令和6年1月
新年のことば
最高裁判所長官 戸倉三郎
新しい年を迎えました。
1月1日に発生した令和6年能登半島地震によりお亡くなりになられた方々に心からお悔やみを申し上げるとともに、被災された全ての方々にお見舞いを申し上げます。
さて、昨年1年間、裁判所がその役割を果たすことができたのは、全国各地の裁判所で勤務する裁判所職員の皆さんの一人一人が職務を全うされたおかげであり、心から感謝と敬意を表します。
目下の最重要課題の一つである裁判手続のデジタル化については、民事、家事関係の法整備がされ、刑事の分野での法整備の検討も進んでいます。民事訴訟の分野では、デジタル化を契機として裁判手続を合理化・効率化し、裁判所の紛争解決機能を充実・強化するための検討と実践が重ねられており、家事事件の分野でも同様の観点からデジタル化を見据えた事務の見直しが始まっています。
裁判手続の合理化・効率化は、担当事務「全体」の処理の負担を軽減することにつながり、裁判官を含む裁判所職員の生活環境や意識が変化する中で、ワーク・ライフ・バランスに配慮しつつ、複雑困難な事件への対応力を強化するとともに、裁判の運営を直接的、間接的に支える裁判所職員のスキルや識見の向上に振り向けるための余力を(夜間、休日ではなく)執務時間の中から生み出すことも期待できます。裁判所職員のスキル、識見が向上して、裁判所の紛争解決機能が更に充実・強化されるという好循環につなげていくことが重要です。また、裁判所の紛争解決機能は全ての裁判所職員が担っているのですから、裁判官だけでなく、全ての職種が担う事務を合理化・効率化することが重要です。各庁でデジタル化後の書記官事務に関する検討が行われ、デジタル化による実際の事務フローとともに、その中で書記官の果たすべき役割を明らかにし、整理する取組が進められていますが、これを始めとして従来から行われている職種ごとの取組について、改めて、各職種の持つ専門性を適正迅速な裁判の実現のために効果的に活用するという観点から整理し、検討と実践を重ねることが求められます。
裁判手続の検討については、事件の内容や当事者の個性は様々ですから、裁判手続を合理化・効率化するための審理方法の引き出しは多いほど良く、各裁判官がこれまでのやり方にとらわれたり、完璧になどと気負ったりすることなく、様々な方法を積極的に試してみて、その結果を他の裁判官と共有すると良いでしょう。また、裁判官に限らず、各種事件を担当する裁判所職員の中には、担当する事件の経験年数の浅い者や、様々な事情から執務に充てる時間に制約のある者も少なくありません。こうした裁判所職員が担当事務の処理に苦労するとすれば、努力が足りないというよりも、現在の事務処理の方法やサポート態勢が、これらの裁判所職員の実情にマッチしていないことに原因があるのではないでしょうか。今後の裁判所の事件・事務処理の態勢は、裁判所職員が、担当事務を無理なく、適正迅速に行うことのできるものでなければ、裁判所の紛争解決機能を安定的に発揮することが困難になるおそれがあります。そのためにも、裁判所職員の実情や意見が率直に表明され、これが検討内容に建設的に反映されるような仕組みも不可欠でしょう。
また、司法行政事務の合理化・効率化のためにも、司法行政事務は、法令等の規範に基づき、その権限と責任のある者により、適正かつ統一的に行わなければなりません。そのため、最高裁等が発出する通達やその解釈等は、組織としての意思決定を経た上で、規律すべき事項が明確かつ過不足なく記載され、かつ、これが継続的に参照される必要があります。
他方で、初めて担当する事務に関する基礎的な情報や経験を通じて得られるノウハウなどを、これを必要とする裁判官を始めとする裁判所職員に伝えていく「知の承継」も重要です。全国的には、民事訴訟の審理運営の改善のための意見交換(オンライン)、裁判官の間で家事事件の類型ごとに審理の基本的な進め方等に関する知見を集めて共有する試みが始まっています。司法研修所でも、ポータルサイトに事件類型別の基本文献目録を整備したり、初めて当該分野を担当する裁判官向けの現実的かつ実践的な内容の研修プログラムを充実させたりするなどの取組を行っています。今後とも、皆さんのニーズに応じてこれらの全国的な取組を充実・改善していきたいと考えています。
史料等となる記録の不適切な廃棄の問題については、先般、調査報告書を踏まえ、「事件記録等の特別保存に関する規則」が制定され、今月末から、第三者委員会が設置され、新たな運用が始まります。私たちは、史料等となる記録が国民共有の財産であることを肝に銘じて適切な運用に努めなければなりません。
本年が皆さんにとって実り多き年になることをお祈りするとともに、新しい裁判の実現に向けた検討と実践が着実に行われていくことを期待して、新年の挨拶といたします。