令和6年9月11日
【記者】
最高裁判事に就任されるに当たって、御所感と今後の抱負をお聞かせください。
【判事】
憲法と法律によって最高裁判所に与えられた権限と責任は非常に重く、任務の重さに文字どおり身の引き締まる思いです。法律判断の難しい事件について、最終的、統一的な判断を示すことが最高裁の役割であり、その一員として仕事をさせていただけることについては、大きなやりがいを感じると同時に正直不安が大きいところではありますが、司法、裁判の果たすべき役割を常に意識し、1件1件の事件に誠実に向き合い、事実を大事にして、多角的・多面的な視点から頭に汗をかいて考え議論するように心掛け、誠心誠意努力してまいりたいと考えています。
【記者】
これまでの裁判官としてのお仕事を振り返り、特に印象に残っているものがあれば御教示ください。また、裁判官として最も大切にしてきたことは何か、それを最高裁判事のお仕事にどのように生かしていきたいとお考えかも、併せてお聞かせください。
【判事】
裁判官としては専ら民事裁判を担当してきました。御承知のように民事事件は多種多様であり、それぞれの事件に個性があります。その個性に応じて、判断の分かれ目に結び付く事実関係の争いや核心となる争点がどこにあるか、その事案で最も望ましい解決は何かということに悩み、考え抜いて決断することに裁判官としての醍醐味を感じてきましたし、個々の事案の審理の過程で、裁判官と書記官等の関係職員との間のチームの心を一つにし、適正迅速で望ましい解決に向けて、それぞれがその役割を果たそうと努力し、その気持ちが事件当事者とも共鳴したときのやりがいと充実感を感じて仕事をしてきました。印象に残っている事件は多々ありますが、どの事件にも個性があるので、順番を付けるのが難しく個別事件を挙げるのは困難ですが、判決した事件よりも、当事者・代理人弁護士、裁判所が、何とか紛争を解決したいという想いが一つになって、先ほど共鳴するという言葉を使いましたけれども、弁護士が当事者に寄り添った上で、裁判所の提示する解決が相応しいということを代理人としての立場から説明するなどの懸命な努力をされ、和解という形で解決した事件が印象に残っています。
裁判官として大切にしてきたことは、何事にも正面から誠実に取り組むということと、裁判は裁判官だけではできないということです。正面から誠実に取り組むというのは、事件の審理においては、謙虚に事実に向き合い、双方の当事者の主張に耳を傾けるということになります。裁判は裁判官だけではできないということ、これは私がずっと同僚裁判官、書記官に言い続けてきたことですが、民事裁判は、裁判官と書記官等の関係職員との間のチームの作業、そして当事者との共同作業と考えています。このことを常に忘れてはいけないと肝に銘じてきました。最高裁判事としての仕事はこれから始まるわけですが、これまで大切にしてきたこの姿勢を今後も貫いていければと思っています。
【記者】
中村判事は、裁判員制度の創設にも関わられました。導入から15年が経過し、制度として定着しつつある一方、裁判員の辞退率の高止まりといった課題も指摘されています。現状に対する評価や課題について、お考えをお聞かせください。
【判事】
関わったというのはやや大げさな感じがします。裁判員法を含む司法制度改革関連法案が国会で審議され、法が成立して施行されるまでに5年の準備期間がありましたが、その準備期間の前半に、総務局の課長として仕事をし、端っこの方でその準備を見聞きしていたというのが実際です。当時を思い出しますと、裁判員制度は、全て疑問点だらけの状態から、一から作り上げていくということで、裁判所が一丸となって様々な検討や準備を進め、模擬裁判を数えきれないくらい繰り返し、運用に携わる検察庁、弁護士会と協議を重ねてきたと記憶しています。
導入から15年、裁判員制度は、導入以来概ね安定的かつ順調に運用されてきていると思います。これは国民の皆様の理解と協力の賜物だと思います。令和5年の裁判員等経験者に対するアンケート調査結果報告書によると裁判員経験者の96.5%の方々からよい経験であったとの回答をいただいています。これはとても心強い数字だと思います。とはいえ、御指摘のように課題もあるように思います。
課題の一つが、公判前整理手続の長期化です。公判前整理手続の長期化は、証人等の事件関係者の記憶の減退を招き、公判中心主義、直接主義による審理の実体を損ないかねないものと思います。要因については様々なものがあろうかと思いますが、公判準備の基本的な在り方について引き続き意見交換を重ね、問題点を克服するための努力と実践が求められるように思います。
辞退率の高止まりという御指摘もありました。出席率・辞退率については、いずれも平成30年以降横ばいで推移しており、制度の安定的な運用に影響を与えるには至っていないと承知していますが、今後の動向に注意していく必要がありますし、裁判員経験者の声が広く国民の皆様に浸透していくようにするための広報活動の工夫、負担軽減の工夫などに一層努めていく必要があるように思います。
裁判員制度の導入の趣旨は、法律の専門家である裁判官だけで行ってきた刑事裁判の審理・評議に国民が参加し、評議での議論を通じて、裁判に国民の視点・感覚を反映させ、司法に対する国民の信頼を向上させていくということですから、この趣旨に立ち返って、運用に問題ないかを常に注視し、判断の在り方全般についても検討を続け、この制度を、将来にわたって我が国の社会に確実に根付かせていく必要があるように思います。
【記者】
民事裁判については全面デジタル化まで2年を切っていますが、審理においてデジタル技術がどのように活用されていくことを期待しますか。
【判事】
裁判所が国民に身近で頼りがいのある存在であることが極めて重要であると考えています。裁判手続のデジタル化は国民の裁判へのアクセスと利便性を向上させ、裁判所が国民にとってより身近な存在になるという点で大きな意義があると思っています。それとともに、デジタル技術を生かして裁判手続全体を合理化・効率化して、今まで以上に審理を迅速化しつつ、裁判の質を高めていく努力が極めて重要だというふうに考えています。
これまで裁判所でIT化ということで言われてきたものを振り返ると、文書作成ツールとして導入されたワープロ、パソコン、あるいはそのパソコンの検索能力を生かした様々な裁判事務処理システムの導入といった経過をたどっていますが、これらは飽くまで事務補助のツールであり、対面・紙による手続というのはこれまであまり変わっていませんでした。今回のデジタル化は手続そのものが外部との関係を含めてデジタルツールに置き換わるというもので、極めて大きな変革と言ってよいと思います。御質問にもありましたが、民事訴訟手続を全面デジタル化するための改正民訴法の全面施行まで残り2年を切っています。システムの開発等の準備が進められていると承知していますが、民事訴訟手続の在り方を抜本的に見直して、裁判の質の更なる向上を図ることが強く期待されますし、裁判官あるいは書記官による検討が更に加速化するように期待しているところです。
【記者】
最高裁判所の大法廷と一部小法廷にデジタル機器が整備されましたが、最高裁での活用の在り方についてお考えを教えてください。
【判事】
地裁・高裁という観点でいうと、ウェブ会議の方法による口頭弁論、いわゆるe法廷については当事者のニーズも高く、その実施件数は着実に増加しています。
最高裁でこれをどう活用していくか、そもそもどのような事件でウェブ弁論等を実施するかについては、その事件を担当する裁判体の判断に関する事項ということだと思いますので、最高裁の手続に関しては、事案に即して、最高裁の個々の裁判体で判断されるべきものとしか申し上げられませんが、最高裁においても現在の地裁・高裁で導入されているウェブ弁論の実績あるいは導入の趣旨を踏まえて適切な運用がされていくものであろうと考えているところです。
【記者】
趣味や休日の過ごし方を教えてください。
【判事】
空いた時間には健康のためのウォーキングや水泳をするのが好きです。また、家にいるときには時間を見つけて歴史あるいは自然科学の本を乱読するということ、あるいは音楽鑑賞、ミスチルやクラシック、特にブラームス等のピアノ曲が好きなので、これらの音楽を聴いて気分転換をしています。コロナが流行して以降は行けていないのですが、もともとはライブに行くのも非常に好きです。
【記者】
今読んでおられる本はありますか。
【判事】
最近はユヴァル・ノア・ハラリという方が書いた「サピエンス全史」という本が文庫本になりましたので、これを購入して時間があるときに読んでいます。これは認知能力という機軸で人類の歴史を通観した本で、非常に興味深く読んでいます。
【記者】
これまで司法行政に長く携わってこられたと思いますが、その経験の中で苦労されたことや個別の事件に向き合う際に役立つことなどをお教えください。
【判事】
先ほど裁判に携わったときのお話をしましたが、司法行政の仕事で苦労したことや印象に残っていることはたくさんあります。司法行政の仕事についても、先ほど申し上げましたように、私としては何事にも正面から誠実に取り組むということを心掛けてきました。少し具体的に言いますと、いろいろな課題を考えるときに、適正迅速な裁判という、裁判所が不断に生み出していかなければならないアウトプットを支える環境整備が司法行政の役割である、この司法行政の役割という大前提を踏まえた上で、裁判所で遵守しなければならない価値、すなわち中立・公正・独立を堅持するということを必須のこととした上で、内部の論理に縛られてしまうことのないよう、まず内部で議論を重ねた上で広く外部から意見を聴くことの重要性を意識してきたつもりです。
様々な案件で悩み続けてきたというのが正直な実感です。苦労した案件を通じて今思っているのは、特に裁判所が行う行政事務というのは大勢やその場の雰囲気・空気に流されることなく立ち止まって考え、これまでの経緯等に捕らわれることなく判断する勇気が必要だと感じています。
ある先輩から、判断に迷ったらたとえ手間がかかっても最も困難だと思う道を選べ、最も困難な道に正解があることが多いというふうに教えられました。大分若いときの話ですけれども。自分としては迷うことばかりだったというのが思い出ですが、一番の正道を模索し、筋を通すということを心掛けて司法行政の仕事に従事してきたつもりです。