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第2部では、知財訴訟にどのように対応したらよいか、実際に当事者になった場合の心構えを含めて、実践的な観点から考えてみたいと思います。
知財訴訟の当事者となるのは、ほとんどの場合、企業だと思いますが、最近、企業の経済活動の中で、知財訴訟は、どのような意味をもつようになっているのでしょうか。 -
最近、知財訴訟は、知的財産権の活用による企業活動の活性化の一環として、重視されるようになっているようです。その背景には、日本の産業構造の変化があるように思われます。大まかに言って、これまでは、良い製品を作って販売するという、製品、すなわち「物」に注目していれば、収益を上げられるということがありました。日本製品によって市場がほぼ独占されていたともいえると思います。日本国内の市場も比較的閉鎖的で、一般的に、それぞれの業界のメンバーが固定していて、新たな参入が難しいという状況にあったようです。
しかし、最近は、日本以外のアジア諸国などの生産技術が向上し、それらの国々で、人件費が安いことなどから、相当程度の品質の製品が安く製造できるようになりました。また、日本国内でも、規制緩和が進み、各業界への新規参入も増えましたし、しかも、価格破壊と言われるように、日本国内での価格競争も激しくなりました。そうすると、良い製品を作って販売するということだけでは、他社に対抗することができないという状況になってきました(画像1)。
例えば、A社という会社が、ある製品を販売していたとして(画像2)、それと同じような製品をB社が安く販売すると、A社は、B社にたちまち市場を奪われるということになります(画像3)。そのようなときに、A社が特許権をもっていて、B社の製品もその特許権を実施するものであったとすれば、A社は、B社にライセンスして実施料を取ることができますし、B社がライセンス取得に応じない場合は、特許法に基づき、製品の製造販売の差止め、損害賠償を請求し、自社の市場を確保することができます。
特許について、従前は、ほとんどの場合、特許を取るまでで終わっていたのが、最近は、特許を取った以上、ライセンスをして実施料を取る、あるいは、無断で実施された場合は、侵害訴訟を起こして、侵害行為を差し止めたり、損害賠償を取ることによって、特許の経済的効果を利用する、ということが多くなったようです(画像4)。訴訟提起も含めて積極的な対応を取らないと、他の会社や外国の安い輸入品に対抗して生き残っていくことが難しくなったとい うことだと思います。
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- 訴訟を起こすということになると、時間とお金の問題があるように思われますが。
- 特許をとってそれに基づいて侵害訴訟を起こしても、費用と時間がかかって得るものがわずか、というのでは、訴訟を起こす意味も、特許を取った意味もなくなってしまいます。そこで、侵害訴訟を起こして勝った場合には、それなりのメリットが得られるようにしなければなりません。そこで、近時、訴訟の迅速化と損害賠償額の高額化の必要性が強調され、実際の訴訟の場でも実現されています。
- 民事訴訟一般で言うと、被告側が争った場合は、結論がでるまでに時間がかかる場合もあるようですし、特許事件というと、訴訟の中でも難しく、特許訴訟をこなせる弁護士さんは少ないと言われているようですが、特許事件は、結論が出るまでにどの程度の時間がかかるのでしょうか。
- 特許事件は、東京地裁、大阪地裁の専門部では、大半のものが、1年ほどで結論が出ています。特許以外の知的財産権事件、特に商標法や不正競争防止法関係の仮処分事件では、1か月以内に結論が出る事件もあります。知財事件は、専門的な訴訟の中では、一番審理が早い事件ということができます。
- 損害賠償の金額の方はどうでしょうか。
- 特許がどのような製品に用いられているかによって、請求金額が変わってきますが、全体としては、高額化の傾向にあります。東京地裁では、30億円、74億円の損害賠償を認めた判決もでました。大阪地裁の知財部にも、原告が100億円以上を請求している事件がいくつかありました。請求金額でみると、10億円を超える請求は、珍しくなくなっています。
- ところで、先ほどから、東京地裁、大阪地裁の専門部ということがでてきていますが、特許訴訟は、どこの裁判所でも起こすことができるのですか。
- どのような要件がある場合に、どこの裁判所に訴えを提起することができるかということは、民事訴訟法で定められています。民事訴訟法6条により、特許、実用新案やプログラム著作権事件は、東日本に管轄のある事件は東京地裁の、西日本に管轄のある事件は大阪地裁の、それぞれ専属管轄とされています(画像5)。例えば、福岡の会社が四国の会社に対して特許権侵害を理由に損害賠償などを求める場合、特許事件なので、大阪地裁に訴えを提起することになります。これは、特許事件などは技術が関係しますし、法律解釈を行うのも特許法などの専門的知識が必要であるため、東京地裁と大阪地裁には、特許事件に詳しい裁判官や技術専門家である裁判所調査官を配置して特許事件等知的財産権事件だけを専門的に処理している部署(専門部)が設けられており、これらの専門部で審査することになっているのです。また、意匠権、商標権、プログラム以外の著作権、不正競争防止法関係事件は、通常の民事訴訟事件と同じように、民事訴訟法の定める要件が備わっていれば、各地の地方裁判所に訴えを提起することができますが、東日本に管轄のある事件は東京地裁、西日本に管轄のある事件は大阪地裁に訴えを提起することもできます。東京地裁、大阪地裁の専門部を全国の人々が利用できるようになっているわけです。
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- 特許訴訟は、一般に難しいといわれますが、どうしてそのようにいわれるのでしょうか。
- いろいろな面から考えられると思いますが、一つには、原告側の立証が難しいということが挙げられると思います。特許権侵害訴訟では、原告に、被告による特許権侵害を立証する責任がありますが、特許権侵害を立証するには、様々な工夫が必要であり、例えば、通常事件のように、相手方の署名押印のある契約書を証拠として出せば済む、というようなわけにはいきません。原告が特許権侵害を立証しやすくするために、特許法により、侵害立証のための書類提出命令の制度などが設けられていますが、基本的には、原告の方で、侵害を立証するために工夫をする必要があります。また、被告による特許権侵害については、厳しく対処する必要がありますが、被告の正当な営業秘密を不必要に侵害することも避けなければなりません。その点からも、原告の立証活動には工夫が必要になります。
- 特許訴訟で、イ号、ロ号という言葉を聞くことがありますが、どのような意味でしょうか
- 特許侵害訴訟においては、侵害品とされる物件について、イ号物件、ロ号物件という言葉が慣行的に使われてきました(画像6)。最近では、被告物件という言葉も使われるようになっています。
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- 特許訴訟の当事者となった場合の注意点ですが、まず、どのようなことが必要でしょうか。
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まず、十分な事前準備をすることが必要だと思います(画像7)。原告の場合は、被告製品を入手した上で、その構造や組成について具体的な主張をすることができるように準備する必要があります。訴訟で予想される事実上及び法律上の争点を予め検討しておくことも必要でしょう。特許権者としては、侵害行為を特許権との対比で具体的に記載した警告書を発し、相手方から回答を得て、相手方の見解を知るようにすることも考えられます。仮に、相手方から回答が無くても、特許権者がそのような具体的な警告を行っていれば、相手方は、少なくとも訴訟前に、原告から警告を受けて、それに対する準備をする期間があったはずだ、ということになりますから、その意味で、原告となる特許権者に有利になる可能性があります。
それから、主張の後出しといわれるようなことは避けるべきだと思います。訴訟はある意味で生き物ですから、後から主張立証の必要が生じるということもないわけではありませんが、最近の迅速化した訴訟運営のもとでは、そのようなことはごく例外的な場合にとどまります。第1部で出てきた均等論なども、昔は、始めから均等論の主張をすると、文言侵害に自信がないと思われるから、均等論の主張は、文言侵害で負けそうになってからする、ということもあったそうです。しかし、現在では、最高裁判決によって均等論が認められ、その要件も示されているのですから、均等の主張をするのであれば、早期にその主張をすべきであると思います。むしろ、訴訟が進んでから主張を出そうとしても、時機に後れた攻撃防御方法の提出であるとして、訴訟上取り上げられなくなる可能性もあります。
被告としては、警告書の送付を受けるなど、訴訟を提起される可能性がある場合は、訴訟において予想される争点を予め検討して、必要な証拠を準備しておく必要があります。警告なしに訴えをいきなり提起された場合も、被告としては、可能な限りの準備を尽くし、それを弁論等において示していく必要があると思います。
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- 訴訟の進行について、裁判所から当事者に対して、どのような指示がされるのでしょうか。
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大阪地裁知財専門部では、訴訟の進行について予測を高め、当事者の方の準備の便宜を図るために、1年で訴訟を終わるためのモデル案を記載した書面をお渡しし、それに沿って審理を進めるようにしています。実際の訴訟では、このモデル案を基に、当事者の意見を聴きながら、訴訟を進行させるようにしております。(現在は、損害論の審理を含めた”審理モデル”に沿って審理を進めています。計画審理モデルコーナーをご覧下さい。)
訴え提起時に、公報、侵害品、事前交渉関係書類等を提出していただき、30日以内に第1回口頭弁論を開き、被告の先行技術検索期間を決定するということになります。これは、特許の無効を理由とする権利行使制限の抗弁が許されることになったので、無効主張の前提となる公知資料の検索期間を定めるものです。その後、手続を弁論準備に付して、侵害物件の特定や侵害の有無について実質的な議論を重ね、必要があれば、分析試験などをしていただくということになります。そして、訴え提起後10か月程度で、侵害か非侵害かについて、裁判所が心証を形成することができるように計画を立てています。そして、その後、場合によっては、裁判所の心証を示して和解を試みたり、損害論の審理をして損害額を明らかにし、1年以内に事件を終結することを目指しております。これは、あくまでモデル案ですから、事件に応じて、当事者双方の意見を聴きながら、事件を進行しておりますが、大半の事件で、このモデル案に近い形で、1年以内に結論がでるようになっております。
- 実際の手続は、どのような雰囲気で行われるのでしょうか。
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特許訴訟を運営するには、何よりも実質的な議論をすることが大切ですから、ラウンドテーブル法廷を使って、時には活発な議論をしながら、手続が進められます。
当事者から技術について説明がなされることもあります(技術説明会)。当事者が問題となっている機械などを実際に示しながら説明を行うことにより、理解を深めることができます。
- 訴訟において具体的に主張、立証を行っていく上では、どのような点に注意すればよいでしょうか。
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特許訴訟では、技術上の問題を前提として、法律判断をしていくということになり、技術内容も事件毎に異なるので、一般化するのはなかなか難しいところです。
あえていえば、先ず、技術的知見を法律解釈に結びつける前提として、技術内容を言葉によって分かりやすく説明することが大切であると思います。特許権は、特許請求の範囲に文章で表されており、侵害かどうかは、最終的には、文言に対する法律的解釈によって決められますから、技術的知見を、法律的解釈にうまく結びつけるために、言葉を使って分かりやすく説明することが有用であると思います。
それから、主張を立てるに当たっては、論理の筋道を明確にする、ということが必要ではないでしょうか。明細書の文言を基にして、侵害、非侵害の主張が、どのような構造で成り立っているか常に意識しながら、細かい部分にわたる議論を展開していくことが必要であると思われます(画像8)。
また、実験報告書などが証拠に提出される場合がありますが、実験条件などを明らかにしないと、せっかく実験を行っても、その結果の証拠としての価値が低くなってしまうので、記録の正確性についても注意が必要でしょう。
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