令和4年6月24日
戸倉最高裁判所長官は、就任記者会見を行い、談話を発表するとともに、以下のとおり、記者からの質問に応じました。
【記者】
長官に就任されるに当たり、御所感と抱負についてお聞かせください。
【長官】
最高裁判所長官という大きな任務に文字どおり身の引き締まる思いであります。当たり前のことではありますけれども、責任感を強く持って職務に誠実に取り組み、この重責を果たすために最善を尽くさなければならないと、決意を新たにしています。
裁判所の使命は、適正かつ迅速に法的紛争を解決し、権利や法的利益を擁護するとともに、我が国の「法の支配」を強固なものにすることですけれども、「法の支配」の確立のためには、裁判制度に対する国民の信頼の確保が不可欠だと考えております。全国各地の裁判所で裁判を支えている裁判官を始めとする裁判所職員とともに、適正迅速な裁判の実現のための努力を積み重ねることを通じて、この信頼をより高めるよう努力してまいりたいと考えております。
【記者】
新型コロナウイルスの感染対策や裁判手続のIT化など、裁判所が抱えている現在の課題についてお聞かせください。また、今後の裁判所の在るべき姿についてお考えをお聞かせください。
【長官】
今回の新型コロナウイルスの関係では、長期にわたって感染リスクが継続する状況の下で、感染リスクを回避しながら各種裁判の機能をどのように維持するかという困難な問題に直面いたしました。この点については、今般の民訴法改正によって、法制的にも、口頭弁論をリモートで実施することが可能になったことから、今後、IT化のためのシステムが整備されることは、感染症がまん延する状況下でも裁判機能を維持するためのインフラとしても大きな意義があると考えております。また、裁判のIT化につきましては、当面は民事裁判のIT化ということになりますが、まずは最適なシステムを構築すること、これが大切であることはもちろんでありますけれども、これを前提とした民事裁判の在り方の検討も大切だと考えております。裁判のIT化は、直接的には裁判の利用者との接点において利便性を高めるものですけれども、それにとどまらず、IT化を契機として、審理や裁判の在り方についても、合理化ないし効率化、迅速化などの更なる改善につながることが求められていると思います。また、裁判官が、電子化された記録をディスプレイ上で読み込むことは、紙の記録を読み込む場合とは、心身の負担の質や程度が異なることが予想されますので、このような観点からの新たな審理モデルの検討も必要になるように思われます。こういった点からも、これまで紙ベースで行われている現在の裁判の審理、判決の在り方を再検討することは急務であると思われ、その中では、最近の民事訴訟の審理期間の長期化への対応という点も視野に入るものと思われます。これら検討に当たっては、将来の裁判を担う若い裁判官等に積極的に関与してもらいたいと考えています。
今後の裁判所の在るべき姿という点ですけれども、社会経済活動のグローバル化や複雑化、価値観の多様化などに伴って、裁判所が取り扱う事件の内容も、複雑で専門性が高いもの、あるいは事件の背景にある価値観や利害の対立が先鋭なものが増えておりまして、裁判所による紛争解決も、こういった変化を適切に踏まえたものにしなければならないと考えております。このような事件の動向に対応するため、裁判官はこれまでも個々の事件に向き合って努力を重ね、さらに自ら研さんを重ねてきておりますけれど、最高裁としても、司法研修所を中心として、裁判官の研さんや、事案の解明に資する情報や知見の獲得を支援するための態勢を一層進める必要があるものと考えております。
【記者】
裁判員裁判が始まって13年がたちました。刑事裁判に長く携わられた視点から、裁判員裁判には現在どのような課題があるとお考えでしょうか。また、来年からは若い世代が参加することになりましたが、その影響や効果などについてお考えをお聞かせください。
【長官】
裁判員制度は、国民の皆様の御理解と御協力のおかげで安定的な運営がされてきております。この点については、改めて国民の皆様に対する感謝と敬意を表する次第であります。
辞退率の上昇や裁判所への出席率の低下といった問題も指摘されておりますが、現在のところ、裁判員等の選任に支障を来したであるとか、裁判員の構成に大きな偏りが生じたといった問題は生じていないと承知しております。今後とも、状況を注視しつつ、地道な広報活動、分かりやすく負担の少ない審理など、国民の皆様の御理解と御協力を得るための努力を重ねることが非常に大事なことだと考えております。
来年から裁判員として18歳、19歳の方も参加されるということになっておりますが、裁判員として参加される方の年齢が下がるということは裁判員の多様性が高まるということですから、それによって評議がより深まっていくものと考えております。若い方が裁判員になられた場合には、決して臆することなく新鮮な視点から意見を述べていただくことを期待していますし、裁判官も、若い裁判員が意見を述べやすい評議の運営に努めていくものだと考えております。
他方で、裁判員制度に関しましては、審理が始まる前の公判前整理手続について、依然として長期化傾向が続いております。個々の事件には、それぞれ長期化する理由があるとは思いますが、審理開始まで長期間を要するという現状は、被告人の勾留の長期化や証人の記憶保持の点からも、仕方がないと諦めるわけにはいかないと思われます。長期化している原因を分析し、例えば、特定の争点や証拠の要否について、裁判所と検察官及び弁護人との意見が食い違う場合の対応や、目標とする争点整理の精度などについてより現実的な観点から検討するなど、新たな視点からの検討も行うなどして、長期化傾向の問題に対処する必要があると考えております。
民事訴訟の審理期間や裁判員裁判の公判前整理手続期間の長期化の問題につきましては、その要因を検討するに際して、うまく行かなかった事例を素材にその要因を分析、検証し、その結果を共有するという手法が有効であると考えております。ただ、この点は裁判の独立との関係や、担当裁判官の心理的な負担感の重さなどから、こういった検討を実行することは必ずしも容易ではありません。しかしながら、結果として審理や公判前整理手続が長期化したというケースは、誰がやっても同じ結果になり得る要因があるものでありまして、その意味で、「失敗事例」という言い方自体が適切でないといえます。このような事例からの教訓を、個人の問題ではなく、いわば公の財産として共有しなければならないという空気が裁判所の中で少しずつでも醸成されるよう努めてまいりたいと思っております。
【記者】
社会では多様化が進み、国民の中には憲法を基に救済を求める声も多くあります。「憲法の番人」とも呼ばれる最高裁の長官として、憲法に対するお考えをお聞かせください。
【長官】
最高裁判事に就任した後の5年余りの裁判の経験だけでも、最近の憲法関係の事件は、憲法上保障された権利の制約の問題と民主主義、いわゆる立法裁量の問題が交錯する難しい事案も少なくないという印象を持っております。
いずれにしても、憲法判断を要する事件が係属した場合には、大法廷であれば15人の裁判官の評議により結論を出すものでありますので、事件を離れて、長官としての憲法に対する考え方を申し上げることは控えさせていただきたいと思います。
【記者】
お休みの日はどのようにお過ごしでしょうか。また、大切にされている言葉や考え方についてお聞かせください。
【長官】
最高裁判事に就任した際にも申し上げましたが、「一隅を照らす」という言葉を自分への戒めとして大切にしています。また、これは自分への戒めであると同時に、裁判所に限らず、国や社会の中で、それぞれの持ち場で責任を果たしている人に対するリスペクトの気持ちも忘れないようにする、そういう思いも胸に刻んでいるところであります。
この5年間、休日にじっくりと審議事件の資料を読んだりすることもありましたが、外で体を動かすことは嫌いではありませんので、休みの日には、健康維持を兼ねたウォーキングをしております。また、これが高じて、街歩きなども楽しんでいます。たくさんの方がやっておられる東海道歩きを何年も前に始めましたが、前回の到達地点までのアプローチの距離が長くなり、時間を見つけるのが難しくなった上に、コロナ禍も加わり、現在は桑名宿で長期逗留中という状態であります。これは、いずれ再開できればと思っております。
また、読書が好きで、鉄道関係だけでなく、分野を選ばずに、文庫版、新書版の手軽な本を書店で目に付いたら買っておいて、暇を見つけて読んでいます。
鉄道の趣味もありますけれども、古い昭和の鉄道車両に興味がありますので、鉄道博物館、碓氷峠鉄道文化むら、大井川鐵道など古い車両を保存している所に出掛けたりしています。新型コロナのために外出を控えていたときに、ネットオークションなどで鉄道関係の書籍を買うようになりまして、昭和30年代、40年代の鉄道関係の書籍を結構集めました。