令和6年8月16日
【記者】
判事への就任が決まったときのお気持ちと、今後の抱負についてお聞かせください。
【判事】
先程皇居での認証式を終えて最高裁判所判事に就任いたしました。どうぞよろしくお願い申し上げます。最高裁判事への就任が決まったときの気持ちとしては、これまでに経験したことがないような「身の引き締まる重責」を感じているというところです。以前、最高裁判所調査官として5年間最高裁判事の下で働いたことがありますが、その当時は、最高裁判事の仕事振りを目の当たりにして、「自分には到底務まらないような高難度の激務である」と感じておりました。今、そのように感じていた立場に立つこととなり、その重い職責をきちんと果たしていけるのかどうか、不安がないわけではありませんが、全力を挙げて1件1件の事件に誠実に取り組んでいきたいと考えております。
【記者】
これまでの裁判官人生を振り返っていただいて、特に印象に残る裁判やお仕事の内容についてお聞かせください。また、裁判官として大切にされている考え方や言葉などがございましたら併せてお聞かせください。
【判事】
東京地裁に勤務していた平成7年に地下鉄サリン事件が起こり、その後、東京地裁刑事部は総掛かりで一連のオウム真理教関連裁判の処理に当たったわけですが、私自身は、報道陣の目の前でオウム真理教の幹部が刺殺されたという事件を、陪席裁判官として担当しました。オウム真理教関連事件は、「日本はテロ事件のない平和な国だ」と当時思っていた私にとって、大きな衝撃でした。
平成19年8月からの2年6か月は、最高裁事務総局刑事局で勤務しました。裁判員制度導入の直前直後の時期であり、私は、総括参事官として、裁判員の選任手続に関する検討や、裁判員制度の広報を担当しました。裁判員の選任手続に関する運用面の検討の関係では、裁判員候補者に選任された方にお送りする「名簿記載通知」や、具体的な事件の裁判員候補者に選任された方にお送りする「選任手続期日のお知らせ」、こういった書類の記載内容や同封する資料の検討などを行いました。また、広報の関係では、テレビ番組・ラジオ番組にも多数回出演させていただいて、裁判員制度への御理解と御協力をお願いさせて頂きました。当時は、「裁判員制度は、一般市民が刑事裁判に参加するという、全く新しい制度なので、果たしてうまくいくだろうか。」と思い、非常に大きなプレッシャーを感じながら仕事をしておりましたが、法曹三者が一丸となって多数回にわたる模擬裁判などの準備を重ねたことや、国民の皆様方の熱心で誠実な姿勢に支えられて、好スタートを切ることができ、その後も今日に至るまで概ね順調に裁判員裁判が運営されてきていることは、私にとって望外の喜びです。
平成22年2月からの1年2か月と、平成25年4月からの2年間は、東京地裁で裁判長として実際に裁判員裁判を合計40件程担当しました。担当した裁判員裁判は、どの裁判員の方も非常に熱心に取り組んでおられ、感激しました。いずれの事件もみな大切な思い出となっております。裁判員裁判では、裁判員と裁判官が、証拠に基づき、一緒に議論をして、「被告人が有罪であるかどうか」という事実認定を行うわけですが、裁判員の皆様方の御意見には、裁判官にはない物事の見方や視点を含んでいるものが多かったのであります。裁判員裁判の目的は、裁判官という法律のプロの専門知識や経験と、裁判員という法律家ではない方々の物事の見方や経験とを融合させて、より良い刑事裁判の実現を目指すということにあるわけですが、正にそのとおりであると実感できました。職業裁判官だけで刑事裁判を行っていた頃に比べると、判断に厚みが増したように感じています。また、裁判員の方々は、裁判員裁判を経験した感想として、「これまで、犯罪は、自分とは全く関係のない出来事であると考えてきたが、裁判員裁判を経験して、自分自身の問題として社会全体で考えて、犯罪のない社会にしていかなければいけないと強く感じた。」とおっしゃることが多かったですし、「犯罪に関する報道に限らず、新聞やテレビの報道に対する見方が変わった。報道されている社会問題を自分自身の問題として捉えるようになった。」と述べる方も非常に多かったのです。刑事裁判に一般市民が参加するという陪審制度を持つ米国では、「陪審裁判は、民主主義の学校である。」といわれることもあるようですが、裁判員裁判にはそのような面もあるのかなと感じております。
座右の銘は、「継続は力なり」です。小学生の頃にこの言葉を知ってから、この言葉を胸に生きてきました。努力を継続したからといって、必ずしも目標を達成できるとは限らないところが、人生の難しいところですが、努力を怠れば何事も成し遂げられないと思っておりますので、引き続き、この言葉を座右の銘とし、精進していきたいと考えております。
【記者】
裁判員裁判の導入から5月で15年となりました。刑事裁判に長く携わられた視点から、現在の裁判員裁判にはどのような課題があるとお考えでしょうか。
【判事】
裁判員法の施行後、裁判員・補充裁判員の方々の熱心で誠実な姿勢に支えられて、裁判員制度は、これまで概ね順調に運営されてまいりました。裁判員裁判の課題はいろいろあると思いますが、私自身が特に問題意識を持っているのは、公判前整理手続に要する期間の長期化傾向です。公判前整理手続が長期化すると、法廷で供述する事件関係者の記憶が薄れてしまいますし、事件に関心を抱いている国民の皆様方の刑事裁判に対する信頼を損ねることにもつながります。裁判官もいろいろ検討し工夫を重ねてはおりますが、この問題は、裁判所だけの努力で解決できる性質のものではありませんので、裁判員法施行当時のように、今一度、法曹三者で十分議論をして改善につなげていく必要があると感じております。
【記者】
審理への臨み方についてお尋ねします。最高裁判事の方を見ていると弁論のときに御自分で御質問をされたりだとか、個別意見を書く・書かないなど、いろいろな方のスタンスが見えるような気がしますが、平木さんはどのように審理に臨んでいきたいかお聞かせください。
【判事】
私は、地裁、高裁、陪席、裁判長、いろいろ下級裁では経験してきましたけれども、ずっと2つ大切だと思っていることがあります。一つは謙虚に双方の当事者の言うことに耳を傾ける、あるいは証拠物などの証拠を検討する、そういう謙虚な姿勢が大切だと思っております。もう一つは、政策形成訴訟のように、本を読めばある程度方向性が見えるといったものではない、価値観が対立するような事件も最近多くなってきていますので、そのような事件に向き合うときには、様々な価値観や視点、物事の考え方、広い視野でもってその事件に取り組む必要があると感じております。ですので、そういった広い視野を持って、様々な価値観を持って事件に向き合うためには自分自身で本を読んだり、専門家の話をいろいろ聞いたりするということが大切ですし、下級裁の裁判官に対しても望みたいのは、裁判官同士で意見交換、議論をするだとか、司法研修所の研究会に積極的に参加していろいろ吸収するといった自分自身を鍛えるという自己陶冶がすごく大切だと感じているところでございます。