令和5年11月6日
【記者】
最高裁判事への就任が決まったときのお気持ちと、今後の抱負についてお聞かせください。
【判事】
内定の御連絡をいただいたときは、本当に驚きまして、現実とは思えませんでした。その後いろいろな方からお祝いや励ましのお言葉を頂き、また、就任に向けて準備を進める中で、ようやく自分が最高裁判事になるのだと実感し、その責任の重さに身が引き締まる思いでおります。
今後の抱負ですが、私はこれまで複数の弁護士やスタッフとチームで案件に対応することが多かったものですから、今後も調査官、書記官、秘書官、その他職員の方々とチームワークを大切にして、他の判事とも十分に議論し、様々な意見に耳を傾け、公平で妥当な判断を行うことができるように努めたいと思います。
【記者】
弁護士としてのお仕事に加え、民間企業の社外取締役や国の各種委員会で委員を務めてこられたかと思います。特に印象に残った仕事をお聞かせください。また、これまでの経験をどのように最高裁判事として生かしていくかお聞かせください。
【判事】
私が弁護士として関わった訴訟事件は、依頼者の方にとって非常に重要な事件ばかりでしたので、どれも皆、印象に残ってはいるのですが、特に印象に残った仕事ということでしたら、私は平成10年、1998年に、上告代理人として、最高裁判所の第一小法廷で行われた口頭弁論に出席したときの緊張感と誇らしさを今でもよく覚えております。ある有名ブランドの営業表示に関する不正競争行為禁止事件の上告審でございました。原審の東京高等裁判所では、被上告人の営業の種類、規模等が上告人グループのものとは異なるために、たとえ被上告人が上告人の周知な営業表示と類似の表示を使用しても、一般の消費者において、被上告人が上告人グループと業務上、経済上又は組織上何らかの関係があると誤認するおそれがあるとは認め難いとして、上告人の請求を棄却しました。最高裁では、従来の判例と同様に、いわゆる広義の混同を認めて原判決を一部破棄し、原審に差し戻しました。この事件は、私にとって、弁護士として最高裁判所で口頭弁論を行った最初の事件ですので、とても印象に残っております。
また、御指摘いただいたとおり、私は、これまで産業構造審議会知的財産分科会や内閣官房知財戦略本部など、国の各種委員会の委員を務めて、知財制度改革のお手伝いをしてまいりました。また、社外取締役あるいは社外監査役として、民間企業のガバナンスの一翼を担ってまいりました。これらの仕事を通じて養った私の知見や経験を、最高裁判事として、社会の実情を踏まえた公正な判断を行うために生かしていければと思っております。
【記者】
最近の司法の動向について特に印象に残っているものや、今後の司法の課題などについてのお考えをお聞かせください。
【判事】
最近の司法関係の動きの中では、裁判手続のデジタル化とビジネス・コートの開設について注目しております。裁判手続のデジタル化は、国民にとって司法にアクセスしやすくなり利便性が向上することが期待できます。また、デジタル化の検討を通じて、これまでの裁判の運用を見直す機会になるとも思っておりますし、裁判手続の迅速化にもつなげてほしいと感じております。
また、昨年10月に開設されたビジネス・コートは、知財分野を始めとしたビジネス関連訴訟の専門的処理体制を、より充実・強化するものと認識しております。私も、弁護士として、裁判や調停期日でビジネス・コートを利用しましたが、ウェブ会議用の設備が導入されるなど、裁判手続のデジタル化を意識した作りになっていると感じました。今後の運用に期待しております。
また、先日、最高裁や知財高裁も主催者となって、国際知財司法シンポジウム2023(JSIP2023)という国際的なシンポジウムが開催されました。私も弁護士として参加させていただきましたが、我が国の知財関係訴訟に関する情報を国内外に発信するとともに、諸外国の情報を直接得られる貴重な機会となりました。このように、司法として積極的に対外発信していくことの重要性は、ますます高まっていると感じております。そして、そのような取組が充実していくことが必要ではないかと思います。
【記者】
最初に法曹界を目指すようになったきっかけ、経緯を伺いたいのと、その中で弁護士の道を選ばれた理由をお願いします。
【判事】
私は、特に法曹界で仕事をしようと意識しましたのは、大学になってからでございます。
私は、そもそも愛知県の豊橋市という地方都市に育ちまして、父は小さな町の電気店を営んでおりましたし、周囲に法曹関係者もいらっしゃいませんでしたので、大学進学のときは、漠然と高校の進路指導に従って東大の文科一類に入学しました。そして、入学して初めて気が付いたのですが、当時は男女雇用機会均等法がなく、東大法学部の女子学生の就職先はとても限られていました。先輩たちから選択肢として挙げられたのが、国家公務員試験、司法試験、そして外資系企業への就職というものでした。私としては、その時に初めて、司法試験を受けて法曹となる道を認識したという次第です。そして、司法試験を受けて法曹になる道を認識したはいいのですが、その中で何になるかということを考えたときに、自分なりに弁護士が向いているのでは、と考え、また、先輩たちのアドバイスもありましたので、弁護士を目指して司法試験を受験することにいたしました。そのようなことで、法曹への道、そして弁護士を目指すということになった次第です。
【記者】
弁護士に、御自身で向いているのではと思ったのはどんなところでしょうか。
【判事】
自分としては、あまり制約が少なく、自分で自由に仕事を選んだり、自分で仕事の方向性を決めていけるということで、弁護士は正に自由業というような認識でおりましたので、そのときはやはり公務員というよりは、弁護士が自分に向いているのではないかと思った次第です。
【記者】
知的財産分野の専門家と存じておりますが、知財の専門家として最高裁判事に就任して、お心構えなどございましたらお聞かせください。
【判事】
私は、弁護士のときは知財分野の専門家として仕事をしておりましたけれども、最高裁判事になりますと、事件というのは平等にあらゆる仕事が配てんされていると伺っておりますので、その場合は、全て幅広くあらゆる分野の法律について検討していかなければいけないと考えております。もし私に、知財の仕事が回ってくるようなことがありましたら、これまでの経験や知識を他の裁判官と共有し、いろいろお話をして議論をリードしていけるのではないかと期待はしております。
【記者】
宮川判事は旧姓で御活動されるというふうにお聞きしておりまして、すでに先例があることですけれども、その辺の思いなどをお聞かせいただければと思います。
【判事】
私は弁護士になったときは宮川という名前でございましたので、その後も私のキャリアは宮川ということで、論文も、担当した事件の判例の中での代理人の名前も、それから交友関係も全て宮川で築き上げてまいりましたので、結婚して戸籍姓が変わる場合でも、やはり宮川という名前を継続使用することが最も適切ではないかと考えて、旧姓を継続して使用することにした次第です。
【記者】
普段の生活の中での御趣味とその理由を教えていただけますか。
【判事】
趣味は本当にたくさんあるのですけれども、よく申し上げるのが観劇ですね。特に歌舞伎、文楽といった伝統芸能の舞台を観るのが楽しみです。今回、折角、国立劇場の隣に引っ越してこられたと思った途端に、さよなら公演が無事に終わってしまいまして、建替えのために閉場ということになりまして、タイミングが悪かったなと、残念だと思うぐらい、伝統芸能の舞台をよく拝見しております。
それから、なかなか上達しないゴルフも趣味の一つですし、海外、国内問わず旅行が大好きで、休みが取れれば主人と一緒によく出かけております。
私は、弁護士として、エンターテインメント分野の知財の仕事をしておりましたので、音楽、映画、テレビ番組、動画配信などあらゆるコンテンツで、流行りものは必ず押さえるようにしておりました。例えば、移動時間とか休憩中には、スマホで音楽を聴いております。最近では、米津玄師さん、King Gnu、藤井風さんなどをよく聴いております。テレビ番組では「ミステリと言う勿れ 」という連続ドラマが非常に良かったものですから、原作のコミック、全部ダウンロードして読みました。そして、テレビドラマや映画のテーマソングがKing Gnuのものなので、正にテーマソング、原作コミックと映像のメディアミックスを楽しんでおります。
映画鑑賞も趣味の一つで、様々な映画を観ております。重いものから軽いものまで。少し前の話になりますが、特に思い出深いのは、コロナの非常事態宣言で公開が2回も延期されてしまった「シン・エヴァンゲリオン劇場版」です。私もようやく公開になったときは、応援の思いも込めて何回も映画館に足を運びました。合理的で論理的な世界で仕事をしておりますので、逆に趣味としては、非現実的な小説やアニメ、映画や舞台などを観ることがいい気分転換になっているような気がします。
【記者】
これまで御専門とされてきた知的財産分野の面白さ、魅力をどのように感じていらっしゃいますでしょうか。
【判事】
知的財産っていうのは、動産とか不動産のように形があるものではなくて、人間が作り出した創作物や発明といった形にならないもの、あるいは、ブランドのように企業が営業活動を通じて蓄積した信用というのも、同じように形のないものですが、そのような形のないものをどのように保護し、そして活用していくかという部分が非常に面白いというふうに思ってまいりました。
具体的には、まず知的財産の仕事というのは、どのような権利を取得するか、権利を取得した後どのように活用していくのか、それからその権利を侵害された場合、あるいは第三者から権利を侵害されたと訴えられたような場合、どのようなアクションを取るかと、あらゆる場面で知的財産の専門家として依頼者の方をサポートすることができて、非常に面白いと思っております。それから、知的財産分野に限りませんが、生成AIとかメタバースなど、新しい技術が出たときに、皆で議論し、研究し、場合によってはルール作りや法改正に関与できるというところも、知的財産分野の仕事の面白いところだったと思います。
知的財産というものは形のないものだというふうに申し上げましたが、それは国境を越えて海外でも日本でも利用されるものですので、日本だけではなく、海外でも、同じ知的財産を侵害する事件が起きてくることもあります。そうした場合に、海外の法律家と一緒に、全く異なる法律や司法制度の下で、各国で同じ知財を守っていく、あるいは戦っていくという仕事ができるのが、非常に興味深かったと思っております。
【記者】
もう一点、座右の銘というか、これまで支えとされてきたお言葉なんかがもしあればお願いします。
【判事】
非常にシンプルな言葉ですが、「大丈夫、何とかなる」という言葉が、私の座右の銘と言えると思います。先ほど申し上げたように、弁護士としてこの道を選ぶときとか、今回このようなお話を頂いたときなど、重大な決断が必要なときには、非常に悩むのですけれども、最終的には「大丈夫、何とかなる」と自分を励まして、一歩前に進むようにしております。
また、今回私が最高裁判事になることを知った友人が、私に「謙虚にして驕らず、更に努力を」という稲盛和夫さんの言葉を贈ってくれました。稲盛さんが何か大きな成功を収めたときに作られた言葉だということです。この時期に含蓄の深い言葉だなと思っておりまして、私が今回最高裁判事に就任できたのは、自分一人が努力してきた成果だと驕ることなく、これまで私を励まし支えてくれた両親や家族、友人、先輩や同僚たちへの感謝の気持ちを忘れずに、更に努力していきたいと思います。