれの勤務地における日々の仕事や生活を通じ、あるいは必要な研修などを行いながら、そういった問題について主体的かつ自律的に識見を高めることが求められるだろうと思います。その時代で問題となっている社会の動きに対して裁判官が知見を深めていくことに対しては、個々人の努力だけでなく、司法行政を担当する者としても、そういったことができるような環境を整えていく努力は重要だと考えます。
【記者】
国会で「政治とカネ」を巡る問題について議論が交わされる中、国民の「知る権利」というワードが度々登場しますが、国民の「知る権利」に関心が集まっていることについてお考えがあればお聞かせください。
【長官】
事件の中で「知る権利」が問題になるケースとしては、国や地方公共団体の情報公開を巡る紛争などは、裁判所に多く持ち込まれています。それに対する判断では、情報公開に関連する法律や条例の解釈を司法として行うわけですが、「知る権利」は民主主義という我が国の憲法の大きな枠組みをより実効的に機能させるという側面を持っているわけです。我々が事件の中で判断する際には対立する価値観が常にあるわけですが、その一方で民主主義をより実効的に機能させるという意識を持ちながら審理を行っているというのが実情であろうと思います。
【記者】
夫婦の名字を巡っては、選択的夫婦別姓を求める訴訟が提起されていたり、婚姻の自由や両性の実質的平等を保障する憲法との関連で世論の関心も高まっているかと思うのですけれども、長官はこうした動きについては、どのように受け止められていますか。
【長官】
いわゆる選択的夫婦別姓、戸籍制度を巡る紛争については、過去の大法廷でも、最高裁として、憲法に適合するかどうかの判断を示したところです。今後この問題については、事件が係属すると思いますので、私が今どう思うかについてのお答えは難しいのですけれども、こういった問題も正に先ほど言ったとおり、裁判官が社会についての知見を深める中でどういう考えを身に付けていくかという問題でもありますし、やはり広がりが大きい問題でありますから、大法廷判決でも意識されているように、三権の中、特に立法と司法との関係性も意識しながら判断していくことが必要で、その時々の状況の中で的確な判断をしていくことになるように思います。
【記者】
家庭裁判所についてお尋ねしたいのですけれども、昨今家族の在り方が多様化するに伴って家庭裁判所に求められる役割は益々大きくなっていると思います。今国会で議論されている共同親権の問題の中でも家裁が大きな役割を担う可能性がありますし、児童相談所の一時保護の際の司法審査でも家裁が大きな役割を担うかと思います。一方で弁護士側からは、現場の家裁の態勢が不十分でこういった要請に対応できるのかという声もあるのですが、長官は家裁の在り方についてどのようにお考えになっているのでしょうか。また態勢の充実についてはどのようにお考えになっているのでしょうか。
【長官】
御指摘のように、家庭を巡る、特に夫婦あるいは親子の関係を巡る様々な問題が、家庭裁判所に事件という形で申し立てられています。家庭裁判所の扱う事件は、民事訴訟とは違い、過去の事実関係を認定して、法律関係の有無を判断するというものではなくて、そういうものを踏まえつつも、将来の家庭の在り方あるいは夫婦、親子関係の在り方といったものについて、例えば子の利益やそれぞれの法律が考えている価値を確保するためにどういった裁判、審判をすればよいかという、将来を予測する要素があります。例えば、子どもの一時保護の延長に関する審査、あるいは今後法律が成立した場合の共同親権に関する審査において、表面的に出ているところだけではなくて背後にあるところまできちんと見据えた判断ができるかというのは、家裁にとってかなり大きく難しい課題であろうと思っています。また、現場で任に当たる裁判官にとって、判断枠組みがより明確な形になっていることが、極めて重要なことだろうと思っています。裁判官としては、新しい価値観と新しい法律が目指しているものや精神を十分に理解して、その上で的確な判断をしていくことになり、家庭裁判所に対する国民の期待は非常に重くなりますから、それに応じて裁判官の知見を深めていく努力が不可欠だろうと思います。我々も様々な機会を通じて必要な情報の提供や研修を充実させていかなければならないと思っています。家庭裁判所の態勢については、事件には量と質という問題があり、量的な問題も当然出てまいりますけれども、やはり判断の難しさといったことに対する対応も両方考えていく必要がありますので、法律でそういう事件が家庭裁判所の責務とされたときは、こういったことを的確に判断できる態勢を作っていかなければならないと考えています。
【記者】
ChatGPTをはじめとする生成AIへの裁判所としての向き合い方をお伺いします。昨年の会見でも人である裁判官が裁判を行うという点は変わらないというお言葉がありましたけれども、現時点での裁判における活用や事務手続における活用について、それぞれの観点から、長官のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
【長官】
昨今の生成AIの発展は目覚ましいものがあり、社会の幅広い分野で実際に活用されています。司法の分野で、裁判所もどのように向き合っていくかという話ですけれども、およそ生成AIと無関係でいるわけにはいかないかもしれません。例えば、ヨーロッパなどでは、ある程度軽微な事件の判断を生成AIで行う取組などがあるようですが、我が国においては、裁判の判断に属する部分を生成AIで行っていくことは、現実的な話にはなっておらず、当面は、裁判官の執務を効率化するための生成AIの利用はどうなるか、仮に検討するとすればそういったところからになろうかと思います。ただこの点も、裁判所では機微な情報を扱いますから、セキュリティー・リスクの問題があります。現時点では、具体的な事件の個別情報は裁判所では非公表情報としておりますので、これを利用したインターネット上での生成AIの活用は裁判官はできないことになっています。また、具体的な検討が進んでいるわけではありませんが、仮に今後、生成AIの活用の話になったときには、生成AI自体がいかなるものであるか、大量学習する対象によって著作権等の権利侵害を行っていないか、学習内容に何らかの偏りが生じていないかといった問題もあろうかと思います。こういう技術的な問題に加えて、御承知のように裁判官というのは事件処理を通じていろいろな苦労をしながら裁判官としての能力やスキルを向上させることが期待されていますので、こういった点で、どの程度生成AIの助けを借りればよいだろうかということも慎重に考える必要があると思います。こういった問題を考えるに当たっては、やはり最終的には、裁判に対する国民の信頼の確保という観点が極めて重要ですから、裁判官の執務に生成AIを使うメリット・デメリットを踏まえた上で、国民の理解を得られるであろうかという観点で考えていくことが極めて重要だと思います。