令和6年4月17日
【記者】
最高裁判事就任が決まったときの気持ちと今後の抱負について教えてください。
【判事】
司法を通じて、国民の信頼に応えていくという任務に改めて思いを致しているところです。皆様御承知のとおり、私にとっては未経験の分野でございます。行政官、特に外交官として、40年以上にわたって培ってきた経験を踏まえ、どのような形で国民のお役に立てるのか、個別具体の事案に真剣に取り組むことを通じて、私なりの貢献の在り方を探っていきたいと考えております。
【記者】
外交官や国連大使などこれまでの経験を今後どのように職務に活かしていく考えでしょうか。
【判事】
先ほども申し上げましたけれども、40年以上にわたって外交という仕事に携わってまいりました。そこで、いろいろな国の外交活動を支える人と意見交換する機会に恵まれてきました。そういう経験を通じて、私自身は、外交官生活を終えるに当たって三つほど重要なことがあると考えた次第です。一つは、外交というのは、国と国との関係のマネジメントに関わる作業ではあるのですが、究極においては、個々人の尊厳を確保できるようにすることが重要ではないかと思っております。二つ目に、個々人の尊厳を確保していくためには、基本的人権の保障ですとか、国の間の平和と安全の確保、一定程度の経済的発展、そうしたものが重要であると考えております。そして最後に、そうしたことを実現するためには、法の支配を実現することが不可欠ではないかと考えております。国際情勢というのは今、様々な価値観や思想信条あるいは経済的・政治的利害関係が絡み合って、混迷の度合いを深めていると思います。そうした状況でいろいろな方が状況の改善に努力していますが、一つ重要なことは、法の支配を実現することで少なくとも最低限度の予見可能性と安定性を確保することだと思っています。
前職においてもこうした点を十分念頭に置いて活動してきたつもりです。そして今、最高裁判事という職責を担うことになり、これまでの経験を踏まえて、これから具体的にどう取り組んでいくかについては、二つだけおぼろげに私の頭の中にございます。一つは、国際社会における法の支配がなかなか実現できない中にあって、日本という素晴らしい国において、法の支配を実現し続けることに私自身が何らかの形で貢献することができればと考えています。もう一つは、日本におきましても、様々な価値観、多様性が今現れてきているのではないかと思っています。そうした多様性を深める日本の中において法の支配がどうあるべきか、どのようにすれば良いかということを、判事という立場から、具体的な事案に真摯に向き合うことで追究していきたい、このように考えている次第です。
【記者】
最近の司法の動向について、特に印象に残っていることや、今後の司法の課題についての考えをお聞かせください。
【判事】
私にとっては新しい分野ですので、今、具体的にこうだというのはなかなか申し上げにくいところはございます。ただ、世の中の技術あるいはデジタル化やAI、そうした技術の進歩と司法がどのように絡み合っていって、あるいはどのような形で絡み合っていくべきなのかというのは、一つの関心領域です。一方には司法を利用する国民の利便性、これを進めていく必要があるでしょうし、一方で、デジタル化の社会の中で個々人の尊厳をどう確保していくかという問題も出てくるかもしれません。いずれにしましても、これから個別具体の事案を通じて、そうした司法とデジタルの関わり合いについて、知見を深めていくことができればと考えております。
【記者】
国連大使として、米国にも赴任されていたと思いますけれども、国際社会での法の支配について体験されたこと、かなり目まぐるしい情勢の中で国連大使を務められたわけですけれども、そこで目撃した国際社会の法の支配、あるいはその法の支配の趣旨に抗うような流れもあったと思います。具体的な体験で印象に残ることがあればお教えください。
【判事】
国際社会は、日本国あるいはその他の主権国家とは違いまして、法執行機関があるわけではありません。そうした中で、法の支配はどうあるべきかは常に課題となると思います。特に昨今では、法の支配を踏みにじるような行為も多々見受けられる、残念ながらこういう状況があります。ただそういう中で一般論として、法の支配が大事だということは、皆さん同意されるわけですね。私も昨年1月、安保理の議長として法の支配に関する議論を行ったわけですけれども、一般論としては法の支配が人権を保障するものであり、あるいは経済活動の予測可能性を担保するものとして非常に重要だと、そこまでは良いのですけれども、現実に適用される場面になってくると、いろいろあるわけですね。今世界各地で起こっていることについて、片方は、国際法に対する挑戦である、あるいは侵害であるという方もいらっしゃれば、別の立場から見ると、いやいや、西側諸国の言っている法の支配というのは二重基準だろうと、西側がこれまでやってきたことと我々が今行おうとしていることを同じ法の支配という土台の上に乗せて議論するときに一貫性がないのではないかと、こういう議論があります。これは非常に難しいところで、やはりそれぞれの国が置かれている地政学的状況が異なりますので、これを完全に整理するのは非常に難しいと思っていますが、だからといって法の支配の重要性を諦めてはいけないというのは、多くの国はそう思っていると思いますし、私もそう思っています。利害関係が異なる国の間で、どうやって法の支配を実現していくか、これは今、多くの外交官が直面している喫緊の課題ではないかと思っております。
【記者】
今おっしゃった、法を踏みにじるような事態というのは、国連大使在任中の出来事でいうとウクライナ侵攻やガザ地区の武力衝突を念頭においていらっしゃるということでしょうか。
【判事】
私は4年間国連大使として務めましたけれども、最初に出てきたのはウクライナの事態ですね。これは、他国の領土主権に対する侵害があると思います。その後、ガザの問題も、一方の勢力であるイスラエルに対してああいう非道なことをした、これ自体国際法の違反だと私は当時思っていました。これは外務省のときの私の立場です。そしてその後、ガザで起こっていること、これも国際法に照らしていろいろな評価が出てくると思います。そのときに、一方の立場を支持する人、他方の立場を支持する人それぞれの立場で、あなたが言っていることは一貫性がないのではないか、二重基準だという話は出てきます。これが国際社会の現実だと私は思っております。
【記者】
これまで長く外交官として活躍された中で、今おっしゃったような多くの危機であったり、困難な事態に直面され、対応を迫られることも多かったと思いますが、外交官として常にどんな姿勢を心がけてこられたのでしょうか。
【判事】
外交官の仕事はいろいろあります。日本の国益を守るために、見解の違う人と意見を戦わせて説得する、あるいはできるだけ多くの友達を作る、いろいろな作業があります。そこから浮かび上がってくるのは、丁々発止のやり方、それに長けた外交技術を持った外交官の姿かと思います。そういう人もたくさんいらっしゃいます。残念ながら私はそういう丁々発止で相手を論破して行くようなタイプの外交官ではなかったような気がします。私が心がけたことは、相手の話を聴こう、いろいろな人の話をよく聴いて、そこで共通点をできれば見つけ出して、友達を作って。できなくても、立場の異なる人との間でも一定のコミュニケーションが取れるような状況を作っていこう、というのが私のモットーです。私自身が丁々発止、理路整然とやるだけの才能には恵まれていなかったのかもしれませんけれど。
【記者】
裁判を取材している中で、人権侵害を訴えるものの中には、日本政府が国連の各種委員会や理事会から勧告を受けているとか、条約違反を主張される方も多くあります。これまでどちらかというと、日本政府の立場を説明されてきたのかと思うのですけれども、これから立場が変わるということで、そうした国連の委員会、理事会からの各種勧告を受けるような人権侵害に関する事件がきたときにどのような姿勢で臨まれたいとお思いでしょうか。
【判事】
それは今お答えすることは難しいですね。それぞれ具体的な案件があったときに、これまでの私の経験も踏まえながら、しっかりと向き合っていきたいというふうにしか申し上げられないですね。一律に私はこう思いますということを現時点で申し上げることはなかなか難しいと思います。
【記者】
これまでそういった回答で苦労されたことってありますか。
【判事】
それは行政官としてはたくさんあります。
【記者】
例えば。
【判事】
今はもう判事になりましたので、そこは控えさせていただきます。
【記者】
お生まれ、あるいは出身地はどちらですか。
【判事】
生まれたのは山口県です。
【記者】
外交の世界を目指すようになったきっかけがありましたらお願いします。
【判事】
私は中学高校の6年間過ごした学校で外国人の先生が割とたくさんいらっしゃったんですね。それが私が外国と接するようになった最初の機会だったと思います。今の東京のように、そこかしこに外国の人がいるという時代ではありませんでしたので、その6年間の先生が外国人だったということで外国との触れ合いができたんですね。ちょうどその頃、不平等条約の改正ですとかポーツマス条約の締結に尽力した小村寿太郎という人の話をテレビドラマか何かで見て、もちろん小村寿太郎に及ぶべくもありませんけれども、こういう形で日本と外国との関係に携わっていくことができたら良いなという、何となく憧れのようなものが出てきました。
【記者】
今の休日の息抜き方法ですとか、趣味を伺えますか。
【判事】
私は実は非常に無趣味な人間ですけれども、これまで赴任したそれぞれのところで楽しみを見つけてきたつもりです。パリにいたときは名所旧跡を巡りましたし、インドネシアにいたときはものすごい多様性を感じられるようなところに旅行に行きましたし、カナダでは雄大な自然を堪能しました。ニューヨークではエンターテインメントの世界がありますので、メトロポリタンのミュージアムに行ったり、オペラに行ったり、カーネギーに行ったりということをしていました。最後の方はかなり忙しかったのであまりできませんでしたけれども、そういうことを致しました。そういうことでそれぞれのところで何か見つけて楽しむということだと思います。基本的にあちこち旅行したり、美味しいものを食べたりすることが好きなので、そういう生活を送っております。