令和元年5月
裁判員制度10周年を迎えて
最高裁判所長官 大谷直人
司法に対する国民の理解を深めて,その信頼の向上につながることが期待されて導入された裁判員制度は,今月21日で制度10周年を迎えます。制度の導入を受けて,公判審理が,法廷で的確に心証を採れる,活性化したものを目指して大きく変化するとともに,裁判員の方々の視点・感覚を反映し,より多角的で深みのある判断が示されるようになるなど,この10年間,戦後最大の刑事司法の改革が概ね順調に歩み続けていることに大きな感慨を覚えます。そして,こうした全く新たな裁判制度が円滑に導入できたのは,裁判員又は補充裁判員として裁判に参加いただいた約9万人の方々はもとより,裁判員候補者として選任手続にお越しいただいた約34万人,裁判員候補者全体でいえば約290万人の方々をはじめとする,国民の皆様の理解と協力の賜物であると考えています。この場を借りて深く感謝を申し上げます。
10周年は,この間に約1万2000件の裁判が全国で行われたことと相まって一つの区切りに到達したということができるでしょうが,諸外国における刑事裁判への国民参加の歴史と比較すれば,裁判員制度はまだ草創期にあるといっても過言ではなく,制度の運用もいまだ完成途上にあるというべきです。例えば,公判前整理手続の長期化,裁判員候補者の辞退率の上昇等の課題はつとに指摘されているところですし,裁判員と裁判官との真の意味での協働を実現し,判決においてそれを目に見える形として示していくための検討は,今後更に深化させていくことが望まれます。さらに,裁判員裁判で生じた刑事裁判の変化を他の分野の裁判にどう広げ,我が国における刑事裁判の全体像をどう作り直していくかという問題についても,これから腰を据えて取り組んでいく必要があります。こうした諸課題を前にして,まずは,蓄積された約1万2000件の裁判員裁判の経験を,裁判官をはじめ,制度を運用する法曹三者が改めて振り返り,成果を共有するとともに改善策を検討し,次の時代の実務に確実に反映させていく作業を協力しながら続けていく姿勢が求められます。今般,最高裁判所事務総局において裁判員制度10年の総括報告書を取りまとめましたが,これはそのための取組の一つといえます。加えて,裁判員制度を引き続き安定的に運用していくためには,国民の理解と協力が不可欠です。将来の制度の担い手である学生・生徒の皆さんに対する出張講義や裁判員経験者の方々の協力を得ての広報行事,制度実施に当たり協力をいただいた団体への働きかけなど,裁判所として,様々なレベルで地域社会との交流を続けていくことも必要です。
裁判員制度10周年は一つの通過点にすぎません。この制度の意義の重さに思いを致すとき,私たち司法に携わる者は,今後堅実に,より大きく育てていかなければならないと思っています。