今崎最高裁判所長官は、憲法記念日を迎えるに当たって記者会見を行い、談話を発表するとともに、以下のとおり、記者からの質問に応じました。
【記者】
司法手続のデジタル化についてお伺いします。民事訴訟では、口頭弁論手続でのウェブ会議運用が去年始まりました。刑事手続におきましても、逮捕状などのデジタル化を盛り込んだ刑事訴訟法の改正案が2月に閣議決定され、議論が続いています。今後の課題や期待されることなど、考えをお聞かせください。
【長官】
現在、民事や家事の分野においてはデジタル化に関する法整備がされ、刑事の分野においても、刑事訴訟法等の改正案が国会に提出され、現在審議されているものと承知しています。
質の高い司法サービスを提供し、法の支配を社会の隅々まで行き渡らせるという司法の役割は、裁判手続がデジタル化されても、変わることはありません。国民の皆さまに分かりやすく、利用しやすいシステムを構築するなどして、司法アクセスを向上させるとともに、デジタル化を契機として裁判手続を合理化・効率化し、より一層適正かつ迅速な裁判を実現して、広く国民の皆さまにデジタル化のメリットを享受していただけるようにしたいと考えています。
特に、民事訴訟については、民事訴訟手続を全面的にデジタル化するための改正民事訴訟法が令和8年5月までに全面施行されます。最高裁判所においては、令和6年9月に民事訴訟規則等を改正するとともに、書面等のオンライン提出や訴訟記録の電子化を実現するためのシステムの整備を鋭意進めており、全国の裁判所においても、円滑な運用開始に向けた準備が進められているところです。そうした場で、各地の弁護士会や弁護士等の協力も得ながら、裁判実務の在り方について検討を深め、デジタル化時代にふさわしい審理運営を実現することにより、質の高い司法サービスの提供へとつなげていくことを期待しています。
【記者】
昨今、性別変更や同性婚など多様性をめぐる裁判に注目が集まっています。今後の社会の在り方に影響を与える重要な判断を示すことになる裁判所、裁判官にはどのような視点が求められ、当事者の声にどう向き合っていくべきか、お考えをお聞かせください。
【長官】
個別具体的な事件についてではなく、あくまでも一般論としてお答えいたします。
人々の価値観や行動様式の多様化もあり、今後もこれまでに例のない事件が提起されることが予想されます。その中には、社会に少なからぬ影響を及ぼす事件もあることと思います。
そういう事件だからといって、何か特別な心構えや目的意識をもって臨むということはありませんし、当事者の主張によく耳を傾けるべきことも、ほかの事件と変わることはありません。ただ、そうした事件は新たな視点や論点をはらむことも多く、裁判官には相当な力量が求められます。法的観点からの分析、検討はもちろんのこと、背景となる社会的な実体への理解は欠かせませんし、多角的な視点からバランスの取れた判断力も必要でしょう。要は裁判官としての総合力が試されるわけであり、そうした事件にも適切に対応するため、裁判官には、日々の仕事・生活を通じて、主体的かつ自律的に識見を高めることが求められます。司法行政としても、各種の研修等を通して、各裁判官の取組を支援していきたいと考えています。
【記者】
再審請求事件についてお伺いします。審理の長期化を指摘する声が上がっていますが、今年2月、司法研修所において各地の裁判官が実務上の課題を議論する場が設けられたと聞いております。再審の現状と課題についてどのように受け止めていらっしゃるか、長官のお考えをお聞かせください。
【長官】
このご質問に対しても、まずは個別具体的な事件についてではなく、あくまでも一般論としてお答えするということをご理解ください。
一般論として言えば、再審請求事件は、事件数が必ずしも多いわけではなく、事件の性質も内容も多様であることなどから、裁判所内で再審請求事件の経験が蓄積、共有されにくい状況があるように思います。そうした問題意識の下、司法研修所では、再審請求事件の審理の円滑な進行等を図るため、審理運営の工夫や課題についての研究会が開かれ、そこで意見交換がされたと聞いています。
再審請求事件についても適正かつ迅速に処理されなければならないことはいうまでもなく、手続遂行の責任を負っている裁判官において、過去の再審請求事件の経験から審理運営上の課題やこれを克服するための工夫例を学び、広く共有していくことはとても重要であると考えています。
【記者】
選択的夫婦別姓に関する問題についてのお尋ねなのですが、この制度の導入については国会でも議論がなされるのではないかと注目されており、社会の関心も高まっているのではないかと見受けられます。
最高裁としてもこの問題については過去に判断を示されたこともあったと思いますけれども、この点について可能な範囲で長官のお考えや現状の受け止め等をお伺いできればと思います。
【長官】
お尋ねの中に「可能な範囲で」という言葉がありましたので、可能な範囲でお答えすると、お答えできることがほとんどないのです。大法廷で判断されたことがあるということが一つありますし、今この問題について社会的に関心が高いということはもちろん承知しているところです。それ以上に、そのような個別案件についてこの場で私の方でお答えすることができないということはどうかご理解ください。
【記者】
抽象的な質問になってしまいますが、憲法14条について、戦後80年に当たり、これまでいろいろな差別や不平等がある中で、憲法の平等原則が果たしてきた役割をどのようにお考えなのかということと、価値観が多様化していく現代において、この平等の在り方というのはどのようにあるべき、もしくは捉えるべき、考えるべきなのか、お考えがあればお聞かせください。
【長官】
非常に難しい、幅広い問題なので、すぐにお答えするのは難しいのですが、憲法14条というのは、憲法条項の中でもカバーする範囲が広い条文であろうと思います。また、談話でも申しましたように、80年の間に、日本の経済社会が随分様相を変えてきたことは確かですので、その中で14条というものが果たす役割というものもおそらく変わってきたのだと思います。ただ、そうした中、個別の事案において14条がどのように理解、解釈され、働くかということについては、結局はその個別の事案、案件に直面しなければ裁判官として確定的なお答えをすることは難しいので、この程度のお答えにさせていただきたいと思います。
【記者】
やや個別的なことになりますが、今年の夏に参議院選挙があります。前回の参院選後の大法廷判決では、多数意見としては合憲だったものの、反対意見も付されましたし、立法措置への言及もありました。ただその後何も変わることがない中で次の選挙を行うということになっておりまして、裁判所の違憲立法審査権を鑑みたときに、どのように現状をご覧になっているか、お考えがあればお願いします。
【長官】
個別の案件になりますし、いずれ訴訟になる可能性があるところですので、今の時点ではコメントは差し控えたいと思います。
【記者】
非常に抽象的で、答えづらい質問かと思いますが、日本国民は憲法に対してなじみが薄いと感じていらっしゃる方が結構多いと思います。長官として、市井の方々が憲法をどう身近に感じてもらえるのか、どのようなことをすれば身近に感じられるのか、どのように考えてほしいのか、お考えがありましたらお伺いできればと思います。
【長官】
国民お一人お一人が憲法を身近に感じるということが、事実として一体どのような状況を想定するのかということが前提だろうと思います。つまり、国民が、日々の生活の中で、これは憲法何条に、これは憲法何条にというふうにいつも意識していることが幸せなことなのかというと、それは必ずしもそうではないのだろうと思います。むしろ問題は、なにか法律問題や救済を求めなければならない問題が生じたときに、憲法が役に立つものとして自分の手の届くところにあることが分かるような、そういう環境があるかどうかということであろうかと思います。ですので、むしろそれは法律実務家の問題なのかもしれません。そのような法的救済が必要なところにきちんと届くような社会体制ができているのかどうかということが本当の問題なので、最初のご質問に戻れば、国民の方々がいつも憲法を意識しながら生活するということが、望ましい状態かというと必ずしもそうではないのかもしれず、むしろそのような憲法を含めたいろいろな法律によって自分の生活や仕事が守られているという意識を国民の方々が持っていられるか、あるいは万が一それが侵されたときに、すぐに救済の手が差し伸べられるような安心感があるかどうか、そのような社会であるかどうかということが本当は問題なのではないかと思っています。
【記者】
先ほど多様性をめぐる裁判についてお答えがあったかと思うのですが、こういった裁判において国民の方たちが最高裁・裁判所に対してどういった負託といいますか、思いをもって裁判を行っているか、裁判所としてどのようにその思いを受け止めていらっしゃるか。また、「各裁判官が主体的・自律的に識見を高めていくことが必要で、それを支援していきたい。」というご回答があったと思いますが、最高裁の方でどういった形で各裁判官の学びを支援していけるとお考えでしょうか。
【長官】
最初のご質問について、「国民の思い」とは具体的にはどのようなことを念頭に置いて質問されていらっしゃるのでしょうか。
【記者】
やはり多様性、特に裁判所に裁判を起こされる方の意見というのは、比較的マイノリティーの方の声というのが大きいと思いますので、そういった方たちの声に裁判所としてどのように向き合うべきか、向き合う必要があるかという趣旨です。
【長官】
裁判というのは当事者の主張に対して法的な観点から判断するという性質のものです。今おっしゃったマイノリティーの方々の声というのは、申し立てる側の主張の中で明らかにされるものだろうと思います。ですので、先ほどのお話にもありましたけれども、そのような当事者の声にきちんと耳を傾けるというのは、裁判として当然のことだろうと思っております。
もしご質問が、それ以上に重く受け止めるべきではないかという趣旨だとすると、むしろ裁判の在り方として、公平・中立性の問題としてどう捉えるかという別の問題になってくるように思います。つまり、そのような申立てをしている方と、逆にそれに反対している側の当事者が必ずいるわけであり、両方の声を公平にすくい取って公正な判断をするというのが我々の仕事です。特定の声に重きを置くというような意味がもし入っているのであれば、それは裁判の在り方から少し違うのではないかという感じがします。
それから識見をどう高めるかということですが、最終的には裁判官個々人の修練といいますか、それぞれの在り方に任せるしかないわけで、あれを読め、これをやれというふうにあれこれ指示することではないと思います。私の方でも、そうしたことは常に自分たちでやりなさいと言っているところです。けれども、ただそれだけで済ますわけではなくて、司法研修所では、裁判の運営に関する様々な研修だけではなくて、もう少し幅の広い、一般社会の様々な問題について検討をするようなプログラムも作っていますので、そういったものにもできるだけ力を入れることによって、助けるといいますか、横から側面援護するということはしていきたいし、現に今も行っているということになります。
【記者】
一般社会の様々な問題について検討するようなプログラムというのを、もう少しこういうものと具体的にお聞かせいただけますでしょうか。
【長官】
手元に資料を持ってきておらず、正確なところはお答えできませんので、別の機会に尋ねていただけますでしょうか。
【記者】
今度は個別の事件ではなくて、最高裁の審理の在り方という観点からの質問なのですが、最高裁においての審理、弁論の活性化とか、透明化ということが言われていて、審理を傍聴したり、ホームページを拝見したりすると、事案の概要とか争点を分かりやすく説明いただいているかなという印象があるのですが、この点について長官としてのお考えを教えていただければと思います。
【長官】
最高裁の弁論あるいは判決の際に事案の概要ペーパーというものを作成して、傍聴人の方に理解していただきやすいようにしているという試みはご存じと思います。それは改めて私が申し上げるまでもなく、裁判のことを理解してもらいたいということで始めたものであり、これは今後も続けていきたいと思います。弁論については、もとより一般国民の理解という面ももちろんないわけではないですけれども、何よりも当事者の意見を聴く、主張を聴く、弁論を聴くということで、事件の最終的な判断の参考といいますか、判断のための手続として行うものですので、そのような弁論をどの事件で聴くかとか、どのように進めるかということについては、個々の事件ごとに裁判体が判断しているのだと思います。裁判体それぞれの考えで進めていることだと思いますので、私としてはそれ以上のことを申し上げることは差し控えたいと思います。
【記者】
手続のデジタル化の準備についてお話がありましたけれども、各業界では生成AIの活用も進んでいるところではございますが、裁判所として事務手続の側面、あるいは裁判における判断の側面において、AIの活用の仕方についてどのようにお考えでしょうか。
【長官】
今ご質問にあったとおり、AIが社会に大きな影響を及ぼし始めているということは確かですし、我々法曹による法律事務がそれなりの影響を受けることは間違いないと思います。事務手続の合理化という観点からは、確かにAIを活用するということは十分考えられることであります。ただ、以前も同じ質問をいただいて、同じように答えたことがありますけれども、それ自体にセキュリティの問題があったり、あるいはそもそもデータの信頼性の問題があったり、あるいは場合によっては著作権を害する危険があったりというような様々な弊害といいますか、解決すべき課題がありますので、それらを十分考えた上で、しかしデジタル化に伴う様々なこれからの手続改革の一環として考えていく必要があるかなというふうには思っています。
もう一つは、判断作用という観点からのご質問でした。これについても以前も申し上げましたけれども、そもそも判断作用を丸ごとAIが代替するという世界はSFに近い世界なので、そのようなものを国民の方々が了とされるかどうかの問題はありますが、ちょっとそれはおいておくとしても、判断作用についてAIが関わってくるということは現実論としてはありえないではないだろうというふうに思います。おそらくそれも二つ側面があって、裁判所の判断作用の過程に何らかAIが関わるということがあるかどうか、あるとしたらどのような問題があるかという側面が一つあるでしょうし、もう一つ、判断作用を受ける裁判当事者の方でAIを活用することが裁判にどのような影響を及ぼすかという側面もあるようには思っております。いずれも大事な問題なのですけれども、何分話が大きすぎるというか、どのように事態が進展していくかわからないような状態なので、非常に強い関心を持ちながら、しかし慎重に事態を見ていきたいと思っております。