今崎幸彦最高裁判所長官就任記者会見の概要

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令和6年8月16日

 今崎最高裁判所長官は、就任記者会見を行い、談話を発表するとともに、以下のとおり、記者からの質問に応じました。

【記者】

 長官に就任されるに当たり、御所感と抱負をお聞かせください。

【長官】

 大きな責任に身の引き締まる思いというに尽きます。判事就任時にも同じようなことを言った覚えがありますが、今回の重みには格別のものがあります。先人の偉大さには到底及びませんが、自分にできることを地道に、誠実に実行していきたいと考えております。
 抱負というほどではないですが、今考えていることをこの機会に述べさせていただきます。事件数でみると、最高裁判所が扱う事件は、地裁、家裁、簡裁の扱う事件数に比較するとわずかです。何かにつけ最高裁判所が注目を浴びますが、オールジャパンでみたときには、下級裁判所、特に一審の仕事量が圧倒的であり、その働きぶりが我が国の司法のあり様を規定しているといっても過言ではありません。これら下級裁判所が良い仕事をして国民の信頼を得ていくためにも、そういった裁判所の裁判官、職員が伸び伸びと本来の職務を全うできるようにすることが、裁判事務としても司法行政としても最高裁判所の大事な役割ではないかと考えています。

【記者】

 裁判の迅速化や裁判手続のデジタル化など、裁判所が抱える現在の課題についてお聞かせください。また、今後の裁判所の在るべき姿についてお考えをお聞かせください。

【長官】

 迅速化についてですが、裁判所の仕事は事件を適正迅速に解決に導くことであり、迅速な裁判の実現は裁判所にとって最も重要な使命の一つということになります。最近は、民事でいえば通常事件の審理期間、刑事でいえば公判前整理手続の期間が取り上げられることが多いですが、他の分野でも迅速化が重要であることに変わりはありません。
 迅速化の阻害要因は様々に分析されていますが、少なくとも今の審理の在り方を見直す必要があるという点では裁判所内ではコンセンサスがあると思います。問題は具体的にどうするかでありまして、それは理屈と言うよりは実践の問題であり、そのための具体的な取組や工夫は各地の裁判所で行われていると聞いています。どうしても試行錯誤という側面はあるのですが、失敗を怖れず果敢に挑戦してもらいたいと思っていますし、最高裁判所としても、そういう試みは後押ししていきたいと思っています。
 司法のデジタル化は、国民にとっては司法へのアクセスの利便性を高めるという非常に大きな意義を持つものでありますが、適正迅速な裁判の実現という意味でも重要です。単に裁判への新たなITツールの導入にとどまるべきものではなく、審理・判断の質を向上させる取組の一環としてこそ真の意味があると考えています。そういう意味でも、デジタル化は今後の司法の在り方を左右する重要な改革であると思います。
 最後に在るべき姿についてですが、裁判所の仕事は1件1件の事件に地道に取り組み、適切な解決に導くことであり、そういう意味での「在るべき姿」はいつの時代も変わるものではありません。その上で、近未来の夢をあえて申し上げれば、デジタル化を含む様々な改革によって、弁護士や検察官と裁判官との間の意思疎通が格段に円滑になり、法廷でのやり取りが活気と緊張に満ちたものになり、裁判官や職員、おそらくは弁護士や検察官も含め、そういった人々の机の上から分厚い書類が一掃される、そんな情景を夢見ているところでありまして、自分が現役の間にどこまでそういう景色に近づいたものを見られるか楽しみにしています。

【記者】

 国民の価値観や意識の多様化を背景に、性的少数者の方々が当事者となり憲法をもとに救済を求める事件が各地で相次いでいます。こうした問題に司法はどう向き合うべきとお考えでしょうか。

【長官】

 御質問のうち、具体的な事件に関わることについてはお答えを差し控えます。つまり、おっしゃった事件というのは、おそらく自分が関わった事件もその中に含まれるのだと思いますが、自らが関わった事件については判決や決定の中で表明した意見以上に述べることはありません。それ以外の、下級裁判所を含め現在係属中又は将来係属する可能性のある事件やそれに関わる論点についても、最高裁判所長官の立場上発言は差し控えさせていただきます。
 その上であくまでも一般論として申し上げれば、人々の価値観や行動様式の多様化に伴って、御指摘のような事件を含めて、これまでに例のない、新たな視点や論点をはらんだ事件というのは今後も増えていくのだろうと思っています。
 そういう事件だからといって、私は何か特別な心構えや目的意識を持って審理に臨むというわけではないと思っています。ただ、そうした事件では、裁判官には相当な力量が求められます。法律問題として新規なので法的観点からの分析や検討は必要になってきます。それだけではなく、背景となる社会的な実体や実情への理解も欠かせないし、多角的な視点からバランスの取れた判断力も求められます。要するに、裁判官としての総合力が試されるわけであり、普段からそうした能力、識見を高めておくことが肝要です。常日頃から事件を離れて、裁判官同士でそうした話題をカジュアルに議論していることも大事だろうと思っています。

【記者】

 憲法改正を巡る議論が続いています。「憲法の番人」とも呼ばれる最高裁の長官として、憲法に対する考えをお聞かせください。

【長官】

 憲法は、我が国における法の支配の基盤となるものであり、これに日頃から国民の関心が寄せられるということは重要なことであると思っています。
 ただ、裁判所は、あくまでも具体的な事件を担当する中で、憲法を解釈しそれを適用するのが仕事です。最高裁判所長官も裁判官の一人であり、「憲法に対する考え」は、具体的事件を判断する中で必要なときに、その限りでのみ明らかにされるべきものだと考えています。それ以外の場で考えを述べることは差し控えさせていただきます。

【記者】

 お休みの日はどのようにお過ごしでしょうか。趣味や大切にされている考え方、言葉がありましたらお聞かせください。

【長官】

 休日ですが、決まった過ごし方があるわけではなく、本を読んだり音楽を聴いたりで、どちらかといえばインドア派の人間です。以前は外出するとすれば妻と美術館に行くことがしばしばあったのですが、コロナ禍で中断していました。最近になってまた行き始めたところ、この暑さでお休みしているのが現状です。
 ホームページにも詳しく書いたのですが、大事にしている言葉はカエサルの「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。」という言葉です。これは塩野七生さんによる意訳に近いものらしいですが、自分としてはこの表現がしっくりくると思っています。

【記者】

 戸倉前長官が退任記者会見の際に、今崎裁判官は刑事裁判官としての能力だけでなく、アタッシェや裁判所調査官といった幅広い経験をお持ちであるところ、裁判員裁判の公判前整理手続の長期化問題への対応が課題として挙げられる現状で、大いに力を発揮されることに期待していると発言されていましたが、それに対する受け止めをお聞かせいただけますか。

【長官】

 戸倉前長官が具体的にどのようにおっしゃったかは直接把握していませんが、公判前整理手続の長期化に課題として取り組んでほしいということであれば、この問題は大事な問題だと思います。と同時に、非常に深い問題だとも思っております。公判前整理手続の長期化というのは、裁判員裁判の対象事件とそれ以外の事件の両方についてだと思いますが、全ての事件で必ず公判前整理手続を行わなければならない裁判員裁判について、特に問題が大きいと思っています。
 最近の裁判員裁判と裁判員制度開始当初の裁判員裁判の運営状況とを考えてみると、公判前整理手続の長期化は顕著な状況です。また、それ以外でも、公判審理に入ってからの期間も少し伸びていますし、開かれる公判回数も増えているように思います。その結果としての判決書も当初と見比べると詳細で長くなっている印象を持っています。これは、全体として見ると非常に丁寧な証拠調べや評議をし、綿密な検討をしているものと評価でき、それ自体は良いことだと思いますが、手放しで良かったと言って済む問題かということについては、少し考えた方が良いと思っています。
 というのも、裁判員裁判は国民の負担の上に成り立っている制度です。丁寧であることは大事なことですが、過剰な丁寧さになると、どうしても負担を大きくすることになります。まず、裁判員の方々に審理や評議に来ていただく時間が長くなりますし、被告人、被害者、あるいはその御家族や御遺族といった方々にとっても決して望ましいものではありません。検察官や弁護人などの関係者にも手続上の様々な負担があるでしょうし、もちろん裁判所にとっての負担もあります。
 要するに、丁寧さが過剰になっては良くないということです。これは、裁判員制度が国民の負担の上に成り立っている制度であることから、特に強調されて然るべきと思っています。やはり、裁判員裁判を運営する裁判官としても、それは警戒しなければならない点かと思います。公判前整理手続の期間が長くなっているというのは、過剰な丁寧さと相関関係がありはしないかという視点は持っていた方が良いと思っています。もし過剰な丁寧さが公判前整理手続の長期化を招いているのだとすれば、技術的な、小手先の対応で期間を短くできたとしても根本的な解決にはならないと思います。裁判員制度は開始から15年が経過し、国民の皆様の温かい御協力、御理解をいただき、おおむね順調に運営されておりますが、安定した運営がされているこの時期に、一度そういう観点から制度運営の在り方を見直してみる、ということがあっても良いのではないかと思います。

【記者】

 生成AIの活用について、今崎長官のお考えをお聞かせください。

【長官】

 生成AIは、今後司法のみならずあらゆる社会における大きな要因になっていくことは間違いないと思います。司法としても、この生成AIとどのように付き合っていくのかを考えなければならないと思います。
 ただ、生成AIに関しては様々な課題があるということはよく言われているところかと思います。裁判所で生成AIをどのように活用するかを考えると、まず、コアとなる裁判官の判断作用を生成AIにより何らかの形で代替するなり、生成AIを判断のツールとして使用するということが考えられますが、これは裁判の本質そのものに関わる問題なので、単に技術的に可能かという問題を超えて、そもそも国民が納得するか、司法の在り方としてそれで良いかという大きな問題に関わってくると思います。
 そこまではいかないとしても、裁判の中での様々な情報処理に生成AIを活用するということは、もう少し近い課題として、検討に値するのであろうと思っています。ただ、現在の生成AIには、学習データに偏りはないか、著作権上の問題はないか、当事者のプライバシーに関わる部分について問題はないか、そして特に裁判所は機微な情報を扱うところがありますので、セキュリティ上の問題はないかなど、様々な課題があります。そういう課題の一つ一つをよく考えた上で、少し中長期的な目で、裁判あるいは裁判所の事務における生成AIの在り方を考えていく必要があると思っています。決して消極的な姿勢というつもりはありませんが、生成AIの活用を検討するに当たってはいろいろな課題があると思っています。

【記者】

 裁判員制度が始まって15年が経ちましたが、裁判長として関わられた裁判員裁判の中で印象に残っている事件がありましたら教えてください。

【長官】

 最高裁判事に就任したときにお話した内容と重複してしまいますが、東日本大震災が発生した時期に裁判長として公判審理に臨んでいたので、とりわけ、その時における裁判員の方々の行動にとても感銘を受けたことがありました。
 その事件は、金曜日の一日のうちに審理を終えて、月曜日に判決を言い渡す予定でしたけれども、審理の最後、弁護人の弁論の最中に揺れが起こったわけです。その日は審理を続けられなくなって、結局、裁判員の方々にはお帰りいただくことになりました。最終的には、夜11時半頃だったと思いますが、最後の方が無事に着きましたと連絡をくれて、安心してその日を終えたというわけです。
 問題は、この事件の審理をどうするかということでしたが、被告人の身柄が拘束中の事件だったため、裁判長としては何とか審理を終わらせたいと思い、裁判員の方々にはお帰りいただくときに「是非、月曜日に予定どおり審理を進めたい。」とお願いしました。検察官や弁護人にも同じように言って、快く了承していただきました。週明けの月曜日、裁判員の方々に本当に来ていただけるか不安だったのですが、裁判員6人と補充裁判員1人の合計7人のうち6人は時間どおりに集合され、残りの1人も「今電車を待っていて、すごい行列ですが、必ず行きます。」とお電話をくださって、少し遅れておいでになりました。そして、法廷に皆が集まり、弁護人の弁論と被告人の最終陳述を行って手続を終え、評議室に戻って評議をし、判決を作って無事にその日に判決を言い渡した、という事件のことをよく思い出します。あの状況で全員がおいでになったということにすごく感動しましたし、誰一人不安めいたことをおっしゃらなくて、気持ちよく仕事を終えたということで帰っていかれました。そのときに、裁判員の方々はすごいなと感動したことを覚えています。

【記者】

 刑事裁判のスペシャリストという評価を受けられているかと思いますが、当初から刑事裁判の専門家を目指されていたのでしょうか。

【長官】

 裁判官として任官するときは、民事事件を担当したいと思っておりました。初任は東京地裁の刑事部に配属されましたが、別にそれは不満だったということはなく、すごく楽しくて、当時の裁判長も素晴らしい方だったので、非常に良い経験でした。その後、留学をさせていただき、帰ってきてからは最高裁の刑事局で半年強ほど仕事をし、外務省に出向して、フィリピンの日本国大使館で2年間二等書記官をやって帰国しました。ここが運命の分かれ目だったと思うのですが、帰国後は京都地裁で刑事を担当することになりました。おそらくこれで私の進路は決まってしまったのではないかと思うのですが、初任から10年以上刑事事件以外やったことがないので、それ以外を担当させるのは危ないと思われたのか、その後ずっと刑事事件の担当になりました。今思えば、民事事件や家事事件、少年事件を担当する経験を有することが、たとえいずれ最終的に刑事事件を担当することになったとしても望ましかったと思いますし、その意味で残念だと思わないことはないのですが、その後、裁判員裁判の制度設計だとか裁判員裁判の実践の中に関わることになりましたので、裁判官の人生としては満足しています。そういう限りで複雑な思いがないわけではありませんが、幸せな裁判官人生だと思っております。

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