令和3年7月16日
【記者】
最高裁判事への就任が決まった時のお気持ちと,今後の抱負についてお聞かせください。
【判事】
本日午前,皇居で認証式を終えて,最高裁判事に就任いたしました。どうぞよろしくお願いします。今お尋ねがありました点ですが,最初に最高裁判事就任の話を頂戴した時は,本当に文字どおり,身の引き締まる思いがいたしました。認証式を終えた今でも,最高裁判事という大変重い職務を本当にきちんと果たしていけるのかどうか,不安がないわけではありませんけれども,仕事を一つ一つ誠実にきちんと全力を挙げて取り組んでいきたいと思っております。
【記者】
これまでの裁判官人生を振り返り,特に印象に残る裁判について,お聞かせください。その御経験を踏まえ,裁判官として最も大切にしてきたことは何でしょうか。今後,最高裁判事のお仕事にも活かしていけるとお考えになっていることについても,お話しいただけますでしょうか。
【判事】
私は主に民事裁判を担当してきましたが,印象に残る事件はたくさんあります。複雑困難な事件や対立の激しい事件をいくつも経験し,その都度,いろいろ考え,悩みながら,判決や和解手続を行ってきました。この間,どの事件につきましても,他の裁判官や,代理人弁護士など訴訟関係者の皆さんの御協力を得られたおかげで,何とかやって来られたと思っております。
事実認定の場面でも法律判断の場面でも,よほど知恵を絞り,そしていろいろな方々の意見を聞かなければ,正しい結論を得られないといった難しい事件が増えてきていると思います。裁判官として一つ一つの事件について判断を示していく上では,虚心坦懐にじっくり記録を読み,謙虚に人の話を聴き,また,我が国の社会経済情勢や世界の動きなどを正確に把握した上で,誠実に考えに考え抜くとの姿勢を続けることが大切だと思ってやってまいりました。最高裁においても,この姿勢を続けてまいりたいと思っております。
【記者】
司法行政分野での御経験も豊富で,司法制度改革を進める上で重責を担ってこられたと伺っております。特に尽力された分野とそれに対する思い,また今後の司法改革に向けての御自身のお考えについて,お聞かせください。
【判事】
司法行政に携わる期間が比較的長くなりましたが,今おっしゃられた「司法制度改革において重責を担った」というのは少し違うと思っております。もう少し私よりも先輩の裁判官方の世代がその重責を担われたというふうに思います。今年は司法制度改革審議会の意見書が公表されてからちょうど20年となります。改めて,国民にとって利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのある司法の実現を目指していく必要があると思っております。この間,最高裁事務総局の人事局長をさせていただいた関係で一言だけ申し上げますと,人事局長当時,裁判所の人事行政全般をお預かりする者の一人として,裁判官・職員の採用,育成や,職場の活性化等をめぐる課題について,良い人材が得られ,各人において自分の成長が実感できるような職場になれば良いなあと考えて取り組んできました。どのような方策を講じれば元気があり多様で意欲的な人材を得られるのかとか,自由闊達な議論のできる職場にするにはどうしたら良いのかといったことを考え,努力してまいったつもりでおります。
裁判所も,これからIT化を進めていくことになりますが,このIT化を含め裁判制度のいろいろな場面において,裁判官・職員全員が,新しく柔らかい発想で新しい時代を切り拓き,より一層国民の期待と信頼に応える裁判所にしていくことが重要だと思っております。
【記者】
最高裁と他の地裁,高裁では,自ずと仕事のできることとできないことも違うし,位置付けも違うと思うんですけれども,安浪判事として,最高裁というのはどういう存在であると位置付けられているかということと,国民からどのような役割を最高裁に求められているとお考えか教えてください。
【判事】
私自身が思うには,やはり法律判断の難しい事件について,最終的,統一的な判断を示すのが最高裁だというふうに思っております。先ほども少し申し上げましたが,やはり複雑困難な事件や意見,考え方の対立の激しい事件が増えてきていると思います。そういう時代にあって,最高裁が,難しい判断を迫られるということも,きちんと裁判官方と意見交換を交わした上で,納得性の高い判断を示していくことが必要であろうというふうに思っております。
【記者】
安浪判事は奈良県の御出身と伺っておりますが,裁判官を目指されるまで子供の頃,ないしは学生時代,どのようなことをお考えになったり,どういう少年,青年だったかというのを少し振り返って教えていただけるとありがたいです。
【判事】
高校を卒業する18歳まで,奈良県の田舎町に住んでおりました。中学高校と男子校ということもありまして,行儀の悪い学生だったというふうに思います。6年間男子校におりまして,好き勝手と言いますか,周りに気兼ねなく,都会的な生活ともかけ離れた,自由な学生生活を送れたかなというふうに思っております。そういうことが裁判官の仕事であることについて,どんな影響があるのか私自身もよく分かりませんけれども,私の考え方といいますか,モットーの一つの中に,やっぱり自由とか多様性とか,もっとこんなことできるんじゃないかとか,こういうことをやってみようという意識が生まれたのはひょっとするとそういう都会とはかけ離れた町で暮らしたことが影響しているかもしれない。答えになっているかどうか分かりませんが。
【記者】
大阪時代にコロナ対策にも御尽力されてきたと思うんですけれども,今後その裁判の運用とコロナの対策,どのような調和を図っていくべきだとお考えでしょうか,よろしくお願いします。
【判事】
コロナの感染防止対策ということについては,裁判所もできる限りの対策をとっていく必要があると思っております。裁判所は事件関係者の方々,それから傍聴に来られる方々,いろいろな方が日々たくさん来られるパブリックな建物であります。一方でですね,適正迅速といいますか,迅速に自分の事件の審理を進めてほしい,判断を示してほしいと思っておられる当事者や訴訟関係者もいらっしゃるわけです。そことの兼ね合いをきちっと図っていく必要があろうと思っております。その兼ね合いをどうするかということで去年の第一波ですね,4月のときは大阪管内の裁判所でも大変悩み,いろいろ議論をし,検討したところであります。あの時点では,この感染症の全容といいますか,感染力の強さであったり,どういう対応をとるのが一番効果的なのかといった専門的知見もまだ十分でなかったこともありまして,裁判所としても本当に初めての体験をし,事件の関係者の方には御迷惑をかけたところでもあったと思っております。今後はそういう経験を踏まえて,さっきおっしゃられた感染防止対策と事件処理を進めるということを両立させることが必要だと思っております。
【記者】
人事局のときに,若手の育成に尽力されたというお話がありましたが,若い裁判官に対して励ますときによく声をかけていたお話とか,これだけは大切に思ってほしいというエールみたいなお声かけで,よく何度も出されたものがあればお聞きしたいのですが。
【判事】
いくつかあるんですけれども,若い頃からですね,自分の頭でとことん考え抜いて,どっかに答えがあると思って,その答えを探す作業をするのは裁判官じゃないと。自分の頭で考えて,それを同僚裁判官であり,裁判長にぶつけていくと,こういうことを若いときからやってほしいというのが一つですね。二つ目はですね,やはり「裁判官,裁判官」というふうに周りの職員も言うと思います。それから,代理人も一応裁判官を立ててくれると思います。そういうことに甘えるのではなく,裁判所に来られる当事者一人一人に対してリスペクトの気持ちを持って,人の話をちゃんと聴く。聴いた上で自分の考えを述べる。そういう姿勢が必要だと,この二つですかね,大体言い続けてきたのは。そういうリスペクトの気持ちを失うと裁判官としての成長を本当に遂げていけるのかという懸念もありますものでね。やっぱりいろんな人の話を聴いて,そこから学ぶということの大きさ,重要さを伝えてきたつもりでおります。
【記者】
先ほどお答えになった話と一部重複するかとは思うんですけれども,直近でも最高裁大法廷で夫婦別姓の司法判断があったりですとか,下級審でも同性婚の裁判があったりということで,ジェンダーをめぐる裁判が多くあります。国内の世論でも海外の方が多様性に対する考えが進んでいるんじゃないかという意見,国内でも本当に多様な意見が出ています。安浪判事としてはこうした家事事件をめぐる裁判の現状についてどう見ていらっしゃるか,ということと,そうした世論が一致しない難しい事件が多くある中で,どのような姿勢で耳を傾けていこうと考えているか,このあたりをお聞かせください。
【判事】
おっしゃられたような大法廷の決定があったり,札幌で同性婚の判決があったことは承知しています。国民の間で様々な意見があることも承知しています。ただ,今日の私の立場で具体的な考え方をお示しすることは差し控えたいというふうに思います。先ほども申し上げましたとおり,様々な人の意見を聴き,世界の動きなども正確に把握していくという姿勢は重要だろうと思っております。
【記者】
先ほど,後輩の裁判官や職員の方に声をかけてこられたという話があって,自分の頭で考えて同僚にぶつけてほしいというふうに声をかけてこられたと。おそらく御自身で裁判官として経験をされてきた中でその重要さみたいなことを感じてこられたと思うんですけれども,その大切さをどう考えていらっしゃるのか,もう少し教えていただけますか。
【判事】
例が良くないということで後で言われるとあれなんですが,試験問題の解答や正解を探すような作業ではないということです。一つ一つの事件は千差万別です。似たような事件であるように見えても当事者は違っていらっしゃるわけですので,どこかに正しい答えがあって,それを見つけるような,解答探しというんですか,正解探しみたいなことと裁判をする気持ちというのは違うだろうということを伝えていきたかったと思っております。さっき申し上げたのはそういう趣旨です。自分でこの事件にふさわしい解決の方法は何かとか,法的判断が求められているときに自分が一番正しいと思う判断は何かと自分で考えること,そういうことを積み重ねていくことが裁判官としての成長につながっていくということですね。